これから行動に移るが準備はできているか?
……はい。
……
あの、ノーシス様……!
……一つお聞きしてもいいでしょうか?
珍しいな、君から尋ねてきたのはこれが初めてではないか?
なんだ。
……僭越ながら。
私たちが計画通りに動けば、その後の調査でブラウンテイル家が巻き込まれる可能性があります。
それで……心配なんです、ノーシス様とブラウンテイル家が同盟を結ばれている今、もしブラウンテイル家になにかあったら、ノーシス様の計画に不利が生じるのではないかと……
私もそれについては考えたが心配はいらない、ブラウンテイル家がどうなろうと支障はない、今回のチャンスは千載一遇だ、逃したくはない。
だからと言って、君には自分の身を案じてほしい。
もし本当に最悪の事態になった場合、ブラウンテイル家よりも自分の安全を最優先にしろ。私はエンシオディスの人間性を理解している、君の証言が彼にとって不利に働いてる以上、向こうから君に手を上げることはないはずだ。
万が一の時は君の安全を確保するよう人を遣わそう。
ノーシス様!私は……
……どうした?
もし迷いがあるのなら、交代しても構わないぞ。
……いえ!どうか私に任せてください!
ノーシス様がお求めになる限り……
このメンヒ、最後までお供致します。
これでようやく獣どもを全部片づけたな!
若い連中が何人か怪我を負ってしまったが、大事にならずに済んだ……これも全部巫女様のおかげだ!
私は別に大したことはしておりません。皆様がご自分の勇敢さを見事に示してくれたおかげです、イェラガンドもきっとご自分の勇士であるあなたたちを誇りに思っておられますよ。
きょ、恐縮でございます……!
巫女様!
はい?あなたは……さっきの……
ええ。さきほどは巫女様のおかげで命拾いしました。
巫女様!先ほどはあまりにも無茶がすぎます!
だが感謝致します、おかげでこのクソガキが救われました!
同じイェラガンドの民なら助け合いは至極当然、礼には及びませんよ。
……巫女様……
実に見事な一矢でした。しかし巫女様が弓の実力をお持ちだったとは初耳ですね……
巫女はもとより雪山の民を守る力を備えていなければなりません、特段話題にあげるほどのことでもありませんよ。
そんなご謙遜なさらず!さきほどの一矢、イェラグ最高の弓の名手とも並ぶ実力でした!
(イェラグの戦士が駆け寄ってくる)
巫女様!アークトス様、それにラタトス様!
た、大変です!
声を抑えなさい、はしたない。アタシらならなんともないわよ。
あなたシルバーアッシュの人間ね?なによ、またなにか起ったわけ?まさかアンタたちまで獣に襲われたせいで、あのエンシオディスが助けを求めてるとか?
け、獣ではありません!
なら一体なんだ、グズグズしないでさっさと言え!
は、はい!エンシオディス様が暗殺者に襲われております!
――!
……なんですって?
エンシオディスが襲われた?わざわざこの聖猟の場で彼に手を出す輩が現れたって?
……部隊の半分は巫女様の護衛に務めろ、警戒を怠るな。
そのほかの者は私について来い!
待ちなさい、アークトス!なにバカなことをしてるのよ?
もしかして助けにいくわけ?エンシオディスが本当に助けを求めてるかはさえおいて、この状況よ……ちゃんと考えてるの?
……考える必要などない、ラタトス、お前の言いたいことはわかる。
しかし、あのエンシオディスが本心で悔やんでようが、芝居を打っていようが知ったこっちゃない、この聖猟を妨げる者はこのアークトスが断じて許さん!
――我が一族は代々イェラグを守る誓いを立てているのだ、聖猟の秩序を守ることも含めてな!
ホントがさつな男ね……もういいわよ、その良心で一体なにを引き換えてくるのか見物ね。
……
エンシオディス……
エンシオディス様!血が……怪我を負われたのですか!?
問題ない、慌てるな。
しかし傷が……!
大したことはない。
見事に気配を消していた、それに不意を衝くことも……この聖猟が執り行われてる時に手を出す輩がいたとはな、油断した。
……
どうした、姿を見せないのか?
この場で手を出すということは、イェラガンドに対する不敬極まる行為だ、覚悟はできているはずだろう。
まさかそれを考えずに手を出したとは言わないだろうな?
……挑発は結構。
手を上げた時から、すでに覚悟はできている。
エンシオディス、私がこの狩場にいる限り、ここから無事に出られると思うな!
どうやら相当決心してるようだな。
言われなくとも!
エンシオディス、敬虔深いフリをしても無駄よ、あんたはちっともイェラガンドへ畏敬の念を抱いちゃいない、あんたがイェラグにもたらした傷もすでに周知されているんだから!
面と向かってそう言われるのは初めてだ。今のイェラグで私にそれほど敵意を剥き出しにしてる人はそう多くないからな。
私をそんな風に責めるということはつまり、利益を失ったか、あるいは本当に敬虔深い極端な信者のどちらかなのだろう……
お前はどっちなんだ?
……私が素直に教えてるとでも?
エンシオディス様、お気を付けて!
(メンヒがイェラグの戦士を射抜く)
邪魔しないで!
それは残念だ。
この突如と発狂した獣たちはお前が事前に用意したのだろう?聖猟での私の護衛はそう多くない、もし彼らを獣の対処に割けてしまえば、確かに千載一遇のチャンスと言えよう。
だが……そんなチャンスもここまでのようだな。
……なに、私を見くびってるの?
私はすでにあんたに傷を負わせてやった、いくら飄々としてようが誤魔化せられないんだから!
それに動きも鈍くなってるでしょ。あと一回あんたに矢を射れば、それで……
こんな状況下でか?
真正面から私の要所に当てる自信があるようだが、はたしてどうだろうな?
……チッ……
そんなのやってみなければ分からないじゃない。
(メンヒが射た矢をエンシオディスが弾く)
くそっ……杖で矢を斬るなんて……
私をおちょくってんの!?
誤解しないでくれ、お前のことを舐めてるわけではない。
お前は事前に仕掛けなり計画なりを準備してきたようだが、計画を実行するには実践的な経験が必要だ。直接的な力に打ち破られてしまえばそれらもただの机上の空論になる。
何事も交渉によって解決できるのならそれに越したことはないが、私の追随者の中にも力で訴えようとする人がいる、彼女の名誉のために言うが、理由があって力を振るってるだけだ、私にはよくわかる。
……
なにが言いたいのよ!?
そろそろ正体を見せたらどうだ?それとも私の見合違いだろうか?
……
……
矢を斬るとは大したことだ。
あんたは――!
だが俺は仕事で来ただけだ、ミスター・エンシオディス。
それで、まだ続けるのかい?
彼女にも聞いてくれ、私だけでは決めかねる。
……
今における最善の選択は手を引くことだ、少なくとも死傷者は出なくなる。
……善人ぶらないで、気持ち悪い。
私から情報を探って誰があなたを襲わせたのかが知りたいんでしょ?
(回想)
私もそれについては考えたが心配はいらない、ブラウンテイル家がどうなろうと支障はきたさない、今回のチャンスは千載一遇だ、逃したくはない。
だが君にも自分の身を案じてほしい。
もし本当に最悪の事態になった場合、ブラウンテイル家よりも自分の安全を最優先にしろ。私はエンシオディスの人間性を理解している、君の証言が彼にとって不利に働いてる以上、向こうから君に手を上げることはないはずだ。
(回想終了)
私は……
(回想)
メンヒ、メンヒ!
またどこをほっつき歩いてたのよ!はやく今回の計画について意見をちょうだい、今度こそラタトスをギャフンと言わせてやるんだから!
メンヒ、やっぱりあなたが頼りね、ほかの連中はいっつも裏で私を馬鹿にしてるのよ、頭が悪いってね、ハッ、知らないとでも思ってるのかしら……
ねえメンヒ、私本当にブラウンテイル家のために何かしてやれるのかしら?私にもできるよね、ね?……そうね!あなたならそう言ってくれると思ってたわ!
メンヒ……!
(回想終了)
……
――そうはさせないわよ!
(メンヒが走り去る)
彼女の俊敏な動きは、まるで小川を飛び越えるように、また低い木からひょいっと飛び降りるようだった。
黒い姿は瞬く間にぴょんと飛び上がり、そして落ちていき、崖に消えていった。
……飛び降りやがった。
まさか飛び降りるとはな。
なぜ彼女を阻止しなかった?
任務に含まれていないからな。
そういうあんたはちっとも驚いたりしていないじゃないか。
事前に狩場で布石を打てる人間はそういない、証拠なら多少なりとも見つかるはずだ。
証人がいればもってこいだ……生きていようが死んでいようがな
……あんたの手下、何人かいないようだが。
おそらくあの発狂した獣に足を止められてるのだろう。
今回の件についてはどうかドクターに感謝を伝えてほしい。
……
旦那様!
状況は?
すべて終わりました。負傷者が出たこと以外、大したことはありません。
それとつい先ほどヴァイスのほうから――
Sharpさん、なぜこんなところに……?
任務でな。
ドクターの指示でですか?まさかこの事態を予測してた……?
……
どうやって俺だって分かった?
簡単なことだ。
言っただろう、存在自体が局面を変えられる戦士のことはとても理解していると。
エンシオディス!
大事ないか?暗殺者は!?
……
アークトス、お前が来てくれるとは驚いた、もしやこれはペルローチェ家とシルバーアッシュ家の関係が改善する兆しか?
ペッ!私が来たのは断じてお前のためなどではない!
イェラガンド様の祭典で姑息な真似をしようとする卑劣な輩をこの手で裁いてやるために来ただけだ!ヤツに相応の対価を払わせてやるためにな!
さすがイェラガンドの最も敬虔なる信者だ、アークトス。
だが、遅かったようだな。
それはどういう意味だ?暗殺者をそのまま野放しにするお前でもないだろ、どこに隠している?
待て、この崖……まさか!?
そのまさかだ、アークトス。部下に後を追わせる。
今は狩りを続けよう。
地面に血がある、傷を受けたのか?
大したことはない。
旦那様、すぐに傷の手当を!
どうかせめて……止血させてください!
狩りを続けるんだ。
これはイェラガンドの祭典だ、私個人の事情で中止していいはずがない。
……
ほかの者にも狩りを続行しろと伝えろ。
……承知致しました。
(辺りが吹雪始める)
皆が見守る中、シルバーアッシュの若き当主が歩を進める。
吹雪は彼の身に絡まりつき、また垂れた首を沿っては散っていく、どの経典にも描かれていない姿だ。
彼の背後には赤黒い斑模様が連なり、ついには純白な印と化し、山に溶け込む。
彼を阻める者などいない。
エンシオディスはただただ前へ進んでいくのだった。