……以前から引っかかってた、なんでお前たちはそのまともに歩くことすらできないサルカズを引き連れているのかって。
そういうことだったんだな。
えっと……モニーク様、なんのこと俺さっぱり……
……なら少しは黙ってろ、情けない。
……無冑盟か、私になにか用か?
まず、耀騎士にお詫びしたい。
今日無冑盟がマリアを誘拐したことについてだが――
――
――ちょいちょい、落ち着いてくれ、俺がやったわけじゃないんだ。
……貴様ら……卑劣な殺人鬼どもめ!
今頃マリアも無事お家に戻ってると思うぞ、安心しな、あれからつっかかったりはしていない、したとしても、なるべく……完璧とまでにはいかないようにしたはずさ。
無冑盟だって金を頂いてから仕事にかかってるだけだ、俺たちがやりたくなくても、上の連中に見られてたら仕方ないだろ?
……あなたたちは感染者を襲っているではないですか。
それも上からの指示だ、俺たちは悪くない。
どんな理由であれ悪行が水に流される道理はない。
……そりゃそうだよな。
だから、今日こうして挨拶しに来たわけじゃないか……
なにも話すことはない、やるというのなら、とことん付き合ってやろう。
せっかちな人だなまったく、こうなったら率直に言おう、俺たちは商業連合会の支配下から抜け出したいんだ。
……なに?
今日来たのは、この話を伝えるためにな。お互い今はまだ対立する立場にいるだろ、それに今の俺たちはまだ連合会の人間だ……
だから水面下で和平交渉を結んでくれないか?
……
耀騎士、ニアール家とその従者、あと“ロドス”も。俺たちの計画の邪魔をしないでもらいたい。
その代わり、無冑盟はお前の試合の邪魔をしない、耀騎士と関りがある人間にも手は出さないようにする。
……ではあの感染者たちは?
……それは残念だが、俺たちにもやれる限度があるんだ。
感染者は俺たちにとっても脅威と言える、けど安心してくれ、俺たちにもあの感染者騎士が必要なんだ――
貴様らの濡れ衣を着せるためにか?
……
要求には応えられない、無冑盟。
――無冑盟は一体なんなのか?
大昔、傍若無人な騎士貴族に抗うため、その地に住まう農民と従者たちが手を組み、百戦錬磨の殺し屋を雇った。
だがそいつらは――全員失敗しちまった。
騎士は裏切者の首を尽く絞め上げ、城に吊るして、見せしめにした。領地内の農民もそれで声を出すこと止め、耐え忍んで、抵抗を諦めるしかなかった。
けどその後、とある弓使いが名乗りを上げた、そん時はみんな弓使いなんかがクランタの騎士に敵うはずがないと思っていたから、期待していなかったんだが……
だが翌朝、その暴虐な騎士の家族が目を覚めたあとに見たものは、その騎士は突撃する姿勢を保ったまま、空を仰ぎ、一本の長槍によって広場で貫かれていた……
近くに寄って見てわかった、あれは長槍なんかじゃない、一本の矢だった、クロガネによって作られた鋭利な矢だった。
それが“クロガネ”、歴史上初めての無冑盟だ。
まあ俺は自分たちのことを雇われの殺し屋っていう自覚を持ってはいるが、しかしな……
あの伝説は、ウソなんかじゃない。
――ニアールさん!上ッ!
耀騎士は頭上を見上げた。
街灯が淡く光る中、今宵は星が輝いて見える。
その中にある一粒の流星が、キラキラと数回煌めいたあと、星々からその軌道を逸らした。
そしてそのまま大地へと墜ちてきた。
――矢だと!?
それを斬るのです!
了解した――!
(アーツ音と斬撃音と爆発音)
キャッ――!?
リズ、気を付けろ!
(ニアールさんと私が同時に剣を抜いたのに……それでも、斬れなかった?)
……
……二人とも、大丈夫か?
だ、大丈夫です……さ、さっきのは一体……
マーガレットは黙々と傍に目を配った。
漆黒の矢、まるで長矛のようなその矢は、コンクリートの地面に音もなく突き刺さっていた。
さすがだ……クロガネの一撃を避けた人なんて、初めて見たぜ。
……
耀騎士の剣はやっぱりすごいな、それとそこの贖罪師もだ、見識が広がるような技だった……矢が生き物じゃなくて幸いだったよ――
――それが魂の味ってやつかい?サルカズさん?
医者でありながらその剣術とアーツ……どこまで研ぎ澄まされているんだ?
黙りなさい……これがあなたがさっき言っていた……停戦協定というものですか?
お前たちも分かってると思うが、さっきの矢は急所を外していた。さもないと、そこに座ってるサルカズは……とっくに死んでたと思うぜ。
……
挨拶はここまでだ、そんじゃお三方、さっき言ってた俺たちの提案をよくよく考えてくれよな。
……それと、さっきの矢で理解してもらいたい、無冑盟は決してお前らに首を垂れてるわけではない――
“クロガネ”は三人だ。
あと何回避けられるかな?
待て!
二人の無冑盟の姿がネオンライトと月光の間に溶け込む。
耳元にはジャズの音だけが残されていった。
……
……“クロガネ”は、黒曜石のような光沢を持ち、比重がとても重い金属です。
その名の通り……空から……落ちてきたようでした。
空……から?
……空からだ。
耀騎士はまた空を見上げる。
星々はまるで機を窺ってるかのように煌めいていた。
この矢は……とても遠い距離から放たれたものだ、とてつもない高さから放物線を描き、まるで空から降ってきたかのように錯覚させる。
あまり現実味がありませんね。
……無冑盟、“クロガネ”、あのヘラヘラと喋っていた男が言っていたように、ヤツらこそが“無冑盟”という言葉の原点だ。
あの暗殺者たちは、今も私たちの首を狙っているのかもな。
もう少し警戒を高めるべきですね、ここはカジミエーシュ……
彼らの罪の根城なのですから。
……マルキェヴィッチ。
どうしました?マギーさん?
……ここ二日なにやら身軽になった感じがするな、なにかあったのか?
いえ……自分のやるべきことを見つけただけですよ。
やるべきことか。
聞いた話によると、ロドス製薬と随分親密になってるようじゃないか、この前も、あちらの責任者とほか何軒かの企業との面会を設けたとか?
そうですけど……それがなにか?
あなたも知っての通り、感染者に対する世論は日増しに圧力を強めている、こちらもそろそろ返事を出さなければならない頃合いだ。
ロドスはゼロ号地における数少ない国外企業だ、しかし監察会から多大な支持を受けてる企業でもある。
きちんとロドスへもてなしをしなければならない。それに、今日常務理事の何人かが言っていた、ロドスのことを調査して……対処しなければならいと。
対処……ですか?
ゼロ号地には秘密がある、決して部外者に知られてはならない秘密だ。
この件で無冑盟が直接動員されている、“プラチナ”の指揮権もまたこの件の責任者に譲渡されるだろう。
……無冑盟まで動いたのですか……!?
だが……私から理事会に提言しておいたよ、この件の責任者はあなたに変更させておいた。
……!マギーさん!ありがとうございます!
礼には及ばん。
ただあなたとロドスとの個人的な交流で、この一件を簡潔にしてやってほしい。カジミエーシュで商売したければ、カジミエーシュのルールに従ってもらわなければな。
わかりました。
……それともう一つ。このことは絶対外に知らせるなよ、さもないと身の危険が及んでしまう。今のところプラチナとほとんどの無冑盟はまだ制御下にはあるとはいえるがな。
だが無冑盟内部で問題が、大問題が起こってしまった。
……!
……ドクター様。
またボーっとしてらしゃるのですか?もしかして手持ち無沙汰でしょうか?
最近の大騎士領各地で、感染者騎士のボイコット運動が行われていますが……
もしそちらが構わないのでしたら、ウフッ……街の散策に付き合って差し上げます。
私なんかより、アーミヤたちのほうがもっとプレッシャーを受けてる。
それは……そうでしょうね。
いつも思うんです、あなた方は、一体なにが目的で……カジミエーシュへやってきたのですか?
クロージャという人がいつも財政赤字に悩んでいる、それで方法を探ってるんだ。
……
ニアールも言っていた、カジミエーシュには助けを求めてる人たちがいると。
彼女に聞いたことがあるんだ、どうするつもりなんだって。
答えを聞いたあと、私は彼女を助けると決心したよ。アーミヤも同じだ。
だからここに来た。
……思ってた通りの答えですね。
昔の私でしたら、そんなのはただの大義名分でしかないって思ってたでしょうけど……耀騎士はロドスで高い地位についているのですか?
・“地位”なんて真面目に考えたこともない。
・ニアールさんのことは尊敬している、そこに地位なんてものはない。
・マーガレット・ニアールは私たちのオペレーターだ、耀騎士としては見てないよ。
今のカジミエーシュの企業たちはフラット化経営をよく謳ってると聞きますけど、あれって結局は下にいる労働者たちの警戒心を緩める言い訳にすぎません。
ただ、ドクター様がそうおっしゃるのでしたら……そうなんでしょうね。
ということはつまり、私もロドスで兼業すれば、あなたの……お傍にいられるということですか?
まあ、羨ましい限りです。
あなたは身分や地位を除いて、耀騎士を単純に一人の“人間”として見てるのですね……それだけじゃく尊敬までしていると?
ロドスのほかの方たちも……あなたから尊敬を得られているのですか?でしたら、私も少々気になってきました。
多くの騎士たちは耀騎士を尊敬していますが、その理由はたったの二つだけ。
彼女が“ニアール”であるから、もしくは彼女が“耀騎士”であるからというだけです。
ほかの答えが聞けることなんて、カジミエーシュ騎士の一人としては、とても新鮮に思います。
……ドクター様。
私はカジミエーシュへ売られた身なんです、その時から、いつでも他者のために身を捧げるようにと、お爺様にそう育てられました。
それが今だとしても、私はあなたのためなら死んでも構いませんよ?うふふ。
・私が君の護衛対象だからか?
・監察会からの命令だからか?
……征戦騎士とは、そう訓練された人たちなのです。
ですので、耀騎士の行いは、私から見れば、茫然としていて、遠くにあるもののように思えるんです。
あなたは、他者の理想のための自己犠牲を、とても素晴らしいことに思えますか?
・もちろん。
・ああ。
ではもしその人の理想も他者のための自己犠牲であれば、最終的に、私たちはなにを得られるのでしょうか?
より良い世界を得られる。
ほんの少しだけよかったとしても構わない。
……
純粋な考え方ですね、あなたが商業連合会の前で機敏に振舞ってた時とは大違いです……
そうだ、グラベルさん。
なんでしょうか。
私がもし君が犠牲になるほどの人間でないのなら、そんなことはしないでくれ。
……どうしてそのようなことをおっしゃるのですか、まさか私の忠誠心を疑って――
私がもし君が犠牲するほどの人間なのであれば、私たちのために生きてくれ。
……
君は優秀な騎士であり、ロドスのパートナーだ。
君は自由なんだ。
……
どうした?
いやね、ただ……クロガネが手を出すのは久しぶりに見たと思ってさ。
前回はいつ頃だ?
……お前がまだラズライトに上がっていなかった頃……前任のプラチナを処分した時だ。
あの時のプラチナはセントレアのお師匠さん……みたいなもんだったかな。
あの日は雨で、午後四時四十七分の頃だった、本当なら、俺はほかの街に出かけるつもりだったんだ。
あの時のラズライトは俺一人だけでね、急に電話が来たと思ったら、“プラチナ”が裏切ったから、即刻処分しろとさ。
……それで、お前は自ら自分の仲間を殺したのか?
いいや。もしそうなら、俺は毎晩悪い夢を見るだろうな。
実際俺たちが現場まで駆けつけた頃には……はは。ボロボロなビルだったよ。
三棟とも目もくれないほどボロボロで、裏切り者は……壁の高い場所で磔にされていて、胸にはクロガネでできた重い矢が刺さっていた。
俺の中途半端な現場推理から推察に……“プラチナ”はそこから逃げようとしていたが、空中でその矢に胸を貫かれて、そのまま壁に固定されちまったんだろう。
そん時俺はちょうどその壁の下にいた。あのターゲットを愛しちまって裏切ろうとした可哀そうな人は、そのまま上の壁で磔にされちまった。
今も覚えてるよ、すごく白い壁だった。あいつの死に様はまるで殉教者だったよ。
見識のないヤツだから自由や理想をペラペラと謳ってるヤツらに騙されるんだ。そいつらはまったく生きる本質を理解してない。
(無線音)
俺だ。
えっ……ようやく動いたって?
(無線が切れる)
……レッドパイン騎士団か。
ああ、ずっと慎重に動いてたが、ようやく……耐えきれなくなったみたいだ。
まあここ二日、感染者ボイコットのデモまで現れちまったからな……皮肉なこった、もうどっちが被害者なのかすら分からなくなっちまったよ。
チッ、また電話かよ、面倒くさいな。
(無線音)
もしもし――
なぜ指定通りに動かなかった?
そうすれば、贖罪師も耀騎士もあの矢を受けてたはずだ。
……
北の方角にヤツらを向かせて、あらかじめ私の矢を見れるように仕向けたな。
さもなければ、少なくとも車椅子に座ってたサルカズは殺せてたはずだ。
あはは、なんのことでしょうか――冗談言うにもキツイですよ。
あれは俺のその場での判断でしてね、ボス、どうしようもなく頑固な耀騎士からすれば、一人だけ殺しても、彼女を余計激化するだけですって。
耀騎士に理性を失わせることなら、願ってもないことだ。
それじゃあ危険すぎます、ボス。事後報告は申し訳ないですけど、今の脅威度はちょうどいいところまで来てるんですから、やりすぎはよくないですよ。
信じてください、耀騎士は絶対あなたの計画を邪魔しませんから……それと、今の状況を教えてもらってもいいですか?
……理事会にもうすぐ嗅ぎつかれる。だが問題ない、感染者たちがこの都市を陥落させた頃には……
私がこの手で最後の関係者を抹殺する。
そしてそれから、もう二度と、無冑盟高層部の正体を知る者は存在しなくなる。
……配置についた。
通信はクリアだ。
準備完了しました。
おうよ!俺たちなら成し遂げられるさ!
……ソーナ。予備電力の回復速度が予想よりも早いです。もしかしたらヤツらは応急措置を改良したのかもしれません。
絶対に……絶対に油断しないでくださいね。
ハッ、そんじゃもういっちょ騒ぐとするか?
おうよ、野鬣、無冑盟連中の脳みそをぐちゃぐちゃにしてやりな!
当然だ、こっちはいつでも動けるぜ。
……イヴォナは正面から無冑盟の巡回部隊を襲撃。
30分後、カイちゃんが動力区画を奇襲。計画通りなら、監察会の警備は“撤収”されてるはず。
そしたらアタシが連合会のビルに侵入して、欲しいものをちょろまかす、楽勝楽勝。
……それじゃ、作戦開始。
……ビルへの侵入は俺が手伝おう。
その後は、もうこちらから手を貸すことはできない、戻り道の安全も確保しなくちゃならないからな。
これで十分だよ、ありがとね、トーラン。
俺が言ってたこと忘れるんじゃないぞ、お前たちがやってることは、自分たちが想像してるよりもはるかに大きな意味を持ってる。
この街のみんなに見せつけてやりな、この都市の慟哭ってやつを。