ヴィヴィアナ・ドロスト、それがお前の名前だ。
お前は一族の恥だ……もしほかの貴族に知れ渡れば、お前は他者がお前の父を攻撃するための道具として利用されてしまう。
お前は秘密裏に追放、あるいはいっそのこと処分されるべきだった。塔がお前の慟哭に耳を傾ける必要などない。
だが、お前はカジミエーシュへ連れてこられた、カジミエーシュのとある征戦騎士へ預けられ育てられた。
ましてや誰もお前の身分をひた隠すこともしなかった、その隠されるべきだった身分を。
まるで誰もがお前を悠々自適に生きてほしがっているように。
なんて慈悲深く哀れなのだろう……お前の貴族の父は、お前の名の知れぬ母は、どちらも未だにお前のことを愛してたとは。
(戦闘音)
……ふむ。
燭光と……陰影か。
驚きました……あなたはアーツ現象を抽象的ながら理解したのですね……
部屋の中に一本のロウソクが灯された時、一番人の目を惹きつけるのはそのロウソクの光です、しかしその人を包む込んでいるのは、周りにあるすべての器物から生じた影。
見事な技だ、ヴィヴィアナ……私の光でさえ……あなたを照らすことに至らないとは。
……申し訳ありません。
……どうした?
その、礼節に基づいて、私もあなたを名前で呼んだほうがいいんでしょうね、マーガレットさん。
(大歓声)
これは――これは本当に私たちが知り得るあの騎士競技なのでしょうか!?
二人の騎士は、勝つことに、戦うことに拘っていないようなご様子です、むしろこの場面は――まるで貴族同士の優雅な社交にも見えましょう!
だ、だとしても――さきほどのアーツは、燭騎士が繰り出した刹那の剣術は、一瞬光を呑み込んでいなかったでしょうか?
耀騎士の無尽蔵な輝きは、まさかすでに疲弊を露にしたのでしょうか!?
ロウソクの光――そう、燭光、即ちあの燭光、あの小さな光の周囲は、皆様!あの光の周囲にある夜、光に照らされていない暗闇のほうがよっぽど私たちの目を惹きつけているではありませんか!
あのちっぽけな光を操ってると言うよりは、むしろ、燭騎士は光の下にある影を操ってると言ったほうが正しいでしょう!
いやはや!なんと申しましょうか!チャンピオンの対決自体が極めて少数だというのに、このような状況はその中でもさらにさらに珍しい場面でございます!
優雅でありながら、次々と繰り出されるハイレベルなアーツ同士のぶつかり合い!
これこそが耀騎士マーガレット・ニアール!これこそが燭騎士ヴィヴィアナ・ドロストであります!
マリア?どこにいるのマリア!
一体どこにいるのよ……酒場にもいないし、家にもいないだなんて……
……
……まさか……
うっ……うぅん?
私なんで……
……
……誰……?あなたはあの時の……
無冑盟。
……!
……そう警戒しないで。
大人しくしくれれば、こっちも手は出さないから。
なんせ、もしニアール家の一番大切な末っ子に傷でもつけたら……耀騎士とムリナールが本気で殺しにかかってくるかもしれないからね。
あなたたち……お姉ちゃんを負けさせたいの?
そんなところかな。
……錆銅が起こした事件のことは知ってる?今感染者たちの間でその話題が盛り上がってるんだよね。
そんな状況下で、もし耀騎士が優勝でもしたら……どうなるか想像できる?
君のお姉ちゃんが大人しく燭騎士に負けてくれれば、私たちもこんな面倒なことを対処しなくて済む、一番楽チンな選択だとは思わない?
……
お姉ちゃんは……負けないよ。
……
ねえ知ってる?マリア・ニアール。
カジミエーシュは……塔みたいなもんなんだ、下から上へ続いていく螺旋を描いた階段は、永遠に、そのてっぺんが見えないんだよ。
フォーゲル!コーヴァル!マーティン!
マリアが――
……マリアが、どうした?
昔からずっと考えていました。
私たちはなにに苦しんでいるのでしょう?
ウルサスの痩せこけた土地に暮らす農民たちより、ボリバルの戦火に晒されてる難民たちより、サルゴンの果てしない砂漠を行き交う行商人たちより。
私たちはよっぽど平穏な暮らしを過ぎしているじゃないですか?
違う。
ウルサスには贅沢を喫す王侯貴族がいて、ボリバルには私腹を肥やす武器商人がいる、サルゴンの黄金都市もきっと楽しい歌や踊りで満ちているのでしょう。
では、カジミエーシュの苦痛はどこにあるのでしょうか?“騎士”として、カジミエーシュの騎士は、この隠された悲劇とどう向き合っていけばいいのでしょうか?
違う。
結局のところ、私は本当にカジミエーシュの騎士でいていいのでしょうか?
それとも、本当はリターニアに居たまま、花とアコーディオンの音色に包まれながら、詩を描いていればよかったのでしょうか?
(回想)
なぜご自分で詩をお書きになってみないのですか?あなたはこれほど人気があるんですよ、出版社に連絡致しましょうか、あなたの名声と才をもってすれば……
私がですか……?私には……書けませんよ。
またご謙遜を……
いえ、なにもお世辞を言ってるわけではありません、マギーさん。
……私は……
私はもう感覚を失ってしまったんでしょうね。
リターニアを去れば、あの高い塔から降りられると思っていました。けど気付いたんです、塔はまだそこにある、ずっとそこにあったままなんです。
苦難の上に聳え立ったままなんです。
(回想終了)
(戦闘音)
……マーガレットさん。
雄大な塔に火を点けたら、その煙はどこまでなら見えるのでしょうか?
炎は人々の心にある矛盾を燃やしてはくれないさ。
……
いくら離れた場所にいてもその黒煙を目にすることはできるだろう。しかしそこもかつては一部の人々の住処であり、生き長らえてきた故郷なのだ。
……なら尚更理解できません。
あなたのような騎士が、もしなにかを変えたい一心を抱きながらカジミエーシュへ戻られたのではないと言うのであれば、一体なにが目的なのですか?
あなたが言った通りだ、ヴィヴィアナ。
時代は変化し続けている、だがかつて美徳や正義と称されたものまで、変るとは限らない。
私がここに戻って来たのは、カジミエーシュの騎士たちに、カジミエーシュにいる一人一人に伝えることだ――
――とっくに忘れ去った栄誉を、な。
伝える?今のカジミエーシュに……どう伝えるのですか?
……あなたは私からその答えを求めようとしているが、私にその答えを授ける資格はまだない、これはただ単純に会話で実現できることではないからな。
ふふ……あなたのアーツは心までも読めるのですか?
私はただあなたの正直さに気付かされただけだ。
……それに、この数年間の流浪の旅の中で、私がなにを見てきたか、あなたはそう尋ねていたな。
私はこの大地で最も深刻な惨劇を目にしてきた。
感染者が危機に瀕する際に足掻く場面を、巨大な都市が降り注ぐ天災で崩れ去る場面を見てきた。
……それがあなたが見てきた苦難なのですか?あなたが……憐れんでいるカジミエーシュというこの地の?
私には優秀な仲間たちがいるんだ。
いや、彼らはただ単に優秀という言葉では片付けられないな、彼らは……理想の輝きを煌めかせていた。
だがこんな私でも迷ったことはあるんだ、ヴィヴィアナ。
あの年齢で優勝し、追放されれば、誰だって迷いはしますよ。
だが今は違う、長い旅の果てに、私は仲間たちと信仰の在処を見つけたんだ。
私はもう独りではない。
マーガレットは槍を地面へ突き刺した。
光が音もなく解き放たれ、騎士の瞳にはまるで黄金が流れているようだった。
彼女はそのすべての道しるべとなり、根幹となる。
彼女は死に至るまで、はるか遠くの時に至るまでここに立ち尽くそう。
彼女が照らす道を誰一人通らなかったとしても――
――もう不安になることはない。
ご報告。プラチナ様……騎士協会へ通知を入れました。
ただ試合はまだ続行中とのことです。
……騎士協会がはやく動いてくれるのを祈るしかないね。じゃないと、彼女の妹が痛い目に遭ってもらわないといけなくなるから。
……言ったはずだよ、お姉ちゃんは負けない。
平気平気。妹の指がきれいにお家の玄関に並べられてるのを見たら……君のお姉ちゃんもさすがに試合を辞退するさ。
……
……反抗的な目、君って変なヤツだね。いや、君もその姉も、どっちも変なヤツだ。
名のある英雄一族だろうと、この大騎士領に連合会の手先がどれだけいると思う?
耀騎士とムリナール、あの“二人がかり”なら、少しは手強いってぐらいかな、けどだからなにができるって言うの?大騎士領で数百数千人も殺せる人殺しが、法の責任を背負わなくていいわけないもんね?
あなたって……確か口数が少ない人だったはずだけど、まさか緊張してるの?
……そうかもね。
なんせ以前の仕事は、弓を引いて、狙いを定めて、手を放すだけでよかった、そうすればターゲットが少しの間だけ苦しんだのち息を断ってくれたからね。
けど最近は、子供に手を出したり、耀騎士にちょっかいを出す命令ばっかり、はぁ……辞めたいなぁ……
最近の無冑盟、ちょっとやり方が汚すぎない?
……ご報告!
耀騎士がサレンダーでもした?
い、いえ……さきほどの定時連絡において、E7、E9の応答が確認できていなくて……
……なにをボサっとしてるの、戦闘準備。
全員部屋から脱出し、A1、A2の高台を確保、ターゲットを逃すな。
(爆発音)
三番と四番は私の援護に回れ、侵入者を対処する。
(爆発音)
(爆発?人質のことはお構いなしかよ――)
(――いや違う、マリアの救出が狙いじゃない?)
煙の中に人影を確認!敵襲に備え――
(無冑盟構成員が矢で射られる)
――ガハッ……
(大きなピーピーと鳴る音)
……なにこれ?配達車?
(イヴォナがプラチナに斬りかかる)
――!
やあやあ、無冑盟の手下ども。
チッ、感染者騎士か……
(プラチナがイヴォナとの距離を空ける)
へえ、ひとっ飛びでそんなに距離を開けれんのか、身軽なんだな――ん?
マリア・ニアール?なんでお前こんなところにいるんだ?
あ、あなたは……
まあそんなことより、まだ動けるか?
(イヴォナがマリアの拘束を叩き切る)
だ、大丈夫です!
どういう事情かは知らねぇが、耀騎士に恩を一つ売るのも悪かねぇな。
先に言っておくが、無冑盟を襲うことは“重罪”だ、ハハッ、まあ法律が関わってくることはねぇけど。
お前に関しちゃこのまま逃げてもいいし、あるいは――
――こいつらを止めないと、またお姉ちゃんの邪魔をしに行かれる。
……
へぇ、判断が早ぇな、ちょっと気に入ったぜ。
だがすまねぇが、無関係者を無冑盟との抗戦に巻き込むわけにはいかねぇんだ、じゃないと寝覚めが悪くなっちまう。それにソーナも結構お前のこと気にしてるらしいから、今回ばかりは、お前が加わる分はねぇ!
トーラン!
(無冑盟構成員は斬られる)
な、なんだ!?
えっ、誰!?
(トーランが近寄ってくる
すまないが俺についてきてもらうぜ、ニアール家のお嬢さん、ついでに言うが、お前は叔父とまったく似てねぇな。
(無線音)
監察会へ報告を入れろ……無冑盟と感染者騎士の衝突を確認、マリア・ニアールも連れていかれた。
耀騎士の試合に邪魔が入らなければいい、オーバー。
試合が始まってどれだけ経ったでしょうか?おそらくこの場にいる観客の皆様は私同様、こんな騎士対決は見たことがないと思っておられるでしょう!
アーツを専門的に扱う方でなくとも、このお二人の騎士のレベルがいかに高いかご理解できると思います!
光同士の拮抗!それが今回の試合のメインテーマになること間違いなしでしょう!微弱なる燭光の万丈なる輝きへの挑戦!
九時ちょうどになりましたが、それまでインターネットや各チャンネルを通じてこの試合をご覧になってる人数は、すでに二百万人を超えております!
第二十二回にあった耀騎士の優勝以来、またもやメジャーリーグ史上最多同時閲覧人数を更新しました!無数の観客たちが今この時のマーガレットの雄姿を目に焼き付けております!
あぁ、今でも残念に思って仕方がありません、もしSF小説のように、各国にいるファンの皆様にもこの試合を届けられたら、どれだけよかっただろうか、と!
巨大な光が再び衝突を繰り広げました――眩しい!なんて眩しい光景だ!しかしそんな滾る波のような輝きを受けようとも――その通り!燭騎士はまったくの無傷ッ!
ふぅ……
……見事だ、ヴィヴィアナ。
光と影……それを織り交ぜて足すら踏み入れられない領域を編み出した。
こんな小さな燭光で……耀騎士をこれほど足止めできたことは、私とって光栄の至りです。
しかしまだ全力を出し尽くしていないようですね、家族が心配なんですか?
……
あなたは今とても矛盾したことをやっているのですよ、マーガレットさん。
あなたは仲間を持つことに誇りを感じていますが、実際には、あなたが自ら決められた道を歩めば……その素敵な仲間たちと離れ離れになります。
おそらくいずれ、あなたの妹も無冑盟の陰謀に巻き込まれてしまい、あなたの居場所も商業連合会がもたらす数々の阻害を受けるでしょう――
ヴィヴィアナ。
あの騎士が果てしない波へ突き進んでいった時、彼はこの大地に勝ちたいがために突っ込んでいったのだと、あなたはそう思ったのか?
うふふ、あなたもあの騎士のお話をご存じだったのですね。
私の妹もその話が好きだったのでな。
セントレアが感染者に襲われた、野鬣騎士だ。
野鬣騎士の一人も片付けられないのなら、さっさとこの仕事を辞めちまえばいい。
それで……私たちはどうする?連合会は感染者の処分を明確にした……私たちにもなるべく迅速にって指示が出されてる。
うーん……確かに厄介だな。感染者には引き続き騒ぎを引き起こしてもらわないと困るし……
お前が決めな、大俳優。
え?それって俺のこと褒めてるの?やっぱ髪を染めた後ずっと自分はどっかの俳優と似てるとは思ってたんだよな。
わかったわかった、そんな睨まないでくれ、方法は簡単だ、あいつらの中から適当に何人か殺せばいい、容赦なく、なるべく残酷にな。恐怖を拡散させるんだ。
そんで残った感染者たちはよりいっそカジミエーシュと連合会を憎むことになって、より過激になる。
だから?
ああ、だから面倒臭い仕事はプラチナに任せておけばいい。
俺たちは感染者を殺しに行く、騎士ではなく、人目につかないような感染者をだ、冷酷なまでに、狩りをするようにな。
……ふぅ……
なるほど、燭光が消えた時に初めて、あなたはアーツを放つのだな。
片時の暗闇でも私のアーツを呑み込んでいたのだ、なら燭光が煌めくその間は……競技会場全体の光すらも呑み込めるのではないのか?
ご明察……私のアーツの本質を対決中に見抜いたのはあなたが初めてです、それも流浪していた歳月の賜物なのでしょうか?
だが今になっても、私はあなたに触れることすらできていない、申し訳ない。
……かつての私はとても憎んでいました……アーツを。自身が持つアーツの素質が卓越したものであればあるほど、私の出自を鮮明に示してくるのです――
私の境遇を……気付かされるんです。
どうか教えてください、マーガレット・ニアール、耀騎士よ。どの信念を抱く騎士でもあなたのことが気になって仕方がないのです。
あなたの答えを教えてください、騎士に関する答えを。
――耀騎士と燭騎士が同時に動きを止めました。双方とも慎重に相手の出方を探り、会場内を悠然と闊歩している――
どうしたのでしょうか、まさか試合会場が本当に彼女たちの社交場となってしまったのでしょうかね?お二人の騎士は長い探り合いを経たあと、本当に一曲でも踊るつもりなのでしょうか?
ウフッ、聞こえました?一曲踊るかもって、言われてしまいましたよ。
では、お付き合いして頂きたい。
散逸する光はまるで温かな朝の日差しのように、ロウソクの光が灯す暗闇からその手を伸ばした。
そして、光は会場全体を覆い尽くした。
今宵のカヴァレルエルキはまるで白昼の如く眩しい。
マリアはこの方向に逃げたのか?よし、急げ、追うんだ!
――ここにはいません!
そんなバカな、ここはお墨付きの場所だ!震鉄騎士の酒場だぞ!
隠し部屋か勝手口がないか探し――
(ハゲのマーティンが酒場に出てくる)
すまないが、今は営業時間外なんだ、お客さん。
なんだと!?
(老騎士達が無冑盟構成員を襲う)
うっ……
殺すんじゃないぞ、面倒事になる。
ハッ、昔戦争していた頃、わしが砲兵術師を何人捕虜として捕らえて武勲を得たか知っとるか?
クソ、死にたいのか貴様ら!?俺たちは――
無冑盟なんだろ?その前はなにやってた?強盗?バウンティハンター?それとも退役した軍人か落ちぶれた騎士か?
言っておくが、俺たちはお前らなんか怖くはない。
……一度でも無冑盟に手を出せば、無冑盟はその後永遠に貴様らを追い掛け回すぞ……
今日かもしれないし、明日かもしれない、それか貴様らがメシを食ってる時か、寝てる時、パンにジャムを塗ってる時まで……どこにも逃げ場はないぞ!
そりゃ忠告どうも、ペッ。
だが正直に言おう、無冑盟より百戦錬磨の先鋒のほうがよっぽどおっかないわい。
(老騎士が無冑盟構成員を殴り倒す)
ははっ!こりゃスッキリするわい!
……ほかの連中にもここを気付かれたようだ。マーティン、この店だが、もう開けなくなるかもな。
それは残念だ。もう二年先の家賃まで前払いしたのに。
お前ら!一体なにをした!?
俺たちに歯向かうって言うのなら――全員隊列を組め、構え――えっ?
無冑盟は手に持っていたクロスボウを構えた。
しかし弦が切れた。正確に言うと、歪んでいるのだ。
な、なんだ?
一発食らえ!
(老騎士が無冑盟構成員を殴り倒す)
むがっ!?
……アーツを使うのは久しぶりだな、手に馴染まん。
チッ、無冑盟はいつからこんなに人を取ったんじゃ!?連合会はこんなところに金を使うぐらい有り余ってるっというのか?
ハッ、だから全員こんな中途半端な連中なのか!
気を付けろ、あのハゲは震鉄のマーティン、残りの二人は征戦騎士だ!
二班に分かれ、一班はこいつらを生け捕りにしろ、ニアール対処への切り札になれる。もう一班は引き続きマリアの追跡に――
こいつはまずいぞフォーゲル!
じゃあ命乞いでもするのか?
構えろ、撃て――
(斬撃音)
なんだよ?今度は誰だ!?
あなたたち……
……マリアになにをしたッ!
光、その言葉はすでに聞くだけで飽きを覚えるようになっていた。
太陽のような色彩が耀騎士の背後を彩る、そして彼女の向かい側には、また新たに灯されたロウソクの光があった。
その後、観衆たちが光の中で二人の騎士の姿を追いかけるのに疲弊していたその時。
輪郭がぼやけた球体――光、暈、すべての光が、その時消え果たのだった。
はぁ……はぁ……
ヴィヴィアナ、あなたは本当に……素晴らしい。
見てくれ、私の光は……すべてあなたによって呑み尽くされた……ふぅ。
……耀騎士に疲れを覚えさせて、とても光栄に思います。
だがしかし、あなたはただあの燦爛たるアーツばかりを頼りにしてるだけではございませんね。
燭騎士はゆったりと高く掲げていた燭剣を下ろした。
燭光は消えたが、乳白色の断面には依然と輝きが煌めいている。
半分となったロウソクはまるで羽のように堕ちていった。
私の剣はあなたによって断ち切られた、どうやら、私の負けのようですね。
……燭騎士ヴィヴィアナ・ドロスト、ここに負けを認めます。
燭騎士が――負けを認めましたァ!聞き間違いでしょうか――さきほど燭騎士が負けを認めたのです!組織委員会もその発言を確認致しました、では――
この長い対決をもって、勝者はこの方となります、若きレジェンド、耀騎士ィ!
あの彗星の如く帰還してきた耀騎士は、やはり皆様の期待を裏切りませんでした、ハイレベルな対決を見せてくれたあと、正真正銘、初めて相手となる大騎士に打ち勝ったのです!
敗れても見事な対決を見せてくれた燭騎士も――お互いに握手を交わし健闘を讃えました!さしずめこの先数週間のトップニュースでは、すべてこのシーンが映されるでしょうね!
マジかよ!?燭騎士が負けを認めただって!?俺の数か月の給料がァー!!
だから俺の言うこと聞いとけばよかったんだ、まあ俺もあんま稼げなかったが……はぁ、今回の試合で目がクタクタだ。
……ほっ……
騎士とは、大地を照らす崇高なる存在。
フフッ……
ヴィヴィアナ。
私はあなたの出自に――あなたが抱く蟠りにとやかく言うつもりはない、だが、あなたは私が出会った中で……もっとも強い騎士の一人だ。
……これで十分です。
あの騎士の古典話に登場する騎士たちは……常に決闘を通じて互いに心を交わしていました。
しかし現実はそんなロマンチックではありませんね。今日、私はただあなたのことを知り得た程度にすぎません、マーガレットさん。
あなたがこの先どこまで歩むのか、私にも見せてくださいませ。
期待しております。
(戦闘音)
チッ――
(戦闘音)
(――防いでいるのに、それでも武器が持っていかれそうだ――こいつ――)
……次の一矢で、オマエの両足を射抜く、これ以上逃げ回らせないようにね。
その次の一矢で、オマエの甲冑を貫く。
そして最後の一矢で、オマエの胸を貫く、そうすれば一瞬苦しむだけで、あとは湿った街道に斃れるだけだ。
……ハッ、どうりでソーナがクラスの無冑盟と出くわした時、一目散に逃げろって言ってくるもんだぜ……
お前若いくせによくやるじゃねぇか、お前より上にいる連中も、どいつもこいつもバケモノなのか?
来世ではそいつらに出くわさないよう祈っておくんだな――ん?
(爆発音)
野鬣!助けに来たぞ、はやく下がれ!
(慌ただしくピーピーと鳴る音)
……わかったよジャスティスナイト号、お前までそう言うんなら、今日は確かに無冑盟と決着する日じゃねぇようだな。
また会おうぜ!プラチナ!
(爆発音)
うっ、ゴホゴホ……
……逃げられた。
なんでどいつもこいつも爆発物ばっかり使うんだよ……!ゴホゴホ、あーもう埃まみれ、髪も洗ったばっかりなのに……
……はぁ、このあとなんて弁明すればいいんだろ……
弁明はいらないぜ。
ちゃーんと見てたからな。
……
(ロイとモニークが近寄ってくる)
……さっきのヤツら、レッドパイン騎士団じゃないヤツも少なくなかったな。
感染者がかなりまとめ上げられてる……いつから大騎士領にはこんなに感染者が潜んでいるんだ?
責任を論じたいのであれば、質の悪かったエンジニアの請負業者が半分で、天災が半分ってとこかな……
だから、ゼロ号地には働いてもらわないと困るんだよ……あっ。
ペガサスちゃん、ちょっと頼みたいことがあるから、またよろしくね。
言ってくれれば従います……この前上司の前でやらかしたこと、こっちは異論を唱えるつもりはまったくありませんので。
この会社について調査してほしいんだ、耀騎士と関連を持ってるし、今はゼロ号地にいる。
感染者の件は全部俺たちが引き受けるよ……まあどうせ耀騎士と関連性がある会社なんだし、お前の仕事内容のうちには入るだろ。
……ロドス・アイランド。
調査だけですか?
向こう側から連合会に接触した会社なんだ、いや~、どうやらこの会社もなかなか貪欲だね。
もし利益をもたらしてくれる会社なら、もってこいだ、最終的に金で耀騎士の問題を解決してくれるのなら、願ってもないことだね。
だがこの一件は完全に理事会のご意思次第だ、あとで理事会の人間がそっちに来るから、俺たちの意見なら無視しといて構わないよ。
ではお二人はどうするんですか?
お前はいつからラズライトの内情に口を出せるようになったんだ?
いえ……申し訳ありません。
自分の仕事をきちんとこなせ。
燭騎士さん!サインください!
燭騎士!こっちに目線をくれ!ウォ――!
……
(代弁者マギーが近寄ってくる)
……ご機嫌のようですな。
……知っていますか、マギーさん。
耀騎士が追放されたあと、伝説はそのまま幕を閉じ、最年少の神話が再び現れることはなくなったと、みんなそう言うんです。
感染し、追放され、六年という月日が流れたあとの彼女を目にして、ようやく私も理解しました、あれは全部戯言だったのだと。
今の彼女は……
……まるで空高く昇った太陽のようでした。
ふぅ……面会お疲れ様でした、ドクター様。
きっと何人かの重役からお墨付きを頂いたはずでしょう、あの方たちはどなたも商業連合会にとって不可欠な人物たちなんです。
・ありがとうございます、あなたのおかげです。
・……
・色々学ばせて頂きました。
……しかし、口頭での利益関係だけをお求めになられてるわけではございませんね?
本当に気になって仕方がないのですが……カジミエーシュ以外の国には、あなたのような商業も戦場も熟知している科学研究者がたくさん存在するのでしょうか?
・そうかもしれませんね……
・社会の発展には、必須です。
・きっと私だけ異質なのかと思います。
あはは……
ここから歩けば、すぐホテルに着くかと思います。
あっ、実はここは私が初めて仕事を得た場所なんです、あの頃の私はまだ普通の取引作業員でした――
(ガラスの割れる音)
ガハッ――
(感染者騎士が倒れる)
――!お下がりください、ドクター様!
負傷した感染者騎士は、なぜだかボーっとあなたの顔を見つめていた。
そんなあなたはこの人から怒りも、恐怖も、哀愁も感じない。
しかしあなたには彼の複雑な情緒を探る時間などなかった、彼はまるで鞭打たれる駄獣のようであった。
力を込めて立ち上がり、そして走り去っていった。
……
(無冑盟構成員が近寄ってくる)
……代弁者様、そちらの方は?
さっきのは……
……違法感染者です、もし必要でしたら、後ほどこちらから法律関連の書類をお渡しします。
どうかご理解くださいませ、代弁者であろうと、もしお近くに部外者がございましたら、この件を吐露するわけにはいきません。
お二方もなるべくお早めに避難してください、この付近で衝突が発生したので。
(無冑盟構成員が立ち去る)
……申し訳ありません、興が冷めてしまいましたでしょうか?
お見苦しい場面を……まさか晩餐会のあとでこんなことに出くわしてしまうなんて……
……
あの感染者に手を貸すことはできますか?
それは……
……私にそのような権限はございません……
・私たちの友好関係のためにもどうか。
・ロドスとの友好関係のためにもどうか。
・カジミエーシュの進歩のためにもどうか。
……
マルキェヴィッチは黙したまま感染者騎士が逃げて行った方角へ目をやった。
あそこは路地だ。音楽が聞こえ、深夜のレストランが燻ぶり出す煙が見える。
ポツポツと滴った血痕が遠くまで伸びていく。
まるで人の性を表した宝石のようだった。