なあ、聞いたんだが、俺らが監視してるあのドクターって客人が、シルバーアッシュ家の人間に襲われたらしいな?
今更かよ、とっくにもう周りに伝わってるぜソレ。
……じゃあさ、一体どういうことなのか教えてくれよ、あのドクターってエンシオディスが招いた客なんだろ?
ったく、俺が聞いた話だと、あの襲った連中はアークトス様がドクターを迎えた際にそいつを買収したと思い込んでいやがるんだ。
は?アークトス様がそんなことするわけがないだろ!
バカだなお前、どう考えてもあいつらのデタラメだろうが!
俺に言わせれば、アークトス様がドクターを迎えたってあのエンシオディスが知ったら、直接アークトス様を陥れてもおかしかぁねぇ。
あの襲った連中は、エンシオディスが手配したヤツらかもしんねぇからよ。
そう言われるとそうかも。
じゃあ俺たちはなんでまだあのドクターを監視なんかしてんだよ、どう見てもエンシオディスの仲間には見えないぞ。
以前はドクター様のことをあまり理解しておりませんでしたので、色々と気を損なったことをしでかしていたかもしれません、どうかご容赦を。
ドクター様はエンシオディスのお客人、私が言うのもどうかと思いますが……
先ほどドクター様を狙った襲撃は胡散臭く感じます。
確かに胡散臭かったな。
・誰かがあの人たちを利用していた。
・私もあの襲撃の目的は見当がつかない。
・あの人たちの行動は理にかなわない。
それはエンシオディスなのでは……
いや、彼がそんなことをするメリットがない。
(一応容疑者の目星はついているが、しかし……)
彼らはドクター様に傷害をきたして、エンシオディスのためにペルローチェ家を非難する口実を作り上げようとしていたと思いました、私たちがドクターをしっかり守ってやれなかったと。
それはどうだろうな。
犯罪は失職より遥かに唾棄を招く。
同感です、彼らはヴァイスからエンシオディスの言伝を耳にしたはずです、それでもドクターを信用しておりませんでした。
あれはまるで……
何者かがエンシオディスの考えを先んじて予測していた。
そして事前に彼らを煽動したんだ。
ハッ、よく言った。
ヴァレス、やはりお前は駒の使い方が上手い、頭も冴えてる。もう少しこのドクターについて色々学んでおくといい。
仰せのままに。
おっと、そうだった、ヴァレス。私の代わりに下に伝えてくれ、以後こちらのドクターの監視はしなくていい、その代わりしっかり留守番をしろ、とな。
ドクターが連れてこられた護衛だが、今後彼もここへの出入りを許可しておこう。
承知致しました。
(ヴァレスが立ち去る)
お前たちが先ほど話していたことだが、たまたま廊下で耳にしてな。
お前たちの探偵ごっこに興味はないが、手がかりならくれてやっても構わん。
イェラガンド様と共に。ドクターよ、ペルローチェ家がしでかした先の無礼の償いとして教えてやろう――
ペルローチェ家当主の名においてイェラガンドに誓う、さきの襲撃は断じてこのアークトスが示唆したものではない。
信じてくれるのなら、我らペルローチェ家はどこぞのクソったれみたいに裏で三流の襲撃を敢行することは決してないとも知っておいてほしい。
・ご信頼ありがとうございます、アークトスさん。
・手がかり感謝致します、アークトスさん。
ほう?私は別にお前を信用したとは言っていないぞ、ドクター。
だがお前がここで小細工をしていないことぐらいは、こちらも確信している。
ワハハハ、よろしい。
ドクター、私は荒っぽい人ではあるが、そんな私でも見てわかる、イェラグに異常が起こったとな。
エンシオディスの小僧め、突然執政権を返還すると言い出して、ノーシスを追い出しやがった、あまつさえヤツの席にお前を座らせた。
そんなお前もよりによって執政権返還の時期に襲撃されたとな。
正直に言おう、私はもうエンシオディスを疑わずには見られなくなった、だがヤツが綻びを見せていないのも確かだ。
だからと言ってイェラガンドから授かった我らの土地と民を訳も分からぬまま危険に晒すことは実に忍びない……
では、アークトスさん……
なんだ?
・私たちが和解したということは……
・もし相手があなたの反応を予測しているのであれば……
・もう相手も私を目くらましにする必要はなくなったと言えます。
・相手はすでに準備を整えたと言えます、もう時間がありません。
なんだと!?
(爆発音)
“ドカン”と、大きな轟音が遠くで響いた。
屋外にいる人々はひそひそと、雪が降るのではないかとお互いに耳打ちしていた。
屋内にいる人々は首を垂れて口を噤み、実体のない重圧をその身に背負っていた。
ごきげんよう、ノーシス・エーデルワイス閣下。
ごきげんよう、ラタトス・ブラウンテイル様。
どうやらようやく面と向かって君と対談できるようになったな、違うか?
あんな強がったフリをしたところでなんも隠せちゃいないわよ、ノーシス。
アンタは賢い、遠回りな話はやめましょう。
アタシのところから何かを得ようとしないのなら、アンタがこう何度も何度もここに足を運んだりしないはずよ。
フッ、もし発言権は自分が握ってると思っているのなら、今ここで失礼させてもらおう。
まあそう急がないでよ、ノーシス、ちょうどアンタから教えを乞いたいことがあるの。
アタシが初めてエーデルワイス家の人間がエンシオディスと一緒にイェラグへ戻ってきたって話を聞いた時は、正直言ってあんまり驚きはしなかった。
アンタはすでにエーデルワイス家はシルバーアッシュ家に加害しなかった証拠を、あるいはエンシオディスの弱みでも掴んだのかと思っていたわ。
けどアンタもエンシオディスも当時のことについてまったく口を開けてくれなかった、それにアンタはシルバーアッシュ家の領民の好きなように罵られるがままだった。
一体なにがアンタをそこまで支えてくれているの?すごく気になるんだけど。
……彼はかつて私にある未来を約束してくれた。
未来?
イェラグの未来だ。私が研究で才華を発揮し、尚且つ成果などが盗まれず、乱用されず、それらが新興工業と科学技術に埋もれないような国を約束してくれた。
それだけ?
私は最初から君の理解など望んではいなかったさ、ラタトス、君は研究者になれるような器じゃない。
理解し難いと思うかもしれないが、十分な資源と権力の支持のもと、正当な目的を掲げ、安心安全な環境にいるという前提での技術のクリエイティブと応用の探索はとても心酔することなのだよ。
つまりアンタたちの間でトレードがあったってわけね。アンタは彼に技術を、彼はアンタに研究の舞台を提供した。
それで?
まさか彼は本当に保身のために、アンタをスケープゴートにしたとは言わないでちょうだいよ?
アンタたちカランド貿易の利害バランスに対する認識はそんなもんじゃないでしょ?
そういう君はカランド貿易をやけに信頼しているな。二年前に招待を送っただろ、なぜその時エンシオディスに帰順しなかったのだ?
バカなこと言わないでちょうだい。いくらエンシオディスに才能があったとしても、この千年もの間イェラグ人の骨に染み込んだ信仰を変えることは不可能よ。
カランド貿易も三族議会と曼珠院が許した範囲でした成長できないわ、イェラグが工業国家に変わることなんて夢のまた――
――いや待った。
彼ってば、新しい交渉材料でも見つけたの?
その通りだ。
イェラグ人をイェラガンドに背くことはエンシオディスとて叶わない、だから妥協案を探るしかなかった。
だが彼はそんな妥協に留まり過ぎた、私は何度もそんな彼を押し動かそうとしたが、まったく動じてくれなかったよ。
転機が訪れるまではな。
エンシアが患った鉱石病の症状を抑えられたんだ、治せなくとも彼女は元気よく飛び跳ねながら彼のもとに戻っていけた……
そこで興奮気味に彼に教えたんだ、相手企業との締結を開拓できるかもしれない、もっと低いコストで鉱石病の拡大と危害を抑えられるかもしれないとな。
ウソよ、エンシオディスがそんな……
いいや、彼ならするさ。門が一旦開けば、もう完璧に閉ざすことはできない。
イェラグの感染者数も日増しに増えているだろう、客観的に見てもこれはどの国家も同じだ、イェラグが発展し続ける中、鉱石病を処置する能力が新たな交渉材料となる。
彼はいずれイェラグ人に信仰と技術のどちらかを選ばせるつもりだ、だが信仰だけではもはや自分たちを鉱石病から守ってやれることはできない。
……口先だけのことを、なら証拠を見せないよ。
……ではついて来てくれ、ブラウンテイル家の人間も連れてくるといい、多ければ多いほどな、証拠を見せてやろう。