5.57p.m. 天気/雨
モナハン町 第十区付近の空き家
……うっ……
目が覚めたか。
君の心肺がひどく損傷してる、呼吸するだけでも激しい痛みを伴うはずだ、あまり喋らないほうがいい。
ゴホッ、ゴホッゴホッ……
腹部もほとんど切り裂かれてるな……予想よりも傷がひどい。なぜそれでまだ生きられてるんだ?
そうか……私は医師専門ではないが、各種族の生理的な構造には少し理解があってね。
私の仲間が君をヴィーヴルと言っていたが、悪く思わないでくれ、彼はまだ若すぎるからね、君たちの先祖がこの大地を跋扈する巨大な姿を見たことがないんだ。
ぐあッ――!
安静にしておけ、身体になんのメリットもないよ。
君のアーツを見たことがある、だから少し細工をしておいた、この部屋に火を点けようと思っても、そう簡単には燃えないさ。
……
面白い表情をするね。私に攻撃できないと知った途端、気が楽になったのかい?
君の自衛本能よりもすんなりとしている――それが君の奥底に眠っていた本当の感情だね?
違う……
どうやら否定から入ることが習慣化してるようだ。
なりたくもない人を無理やり演じさせられた、君の苦しみが見て取れるよ。
誰が君を利用してるんだい?八方美人な協力者か、塔の上にいる陰影か、それとも復国を望む遺民たちか?
いや、まさかね。操り人形によって完璧に率いられてる部隊が、ロンデニウムの監視の下でこうも迅速に躍起できるはずもない。
――
君は……表に立たされた影なんだね。
それってつまり、君を糸で引いてる人物は、君と全く同じ血が流れてるってことかい?
やめろ……
これ以上話してほしくないんだね?その人のことを話しただけで、君はそれほどまでに恐れているのかい?
それもそうか、君だけじゃない、このヴィクトリアも……いや、この大地全土がそれを恐れているからね。
その人はきっと君とさほど歳の差はないのだろう、しかしこの短時間の間、その人は自分を利用した力を可能な限り手中に収めた。
となると、予想よりも早く変化が訪れてくるはず……こちらもはやく準備を整えねば。
お前たちは……ラテラー……ノ……
私の動機を知る必要なんてないよ。
君を助けると決めた時、君の正体が何であろうと私は気にしていなかった、今わかったよ、この考えはこれからも変わらないさ。
お前……は……
私の正体なんて知らないほうが身のためだよ。
君が回復したあと、この場所から離れた際も、どうか君を助けた人物のことを生涯誰にも聞かないでおくれ。
私はここで君を死なせたりはしない、それだけ知っていれば十分だ。
……
わかっ……ありが……
まだ礼を言うにははやい。私にできることは傷口の手当と止血ぐらいだからね。
君を傷つけたのは最強の感染性を持つ活性源石だ、大量の源石粒子が傷口からすでに君の血液循環機能に入り込んでいる。
遮断剤を打ってやったが、それでも君の内臓と皮膚で起こる源石結晶の形成を止めることはできないだろう。
君はもうじき再び高熱の中で失神する、いいことだ、少なくとも急性発作によって生じる内側からくる激痛を軽減してくれる。
無意識に吐血もするかもしれないから、なるべく君の頭を高い位置に置いていくよ、自分の吐瀉物で窒息しないようにね。
……うっ……うん……
君が受ける苦しみはまだまだこれからだ。今後君はもう過去の生活には戻れなくなる。鉱石病は徹底的に君の運命を変えてしまった。
君に付き添ってきた人たちは君から離れ、さらには敵視してきたり、唾棄してくるかもしれない。君はもはや自分の戦士を導きけなくなるかもしれないし、同胞からも受け入れなくなるかもしれない。
……ふッ……
おや?またその表情を見せてくれたね。鉱石病患者になってしまった未来は君を絶望させず、むしろ釈然とさせた?
なるほどね。いくら砲撃が突拍子もなく猛烈なものだったとしても、一匹の若き赤い龍を無抵抗のまま地面に這いつくばせる事は出来ないという訳だ。
君は本来の運命から逃れることを望んでいたんだね、代償を支払うことになろうとも。
どうやら私は間違っていたな――
君は君の同族ほど好戦的でない、だが種族が持つ執着と勇気をまだ備えている。
ああ……!
眠るといい、もう無理するな。私が傍で見守ってやるから。
あぶ……
……ない……
…………
(重症感染者が倒れる)
君を守っていることが危ないって?気絶する直前、君はどうにかしてそれを私に伝えようと?
――
そうだね。ここはいささか静かすぎる。
ヤツらにとって君は、単なる捨て駒ではないのだろう。どうやら、計画を変えなければいけないね。
リスキーだが、ロドスには君が持ってる情報が必要だ……ケルシーなら理解してくれる。
……ご報告します、未だ見つかりません。
(ダブリン兵が殴られる)
この役立たずが!
人一人も見失うとは、とんだ使えない連中だな!
も、申し訳ありません!
彼女が怪我で倒れているのを見たのは確かなんだね?
はい……私の部下の哨兵がこの目で見ました、砲弾が落ちてきた時、リーダーはまだ午前に刑を執行した場所の近くに……
てめぇはあの※ヴィクトリアスラング※がリーダーだってことを知っていてそのザマか!?
俺たちに加わった時に言ったことを忘れたのか?敵が押し寄せてた途端に自分だけ真っ先に逃げ失せやがって。
て、敵の動きがはやすぎました、こちらではまったく反応しきれず……
それと、リーダーに命令されていたんです、一人で静かになりたいから、誰も近づくなと……
じゃあ俺が死ねと命じたらてめぇは死んでくれるのかよ?
この※ヴィクトリアスラング※穀潰しが!
そこまでにしろ、この場に殴り殺してもなんの意味もない。
我々が確認すべきことは彼女の生死と、居場所だ。
……どけ……私が……やる……
チッ、あまり派手にやりすぎるなよ。
フッ……
ちょ、長官!お許しください、うっ……やめ……
なん……だ……ぐあッ!おえっ――
は……ははは……
彼女は……どこだ……
倒れた!倒れた!あははははは!倒れてた!爆発で吹っ飛んだ!死んだんだ!
死ん……
(ダブリン兵が倒れる)
……派手にやるなと言ったはずだが?
量が……少し多かった……憶えて……おこう……
※ヴィクトリアスラング※気色悪ぃな、これから人で薬を試すような変態野郎のてめぇから距離を置かねぇと。
彼がウソを言ってなかったことを知れたのは幸いだったな。
彼女は先ほどまでここで倒れていた、しかも重傷を負ってるらしい、致命傷にもなり得るほどの傷だ。
そんな傷を負ったヤツがどこに行けるってんだよ?爆弾で地面に埋もれちまったってか?
もう一度街をまるごと吹っ飛ばしても私は構わんよ。
……てめぇ吹っ飛ばすならよ、せめて一声かけてからやれよな!
(“アカウンタント”が近寄ってくる)
吹っ飛ばす?誰がそんなこと言ったんです?
一つの街どころか、たとえ都市を丸焼きにしてでも、人を見つけ出さなければならん。
我々の中にあなたのようなヴィクトリア軍同様に愚かしい人がいるからこそ、この都市の占領価値も急速に下がりつつあるんですよ。
じゃあどうしろと?
もし彼女が我々の監視下で姿をくらましたことを首領に知られれば、誰がその責任を背負うんだ?
首領の怒りの炎だけ唯一恐るるに足りるものではない。
みなも考えてみよ、我ら多くの兵士と協力者の目に映る彼女は、ダブリンそのものだ。
仮に彼女が我々の手から逃れたとしよう、それで彼女を得た者が敵だろうと悪巧みを考えてる“友”だろうと、我々がむごい結果を迎えることに変わりはない。
※ヴィクトリアスラング※思い出したぜ、あの女……俺たちが考えてる策も把握してやがった!
……
聞くが、あの二人の女……彼女たちはこの情報をキャッチしてると思うか?
あの二人なら会議が終わった後にいなくなりましたよ、おそらく情報はまだ耳に届いていないかと。
マンドレイクは一番あいつを嫌ってやがるんだ、知ったとしても構うはずがねぇ。
アヘモニー……彼女は本当にこちら側の人間なのか?
言葉に気を付けたまえ、我々はみな首領のお傍に立たれている。
なんとでも言え、アヘモニーに手を出すってんなら勝手にやってろ、マンドレイクはいい女だ、そいつまで巻き込むんじゃねぇぞ。
そんなことするわけがないだろ、わが友よ?彼女も我々と密にある良き戦友だ。我々と同じく、彼女も首領の前で才と忠義を示したいと望んでいる。
アヘモニーがマンドレイクに何を話したかは知りませんが、急にマンドレイクが彼女に対して従順になりましてね、たいそう嬉しそうでしたよ、何かいいことでもあったんでしょうか。
通信施設を占領しに行っただけだ、次の都市を慌てて攻略するよりは確実だろ?
……首領は今になっても我々の計画に賛同してくださらないですね。
我々に過ちを犯してないことを証明できる限り、あの方の賛同を得られる機会ならいくらでもある。
ってことは、人探しは続行ってことか?
町をひっくり返してでも見つけ出すんだ。
わぁったよ。ならグダグダ言ってねぇで、捜索するぞ。
お待ちください、先に“プリズナー”を起こしに行きましょう。
あ?俺たち五人もいれば十分だろ、まだ足りねぇってか?
私たちの約束を忘れないで頂きたい、いかなる功績も必ず平等で分配されなければいけません。
……なんなんだよてめぇ、お仲間すらお会計の項目かよ。
そんなに知られたくないってんなら、この情報を知ってる下っ端たちはどう処理すんだよ?
もちろん連れて行く、なにせ、人探しだ、人手は多いに越したことはない。
見つかったあとは……
どうするかはみな分かってるはずだ。
何人たりともダブリンから逃れることはできん――
ダブリンの秘密を垣間見ることも、な。
この包帯はもう処分しないと――
でもそれもう俺が洗ったヤツだが……
洗っても無駄なんだよ、この箱にある物資はもう地上にある源石に汚染されてる、粉塵が完璧に除去できた保証なんてできない。
はぁ、ジェニー、あんたの言ってることは正しいけどよ、でもマジで今はなんも足りてないんだ。
あっちを見てみろ、また何人かひどい怪我を負った人が運び込まれちまってる……
あの人たちって……
そいつらを知ってるのか?
……うん、昔に……ちょっとね。
でも彼らはきっと私を見たくもないんだと思う。
彼らの手当は君に任せるよ、私は診療所を見てくる、もしかしたらまだ物資が見つかるかもしれないし。
ジェニー、見ろ、誰か来た!
(ダブリン兵が駆け寄ってくる)
そこをどけ!
…………
旦那、俺たちを助けにきたんですかい?
邪魔をするな。
待って、あなた……ローナン?
……
隈なく探せ、どこも漏らすんじゃないぞ!いいか、この近くは路地が多い、人が隠れるには絶好な場所だからな!
ローナン、あなた何やってるの?私たちよ、服装を着替えたら近所や友だちに赤の他人のフリをしちゃってどうしたの?
……俺にはまだ重要な任務があるんだ、これ以上俺を引っ張ってグダグダ言ってると、手を上げるぞ!
クレイグが怪我をしたの、お願い手を貸して、この子がずっとあなたを手伝ってあげたことに免じて……
訳の分からんことを言ってるんじゃないぞ!?
(ダブリン兵が悲しむ女性を突き倒す)
キャッ……うぅ……
(彼女の背中、ひどい怪我をしてる……)
(それに、彼女の子供、クレイグくん……頭も傷を負ってる。)
(はやく止血してあげないといけない、でも私は彼女らから嫌われてる……)
見つかったか?
本当にそれらしい人間は隠れていないんだな?
(人を探してる?)
……いいや、ダメだ、ここはゴチャゴチャと人でごった返している、もし俺たちが去ったら、すぐにまた潜り込まれるだろう、それでは示しがつかん。
(もしかして……Outcastさんが助けに行った人を探してる?)
(それじゃ彼女が危ない……)
(私もここを離れないと。)
おい、お前たち、立て、全員ここから移動するんだ!
旦那、負傷者が多すぎます、みんな動けそうにありませんよ……
動けなくとも動くんだよ!
誰か、この鉱石病患者どもを全員この街から放り出すんだ!こいつらが爆発しないように気を付けろよ、外にある源石結晶塊よりもおっかないんだからな!
たとえば、ここにいる顔中血まみれのガキとかがそうだ――
うぅ……あがッ……お母……さん……
クレイグ、クレイグッ!やめて、その子を連れて行かないで、お願いッ!
あんた、手を貸さないどころか、ここにいる人らを殺そうってのか?
人聞きの悪いことを言うな?みんなタラト人なんだろ、ならタラト人のために少しぐらい犠牲になったっていいじゃないか?
ローナン、この前もそんなことを言ったから、俺たちはシアーシャを失ったんだぞ!
(……シアーシャ!?)
(あの人が……あいつがシアーシャを売った……)
(それからあいつらは彼女を……彼女を……)
(あいつはシアーシャの命と引き換えにあの衣装に袖を通したのね……!)
あいつは俺たちの信頼を裏切ったからああなったんだ……死んで当然だ!
首領の偉大さと抗う意味も知らない人間なんざ、相応しい結末など一つしかない――もし協力しないのなら、今度はお前らの番だ!
……もういい。
ジェニー?あんた……もう行くんじゃなかったのか?
誰だお前は?いや待て、見覚えがあるぞ……タラト人ではないな?
もうこれ以上喋らないで。
そんなことを軽々しく口にしないで。他人に代わって犠牲の決断を下せる人間なんていないんだよ。
お前手に何を持って……旗!?
お、お前はヴィクトリア軍人!
……ヴィクトリア軍人?
……
いいえ、もう違うわ。
ただ、もしここにいる無関係な命を踏みにじろうとするのであれば、私はあなたの敵になる。
……無関係だと?こいつらが何をしたかも分かってないくせに、よく無関係だと言えたもんだな?
このガキも、ここにいる連中も……キレイな手をしてる人間がいると思うか?
じゃあ……あなたはどうなの?
あなたは自分の同胞を利用してその地位を手に入れた途端、態度を一変させここの人たちを逆に虐げに来た……誰があなた裁いてくれるの?
お前の大義名分など知ったこっちゃない、誰に見せびらかしてるんだ?おい、さっさとこいつを追い出せ!それとこのヴィクトリア軍の逃亡兵と一緒につるんでる感染者だ、全員囲め、こいつらは処分されるべき人間だからな!
お願い、助けて、助けて……
(ジェニーが剣を振りかざす)
これ以上進ませない。
なんのつもりだ?そこをどけ!
どこに行ってもその旗を持ってるということは、大して能のない兵なんだろうな?
私に能があってもなくても、これ以上の悪は許さない。
頭おかしいんじゃないのか?お前はこいつらの何なんだ?こいつらに利用されることを甘んじて受け入れてんのか?そこまでバカなのかお前は?
私は……
……うっ……がはッ……
ええ、私はタラト語を話せない。
だからあなたたちが普段から過ごしてきた暮らしを本当の意味で体験することはできない。
今の私は鉱石病にも罹っていない。
でも……
この二年余り、私は毎日あなたたちの街を駆け巡ってきた。
あなたたちの泣き声を、あなたたちの笑い声を聞いてきた。
ずっとはっきりしていたよ、私たちはみんな同じ、生きた人間なんだって。
人である以上、間違いは必ず起こす。そして間違いを犯した人は、止めなければならない、裁かれなければならない、良心の呵責に苛まれなければならない――
けど、その人の運命を決める人も、決して恩義を忘れた悪党に成り下がってはならない。
あなた……私たちを守ってくれるの?私たちが憎くないの?
……ちっとも憎くないと言えば……ウソになる。
けどもう目を背いたりはしない……私たちの間に確固たる隔たりがあることに対して。クレイグくんが過ちを犯したことも事実、どんな悪だろうと私は庇うつもりはない。
けどある人から教わった――目の前の悪だけは、止めなければいけないって。
たとえどちら側にいようとね、それが今私のすべきこと。
あ……ありがとう……
……あ……
大丈夫よ、クレイグくん、手を放して。
過去の私が相応しき戦士だったろうとなかったろうと、逃げようと決めたあの時から、もう戦う覚悟はできているよ。
それよりも君の傷……
(ビリッ――)
忘れるとこだったよ、私はもうこの旗よりも清潔なものは持ってない、だから今こそこの旗の一番の使いどころだね。
ジェニーは旗の端をちぎって優しく男の子の負傷した頭に巻き付けた。
うぅ……ごっ……ごめんなさいっ……お……お姉さん……
クレイグくん、また後で話そうね、今はしっかり寝ること。
さて、ダブリン兵、そろそろここから立ち去ってもらおうか――
それと、去る前に、シアーシャにしたことへのツケを払ってもらうから。
お前一人でか?
私一人だけだろうと。
……俺たちもだ。
比較的軽い怪我で済んだ人たちがぞろぞろと各所から姿を現した、一人また一人と、旗を握りしめるジェニーの背後へと集まってきた。
お前ら――一体なんの真似だ?
ダブリン兵に歯向かうつもりか?オブライエン、お前は俺たちと一緒にそいつを捕らえるべきだ、ダミアンがどうやって死んだか忘れたのか!
いいや、ローナン、ダミアンのことなら忘れてないさ、だが……シアーシャのことも忘れちゃいねぇ。
確かに俺たちは多くの過ちを犯してきた……俺の目は節穴じゃねぇから、今この時、誰が一番俺たちに手を差し伸べてくれた人ぐらいかはわかってるつもりだ。
だがそいつはタラト人じゃないんだぞ!
あなた、みんなの目つきが分かるよね?
少なくとも、今、私たちは同じ側に立っているんだよ。
……救いようのないアホどもが!その愚かな選択をしたことを悔やみながらここで死んだな!
みんな怪我に気を付けて、無茶は厳禁だよ。
この悪党どもなら安心して私に任せて。
この戦い、私が……
いいえ、私たちが必ず勝つ!