「みな立ち上がれ。」
「すべてを静寂に帰そう。」
「もし騒がしい波があれば、静まり返った海にしてやればいい。」
「文明は栄え、都市は轟々と進む、ヤツらを滅ぼせるのはヤツら自身だ。」
「時間を与えるな、ヤツらは時間すら打ち破ることができるからだ。時間を己の手に、己に携えよ。」
「すべての人々に携えてやるのだ。」
二人のチャンピオンが展示会場に向かった出来事はメジャーリーグで起こった数々の珍事を振り返っても、前代未聞の出来事です!
それに加えて、今大会のチャンピオン耀騎士が――なんと騎士協会からの受賞を拒否し、その場から立ち去ってしまわれました!
これは間違いなく冒涜と受け取ってもよろしいでしょう。
いてててて……
爺さんよ、敵わないのなら無理して出しゃばるな、マリアとゾフィアに任せておけばよかっただろ!
お前だけには言われたくないわい!あだッ――いててて――
……
さっきからなにジッと自分のハンマーを見つめてるんだ、マーティン、一晩のウォーミングアップで、懐かしくなっちまったか?
……少しな。
それよりマーガレットたちはどうなったんだろうな……
え?
……叔父さん……しばらく大騎士領を出るの?
お前たちもニアールの名を背負ってる以上、いつまでゾフィア家に引き籠もってるんじゃない、情けないぞ。
……私はしばらくの間出掛ける、それまでの間は……マーガレット。
……本当にカジミエーシュに残るのだな?
ああ。
……ならこの先なにと直面するのかもわかってるはずだ。
お前は決して周りの理解を得られることはない。
……最初から重々承知の上だ。
……
なら好きにしろ、それだけだ。
(ムリナールが立ち去る)
……急に考えが変わってどうしたんだい?
……トーランか……
突然大騎士領を離れる、ねぇ?一体どうして?
……お前の目に、私はどう映ってる?
映るもなにも、自分じゃわからんのかい?
――ならはっきり言わせてもらうが、俺たち全員お前にはガッカリだよ。
監察会の上層部でなくとも、国民院を変えるような人じゃなくてもいい、だがよ、少なくとも俺たちのヒーロー、俺たちのニアールであってほしかったよ。
ここを出てどこに行くかは知らねぇが、それでも言わせてもらう――俺以外、みんな大いに失望しちまったぜ。あいつらがお前の顔を見たら、お前を殺しちまうぐらいにはな。
それは彼らが私に敵う前提での話か?
ちぇッ。
私はあまりにも多くのものを諦めてきた、トーラン。
……それでも、現実味のない考えだけはいつまでも諦めきれなかった。
彼らならきっとまだどこかにいるはずだと。
……
彼は戦争の英雄の長男、このムリナールの兄弟、一族で最も強い戦士だった。
そして彼女は……このカジミエーシュで最も美しい人だった、優雅で、端正で、まるで宝石のように……
あの二人は私からしたら天の寵児だったよ、ああやって……訳も分からないまま消息不明になるような人たちじゃない。
もう十数年だ。
私はずっとそんなことを考えていた。
十五年だよ。あんなに苦労したくせに成果なしだったろ、なのにまだ――
……今回は……ただの有給休暇だ。
一人でかい?
希望があるのかどうかすら定かでない休暇旅行だぞ、一人じゃ足りないとでも?
お前は……耀騎士で感情的になるような人じゃないはずだ、なんで急にここを出るかは聞かないおこう――
俺を……“俺たち”を探しに行くんだな。
……ただの自分探しさ。
……ロドスかぁ。
そこなら治療も受けられるし、なによりもうお前たちは誰かの指図に従う必要もなくなる。
あの耀騎士がずっと所属していた組織だったら……少しは、信用してもよさそうですね?
……ああ。
彼らの理想はいずれこの大地を照らしてくれる、今でも私はそう信じている。
またそのロドスに戻るんですか?
……いずれな。
じゃあそん時はアタシと手合わせしてくれねぇか?
……い、イヴォナ!
なんだよ、チャンピオンに挑みたいのは誰だって一緒だろ!
わ、私も。
なにせ伝説の騎士一族ですから……好奇心を掻き立てられないほうがおかしくないですか?
……約束だ、いつか必ず相手になろう。
あはは、まったくこいつら気が緩んだと思ったらすーぐ興奮し出すんだから……
それで、あなたは最初から自分は感染者じゃないって気づいてたんですか?
……ああ。
なのにそれでも感染者のために戦ってくれると?
私はただ苦難に強いられている人々のために戦ってるだけさ。
……
……理事会はご立腹だ。
どうやら、この先数か月分のボーナスはカットだな。
……ボーナス。
あんなにたくさんの感染者の、騎士の、ましてや無冑盟の命すら翻弄してきたのに、その影響が及んだのが、ボーナスだけと?
……その件について話があるんだが……
ついてきてくれ、マルキェヴィッチ。そろそろあなたの在籍について話し合わなければならなくなった。
……以前あなたは電話で討論をしていただろ、私もその内容をあとで色々と考えてみてんだが、確かにそうかもしれないと思ったよ。
あの、電話でも待ってるのですか?
……記者からの電話を待っている。
……えっ……記者、ですか?これからインタビューでしょうか?
みんな彼を記者と呼んでいるだけだ。ただの名称だよ。
……待ってください……記者って……まさか……
(電話が鳴る音)
マギーか。
……はい。紹介しよう、今電話を出ておられるのは、ローズ新聞連合出版社理事長……“記者”のケインさんだ。
……!
マルキェヴィッチ君もいるのだな。
はい、こうしてお話できて光栄に存じます……
マルキェヴィッチ君は私が大金をはたいてミェシェンコからスカウトした人材だ、私の右腕と言ってもいい。
それとここに部外者はいない、マギー、父と呼んでも構わん。
――
……はい、父さん。
ふむ、母は元気か?
元気です、父さん。いつも会いたいと言っていましたよ。
お前はどうなんだ?もう結婚はしたのか?
……いえ……まだです。
そっちはどうですか、父さん?今は……どちらに?
……クルビアだ。
……いつごろカジミエーシュに戻られますか?
ふふ……まだまだ先だよ、マギー。
カジミエーシュにとって本当の脅威はクルビアだった、あの目先しか考えていない連中は未だそれを理解しておらん。
我々の新聞はまだ彼らの都市を覆い隠せていない、それに我々の声も未だクルビア人たちの耳には届いていない。
彼らの市場は驚異的な速さで成長を遂げている、必ずそこを抑え……彼らの市場を奪ってやらんとな。
……
国同士の駆け引きは実に魅力的だよ、マギー。
しかしあの貴族どもは……ペッ。なんともまあ封建的な連中だ……ヴィクトリアも、ウルサスも、強大な国家であるがゆえにその愚かさには心を痛むばかりだ……
マルキェヴィッチ君。
は、はいッ!
商業連合会にすべてを捧げてくれるつもりはないかね?
……
君は優秀だ。あの片言な報告書を見ても、そう感じ取れたよ。
まさか、まだあの騎士たちを……憐れんでいるのかい?
……
あたりか。
若いの、一つ考えてみよう。
仮にカジミエーシュの高速戦艦の数がウルサスが保有する数を越えた時、クルビアにカジミエーシュの商人と商品で溢れかえった時、辺境の要塞の数が今の倍になった時――
戦争はまだ存在すると思うかい?ウルサスははたして脅威になり得るのだろうか?カジミエーシュは軟弱なままなのだろうか?
当然、違うとも。
カジミエーシュを貪ってる蛆虫どもはあの騎士たちなのだよ。愚かな貴族が栄誉を謳うなど……フッ。
メジャーリーグで起こった出来事は耳に入れた、監察会はもしやあれで“メンツを取り戻した”とでも思っているのかね?
栄誉もメンツも、欲しければいくらでも与えてやればいい。
こちら側には時間と民衆がついている。試合を数回見せてやれば、民衆はすぐさま耀騎士がもたらした衝撃を忘れて、また次の消費と娯楽に没頭してくれる。
彼らにとって、「どの騎士が最強か」や「騎士のグッズの値段は割に合ってるかどうか」を討論するほうが重要なのだ、我々が残したどんな悪事に目を向けることよりもな。
それに国もこちら側に立っている。カジミエーシュはもはや商業連合会の経済基盤から抜け出せなくなった。あの哀れな征戦騎士も……どれだけ我々に首を垂れたものか。
マルキェヴィッチ君。
今回ばかりは、君に選択権はないぞ。
……こちらがお応えする前に、一つ聞いてもよろしいでしょうか?
なんだね。
……チャルニーさんは……耀騎士による試合乱入を阻止できなかったため、追放されてしまわれました……私から見れば、罪に対して罰が重すぎるように思います。
一体なぜなのですか?
なぜ……ふむ、チャルニー、彼は君の人生におけるターニングポイントだったな、マルキェヴィッチ君。彼には感謝しているよ。
しかし、もしチャルニーの消失が――耀騎士とまったくの無関係と言ったら君はどう思うのかね?
――
彼がただの陳腐な権力闘争の中で、たまたま見つけた言い訳の口実として追放されたと言ったら?
――チャルニーは数年前に暴露した賄賂事件で、政敵に利用されて追放されたのだよ。
耀騎士とはこれっぽっちの関係もない……君の運命とはなんの関わりもなかったのだよ。これが事件の真相だ、現代の真相とは実に冷酷なものだな。
……!
さあ、マルキェヴィッチ君。
我々はいずれこの大地の口舌になるのだ。
……は?
なんだ、俺たちの新しいお店はお気に召さなかったか?
お店って……店を開いたんですか?
……お前の目は節穴か?
いえ……しかも……ハンドソープの専門店?
“オリジニウムクラウド”の日用品はここ数年で一番人気のあるブランドだ――
――そんなブランドの日用品を販売してる会社には、社長が“三人”いる。
……
そしてその三人の社長さんは、もうじき商業連合会の一員になる。
……もしかして……
……そう、あそこに取り込んでもらうためだけのお店さ。
内側の事情を知れば知るほど、将来の行き先も察知しやすくなる。
傭兵とか殺し屋なんてのはいずれ廃れていく、なぜならもう必要とされなくなるからな、それに結局のところ殺し屋ってのは人の命を取るだけだ……だがあいつらは、富で国をも取れてしまう。
これも時代による選別だよ。プラチナ。
……
そうだ、俺たちの看板娘になってくれよ、ちょうどそこのポジが空いてたんだ。お前って結構美人さんだし、イけるイける。
……チッ。
近いうちに俺たちから無冑盟に任務を出すんだが、それが終わったら俺たちはおさらばして人間蒸発する、そんで最高の整形医師を呼んで整形してもらったら、お仕事にせっせと勤しむ販売員に晴れてクラスチェンジだ。
つまり……お二人は感染者が引き起こしたあの大規模停電を利用して……理事会と無冑盟に癒着してた人たち全員始末していたと……
……そう簡単にやれたのも、あいつらのおかげだ。
理事会内部だって色んな諍いを抱え込んでいるからな。
無冑盟を動かせる者が、圧倒的な優位性を得られる――どの理事長もそれを知ってたから誰もあからさまに無冑盟を動かそうとしなかったし、させなかった。
そういうこともあって、お互い牽制し合ってるうちに無冑盟への影響力を失ってしまったんだ。
はは、面白い話をしてやろう、カジミエーシュ人はもう自分が雇った殺し屋組織のボスの名前も居場所も分からなくなっちまったんだよ。
……じゃあクロガネたちは……本当に存在するんですか?
……さあね。
一人しかいないのかもしれないし、二人かもしれない、もしかしたらクロガネってのはただのハリボテかもしれないし、俺たちラズライト二人が一緒に動いた時に使用する暗号なのかもしれない。
けど今朝街中ですれ違ってたかもしれないし、今も理事会で会議を開いてたり、サーミの別荘で優雅に休暇を楽しんでいるのかもしれないな。
誰にもわかりゃしないさ。だからこそ彼らは恐れられているんだ。
……最後に一つだけ、お前は本来死ぬべきだった、スケープゴートとして、どう足掻いてもな。
お前のことはこれからも随時監視しておく、仮にも無冑盟なんだ、俺たちを敵に回したくはないだろ?
……
(もう……逃げよう……)
……ドクター、アーミヤ。
あっ……ニアールさん。
わざわざ呼び出してすまない、実は……
・別れの話ならもう聞いた。
・きっとまた会える、そうだろう?
あっ……
……ああ。
もしロドスが声をかければ、必ずあなたの傍へと赴こう、ドクター、アーミヤ。
……はい!
……もう長い間流浪してきた、だから今のうちに私は……故郷の土を踏んでおきたいんだ。
それに、いい加減祖父の墓参りにも行かないとな……
(シャイニングとナイチンゲールが近づいてくる)
ニアールさん。
あっ……ドクター、ちょっと外を歩きましょうか。
ではニアールさん!お元気で!
・またいつか会おう。
・達者でな。
・またすぐ会えるさ。
(アーミヤが立ち去る)
……ああ、そちらも達者でな。
そろそろお別れですね、ニアールさん。
……シャイニング。
実は……
いえ、言いたいことなら分かりますよ。
ロンデニウムは、私たちが向かいます。あなたがここへ戻って来たように。
あの罪の数々は……あの過去は、私たちが断ち切ります。
……シャイニング?
リズ……もしその時が来たら、あなたはきっと私を酷く恨むでしょうね。
けど信じてください、私はずっとあなたの傍にいますから。
そんな……恨むわけないじゃないですか?
……
もしその時、私を必要としているのなら――
今ここで誓いを立てよう――
――耀騎士マーガレット・ニアールは、いつでもあなたたちの力になると。
カヴァレルエルキの灯火はまた燦燦と、連合会ビルのライトもまた煌々と。
それはまるで人類が都市に塗りたくった答えのようだった。
夜の帳がゆっくりと昇っていく。
文明も今なお栄えていく。
三日後、大騎士領外、とある村
……ここがそうなの?
いい村だろ?
あなたたちっていつもこういう場所に潜んでいるの?
最初のころは賊の連中と同じようなねぐらに潜んでいたさ、色んな都市に行っても、よくて闇市や地下で活動していたんだ。
しかし後から……ある人と出会って、考えを変えさせられた。
要点だけ言うと、それからまたしばらくして、俺たちは錆槌とドンパチやりあったんだ。錆槌は知ってるか?狂った連中でな……
ほとんどの人は錆槌をただの野盗連中だと思っているが、実はそうじゃない。十何歳ぐらいの子供ですら鉄パイプを持って戦ってたんだぜ、あのドンパチ騒ぎでしっかり見たから間違いない。
イカレてるとは思わないかい?
へぇ……おっかないね。
……そこがあいつらの恐ろしいところなんだよ。
錆槌ってのは文明に抗うために生まれたもんじゃない。文明の発展によって生まれたもんなんだ。
あいつらにどんな目的や理由があるのか探したって無駄だ、理性的な集団として見ること自体間違いなんだからよ――
あいつらは文明の遺児だ。発展した文明が全員の世話をしきれなくなった時、あいつらは誕生する。
帰る場所もなく、行く宛てもなく、源石まみれな痩せこけた荒野で生き長らえていく。あいつらは天災みたいなもんだ。
だがあいつらのおかげで、俺たちは一つにまとまった。そんで、一つだけ気付かされた……
俺たちはあんな頭のおかしい連中にはなりたくない、ってな。
……それで?アタシたちはなにしにここへ?
あんたに合わせてやりたい人たちがいるんだ。
それって誰?
感染者たちだよ。
感染者?
農民とか騎士とかな。
色々いるのね。
労働者やバウンティハンターもいるぜ。
お命カラカラな村長も、疲労困憊した貴族だっている。
大学生も、読み書きできない人だってな。
あとはカジミエーシュを変えようとした人、カジミエーシュに変えられた人も。
……
驚くにはまだ早いぜ。
ソーナ、以前俺に聞いたよな、商業連合会を挫いてなんの意味があるのか、騎士にはどんな意味があるのかって。
逆に聞きたいんだが、商売人どもが名を上げ、カジミエーシュが商業連合会に首をくくり付けられるよりも前――
――貧乏人や庶民たちをイジメてた連中は誰だと思う?感染者を吊るし上げ、権力で築き上げた高いビルに引き籠もってるのはどこのどいつだい?
騎士だよ。
……
新しい悪が生まれたら、その逆の道理を掲げる必要なんてないのさ、そんなことをしちゃ損しちまうのはいつだって自分たちだからな。
まあ正直な話、商業連合会は名前からして悪臭がプンプン漂ってくるのは確かだが……それでも使えるところは一応まだ残っている。
都市に軽視されてる人間は、手を携えたなくっちゃな。
……トーラン、そちらの方が……
大騎士領の感染者騎士だ、すでに協力を得ている。
ほかのみんなは?
皆さんなら、全員中に……
よし、ならあんたもこっちに来な、キャロル。
夜明けはすぐそこだ。