
えっ、じゃあ俺たちみんなそのロドスとかいうところで治療を受けなきゃならないのか?

“受けなきゃならない”んじゃなくて“受けてもいい”ってことよ、慣れたからって鉱石病を甘く見ちゃダメだからね!

いくらこの先のことを考えても、身体を壊しちゃったら、元も子もないじゃん。

うーん、それも確かに……

うん、だから自分の面倒は自分で見ないと。ちゃんとした鉱石病の治療なんて長い間ずっと受けてこなかったんだしさ。

感染者騎士ならともかく、ウチらの中には普通の労働者とか、農民とか市民もたくさんいるんだから……アタシたちの都合で彼らをも鉱石病で苦しませるわけにはいかないでしょ。

じゃなきゃジェミーの悲劇がまた起こっちゃう。

……ああ。
(感染者騎士が立ち去る)

ふぅ……
(グレイナティが近寄ってくる)

ソーナ。

カイちゃん、どうしたの?

あのハイビスカスというサルカズの医者と連絡してみたんですが、ロドスは午後には大騎士領を出るとのことです。

こちらは大人数なので、はやめに準備しておきましょう。

そうだね、ユスティナとイヴォナならたぶん連絡がつく感染者たちに連絡を入れてるはずだわ。

無冑盟と商業連合会がこのまま手を引くと思いますか?

……もしアタシたちが知った真相が本当なら、あいつらはきっとこっちを構ってる暇はないはず。

それにロドスにはまだ監察会というお守りが貼られている、しばらくは……安全だと思うわ。

……

ん?どうしたの、こっちをジッと見つめちゃって?

トーランからなにか言われたんですか?

えっ……急にどうしたの?

あなたが彼と一緒に大騎士領外にある村に行ってから、雰囲気が変わったものなので。

……

大騎士領外にある村は四都市連合をきっかけに近年建てられた村々です、そこには普通の農民しか暮らしていなかったと思います。

普通ならバウンティハンターがそんなところをねぐらにすることはありません、きっとなにか目的があるはずです。

……彼から一つ頼まれたんだ。

カジミエーシュについて、この国について、感染者とアタシたち全員についてのことをね。

なぜ私に一言言ってくれなかったんですか?

あはは……実はまだなかなか決心がついてないもんで、最近はずっとそればっか考えてたんだよ、本当なら決心したあとにみんなに教えるつもりだったんだけど……

ふーん……

……も、もしかして怒っちゃった?
(ユスティナとイヴォナが近寄ってくる)

なら、尚更全部打ち明けてもらわないとね。

ソーナが言ったことだよ?

はは、お前は知らねぇと思うが、グレイナティったらここ数日ずっと心配してソワソワしてたんだぞ、アタシが大丈夫だって言ったのにも関わらずによ。

オホン。ソーナがいつも全部一人で抱え込むからいけないんです……

……ごめん。

それで、なにで悩んでるの?

……

もしこれからやろうとしてることが、みんなで初めてレッドパイン騎士団を立ち上げた時の志とまったく異なっていたら……みんなはどうする?

……どういう意味です?

もし腐敗しきった騎士たちと、商業連合会と抗うだけじゃなく、感染者の利益のために戦うだけじゃなく――

それで感染者への差別に耐え忍んだり、過去の敵と宥和を取ったり、抗う手段をもう一度きちんと選び直したり、自分の在り方を無理やり変えさせられたりして――

――最後にはあと少しでで掴めそうな安寧な生活をいつ掴められそうか分からないままもう一度手放して、別の渦中に身を投じることになったら……みんなはどうする?

……

……

いや、そんなこと急に聞かれても……アタシそういうのは得意じゃないの知ってるだろ、なんか違いでもあんのかよ?

……ではあなたはどうするんですか?

感染者として、騎士として、アタシは……もっとたくさんのことに挑戦してみるべきだと思う。今はまだ……それがはっきりと見えていないにしても。

けど“ソーナ”としてのアタシは、みんなと離れ離れになるのはイヤ……もっと言えば本来視野に入れていない道をみんなには歩かせたくもない。

だってその道がどこに向かってるのか、誰だってわかってないんだもん。

……ソーナ。

……うん。

最近のあなたは色々と考えすぎです、それでみんな心配してるんですから。でも一つだけ……一つだけ分かってもらいたいことがあります。

“レッドパイン騎士団”は騎士団を名乗っていますが、私たちは騎士であり、騎士ではありません、その点はみんなきちんと理解しています。

騎士だろうと感染者だろうと、ましてやザラックだろうと、あなたが“ソーナ”としてなにを企んでいようと構いません、いつだって私たちに相談してください。

カイちゃん……

あなたが得ようとしてる答えは正しいものです。

私たちは決して離れ離れにはなりませんよ。

正直、この一連の事件を経て、騎士団内にいる感染者のメンバーの大多数は自分を普通の騎士だと思ってはいないはずだよ。

もちろん、普通の暮らしを探すために、意図的に団を離れる人がいれば、サポートは惜しまない……

けど手を伸ばしてくれる人は私たち四人だけじゃないよ。

おうとも!もしそのままあの連中に妥協しちまったら、これまで待っていた時間が全部パーじゃねぇか!

……待っていたってなにをですか?

嵐だよ!アタシらはその中の稲妻になるんだ!

……そんなに稲妻が好きなんだったら、甲冑を金ピカに塗りたくればいいと思うよ。

――それ採用!

……あはは。

みんなそこまで言うんだったら、今はとりあえず目の前のことに集中しておきますか!

まずは感染者たちをロドスに、あの艦に送り届ける!

もうじき……アタシたちも出航よ。
(感染者騎士が駆け寄ってくる)

焔尾!感染者数人がまだ集合していない――巡査してる騎士に捕まえられちまったようなんだ!

は?アタシらは監察会公認の身分をもうもらってるはずだろ、なんで騎士なんかに捕られなきゃならねぇんだ!?

お、俺もさっぱりわかんねぇよ、それに向こうはほ、保釈金を渡さなきゃ人は返さねぇって言ってきやがったんだ!

チッ、まだ痛い目が足りてないのかあの騎士貴族どもは……ソーナ。

分かってるよ、ほかの人は予定通りロドスに向かってて、急ぐんだよ。

わ、わかった、お前たちはどうするんだ?

今までやってきたことを続けるだけだよ。

え……えーっと……

ハイビスカスさん、この人数は……

最初から予想はしてましたけど、まさかこんなに感染者の人数が多かったなんて……全員捌ききれるかなぁ……

ドクターがあのマルキェヴィッチさんから支援を頂いておりますので、問題はないかと。

そうだアーミヤさん、大騎士領外に事務所を新しく増設するそうですね?

あ……はい。この数の感染者騎士をずっとロドスで預かってるわけにはいきませんので……それにまだロドスの手が及ばない感染者もたくさんいると思いますので、ほかの道も必要になってきます。

増設期間になったら、レッドパイン騎士団が事務所設立の手助けをしてくれるとのことです。

いいですねぇ、故郷に戻れるんですから。

それもあの“焔尾騎士”さんが出したアイデアなんですか?

……そうですけど全部ではありません、ドクターも少しだけプランを練ってくれました。

その焔尾騎士さんにはぜひ一度お会いしてみたいですね、色々と素晴らしいことをしたらしいじゃないですか。それでアーミヤさん、まだその騎士さんを見かけませんけど?

た、確かに、約束の時間もすでに過ぎちゃってますね……
(シャイニングが近寄ってくる)

アーミヤさん、ハイビスカスさん、そろそろ出発の時刻になりました。

あ、わかりました。

あのシャイニングさん、レッドパイン騎士団の方々をお見受けしませんでしたか……?

艦内に到着した感染者騎士たちが言うには、騎士貴族に囚われた感染者たちを助けるために、集合に遅れてしまったのだと……

じゃあはやく私たちも助けに――

――ロドスが国境を抜けない限り、カジミエーシュは終始私たちを監視し続けています。

おそらく今でも、大騎士領を去るまでの間は数十名の征戦騎士が“国外企業”を見張ってると思います。

ただ……

すまねぇ、俺がカッとなってあの騎士貴族どもに手を出したばかりに――

いいのいいの、カッとなってなくともあいつらはきっと感染者にイチャモンつけてくきたと思うからさ!今はとくかく逃げるよ!

……ソーナ、誰かいる。騎士貴族じゃない、たぶん無冑盟だ。

私たちについてきている、両側にある建物の上。

へへ、ちょうどいい、別れる前にこの前の借りを返してやるぜ!

私もそうしようと思ってたところです!

――ダメ、このまま逃げ続けるのよ、はやくロドスに追いつかなくちゃいけないわ、あいつらのことは放っておきなさい。

ソーナ――?

耀騎士さん!

……ああ。
(アーツ音)

……す、すごい光が空へ一直線に……!?

ニアールさんでしょうか?

ええ……彼女しかありえません。

きっとそうです……

シャイニングさん……

あーッ!

あ、あそこの走ってる赤い尻尾のザラックって、レッドパイン騎士団じゃないですか!?

えぇ!?でも搭乗通路はこっちですよ?

ごめんなさーい――アーミヤさーん――

ちょっとどいてくださいねー!そこに着地するんで――!!

あっ、えっ、うそ――
(着地音)

ほ、本当に飛び越えちまったぞ!?すげぇ、直接艦の甲板に飛び降りるなんて、まるで本に出てきた船を飛び交う戦場みたいだぜ……

はは、なんだよ結構簡単だったじゃねーか。

……こうなると知ってたら盾なんか持ってくるじゃなかった、ゲホゲホッ……

……ごめんなさい、騒がせちゃって。

……

あっ……いえ……

お久しぶりです、小さな騎士さん。

よいしょっと!へへ、お久しぶりって程でもないですよ。

……えっと、ソーナさん……ですよね?

あっ!はじめまして、アーミヤさん!まずはみんなに自己紹介させたほうがいいですかね?

……

おはようございます、チャルニーさん、今日はえらくきちんとした恰好ですね?もしかして街に戻るんですかい?

……今日、私のところに賓客がいらっしゃるものなので、ここで待っているのですよ、長かったです。

へぇ……どういうお客さんなんです?その人も街からいらした人なんですかい?

私の……元同僚です。

なるほど、なら邪魔しちゃいけねぇや、あと日が暮れるまでにいつものように水汲みをお願いしやすね。

ええ。

……

今日の彼は、一体どうなっているのでしょうね。

最後に会った時の彼は……なんともまあ無力なただ一社員でした、ソワソワしてばかりで、自分の主義主張も言い出せず、まともなスーツすら持っていなかった男でした。

しかし今は……

すっかり様変わりしてしまいましたね、マルキェヴィッチさん。

……チャルニーさん。

どうぞお入りください、マルキェヴィッチさん。

色々聞きたいことがあるのは見ていてわかりますよ。

……

意外ですか?こんなボロボロな家に住んでいることが……

あなたが想像よりも今の生活に適応してらっしゃることのほうが、よっぽど意外に思っていますよ。

ふふ……出身だけで高い位につける人は、きっと今後ますます減っていくんでしょうね。

その話し方を聞くに、マルキェヴィッチさん、どうやら私が想像してたのよりもかなりその仕事が合ってるようですね、おめでとうございます。

そんなことは……

大騎士領で仕事を見つける前、私は酒蔵職人の息子でした。

会社に残した経歴書にそんなことは書かれていませんでしたが。

ふむ……私のことも調査済ですか。やはり私の目に狂いはありませんでしたよ、マルキェヴィッチさん。

……

数々の無理難題をこなし、商業連合会に身寄りを持たなくとも、姿形を変えてまで今の地位まで登り詰めてきた、そこで私が今暮らしてる場所を特定してきたということは……私を探しに来たのですね、マルキェヴィッチさん。

“見間違えてしまうほど様変わりしましたね”。

……!

そう強張らずに、少なくとも不安な顔を出してはいけませんよ、それでは交渉が不利に働いてしまいます。

今の私は罪を被った身、しかしあなたは……ふむ、未だその恰好で私の前に現れたということは、メジャーリーグが終わっても、その位に就けているということですね。

さあ、あなたのためにお酒を注がせてください、出世を祝ってあげなくては。

……チャルニーさん、あなたは追放処分なんかされる由縁なんてありません。

ふむ、それだけ言いに来たわけではないのでしょう。

真相と私がどんな目に遭ったかを知ったのなら、真相を告げた人たちはきっとあなたに条件を提示したはずです。

もし私であれば、必ず“チャルニーの死”を要求するでしょうね。

そんなことするつもりはありません。

なぜです?

私の信念に反する行為ですので。

おやおや、しかしあなたが自信あり気げに“信念”と言う言葉を発した時、数か月前のあなたは、まだ腹も満足に満たせない可哀そうな人だったのですよ?

認めなさい、マルキェヴィッチさん。あなたはすでにこの社会を得た、であればいずれその選ばれし姿に己を順応させなければなりませんよ。

ふむ……あなたも如何ですか、いい香りですよ。

しかし……だからといってあなたが死ぬ必要なんて……

無冑盟のプラチナもあなたみたいな甘い考えをしていました、おかげで私は生き残れたのです。もちろん、彼女はただ余計なことはしたくないタチなんだと思いますが。

私の家族は私と一緒にこの村には来ませんでした、今も大騎士領に残り続け、あの暮らしを享受しています。

私の財産は一族に分けられ、耀騎士が優勝した後、私はその優勝させてしまった責任と罪を背負わされた、感染者も未だ世論の桎梏から逃れられずにいる――

――ということは、私のこの国を見る目に狂いはなかった、カジミエーシュはこうあるべきなのですよ。

さあ、マルキェヴィッチさん。

このブランデーは、私がかつて抜粋したスタッフがこっそり渡してくれた品です、私がまだ生きてると知った時にね。

にも関わらず、その後彼は私が“賄賂として”受け取った汚れた金品をすべて処分してしまいましたよ、おかげでこっちは彼がつけてるネックレスが私のコレクションであることに目を瞑らなければいけなくなりましたが。

……

そしてこの一杯は……毒酒です。ご安心を、薬はグラスに盛ったので、飲まない限り死にはしません。

――なんのつもりですか!?

そちらが選んだあとの一杯を貰いますね。

いけません!こんな馬鹿げたことなど――そういうことをするのなら失礼させてもらいます!

構いませんよ、マルキェヴィッチさん。今ここで去っても結果は同じですから、おっと、酒を零すことは許しませんよ、薬はたくさん残ってますが酒は少ししかありませんので。

なぜ……なぜ私にそんなことをさせるのですか?なぜですか?私たちはただメジャーリーグの仕事でたまたま出会っただけの――

――なぜ?

マルキェヴィッチさん、まだお分かりになられていないと?

……

乾杯しましょう、マルキェヴィッチさん。あなたの出世に、私の……引退のために。

乾杯!

…………

……

おや?あんたがチャルニーさんのお客人ですかい?チャルニーさんは?お一人のようですけど?

……チャルニーさんはここで……どう過ごされていましたか?

はは、話すと長くなるんですが、街にいるお偉い方はえらく物知りでしてね、ほとんどの時は村にいる連中の商売を手伝ったり、たまに子供たちに文字の読み書きとかを教えてくれていましたけど……

……どうしたんです?顔色が悪いですぜ……お、俺なにか悪いことでも言っちまいましたか?

……いえ、お気になさらず。

はあ……それで、もうお戻りですかい?な、なら俺もここで失礼させてもらいやすぜ……
(カジミエーシュの村人が立ち去る)

……私は負けません。

あなたが言っていたソレらと最後まで戦ってみせます、チャルニーさん。

必ず。