すでに決定事項となったのなら、以降我々三家は緊密な連携を取る必要がある。
巫女様への一部権限譲渡の具体案、及び各氏族が保留すべき権限を議題に置こう。
しかしそれ以外にも祭典の準備がある、我々三人がそれを怠ってはならない。
近頃行われる祭典に、巫女様が権限を接収する儀式も盛り込むことを提案する。
権限移行の儀式と祭典はそれぞれ別の者に担当して頂く、そうすれば同時に行うことが可能になる。加えて儀式には当主の参加が求められるが、お二方に異議はあるか?
決まってしまった以上、遅かれ早かれやるしかない。
はぁ……
今年の祭典は、同時に巫女様が権限接収の儀式もやるのね……それはそれで期待しておくけど。
では、わしが下の者に今ここで関連草案を書き上げさせて、なるべく迅速にイェラグ全土へ伝えよう。
この報せを聞いたらイェラグの大衆もきっと喜ばれるだろう。
ちょっと待った。
なんだ?
それで有耶無耶にされては困るな、エンシオディス。この先の窪地と鉱脈区の管理はどうするんだ?お前にクビにされる以前はノーシスがあの一帯を管理していたが、今は誰に任せるんだ?
案ずるな、アークトス。
その件についてはすでにイェラグの外から専門家を招いている。
その専門家が窪地と鉱脈区に医療方面の実地調査を行い、シルバーアッシュ家領地内に医療サービス施設の建設に着手してくれるとのことだ。
あの二つの土地の管理は、その人にすべて任せる。
そろそろ先方が乗ってる列車が霊山に到着される頃だ、もし会われたいのなら、ここでしばらく待っているといい。
余計なことをベラベラと!お前がどんな輩を招いて、医療でなにを企んでいるかは知らん。だがしかし!
お前が言うその“専門家”とやらは、必ず私の目の届く範囲内でのみ行動させてもらう。
……あの人は私の客人だぞ、アークトス。
お前の客人だからこそだ。
鉱山の過度な採掘はノーシスがやったとお前は言うが、そんなことはどうだっていい。
私から見れば、お前の下にいる者どもは全員ノーシスみたいなものだ、一人消えたところで次がやってくる。
お前の人に土地の管理を任せるのは構わない、だがその前のその専門家とやらを私に会わせてもらう。
もしその人がしっかりとやることをやってくれたら、お前の客人であると同時に、このアークトスの客人でにもなる、丁重にもてなすことを約束しよう。
……
どうした、少し大口を叩いただけでそんなに考え込む必要があるのか?
後ろめたいことがないのなら、そんな不安がることもないだろう。それかお前が招いた人はもう一人のノーシスで、また人に見せられない小細工でもやろうとしているのか?
……曼珠院の護衛は長らくペルローチェ家から輩出されてきた、土地を曼珠院に譲った以上、ペルローチェ家に“お供”して頂くことになる、不安がることなどあるものか?
しかし……
一つ忠告しておこう、アークトス――そう簡単にもてなせる客人ではないぞ、気を配っておくんだな。
ハッ、心配はいらない、このペルローチェ家にもてなせない客人などいない!
――むしろその客人がお前と同じように骨のある人かどうか見てやろうじゃないか。
……スキウース、ちょっと例の人がどういう人か見に行ってちょうだい。
また私をパシリに使うの?
今はアンタと冗談言ってる気分じゃないの、スキウース。
チッ。
メンヒ、メンヒ!
ここに。
車を用意しなさい!
承知致しました。
ユカタン、行くわよ!
足元に気を付けて。
……ヴァレス、お前はどう思う?
……申し訳ございません、エンシオディスの真意を伺い知れませんでした。
構わん、しかしあの悪知恵ばかり働くラタトスがこうもあっさり頷いたのだ、納得いかん。
ラタトス様の人柄を見るに、きっとほかの考えがあるのでしょう。
ふん、悪巧みならシルバーアッシュ家の小僧は外せんな。
ヤツの話がどれだけ理にかなっていようとも、信用できるものか!
グロに伝えておけ、まずはエンシオディスの客人を“お招き”しろ、それからあとのことを考える。
承知しました。
ちぇー、列車を降りたらすぐ雪が降り始めてきちゃった。
ドクター、とりあえずここで雪が止むまで待とう、山に登るのはそれからにしよっか。
・わかった。
・大雪だな。
・じゃあ雪合戦しよう。
これでもまだマシなほうだよ。イェラグじゃこんな雪なんて日常茶飯事だからね。
え?
そうしたいのは山々なんだけど……
この先結構距離があるから、体力は温存しておこうね。
はぁ……霊山を登るのは相変わらず大変だなぁ。
いつか列車が直接霊山の麓まで止まってくれたらいいのに。
霊山に鉄道が敷かれてるとはいえ、駅から麓までの間には弄っちゃいけない場所があるからねぇ。
・今もダメなのか?
・難しそうだな。
反対してる人がそれなりにいるからね……アタシそういうのはあんまよく分かんないけど、まあ簡単じゃなさそうなのは分かるよ。
多くの人は一歩一歩霊山まで足を進めてこそ敬虔だって言ってるけど、アタシはイェラガンド様がそんなこと気にしてるとは思えないかな。
ウチらイェラグ人の信仰は心の内にあるんだから、列車に乗って霊山に行っただけで信仰心が消えるはずがないじゃん?
……
鉄道を霊山まで敷くことは、旦那様がずっと抱いていた夢でした。
ただ残念ながら、この先はペルローチェ家の土地です。
アークトス様は断固として旦那様が鉄道を敷くことに反対されています。
半年前、それもあってペルローチェ家のグロ将軍とノーシスが衝突したこともありました。
ノーシスお兄ちゃんが?
そうだ、そう言えば最近全然彼の報せとか聞いてなかったんだけど、最近元気にしてる?
彼なら……以前あったその衝突で、旦那様に解職されました。
今回旦那様がドクターを招待されたのも、彼が抜けた後の穴を埋めて頂きたいと考えていたからなんですよ。
え?それ初耳なんだけど?
ねえドクター、ドクターはそれ聞いて……
……
(何者かがドクター達を取り囲む)
……えっなに、誰?
お嬢様……!ぼくの後ろに隠れてください!
アークトス様の命により、シルバーアッシュ家の客人のドクターをペルローチェ家へ招くために来た。
そんな戦士たちを連れてきて、ウチらのお客さんを招くだって?冗談にしちゃ無理があるよ……!
ここはウチらシルバーアッシュ家の領地だよ、グロ将軍、そっちがペルローチェ家の将軍だからってあんまり手荒な真似はしないでもらいたいね。
……エンシアお嬢様もいらしていたか、これは大変失礼した。
社交辞令ならいいよ。ドクターはアタシたちシルバーアッシュ家の客人、連れて行くことは許さないよ。
……
肩の力を抜かれよ、エンシアお嬢様。アークトス様とてそちらの客人をこちらに招いて座談したいと思われてるだけだ。
そんな無理な要求、お兄ちゃんが許すわけがないでしょ!
ご心配なく、そちらの兄上……エンシオディス様からすでに許可は頂いている。
……そんなわけないでしょ!?
事実です。
それとエンシアお嬢様、さきほどあなたがおっしゃられていたこの土地の帰属問題だが……
――ついさきほどより、あなた方シルバーアッシュ家のものではなくなった。
この土地は今より曼珠院のものとなる。
ウソ!?
ヴァイス、これはどういうこと?ドクターを招待した理由も、この土地の帰属のことも、なんで知っててアタシに教えなかったの!?
申し訳ございません、お嬢様……
ヴァイス、それ……どういう意味?
それで、そのドクターというのは、どれだ?
・私だ。
・……
・私じゃないぞ。
私だ。
フェイスマスクを被っている……ふむ、間違いな。
……
……
俺だ。
ん?フェイスマスクを付けた人と聞いているが……
いや、お前だな!
私じゃないぞ。
違うのなら、なぜ話しかけてきた?
いや、フェイスマスクを付けてる人と聞いたぞ、お前だな!
(Sharpが前に出る)
……(長い溜息)
・(まあ待て。)
・(待て。)
・(ここで手を出しちゃまずい。)
……あんたに従おう。
(Sharpが下がる)
動くな!武器から手を放せ!
これは警告だ、さもないと……
どうやら不満のようだな?
だが弁えて頂きたい、異邦の方よ。アークトス様から“お招き”頂けることなど、普通じゃありえない待遇だからな。
なら相手が客人だと知って上でのその手荒な真似か?
(武器同士がぶつかる音)
――!?
重い金属同士がぶつかる音が響き渡る、スタスタと寄ってくる足音と共に、高圧的な女性がゆっくりとあなたたちの傍へ姿を現した。
瞬く間に静かに現場。あなたたちを囲っているイェラグの戦士たちはみな恐れた目をして武器をしまい、自ずと道を譲り始めた。
彼女はサッとあなたたちを見渡した後、その視線をゆっくりとあなたの傍にいるエリートオペレーターへ落した。
……
二人が視線を交えたその刹那、二人は徐に武器に手を置いた。
仮にこちらの“ドクター”が随伴しなかった場合、まさか手を上げてまで連れて行くつもりだったのか?
我々は命令に従ってるだけだ、それにエンシオディス様の許可は頂いている……そちらも我々の邪魔をしに来たわけではないと信じたい。
安心しろ、お前に用があって来たのではない。
……
(デーゲンブレヒャーがエンシアに近寄る)
エンシアお嬢様、エンシオディスに代わってお迎えに上がった。
デーゲン姉さん、本当にお兄ちゃんは……
ああ。
エンシオディスに代わって客人の様子を見にきた。
ついでに私をこの人たちに届けさせるためなんだろ?
そうだ。
……
……
ではこちらへ。
どうやらエンシオディスさんは多忙のため、迎えに上がれないようだな。
そうだ。
武器を下ろしてくれ、客人の護衛に手を上げたくはない。
武器を携帯するのは俺たちの仕事の範疇なんでな、それにあんたは俺の上司じゃないだろ。
Sharp、そこまでにしろ、ここで流血沙汰は起こしたくない。
……俺はドクターの護衛だ、行くなら俺も連れて行ってもらう。
連れて行くのドクター一人だけとの仰せだ。
大丈夫、Sharpはほかの場所で待機しておいてくれ。
……あんたに従おう。
ドクター、本当に行っちゃうの?
・心配するな。
・君のせいじゃない。
・こんな面白い出来事を逃すわけにはいかないだろ?
心配しないわけないじゃん……それにドクター、なんでそうあっさりと受け入れらるのさ……
けどアタシたちがドクターを招待したから、こんな事態が起こっちゃったんだよ……ていうかなんでそんなあっさり受け入れられるのさ?こっちはなんにも聞かされていないんだよ……
ドクター、その笑った顔やめたほうが良いよ、笑った時のお兄ちゃんに見えてきた……なんでそんなあっさり受け入れられるの?理解不能だよ……
グロ。
……
客人を待たせるな。
それとせめて“丁寧な言葉”を使え。
……
……ロドスのドクター、我々と一緒にペルローチェ家へ“お越し”頂きたい。
ありがとう、黒騎士。
……ほう?
・メジャーリーグ三連覇を果たしたチャンピン。
・アーツを必要としないリターニア生粋の武人。
・カジミエーシュでは今でも君の名が挙がっているよ。
フッ。
今の私はただのエンシオディスのボディーガードだ。
エンシオディスによろしく伝えといてくれ。
わかった。
では案内して頂こうか。
……
さて、こりゃまた残業コースだな。
『トゥリカム日報』
号外、最新情報!
先ほど終えた三族議会で、曼珠院と御三家は長らく泥沼化していた霊山掘削問題をようやく解決したと発表した。
御三家間の諍いの解消、及びイェラグの発展をより推進するために、『イェラガンド』の経教に沿って、各自の一部権限を巫女へ分割すると御三家が決断した。
また御三家に対する巫女の指導的地位も承認しており、イェラグのよりよい明日のために、全力で巫女を補助に徹する共通認識も得られた。
……
お兄ちゃん!
戻ったか、エンシア。
長旅ご苦労だったな。
お兄ちゃん、どうして?
……まあ待て、ゆっくり話す。
なんでドクターをペルローチェ家に渡しちゃったの!?
ドクターにはノーシスの職責を一部担ってもらう、それにお前も知っての通り、今のカランド貿易とペルローチェ家は緊張した関係にある。
アークトスの要求としてドクターは彼の監視下でしか行動は許されない、実に理にかなった要求だ。
じゃあなんで事前にそれをドクターに教えなかったの!?アタシですらそんなこと聞かされてないんだけど!
私が招待状を送ったあとに起こったことだからな。
だとしても……!
ロドスがお前を救ってやったことも、お前がドクターを大事に思ってることはわかっている。
それは私とて同じだ、エンシア。
もしドクターが向こうで被害を負った際は、必ずペルローチェ家にその代償を支払わせるつもりだ。
……それでも納得できないよ、お兄ちゃん、今のアタシはシルバーアッシュ家の人間であると同時にロドスの一員なんだ、アタシにはドクターの身の安全を確保する義務がある。
それがアタシの仕事だからね。
……成長したな、エンシア。
ではこうしよう。ヤーカ。
ここに。
向こうの状況を監視するよう下の者を遣わせておけ。
ドクターが窪地と鉱脈区関連の仕事を始めた頃に、エンシアを連れてドクターに会わせるといい。
承知致しました。
お兄ちゃん!
エンシア、今はとりあえず休んでおけ。
うん!
(エンシアが立ち去る)
旦那様、ドクターのことですが……
ヤーカ、しっかりエンシアを守ってやれ。
……了解しました。
(ヤーカが立ち去る)
そんなことをする必要などないだろ。
あの子は部屋に閉じ込められるタイプの人間じゃないからな。
私が見ておく。
お前には事態に備えていつでも待機してもらいたいんだ。
ならそういうことにしておこう。
そういえば、そのロドスのドクターとやらだが、お前はどのくらい理解しているのだ?
優秀な学者で、秀でた専門知識と能力を備えている、ロドスと協力すれば多くの利益がもたらされる。
瞬時に状況を理解する判断力と、突発事態に備えられる対応力もある、つまり私の目に狂いはなかったということだ。なぜ急にそれを?
彼がただの“学者”とは思えんのでな。彼はお前が予想してる以上に高い嗅覚をもっていた。
それとそのドクターから、お前によろしくとのことだ。
……
彼はもう感づいていると思うか?
あの時の彼は平静でいた。あれはただ状況を理解しただけではない、それにもう一度言うが、彼は少しも驚いたりはせず平静のままだった。
それに私の身元も知っていた。
どうやら事前に備えていたようだな。
私の直感を信じろ、エンシオディス、よく当たる。
お前はその気まぐれな一手で、余計なライバルを作り出してしまうかもしれないぞ。
ライバル?
いいや、もし私が集めた情報とお前の描述が正しければ、ドクターは私の盟友になり得るはずだ……あるいは、私が彼の盟友になるはずだ。
エンシオディス様、そろそろ会議のお時間でございます。
行こう。
(ガヤの声)
チッ、なぜノーシスがここにいるのだ?以前は一度もこういった会議には出席してこなかったくせに。
フンッ、話を聞くとヤツの代わりの人間が来たそうじゃないか、きっと総裁に許しを乞うためにノコノコとやってきたんだろう。
聞いていないのか?そのヤツの代わりの人間はペルローチェ家に連れていかれたらしいぞ。ヤツはきっと自分にまたチャンスが舞い込んできたから、運試しがてらここに現れたんだろう。
そんなことあるか、もし自分にまだチャンスがあると思い込んでいるのなら大間違いだ!
会議室の中、ノーシスは静かに隅で座っていた。
周りにいる人たちはみな彼から距離を空いており、その場の空気にはヒソヒソと囁かれる陰口悪口が漂っていた。
ノーシス、しばらく会わないうちに随分と痩せたな。
総裁のおかげだ。
お前は私と一緒にヴィクトリアで四年も過ごした仲だ、今日のように発展してしまった事態に対して、私も心を痛んでいる。
エンシオディス、私に濡れ衣を着せた以上、そんな胡散臭い慰めの言葉を投げかけないでもらいたい。
ノーシス、総裁の善意がわからないのか!
ただのクビにされた暇人のお前が総裁の旧知の仲じゃなかったら、ここに入られる資格なんてなかったはずなんだぞ?
ここに入るために資格なんぞ必要はなかったはずだが?
なんだと!
ノーシス、カランド貿易の創立と発展において、お前はただならぬ貢献をしてくれた、その点に疑いようはない。
しかし、ここにいられる資格があるかどうかは……お前が決められることではない。
チェスターさん、頼む。
承知致しました。
ではまず、カランド貿易の元最高技術執行責任者、ノーシス・エーデルワイスの最終処置についてです。
近年、ノーシス・エーデルワイスが主導的に行った窪地と鉱山の開発のおかげで会社は莫大な利益を得られました、これは紛れもない事実です。
しかしその一方で、急速な開発と霊山にある鉱脈の無断開発でカランド貿易は三族議会で夥しい非難を浴びせられました。
特にほか両家が土地の調査へ介入しようとした際、ノーシスは裏で両家の共同調査隊を襲撃。
これによりカランド貿易の印象と議会におけるシルバーアッシュ家の発言権に多大な悪影響が及ぶようになってしまわれました。
そのため、エンシオディス総裁の最終決定により、本日をもって、正式にノーシス・エーデルワイスをカランド貿易から懲戒免職致します。
つまり私を呼び戻したのは、ここにいる全員の前で私に対する叱責を見せつけるためだったというわけか。
お前がしたことはカランド貿易の利益を損なう行為だ、ゆえに私は周りの者たちに説明がつく処置をしなければならい、どうか理解してくれ。
……なるほどな、エンシオディス。
私があの時君と一緒にイェラグに戻ってこの地を開発したが、その結末がこれか。
懐旧より合理的で有益な事柄のほうが重要なのは、お互いわかっているはずだ。
だが、お前の研究所は残しておいてやろう。あの中にあるカランド貿易と直接関りがある敏感な資料を処分した後、引き続き使用してもらっても構わない。
もしくは、ヴィクトリアへ向かうキャラバンを手配してやろう、どうしたいかはお前に委ねる。
周りの者たちにもお前にも、相応の釈明をしなければならないから理解してくれ。
君が自分のやってることは合理的だと考えているのなら、心底失望したよ。
君のカランド貿易はまだ私の技術力を必要としている、イェラグの工業もまだ輸入されてくる主要科学技術から抜け出して独自に進歩できる程度には至っていない。
君は私のために広々とした舞台を提供してくれた、私の研究を推し進めてくれた、イェラグ人のためにこの可能性に満ち溢れた氷雪の地を開拓してくれた。
だが結局のところ、私は会社の濡れ衣を着せるために利用されていただけだった。
お前の学術研究における造詣の深さなら今でも認めてはいるさ、ノーシス。
だからお前にはまず自分がしてきた行為を顧みてほしい、私は誰よりもそう願っている。
お前は事態を発展させるべきでは無かった、私の管理のもとからな。
フッ、つまり今の君は自分ではコントロールできない事態すら恐れるようなってしまったのだな?
それはいいことを知ったぞ!
(ノーシスが立ち去り扉から出ていく)
会議室のドアが“バタン”と強く閉められ、数枚の文書が風で吹き上げられた。
会議机を囲っていた人たちは突如と鳴った大きな音に反応し、反射的にその音の出元に目を向けたが、すぐさま形のない圧によって顔と目線を下げるのだった。
その時エンシオディスがどんな顔をしていたかなど誰も知る由はなかった。
続けてくれ、チェスターさん。
アークトス様の要求により、ロドス御一行の責任者であるドクターはペルローチェ家の監督のもと、窪地と鉱脈区の悪化した事態を修正して頂きます。
ドクターについてですが、あちらが仕事をひと段落した後、改めて皆皆様にご紹介致します。
では次の議題に移ります、本会議のメインとなる議題でもあります。
会社の権限をどう分割して巫女に譲渡するかについての初期議論を行いたいと思います。
ではまず、関税に関する調整ですが……
お前のことはなんと呼べばいい、異邦人?
・〇〇
・ドクターと呼んでくれても構わない。
変わった名だな。
ヴァレスから聞いたんだが、エンシオディスたちからはドクターと呼ばれてるらしいな、ならドクターと呼ぼう。
ドクター?学院に学者たちと大差ないな。
ではドクター、なぜここに連れてこられたかわかるか?
さあ。
フンッ、エンシオディスがノーシスの代わりにお前を宛がおうとしているせいで、こっちは居ても立っても居られなくなった、それでこうして監視するようにした。
・そんなことも仕事の範疇の内なのか?
・……こっちはまだエンシオディスからなにも聞かされていない。
・私はただ旅行に来ただけ、人違いだ。
旦那様、私が見るに、こいつはとぼけてやり過ごそうとしております。
フンッ、エンシオディスの“客人”よ、お前がなにも知らされていなくとも、エンシオディス側の人間である事実に変りようはない。
フンッ、ヤツから“聞かされていない”から連れて来たのだ。
御託はよしてください。
この時期にエンシオディス様から招待される人が、なんの目的もなしにイェラグを訪れるはずがありません。
ヴァレス、ここに何のために来させたのかこいつに教えてやれ。
エンシオディス様は窪地と鉱脈区を曼珠院に譲渡すると決断されました、そしてそこにある鉱山と工場を管理していた人物は彼の手下、ノーシスです。
ただ、ノーシスはすでに解職されていますので、鉱山と工場を管轄するポストはいま欠席してる状態になっております。
そこでエンシオディス様は、あなたが彼の代わりを務めるとおっしゃっておりました。
・なるほど、そういうことか。
・……
状況を理解したようだな。
エンシオディスがそこで小細工をしてないことを確認できるまで、お前はここからは出られん。
お前も小細工なんぞを考えてくれるなよ、ここにいる連中はエンシオディスのとこにいる連中ほど礼儀正しくはない。
斬られても文句は聞かん、私ではどうにもできんのでな。
フッ、旦那様、こんな身なりではどこを試し斬りに斬ってやればいいのかわかりませんよ。
ガハハハハハ!
フンッ、静かにしておれ。だがお前を徒に傷つけるつもりはない、異邦人。
なにを言おうがお前はエンシオディスの客人だ、大人しく協力してくれれば、悪いようにはしない。
わかったか?
心配はいらない、みな分を弁えられる理性的な方たちとお見受けする。
……
いいだろう、ヴァレス、客人を客室に案内してやれ。
承知致しました。
(ドアのノック音)
エンヤ、入るわよ?
……やっぱり、まだ寝てたわね。
エンヤ、エンヤ、起きなさい。
んぅ……う~ん?
おはようございます。
ガサゴソと身を起こし、着付け終えたエンヤは化粧台の前に座った。ヤールも自然と彼女の背後に回り、髪の毛を梳き始めた。
……はぁ。
どうしたの。
知ってるくせに。
御三家の指導者になったのよ、よかったじゃない?
今の曼珠院における自分の存在は民衆たちの安定剤にすぎない、事実上多くの物事を決められてるのは大長老様だって、そう思ってるんでしょ。
だから今回はいい機会じゃないの。
……あれがアークトス、あるいはラタトスが言い出したことなら、私もここまで憂いたりしません。
よりによってエンシオディスが言い出したことだなんて。
もしかしたら彼、急に後悔したんじゃいの?
それならどれだけよかったことか。
そんなにイヤなら、あの時断っておけばよかったじゃない?
なんであんなにきっぱりと受け入れちゃったわけ?
先延ばしにしたところで意味がないからですよ。
あの時、あの場にいた人たちが異議を唱えることなんてできなかったんですから。
彼が本当に私をイェラグの指導者にしようと思っていようがいまいが、あの瞬間からすでに反論できる人はいませんでした。
あの提案を放置したところで、すぐさま周りに広がっていくのがオチです。
ここの人々はまるで雪山にある解けることのない雪に慣れたように、平和と安寧に慣れてしまったって、昔そう言ってたわね。
雪山の民がまず最初に願うのは平和であり、彼らは自分たちを平和に導いてくれる人につき従うって。
ええ、平和です、それがエンシオディスからもたらされるものだろうと、曼珠院がもたらしてくるものだろうと。
だから私があの場で頷かなくとも、きっと周りから懇願されるはずです。
なら、大長老が主導権を握る前に、いっそのこと自分から言い出しちゃったほうがマシです。
じゃあエンシオディスはそれも計算していたと?
彼は絶対に反論されない提案を持ち出しました、そして彼はその提案を一番持ち出しちゃいけない人間です。
アークトスとラタトスもきっと同じことを考えたでしょうね。
アークトスならともかく、ラタトスは……あのまま手を引くような人じゃありません。
はぁ、面倒くさい、イェラガンド様にどうか私の願いを聞き入れてもらいたいです、大長老と御三家の当主には一回痛い目を見せてやらないと。
もしかしたらその願い、もう届いてるかもしれないわよ、ただまだ時期じゃないってだけかも。
それにエンシオディスも懲らしめちゃうの?
人一倍キツくお願いしたいです。
プッ、うふふ。
さあ、このネックレスをつけたら……はい終わり!
うん。
そうだ、この手紙と、あとこのマフラーですが、エンシアに渡してもらえますか、あとは……
あの子を霊山参拝に招待する、でしょ?
わかってるじゃないですか。
うふふ。
それと今日は経文に注釈を入れる作業をするので、邪魔しないよう周りに伝えておいてください。
しっかりと……考えておきたいので。
わかったわ。
(ヤールが立ち去る)
……
ヤールが部屋を出たあと、エンヤは引き出しを開けた。その中にあった綺麗に装飾された台座の上には、目を奪うほど見事な造形をした石が置かれていた。
……
イェラガンド様、どうかお導きください、私はどうすればいいのでしょうか……
今はもはや閉じこもって好き放題できるような時代ではなくなった。
過去の百年、国同士は幾度となく交流と衝突を繰り返し、クルビアは衝突から発展していき、ガリアのような強国は衝突によって跡形もなく消滅していった。
諸国が天災で分断されてきた時代は徐々に変化し続けている。往来を拒否するやり方はもはや最善の選択とは言えなくなった。
イェラグも雪山に閉じこもるばかりではいられなくなった、イェラガンド様の庇護のもと――仮にイェラガンド様が本当に存在するのであれば――雪山の国を遠くへお導き頂くしかない。
歩み続けるために、イェラグは今以上に強くならねばならない。
千年もの平和と安寧はすでに尽きた、私たちは他人に門をこじ開けさせてもらうのをただジッと待ってるだけではダメだ。
イェラグは外界と接触しなければならない。主導権がまだ手中に収められてる時にこそ歩み出さなければならない、それがシルバーアッシュ家の伝統だ。
イェラグはイェラグのために存続し続けるべきだ、私にはまだチャンスが残されているが、雪山に残された時間は今も刻一刻と失われつつある。
私はすでにこの大地を見てきた……今こそ私がしてきたこと、私が見聞きしてきたことに意味を見出す時なのだ。
あなたがノーシス?
その通りだ。
私が誰だかご存じかしら?
ブラウンテイル家当主ラタトス・ブラウンテイルの妹君、スキウース・ブラウンテイル。
分かってるならさっさと礼儀を弁えてくれないかしら?
なぜまったく関わりのない人間に礼を弁えなければならないのだ。
なっ!まったくとんでもなく礼儀知らずな人ね。
礼儀を論じるのなら、そちらのほうが滑稽に思うぞ、スキウース・ブラウンテイル。
すでに屋外からでもお前の喚き声は聞こえていた、何より貴族同士が顔を合わせる場合は霊山礼を行うのが常識だ。
そちらが失礼を働いてる以上、なぜお前に礼を弁えなければならないのだ?
そ、そんな無くなってそうな礼節なんか知るわけないでしょ!?
礼節は消えてなどいない、ただ徐々に忘れ去られているだけだ。貴族として、お前はそれについて悲哀を覚えるべきだ。
……エーデルワイス家は代々イェラグの典籍と記録を管理されてきました、ノーシス様がイェラグの儀礼にこれほどまで熟知していたとは、大変感服致しております。
しかし、家内は今日あなたとイェラグの儀礼について話し合われるつもりではありません、本題に入ってもよろしいでしょうか?
構わない、私も気になっていたところだ、以前ラタトスは私の帰順を拒んだのだが、なぜまた私に接触してきたのだ?
フンッ、知ってるくせに!あなたの当主が三族議会で巫女に執政権を返したからでしょうが。
なるほど、であるのなら……
今の状況下、誠意を示すために協力してくれる人は私だけではない、 そうラタトスに伝えておいてくれ。
アークトス様のお計らいにより、お仕事に取り掛かる以外のお時間は、どうぞここでお休みになられてください。
もし外出をご希望でしたら、私たちが護衛としてお供致します。イェラグの治安は良好と言えど、不埒な輩が隙をついて襲ってくるとも限られませんので。
お食事は使用人に毎日イェラグ屈指のご当地料理をこちらへ運ばせて頂きます、またお部屋にあるものでしたらお好きなように使って頂いても構いません、日常生活にご不便をおかけるすることはないかと存じます。
もしなにかご必要でしたら、なんなりと使用人にお申し付けください、もしくは使用人を通じて私にお伝えくださっても構いません。
わかった、では晩餐を期待しているよ。
(ヴァレスが立ち去る)
(外に出た途端に監視か。)
(回想)
鉱石病問題に取り掛かってる顧問の謝礼として……祭典へご招致したい……お兄ちゃんがドクターをヒーラに招待しようとしてる理由だね?
あっ、祭典っていうのは、年に一度イェラグで一番盛大に執り行われるお祭りでね、イェラグ人全員にとって一番大事な行事なんだ。
その日になったら、全イェラグ人は手元のあらゆる仕事をやめて、イェラガンド様に向かって、つまりあたし達イェラグの山神様に向かって一番敬虔深い祈りを捧げるの。
来年も山神様の庇護のもと、幸せで健康に過ごせますようにって。
鉱石病についてなら、イェラグって昔から感染者が少なかったせいか、みんなあんま鉱石病のことよくわかってないんだよね、雪山は鉱石病より危ない出来事がわんさか起こるからね。
お兄ちゃんが鉄道を雪山まで敷いたあとは、観光しに来るお客さんがどんどん増えてって、生活もますます便利になってきたんだ、それでみんなも徐々に鉱石病と感染者についてわかってきたよ。
たぶんほかの問題が解決された頃には、鉱石病も注目されると思うかな。
イェラグにはまだ感染者を検査する専門的な手段がないんだ、ましてや感染者の配置と診療なんてもってのほかだよ。
だからこういう状況下じゃ、ドクターが一番招待されるに相応しい人だろうね。
どうするドクター、招待受ける?
・私の独断で決めていいことではない。
・……
・君は私に行ってほしいのか?
そうだった、ドクターって色々やんなきゃならない仕事とかたくさんあるもんね。でも……
急に誘われても決めづらいよね。でも……
え?
……
そりゃアタシ個人としてはもちろん行ってほしいよ。
……アタシの両親ね、アタシがまだ小さい頃に事故で亡くなったんだ。
お父さんとお母さんが亡くなってから、お兄ちゃんが一族を引き継いで、家を建て直したの。
アタシが成人するまでずっと家を支えてくれたんだ、それから一族のさらなる発展のために、イェラグを出てヴィクトリアに留学しに行ったの。
お兄ちゃんが留学する数年前から、色々と家がゴタゴタを抱えるようになっちゃってて、それでお兄ちゃんもあの時から強引にならざるを得なくなっちゃったんだ……
でも少なくともあの時、お兄ちゃんとお姉ちゃんとアタシとの関係はすごくよかったよ。
ただ、お兄ちゃんが留学から戻ってきたから、色々変わっちゃった。
お兄ちゃんとお姉ちゃんは今でもアタシに優しくしてくれてるよ、けどあの二人の間ではいつの間にか会話が少なくなって、どんどん関係も冷えていった。
五年前、前代の巫女様が亡くなった後、試練を通過したお姉ちゃんが新しいイェラグの巫女になったんだ。
それからお姉ちゃんはほとんど霊山に引き籠もることになっちゃって、アタシも全然会えてないんだ、手紙でちょっと連絡できるだけ。
それでお姉ちゃんが巫女になってから、またお兄ちゃんと色々あったみたいで……
アタシって山登りなら得意だけど、人間関係の修復には困ったもんだよ。
だから、ドクターってすごい人じゃん、どんな人とも仲良くなれるし、色々解決してくれるしさ。
つまりね、もしよかったら、ドクターの知恵を借りたいなーって……
でも……
でも?
ドクター、アタシが言っちゃいけないことなんだけど……
アタシは自分のお兄ちゃんのことをよく分かってるつもりだよ。お兄ちゃんはすごい、けど……結構手段とか選ばない人なんだ。
本当はドクターに行かれるとちょっと怖いんだよ、お兄ちゃんに利用されるんじゃないかって。
だから行かなくても全然大丈夫だからね!
(回想終了)
今は耐えよう。
だから言ったじゃないの、ここから出たほうがいいって。
その結果、捕まえられっちゃったじゃない。
・君はあの時市場で私に話しかけた人……なのか?
・……
・こうなることは知っていたのか?
その通り。
あれ、もしかして聞こえていない?
もしもーし、聞こえてる?
逆にこっちが聞きたいわね、冷静な異邦の方。
あなたはここに来るまでの間、ちっとも慌てる様子を見せなかった、最初からこうなるとわかっていたの?
なんとお呼びすればいいのかな?
イェラと呼んでちょうだい。
考えが変わったわ、あなたと友だちになりたい。
そっちはどうお考えかしら?
・知らない人とは友だちになれない。
・まずは正体を見せてほしい。
・まずこの声が出る石について教えてくれないか?
ちょっとだけ神秘的な感じを残したっていいじゃない。
ごめんなさい、今ちょうど手紙を待ってるので正体を見せてやれないわ、またの機会を。
うーん……企業秘密!
はぁ、イヤって言うのなら、私もあなたにずっとつき纏えるほど暇じゃないのよね。
ただ、あなたからすれば話し相手ができたことになるわ、悪い話じゃないと思うけど?
……