
はぁ……やれやれ!

どうした?

あの“イェティ”、まだわしらをここから出さぬ気だ。

エンシオディスが言うにはわしらの安全のために、ウロチョロせずにここで待機しろとのことだ、ほざきよって。

だから言っただろ、エンシオディスはわしらをここに監禁するつもりなんだ!

大長老はまだ目を覚めてくれぬし、巫女の戴冠は終えておらんし、ほかの両家は裏切者だと言ってる分には、ヤツもまだ安心できぬのだろう。

シー……はぁ、今更そんなことを言ったところで何になる、院内の事務はすべて大長老が決定される、あのご様子じゃ、わしらにできることなどないわい。

まさかこんなことになったのもイェラガンドの思し召しなのだろうか……
(エンヤが近寄ってくる)

イェラガンドがこの事態を求めていたかどうかはさておいて、今のあなたたちの姿を目にしたら悲しまれるのは確かだと言えます。

み、巫女様!

わしらは……ただ心配を……

心配するほどのことなどありますか?

大長老のご容態……それに御三家の現状など……

さきほどお医者様に伺いましたが、確かに大長老の容態は芳しくありません、しかし彼は長年曼珠院を司ってきましたから、イェラガンドもきっとお守りして頂けることでしょう。大長老は必ずよくなると信じております。

それまでの間、院内にある事務事項はすべて私が決断致します、大小問わず。

それは……

巫女様はもとより戴冠式でイェラグの統制者になる予定でした、大長老も彼女に引き継ぐ意志を示されておりますし、なによりこの特殊な状況、なにを迷われているのですか?

それとも、皆様は大長老よりも優れたアイデアをお持ちなのでしょうか?

侍女長の分際で……

よせ、確かにヤール侍女長の言う通りだ。

わしらはもとより巫女様のお力を信じるべきだ、巫女様が自らおいでになって皆を宥めようとしてくださる、これ以上のことを望むのは贅沢というもの。

そのほかのことに関しても、長老の皆様方におかれましてはご心配をおかけする必要はありません。

祭典で起こったあの出来事、確かにエンシオディスが企てたことと言えるでしょう。

しかしたとえエンシオディスが本当に良からぬ思いを抱いていたとしても、この私がいる限り、曼珠院が脅かされることはありません。
聖猟での巫女の存在は、ただ映え映えしく人々の目に映っていただけだっただろう。
しかし今の巫女には雰囲気が、抗えぬような雰囲気を纏っていた。
長老たちは顔を見合わせたのち、次々と首を垂れる。
“巫女様の仰せのままに”と。

下がってください。
(長老達が立ち去る)

……

ふぅ……

エンヤ、さっきはなかなか威厳があったわよ。

本当ですか?

本当よ、祭典から戻ってきたら失望して落ち込むのかと思っていたわ。

けど、杞憂だったようね。

……失望ならしてますよ。

ただ、前に失望した時、私はなにも言い出せませんでした。

あの時の私は、自分のために何も掴めずにいましたから。

でも今回、失望はしていますけど、自分には分かります、私には何かを変えられる力があるんだって。

であれば今回、私はただ失望するだけでなく、これ以上失望しないためにも、自分のやるべきことをやり遂げなければいけません。

……エンヤ、本当に成長したわね。

できればずっと子供のままでいたいですけどね、毎日あれやこれやと考えるのに疲れてしまいましたよ……

……

けどあなたの言う通り、私は成長を遂げました。

信仰は……

……ゴホッゴホッ。

大長老、やっと目が覚めたのですね!

騒ぐでない。

あ、申し訳ありません。

祭典は……ゴホッゴホッ、どうなった?わしが……憶えてるのは、ブラウンテイル家の人を尋問していた時までじゃ、それからのことは憶えておらん。

あなたはアークトス様に毒を盛られたんです、そらから、ノーシスが出現して事態が一層複雑化してしまいました。

その後、アークトス様とラタトス様が協力してエンシオディス様を制しようと目論んでおりましたが、結局はエンシオディス様に返り討ちにされてしまって……

聞きたいのはそれではない。

戴冠式は?巫女はどうなった?譲渡は進んだのか?

……儀式は中止されました、エンシオディス様が仰るには、ペルローチェ家とブラウンテイル家を帰順させたあと、改めて儀式を再開させるとのことです。

……

……エンシオディス、ゴホッゴホッ。

巫女は?

巫女様は……今はご自分の部屋におられます。

……
お嬢ちゃんや、初めて三族議会を傍聴した感想はどうじゃ?
……大長老さま、まさか三族議会がこんなにもつまらないものとは思いませんでした。
三人の当主は自分の家に関することしか話さないし、毎年の行事は誰が受け持つのかについてもあまり乗り気じゃないように見えます、みんな全然イェラガンドに関心を持っていません。
フフ、賢い子じゃのう、やはりわしの目に狂いはなかったわい。
……大長老さま、わざとわたしにこれを見せたいと思っていたんですか?
そうじゃよ。
どうしてです?
いずれお前が大長老になるからじゃよ。
そしたら自然と分かってくるさ、信仰とは一体何なのかを。

お前は……曼珠院に入って何年になる?

え?二十五年です、大長老。

その二十五年間、ゴホッゴホッ、この曼珠院は、このイェラグは変わったと思うか?

それは……シルバーアッシュ家がもたらしてきたモノを除いて、あまり変化は実感しませんね。

この土地は、千年来さして変化を遂げてこなかった。

きっとこの先も、大した変化は訪れないだろう。

ゴホッゴホッ、すまぬがわしを起こしてくれぬか。

しかし大長老、まだお身体が……

自分の身体のことは、ゴホッゴホッ、自分が一番よく知っておる。

わしのお迎えはもう近い。

そんなことは……

巫女を正殿へお呼びしろ、わしから話があるとな。

ドクター、これでお前に救われたのは二度目になるな。

エンシオディスがイェラグに戻ってきてカランド貿易を立ててから、私はずっとヤツのやり方が気に食わなかった。

お前がイェラグに来た時もすでに目にしてるはずだと思うが、ヤツが建てた貿易港は、私からすればもはや何なのかすら分からぬものになっていた。

ヤツがもたらしてきた品々なら私も使ったことがある、確かにいいもので便利だ、私の部下たちも愛用している。

下っ端の若い連中によれば私はヤツらが何を話しているか理解していないと言う、この私が理解していないはずがないというのに。

だがエンシオディスのあんなやり方はダメだ、あのままではイェラグを火口に突き落としてしまう。

イェラガンド様は今でも上で我々を見ておられる、あのままではいずれイェラグに天罰が下るだろう。

だから私はずっとヤツに反対してきたのだ、しかし結局はこうなってしまった。

我らペルローチェ家はあんな腹が黒い人のことは好かん。

本来ならヴァレスもいたんだが、今の私にはもう……

本当にお前を信じても構わないのか?

ドクター、ラタトスを連れてきたぞ。

アークトス?てっきり我慢できずに兵を動かしてエンシオディスとドンパチしに行ったと思っていたわ。

こちらのドクターが止めに入ってくれなければ、我慢できるはずがないだろ。

ロドスのドクター……

アンタはアタシの命を救ってくれた、なら恩返しをするってのが道理ね。

でも、もしアタシが背負ってるブラウンテイル家が欲しいって言うのなら、ごめんなさいとしか言えないわ。

・君の助けが必要だ。
・(コートの襟を正してあげる。)
・私をそんな悪人みたいに考えないでくれ。

……ここ数日間で一番すんなり耳に入ってくる言葉ね。

……アンタ。

アンタと私は初対面だし、アンタに限って言えばあんなデカいことをした、だから教えてもらえるかしら、どうしたらアンタを悪人として考えないでいられるの?

まあいいわ。

アークトスもここにいるということは、アンタたちが何かを企んでいるのは考えなくとも分かるわね。

正直に言って、アンタの手下がアタシのところに来るまで、アタシは本気でエンシオディスに投降しようと考えていたわ。

そんなアタシが、本当にアンタの助けになるって思ってるの?

もしアークトスも投降しようと思っていたのなら、助けは必要なかったさ。

……我らペルローチェ家、投降など万に一つもありえん。

……それで、どうするつもりなの?

・まず最初に、君たちは負けた。
・まず最初に、私は君たちを勝たせてあげることはできない。

そう強調しなくてもわかっているわよ。

今の民衆はすでにエンシオディスに傾倒しているわ、彼は祭典が終わったあと、アタシやアークトスの“凶状”を言い出したただけで、アタシら両家の領地には手を出さなかった。

彼からしてみれば、イェラグはもうすでに自分のものになったとでも思ってるんでしょうね。

まあ事実としてすでにそんな感じではあるけど。

ドクター、お前の知恵からすれば、まだ何か策はあるのか?

今のところで最も賢明な突破口は、巫女の救出だ。

今の局面、確かに巫女の発言がない限り逆転の可能性はないわね。

エンシオディスが曼珠院を掌握したのも巫女に口を出させないようにするためよ。

ただ問題として――エンシオディスがアンタのそれを想定していないはずがないわ。

彼は今曼珠院に兵を置いてる、そこに突っ込むってことは自分から網にかかりに行くようなもんじゃないの?

・もちろん正面突破ではダメだ。
・ほかの手の準備をする必要がある。

巫女の救出?

エンシオディスがすぐ両家を攻めに行かなかった理由は二つある。

一つはその必要がない。

もう一つはあのドクターがペルローチェ家に手を貸すことを彼は危惧しているからだ。

ドクター……もし本当にドクターがアークトス側についたら、相当厄介になりますね。

しかし、あのドクターはなにもアークトスの軍を操って我々と対立を図るつもりはないはずだ。

君たちが言うには、彼はアークトスの無鉄砲な全面戦争を制止し、それで流血沙汰を抑えようとした可能性が高いとのことだったな。

だが私からすればそんな可能性は信憑性に欠く、私から言わせれば、彼がペルローチェ家とブラウンテイル家を従わせ、それを機に一躍してイェラグの次なる覇者になる可能性も十分にある。

ドクターはそんな人じゃない。

そうですよ、そういった能力は備えていますけど。

……君たちにしかり、エンシオディスにしかり、あの人に対する評価にはつくづく不思議に思う。

君たちのその判断に誤りがなければいいのだがな。

とにかく、どの可能性であれ、今我々が掌握してる霊山に突っ込んでくる可能性が一番高い。

世論における情勢を覆したければ、巫女の発言は不可欠だからな。

もし巫女が彼らによって霊山から連れ出されてしまったら、エンシオディスが今までやってきたことはすべて水泡と化す。

あのドクターがそれを理解していないはずもない。

きっとここに来るはずだ。

……なんという皮肉だ、彼らからすれば、我々シルバーアッシュ家は自分たちのお嬢様を人質に捕っているように見えるとは。

違うとでも?エンヤ・シルバーアッシュは、今では我々の人質だ。

……

もしこの言い方が気に入らなかったのなら、巫女は我々の重要な交渉材料だと言い換えてやっても構わないぞ。

言い換えたところで事実が変わるわけではないが。

……ノーシス、ヤーカ兄貴を刺激するのはやめてもらいませんか?

君たちに事実を認識させようとしただけだ。

それとも、君たちはまだエンシオディスの真の目的を把握していないのか、彼は断じて執政権を返還しようとしてるわけではない。

この国を一宗教に譲るなど、最初から彼の計画のうちには入っていないのだよ。

……

エンヤ・シルバーアッシュがどうとか言いたいわけではない。

私は彼女に興味はない、なら良し悪しの意見がないのも当然だろう。

しかし彼女は巫女になった、それによくやっている。

であれば彼女は必然的にエンシオディスの阻害になる、それだけのことだ。事態がここまで進んだ以上、シルバーアッシュ家当主よりも舞台で目立つことをする人間は許されないのだよ。

……わかっている。

わかっているさ。

我々は今リプレイ可能なゲームをしているわけではない、これ以上自分に不必要な厄介事を背負わすな。

メンヒ、偵察は頼んだぞ。

承知しました。

うむ、いい計画だ!

……それ本気?

当然だ。

……

表面上では兵を急かして破壊行為をさせ、あたかもユカタンを救出してるように見せかけて、実際には相手の注意を惹きつけ、こちらの目的に誤解を生じさせるのが目的。

その誤解を生じさせることは正面に配備する大部隊が担当。

けど実際これはアークトスの部隊が霊山に接近させるようにした陽動で、しかも山にはアンタの手下が事前に潜入して工作させると……

確実とはまったく言い難いけど、いけそうな感じはするわね。

けどデーゲンブレヒャーはどうするの、アンタがたとえエンシオディスのあのイェティに扮した部隊を相手にできても、あの正真正銘のバケモノを制しない限り、エンシオディスの相手なんて夢のまた夢よ。

Sharpがいる。

それも仕事なのか?

そうだ。

言うは簡単だけど、本当に確証はあるんでしょうね?

どうだろうな、せいぜい10分ぐらいの足止めはできるはずだ。

……アンタもバケモノってわけね。

……それで、ロドスのドクター、本当にアタシの手が必要なの?

・無理なら構わないさ。
・この計画には、どうしても君が必要なフェーズがあるんだ。

計画のフェーズならもうどれも目にいれちゃってるわ。

それで別に構わないと言われて抜けるヤツなんかいないわよ。

……

まあいいわ……

私が代わりに行く。

スキウース、今はふざけていい場合じゃないのよ。

それなら先に鏡で自分の顔を見てから言ってちょうだい、ラタトス。

疲れてる上に、血の気もない、目だって死んでる。

そんな状態で私の旦那を救出しに行ったって、こっちが安心できるわけがないじゃない?

……

あなたがあの部屋でエンシオディスと何を話したかは知らない。

けどブラウンテイル家がそんな状態のあなたのせいでエンシオディスに奪われるところは見たくはないわよ!

……

何よ私をジーっと見て、ケンカ売ってんの?

今回ばかりはアンタの言う通りね。

……

いいわ、ロドスのドクター、今回の計画はアタシの代わりにスキウースが出る。

正直に言って、エンシオディスからの挽回にはなんの期待も抱いちゃいないけど。

まあ、幸運は祈っておくわ。