なんだって?昨日エンシオディス様が山で人に襲われただと!?
え?ホントに?
本当さ、アークトス様がグロ将軍にはやく大長老に知らせてこいって言ってたからな。
俺の叔父の姪っ子がそん時グロ将軍と一緒に戻ってきたんだが。
ちょうどこっちに来た時、そいつからこの話を聞いたんだから間違いない。
よくぞ知らせてくれた、これはビッグニュースになるぞ!
へへっ!
それにしても、エンシオディス様を襲うなんてなんて大胆なの!?しかも聖猟の真っ最中に!
まさかイェティの仕業じゃないだろうな?
さっき人って言っただろ、イェティなわけあるか。
俺からしてみれば、きっとペルローチェ家かブラウンテイル家の人間の仕業だろう。
過去にもあの両家は随分とシルバーアッシュ家を抑圧してたからな、エンシオディス様がしてることは信仰を踏みにじる行為とかぬかしやがって。
どうせ本心ではシルバーアッシュ家の土地でも狙ってるんだろ。
そういうデタラメは思ってても言っちゃいけねぇ。
デタラメだぁ?エンシオディス様がイェラグを離れて留学へ行かれた時、ブラウンテイル家がどれだけシルバーアッシュ家の土地を奪ったかはお前だって知ってるだろ?
……
それが今じゃエンシオディス様は改心して、自分から巫女様と関係改善を計ってる、これじゃあもうシルバーアッシュ家を虐げられなくなったから両家は焦り始めたんだ。
それは……
ど、どこの家の者なんだよお前は!?
ブラウンテイル家の者だ、それがどうした?
ブラウンテイル家だと?なんでブラウンテイル家の人間が自分んとこの領主の悪口を言ってるんだ!
俺は窪地で長い間仕事してきた、だからエンシオディス様が不公平に扱われてるって感じてるからだよ!
エンシオディス様はイェラグにたくさんの便利をもたらしてくれたのに、ずっと三族議会で責められてばかりだ。
しかもご自分から執政権の返還を、曼珠院と巫女様との関係修復を言い出したのに、それでもあんなぞんざいな扱いを受けている
お前はペルローチェ家の人間だが、それでも良心が痛まないのかよ!
お……俺は……
それは……そうかもしれんな。
そうよ、何はともあれ、エンシオディス様を襲うなんて言語道断よ。
しかもよりによって聖猟という重要な儀式を狙って襲った、イェラガンドに対する不敬極まれる行為だ。
そうだ、今回の一件は何を言おうがはっきりと釈明してもらわなきゃならん!
そうよそうよ。
そうだ、必ず犯人を見つけ出さなくてはならん!
どうしたの、昨日あんまり眠れなかった?顔色が良くないわよ。
やはりエンシオディスは厄介に巻き込まれたか。
ええ、すでに周りにも伝わっているわ、みんなその話題でひっきりなしよ。
もう多くの人がこの件に対して釈明を求めてるようね。
その表情、もしかして想定外だったとか?
想定内だったからだ。
え?じゃあなにをそんな悩んでいるの?
ノーシスはエンシオディスと仲たがいして、袂を分けてからずっとエンシオディスに復讐しようと企んでいるわ。
けどエンシオディスがなんら策を講じていないわけがないとあなたは思っているから、御三家の事情に手を突っ込まないためにも、ここで悠々自適に祭典を楽しむことにしたのね。
今表に見えてる状況はこんな感じかしら?
・どの勢力も偏った状況しか把握できていない。
・そうとは限らない。
あなたってホント毎日なにを考えてるのかしらね。
でもあなたのせいで私もそういう思考に染まっちゃったわ、私も考えてみましょう。
うーん……エンシオディスは昔ノーシスと親友だった、それに彼は遠謀深慮な人よね、なら最初からノーシスの裏切りには備えていたかもしれないわ。
けどそれでも襲われて、しかも大事までに発展させてしまった……
ということはつまり、彼はわざと大衆が自分を同情してる現状を仕向けたってこと?
でも一体なにが目的なのかしら?
それより、聖猟の部隊が今ちょうど引き返しているはずだわ。
祭典における最後の儀式、同時に巫女様への戴冠式がもうすぐ行われるわね。
エンシオディスはただ、儀式で犯人を連れ出して自分に人望を集めさせようとしてる……だけなのよね?
実際には、まだもう一つの可能性がある。
それはなに?
・今はまだただの可能性にすぎない。
・すぐにわかるさ。
……つまり、巫女が聖猟で自ら獲物を狩ったと。
はい。
しかも、エンシオディスが襲われたことも、すでに大衆に伝わっていると。
はい。
それだけではありません、すでに一部の人たちが戴冠式を行う前に犯人を処罰するように要求しております。
聖猟で同胞を傷つけたことはイェラガンドに対する不敬だ、処罰して当然だろう!
しかし今回は巫女様の戴冠式も兼ねているのだぞ……
二人とも一理ある……大長老、どうされますか?
……
エンシオディスは聡い、黒幕を暴けられないはずもなかろう――
しかし、今回の一件はそれだけで終えるほど簡単なことではなさそうじゃな。
えっと……ご明示頂けないでしょうか。
巫女の行いはますます通例から逸脱しておる、エンシオディスも普段と違ってコロッと態度を変えよった……
あの兄妹、一体なにを企んでおるのかのう?
それはつまり……あの兄妹はなにかを……?
いや、あの兄妹が結託してる可能性は皆無じゃな。
ただ、どう転んでもシルバーアッシュの血縁というものか――
長老の方々、そして大長老様、巫女様の部隊が間もなくご到着されます。
……まあよい。では行こうか、巫女を迎えに。
(エンヤと御三家が帰ってくる)
おい見ろ、聖猟の部隊だ!
見て、エンシオディス様が包帯を巻かれているわ!
噂はやっぱり本当だったんだ!
巫女様、どうかエンシオディス様のために公正なご決断を!
聖猟を妨げた犯人を引きずり出してください!
ラタトス様とアークトス様の顔色も良くないようだぞ。
もしかして本当に彼らが関わっているの?
(大長老が近寄ってくる)
見ろ、大長老がいらした!
曼珠院もどうかエンシオディス様のために公正なご決断を!
このまま蔑ろにして祭典を進めても俺たちは認めませんからね!
私に寄せてくれた皆の関心には感謝する。
犯人はまだ見つかっていない、だがそれも時間の問題だろう。
今はどうか儀式のほうを優先させてもらいたい。
巫女様のほうは如何でしょう?
エンシオディス様がそれほどイェラガンドに心を寄せられているのでしたら、当然異議はありません。
イェラガンドの民たちよ、これより祭典を執り行いが、諸君らも知っての通り、今年の祭典は例年とは意味合いが異なる。
シルバーアッシュ家当主のエンシオディス様がご提示頂いた巫女様への執政権限譲渡の案は先日三族議会で可決され、すでにイェラグ全土へ通告しておる。
では今日送られるこのイェラグ最大の祝日を用いて――巫女様への戴冠儀式を執り行う。
わしが執り行う最後の祭典でもある。
イェラガンドはご自分の血肉をペルローチェ家へ賜り、土地を肥やし、イェラグの民を飢えから救ってくださった。
ヴァレス。
ここに。
(回想)
私は研究者だ。たとえ私がデタラメを連ねようが、自分の研究にはウソをつくことはない、断じてな。
私の分析結果を信じないのは構わないが、君が当時のあのサンプルを保留していたのは事実だ。
それを実験に使い、私が言ったことが真実かどうか確かめてみるといい。
それとも、君はこの“事実”を受け止めるのか?
本当に君の父親は“イェラガンドの祟り”で死んだと思っているのか?
……
(回想終了)
ヴァレスは恭しく一杯の酒を手渡した。
この酒は、五穀豊穣を象徴する。
この穀物で醸造した酒をイェラガンドへ捧げ、次なる一年の豊穣を祈らん。
大長老は目の前に置かれた酒を受け取り、グイッと一気に飲み干した。
ペルローチェ家現当主、アークトス・ペルローチェ、イェラガンドへ崇高なる敬意を。
その祈り、必ずやイェラガンドへと届きましょう。
イェラガンドはご自分の毛皮をブラウンテイル家へ賜り、森を生み獣たちを住まわせ、イェラグの民から寒さを遠ざけられた。
ユカタン。
ここに。
ユカタンは恭しく襟巻を手渡した。
この襟巻は、健康安泰を象徴する。
この毛皮で編まれた衣をイェラガンドへ捧げ、次なる一年の安泰を祈らん。
大長老は襟巻を受け取り、巫女に包ませた。
ブラウンテイル家現当主、ラタトス・ブラウンテイル、イェラガンドへ至高なる敬意を。
その祈り、必ずやイェラガンドへ届きましょう。
最後に、イェラガンドはご自分の骨格をシルバーアッシュ家へ賜り、山々の奥深くから金属を生やされ、イェラグの民たちに工具と兵器を授けられた。
マッターホルン。
ここに。
ヤーカは恭しく小刀を手渡した。
この小刀は、平和を象徴する。
この金属より鋳造された小刀をイェラガンドへ捧げ、次なる一年の平和を祈らん。
大長老は小刀を受け取り、両手をもって巫女へと手渡した。
シルバーアッシュ家現当主、エンシオディス・シルバーアッシュ、イェラガンドへ至高なる敬意を。
その祈り、必ずやイェラガンドへ届きましょう。
では――
(ヴァイスが駆け寄ってくる)
旦那様、襲撃犯を見つけました。
……大長老、先の襲撃を行った犯人を見つけた、このまま儀式を続行されるか?それとも先に犯人の尋問をされるか?
襲撃した犯人をここに連れ出せ!
そうよ!今ここで罰を受けてもらうわ!
大衆がこのことに強く関心を寄せられてる、連れてくるがよい。
承知した。
連れてこい。
(メンヒとイェラグの戦士が近づいてくる)
……!
(メンヒ!?)
(どういうこと?なんでメンヒが捕まえられてるのよ!ま、まさかあの時言ってた計画って襲撃だったの!?)
(……ッ、あのバカ!)
(待て、ルース、なにをするつもりだ!?)
聖猟を妨げた刺客よ、名を名乗れ。
……
なぜ……オホン、エンシオディス様に暗殺を企てた?
……
処刑するならさっさとして、多言無用よ。
……
刺客よ、沈黙しても己を救えぬぞ。
神聖なる儀式でイェラガンドへ対する不敬を行えば相応の罰を受けてもらわねばならん。
お前がそう望むのなら、戒律に従い、今ここでお前を処罰して構わんのだぞ!
……
はぁ、やはり戒律に従って刑に処すしかなさそうじゃな。
……お前の正体についてだが、口に出さぬとも自ずと調べられるはずじゃ……
……
待って!
――!
ルース!
ユカタン、なにすんのよ……放して!
メンヒは私の部下なのよ、他人が好き勝手彼女を処罰するなんて許さないんだから!
スキウース夫人、その話は真か?
……スキウース!こっちに来なさい!
ここはアンタが好き勝手暴れていい場所じゃないのよ。ユカタン、自分の嫁ぐらいしっかり躾けておきなさい!
……君はまだ状況を理解していないだけなんだ、スキウース、もうふざけないでくれ、な?
ほら、こっちに来て。
ふざけてなんていないわよ!状況を理解してないはずがないでしょ?
あっちはもうあんな有様なのよ、これ以上私が出ないと、本当にメンヒが謂れもないまま刺客にされちゃうじゃない!
だから――
お黙りッ!!
――!
ラタトス……
……
……どうやら正体を探る手間が省けたようじゃな。
者ども、スキウース夫人を取り押さえよ。
待ちなさい、あなたたちになんの権利があって私を捕らえるのよ!?
メンヒに襲わせるような指示はしてないって言ってるでしょ、きっとほかの誰かが私たちを陥れたのよ!
……
大長老、素性も分からない者が現れたからって直接ブラウンテイル家の人間に手をかけるのは不適切なんじゃないかしら?
みんなも知っての通り、私の妹はバカよ、エンシオディス様を襲う魂胆なんてはなっから備えちゃいない、それにこんな姑息な真似をできるほどの脳みそもないわ。
なんですって!?
だから――黙りなさいって言ってるのよッ!
(……スキウース、自分の身分をよく弁えなさい。)
……
ふむ、つまり妹君はただ仄めかされただけで、真犯人は別にいると、そう申されたいのですな?
ご明察。
ゴホゴホッ……では、エンシオディス様……オホン、どうされますかな?
ラタトスには恩義がある、我ら両家がどう袂を分かちようが、最悪の一歩までたどり着くことはないと信じている。
……
ラタトス、お前はイェラガンドの祭典でこんなことをするような信仰を蔑ろにする人間ではないはずだ。
私の安否は小事にすぎないが、イェラガンドへの不敬を軽んじることは断じて許されない……
……それってつまり?
刺客がブラウンテイル家の人間と判明した以上、いくらブラウンテイル家は関係ないと言おうが、信じられるものではない。
もし確実なる証拠もなく、真犯人も引き渡さず、いくら私が穏便に済ませようとしても……おそらくブラウンテイル家が大衆を納得させるのは困難だろう?
……
ラタトスはこの人の言ってる真意を理解したように思えた、しかし彼の言葉は耳元で繰り返し反芻し実に騒がしかった。
祭典の一連の騒動で、周囲にいる群衆の視線は未だかつて、彼女が背にナイフを突きつけられてるように感じるほど、不信感と敵意に満ち溢れてるものではなかった。
スキウースが彼女に向かってなにかを言っている、しかし彼女はいつものように声を荒げるのではなく、微かに唇を震わせながら訴えかけていた。
ラタトスは一目で彼女の声なき声を理解した。なぜなら彼女二人がまだ幼かった頃、大人たちに内緒でそういった遊びをしていたからだ。
彼女の妹が訴えかけてくる。
「私はただ、ブラウンテイル家のために何かしてあげたかっただけだ!」と。
……
大長老、そちらはどうお考えかな?
オホン……エンシオディス様も一理ある……ゴホッゴホッ……
大長老、身体の具合が悪いのか?
問題はない……うっ……
大長老、どうなさいましたか!?
……
大長老の口元に緑色の液体が……これは毒だ!
何者かが大長老に毒を盛った!
見せてください。
巫女様、近づいてはいけません、もしかしたらまだほかの毒があるかもしれません!
平気です。
……まずい、毒が強すぎて私の治療アーツが効かない、しばらく大長老のバイタルを強制的に維持するしかありません。
一体誰が大長老を毒殺した!?よりによってこんな時に……
酒だ、きっとさっきアークトス様から手渡されたあの酒がそうだ!
杯を持ってきなさい!
こ、ここに!
……これは、確かに毒の痕跡が残っています。
そんな事ありえん!
……そういうことか。
アークトス、まさかイェラグを掌握するために大長老に毒を盛ったとはな!
貴様何を言う!私が大長老を毒殺する理由などあるものかッ!
フンッ、ペルローチェ家と曼珠院は良好な関係にある、だが、お前たちが握てる諸々の特権はその曼珠院との関係からもたらされたものでもある。この場にいる大衆が証人だ。
この場にいる諸君も知っての通り、これまでの数年間、お前は自身の特権を利用して絶えず私を虐げ、私はそれに耐えるしかなかった。
こちらが巫女へ執政権を返還し妥協したにも関わらず、それでもシルバーアッシュ家を見逃してはくれなかった。
執政権が巫女に手渡されたら、三家は共に巫女の管理下に入る、その時ペルローチェ家は今まで得ていた特権を失ってしまうからな。
おそらく大長老もお前を支持しなくなったため、スキウース夫人と結託し、今日の局面を画策していたのだろう。
スキウース夫人は私の暗殺を、お前は大長老の毒殺をそれぞれ担当し、一気に両家でイェラグの執政権を奪い取る……考えたな、アークトス。
エンシオディス、そんなガセで私を貶すとはいい度胸だなッ!
貶す?
ペルローチェ家と曼珠院の関係が良好なのは事実、ブラウンテイル家とペルローチェ家が手を結んでいるのも、大長老が執政権返還に同意したのも事実だ。
そして今、お前が大長老を殺害したことも事実となった。
この場にいる諸君に聞きたい、私が貶してるのか、それともアークトスが詭弁を弄しているのかを!
そんな……アークトス様はそんなことをするようなお方ではない……
エンシオディス様は聖猟で怪我を負われた、彼を襲ったのはブラウンテイル家の人間、それに今アークトスは大長老を殺害した、火を見るよりも明らかよ!
見損なったぞアークトス!長年敬虔だったのもフリだったんだな!
……そ、そんなのありえん!
いい加減目を覚ましてちょうだい!
襲撃犯とスキウース夫人を取り押さえろ。
はっ。
私に触るな、このクソ野郎!
ルース!
大奥様……!
待ち――
(氷のアーツが飛んでくる)
ぐはっ……
誰だ!
氷のアーツです、しかもこの遠い距離から、まさか――
今度はなんだ!?
そこを見て!
戦士たちよ、今こそ君たちの主人を救うべき時が来た。
あれは――ノーシスじゃないか!なぜヤツがここにいる、それになぜブラウンテイル家の人間を従えているのだ!?
……カランド貿易から除名されたあと消息を絶ったと思ったら、ブラウンテイル家に寝返っていたのね!?
エンシオディス、自分を哀れな被害者と偽り、堂々と衆目の前でウソを連ねて恥ずかしいと思わないのか?
……
ノーシス、今までどこに隠れていたと思えば、ラタトスのところに隠れていたのだな。
隠れる?私はただ準備をしていただけだ。
ラタトス、なにをぼさっとしている?
ノーシス、アンタ――
(ノーシスが近寄ってくる)
台の下にいる群衆を、君を見ている不信感に染まりきった目をよく見ろ!
ラタトスはイェラガンドを裏切った!ヤツを裁け!
アークトス、見損なったわ!
エンシオディス様、ヤツらを倒せ、ヤツらを倒せ!!
君の妹にも目を向けてみろ、今にもエンシオディスの人間に連れていかれそうなんだぞ!
放して、放してよ!
……ぼくの妻から手を放せ!
フンッ。
(シルバーアッシュ家の戦士がユカタンを斬りつける)
うぐっ……
ユカタン!
スキウース!ユカタン!
君に与えられたチャンスは今しかない。
エンシオディスは君を信じてると言ったが、はたしてそれは本当だろうか?
君ならとっくに分かってるはずだ、彼は君に選択を迫っているだけだ。まさか彼が求めている“犯人”を引き渡せば、本当にブラウンテイル家を守れるとでも思っているのか?
周りを見てみろ。君に注がれている周りの人たちの目をよく見ろ……
エンシオディスがイェラグを掌握したら、君たち両家がどんな結末を迎えるわかっているのか?
アタシは……
大奥様ッ!
……
ラタトス、まさか家族を、領地を、君自身の持論を、握ってる実権を見捨てるつもりか?
もしそれでも動かないのであれば……
私が手を貸してやろう。
ノーシスはクルっとエンシオディスのほうに目を向けた。
青い氷のアーツが彼の手の中で凝淑していくが、エンシオディスは微動だにしない。
ノーシス、お前には本当に失望した。
奇遇だな、エンシオディス、私もちょうどそう思っていた。
――デーゲンブレヒャー。
(デーゲンブレヒャーがノーシスの氷のアーツを叩き割る)
がはッ……
(ノーシスが氷のアーツを用いる)
そんなアーツ、私には通用しないのは知っているだろ。
私の時間を無駄にするな。
そろそろ休め、ノーシス。
哀れだな、ノーシス。
哀れ?
今ここで私を殺してもなんの意味もないぞ。
私一人を、あるいはほか百人止められるかもしれないが、一千人、一万人になればどうだ?
私の後ろを見てみろ。
火は、すでに灯されたのだ。
……
チッ。
アークトス。
なんだ?
アタシかエンシオディス、どっちを信じる!?
貴様らなんぞ、どっちだろうが信用できるものか!
ならせめて、今は誰が敵なのかはっきり知っておくべきよ!
ブラウンテイルの戦士たち、戦闘用意!
まずはスキウースの救出が最優先、それからエンシオディスを取り押さえなさい!
はっ!
……※イェラグスラング※、ペルローチェ家の戦士たちよ、隊列を組め!
エンシオディスの逆賊を捕らえろ!ヤツこそが裏切者だとみなに知らしめるのだ!
はっ!
了解しました!
デーゲンブレヒャー。
ノーシスを連れていけ。
ここはいいのか?
いい。
わかった。
マッターホルン。
ここに。
大長老と巫女様を頼む。
承知。
ヴァイス。
ここに。
アークトスとラタトスを取り押さえろ。
なるべく死傷者は出すな、今はまだその時ではない
承知致しました。
(イェティ部隊が集まってくる)
行こう。
……
もう一つの可能性が実現したようだな。
だからそれって何よ?
最初からエンシオディスは何もかも企てていたことだ。
……それは最初から全部わかってたんじゃないの?
ノーシスの出現も含めてだぞ。
え?
まさか――
Sharp。
ドクター、命令か?
エンシオディスは最初からやるつもりだった。
だから君にはアークトスとラタトスを救出してもらいたい。
……理解できん。
……行動の理由がほしい、ドクター、その命令はもうあんたの護衛から逸脱してる。
今はもうエンシオディスの一人勝ちの状況になった。
アークトスとラタトスが危ない。
イェラグもいずれ必ず大きな変化を迎えるからだ。
……
俺の任務はロドスの立場と、あんたの安全を守ることだ。
現実的な観点から見て、ここで起こったことはあんたと一切関係ない、ドクター。
もしエンシオディスが一人勝ちしようが、あんたがあいつの客であることに変わりはない、だからあんたは安全のままだ。
それに、ロドスとビジネス契約を結んでいるのはほかの両家じゃなく、ましてやイェラグではあいつ一人だ。
もしエンシオディスの計画に首を突っ込もうとしてるのなら、あんたの安全は保証できない、ロドスの立場も脅かされる。
私が今しようとしてるのは、戦争を阻止し、多くの命を救うことなんだ。
……
ドクター、今だってこの大地のどこかで人は死んでる。
自分に他人を救える力があると過信してそれに没頭しちまえば、一番起こりえるのは己の力不足から生じた後悔によって押しつぶされることだ。
ロドスのほかの連中とは違って、救うことと守ることは同義じゃないって俺は考えてる。
あんたが勝利をもたらしてくれるのは信じているが、勝利にもそれぞれ異なる価値がある。
イェラグの人口はおよそ数百万だ、お前が言ってる多くってのは、数人でも、数十人でも、数百人でもない、数千人数万人って規模だぞ。
……それでもあんたはそれを勝利だって言うのか?
・信じてくれ、Sharp。
・残業だって思ってくれれば。
了解した、直ちに実行に移る。
(ユカタンがシルバーアッシュ家の戦士に斬りかかる)
ぐはッ……
チッ、混乱に乗じて襲ってくるとは……ヤツを逃がすな!
ルース!
ユカタン!
逃げるぞ!
(ヴァイスがユカタンに襲いかかる)
させません!
そこをどけ!
(戦闘音)
そこまでです、ブラウンテイル家のユカタン。
投降してくれれば悪いようにはしません、こちらも血は流したくないので。
(せめてルースだけでも――)
(戦闘音)
がはッ……
ゴホッ……ルース、逃げろ……
申し訳ありません。
(ヴァイスがユカタンを倒す)
スキウース夫人、はやくお逃げください!
まだユカタンが残ってるのよ!それに、メンヒだって!
まだあの襲撃犯を構ってどうするのよ?バカなこと言わないでちょうだい!
……襲撃犯なんかじゃない!
……
ならユカタンは……ユカタンはどうするの!?彼は私の夫なのよ!
周りをよく見なさい、ユカタンは命懸けでアンタを救い出したのよ、彼と添い遂げるつもり!?
じゃあこのまま彼を見捨てろって言うの!?
アタシが見捨てようとしてたら、こうして反撃なんかしてないわよ!
もういい加減にしなさい!
……わかったわよ、逃げればいいんでしょ!
(ユカタン……)
(イェティがグロに斬り掛かる)
チッ、この変な甲冑を着た連中はどこから出てきやがったんだ!
旦那様、エンシオディス側の数が多すぎます、もう抑えきれません!
どう致しますか?
……我らペルローチェ家に臆病者などいないッ!
アークトス、ヒーロー気取りはそこまでにしなさい!まずは協力してここを突破するわよ!
……この怒りを呑み込めと言うのか!?
もしここで死んだら、吐き出したくとも吐き出せなくなるわよ!
……おのれ、おのれェ!
グロ、兵を私のところに集結させろ、ここを突破する!
はっ!
(小声)申し訳ありません。
ここはすでに“イェティ”によって包囲されています、諦めてください。
取り返しがつかなくなる前に、あなた方にはまだ投降の余地があります。
エンシオディスの犬め!多勢に無勢だからといって調子になるなよ!
どうか落ち着いてください、あなた方にはもうチャンスはありません。
もう逃げられませんよ。
いいや、逃げられるさ。
誰です?
屋根の影に隠れた廊下の出入り口の中、一人の大男が壁際に立っていた。
彼の背後には、本来なら命令に従って包囲を遂行していた “イェティ”たちが乱雑に廊下の中で倒れている。
まだロドスで働き始めて短いクーリエだが、彼が一番よく知るロドスオペレーターの一人が、ゆっくりと陰から姿を見せ、彼の前に立ちはだかった。
それが何を意味するのか、彼ははっきりと理解した。
アンタ……何者?
お前たちは……あのドクターの……
……アタシらに味方するの?
それの説明は俺の仕事じゃない。
出口はあっちにある、外の連中ならすでに片付けておいた。
オーロラ、二人を逃げさせろ。
わかった!
逃がすか!
(Sharpがイエティを倒す)
ぐはッ……
次、相手してやってもいいぞ。
挑発に乗るな!隊列を組み直せ!
隊列を組み直す?相手は一人だぞ!
指示に従え!!
……了解した。
いい子だ。
Sharp……隊長。
本当に申し訳ありません。
俺に謝るな、私怨は持ち込んじゃあいない、クーリエ。
俺はただ仕事を全うしてるだけだ。
十五分後
隊長!えっ……怪我したの?
数も多い上クーリエにも斬られた、手が早い野郎だぜ。
隊長……クーリエさんは……
手加減はしてやった、安心しろ。
これからどうするの?
こっちでの仕事は終わった。
次の場所に行くぞ。
大長老の容態は?
……あまりよろしくありません。
大長老を曼珠院まで運んでくれ、エンシオディス様が専門の医者を呼んでくれている。
それと巫女様、あなたにも曼珠院にお戻り頂きたいとエンシオディス様が仰せです、事が収まったあと、改めて戴冠式を執り行います。
……わかりました。
エンヤは言い返さなかった、今の状況において自分に反抗する余地はないと理解していたからだ。
いつからか、目の前に起こったすべては計画されていた茶番にすぎないと彼女はすでに気づいていた。
そしてその茶番を引き起こしたのは、紛れもなく自分の兄だということも。
彼女がこの時のために決めていた覚悟と未来への願望は、すべて彼によって容赦なく打ち砕かれた。
仮に彼女が今ここで目の前に人たちを全員倒そうが、民衆は依然と彼女に、あのエンシオディスが彼女のために用意した結果を受け入れるように求めてくるはずだ。
エンヤは周囲を見渡す。
その場にいたヤーカと視線が合った、が彼はすぐにわざとらしく目を逸らした。
現代的な装備を身に着けた戦士たちがシルバーアッシュの部隊の隊列を退けて、アークトスとラタトスを連れて行こうとしていた。
民衆の視線がエンシオディスに注がれている、まるで彼こそがこの舞台の主人公であるかのように。
そんな視線にはどれも希望と熱狂を孕んでいる。
その民衆の中で彼女はヤールと、ヤールの傍に立っていたあなたを見つけた。
お互いの視線が交わされ、あなたは彼女の目から悲しみと、悔しさと――怒りが見えた。
しかしそんな感情はすぐさま消えてなくなっていく。
そして彼女はようやく視線を逸らし、台上から消えていった。
旦那様!ロドスの人間が突然現れてはアークトスとラタトスの逃亡に協力してきました!
……
ドクター。
お前にはいつもいつも……驚かされるばかりだ。
(デーゲンブレヒャーが近寄ってくる)
私がノーシスを連れて行った途端このザマか?
ロドスが手を出してくるのは予想外だった、関与してくるだろうとは考えていたが、あそこまで実力があったとはな。今回、計画を破綻させられたのは私のほうだった。
追うか?
必要ない、手は打ってある。
それに、あの二人がここで死んでいようがいまいが、これからの計画の邪魔にはならん。
ドクターもその点に気づいていたため、手を出したんだろう。
彼は一体なにをしようとしてるとお前は思う?
もしただの衝動的なバカでなければ、あの二人に何かかけているのだろう。
何をしようとしてることについてだが……
そんなにヤツの凄さを理解しているのであれば、あの二人の勢力をこの機に借りてお前と張り合おうとしてるのかもしれないな。
彼がそんな単純な野心家には思えん。
お前は本当にヤツのことを“理解”しているのだな。
直感だ、棋士としてのな。
しかし、部外者がペルローチェ家とブラウンテイル家の当主を救出したとはな……
あの局面であんなことをするとは私でも予想外だった。
だから彼がこれから何をしようとしてるのか、とても興味深い。
当然だが、仮にお前が言ったようにただ張り合おうとしてるだけなのであれば、喜んで付き合おう。
なら一先ずそのようにしておけ、今日起こった混乱の勝者は間違いなくお前だ。
皆その勝者のお言葉を待ちわびているぞ。
わかっている。
(エンシオディスが立ち去る)
混乱が残していった場面は未だ収拾はついておらず、人々はさきほど起こった出来事について激しく論争している。
しかしエンシオディスがゆっくりと中央まで歩いて行くにつれ、誰もが口を止め、エンシオディスに視線を向けた。
誰もが待っていたのだ、彼がこの混乱に終止符を打つことを。
……
イェラグの民よ、誠に遺憾な事態が起こった。
この神聖の日に、痛恨極まる出来事が発生してしまったのだ。
しかしこれを機に、我々は一体誰がこのイェラグの裏切者なのかはっきりとわかった。
それは即ち、アークトスとラタトスだ!
ヤツらは権限譲渡によりクーデターを企てたにも関わらず、あまつさえ大長老を毒殺しようとし、このイェラグを奪い取ろうとした。
これは紛れもなくイェラガンドに対する最大の冒涜と言えよう。
ヤツらをこの場で法に裁くことは叶わなかったが、それだけではこの蟠りが収まることはない。
アークトスとラタトスには必ず正当な判決を受けてもらう!
裁け!裁け!!ヤツらを裁け!!!
しかし、私はただあの二人の裏切者を捕らえたいだけであり、争いを引き起こすつもりは毛頭ない。
イェラグはイェラガンドのイェラグであり、ここにいる雪山の民のイェラグであり、私個人のイェラグではない。
よって、ペルローチェ家とブラウンテイル家の領民はどうか安心してほしい、皆が恐れている内戦は――決して起こさせはしない。
今後、シルバーアッシュ家は保護を理由として曼珠院に派兵する、そこで大長老が目を覚まされた後、もう一度大長老と巫女様と共にイェラグの未来について話し合うつもりだ。
その場合、ペルローチェ家とブラウンテイル家の領民にはぜひともイェラグの本当の敵が誰なのかはっきりと理解してもらいたい。
我々が目標を同じくした時、必ずより良い道を歩めると私は信じている。
その時になれば、我々は必ずより良いイェラグを迎えられるだろう。
エンシオディス!エンシオディス!!エンシオディス!!!
シルバーアッシュ!シルバーアッシュ!!シルバーアッシュ!!!
人々は高らかにエンシオディスの名を謳う、本来なら巫女に権限を譲渡する祭典だったが、そんなことはもはや誰も気にしてはいなかった。
山の頂、曼珠院の方角から、鐘の音が伝わってくる。
ゴーン、ゴーン、ゴーンと――
巫女の戴冠を祝う鐘の音だったが、今はまるで変革の到来を告げているようだった。