(戦闘音)

……お前、以前はサルゴン宮廷に仕えていたのか?

……前の仕事でな。

まさかアンタがサルゴンの剣術を知ってるとは思わなかったぞ。

私はアーツに興味はないが、武に関わる物事であれば、嫌でも憶えてしまうものでな。

どうりで黒騎士は天性の武者だと称されるわけだ。

天性?

フッ。

“アーツを使えないリターニアの欠陥品”から、“天性の武者”になるまでどれだけの時間を費やさなければならないか、お前にわかるか?
(戦闘音)
“ガキン”
Sharpが持つ盾に切り裂かれた痕が現れた。
一方デーゲンブレヒャーにもいくつもの傷口が現れたが、彼女はどうやらまだそれに気づいていないようだ。

痛みは感じないのか?

お前も幼年の頃から、寝る時以外は痛みに耐え忍ぶ毎日を送っていれば慣れるさ。

お前はどうなんだ、何度死と隣り合わせになったことがあるんだ?

戦争で数なんざを数える余裕のある人間は俺の知る限りじゃみんなすぐに死んじまった。
(戦闘音)

聞いた話によると、黒騎士は商業連合会に協力しなかったために、三連覇王者でありながら、追放や暗殺に遭い、最後にはカジミエーシュの辺境で姿を消したらしいな。
(戦闘音)

それがどうした?

かつて強権に屈しなかった象徴が、今じゃ陰謀家のボディーガードにまでなって、国家簒奪に加担しちまってる。

道徳的な評価はしないが、それでもちょっとばかし残念に思うよ。

お前たちロドスならエンシオディスの考えに理解を示してくれると思っていたんだがな。

理解は理解だ、受け入れるかどうかはまた別の話さ。

まあ実際、ドクターはエンシオディスのことを理解してやってると思うぞ。

私は私自身とエンシオディスになんら申し開きするつもりはない、実に面倒だ、それにそんな必要もない。

ヤツが何をしようとしてるかはお前の目で確かめてみるといい――今を生き長らえたらな。
幾度の苦難を越え、エンシアはようやく崖の淵へ、次の一歩で登り詰めるところまでやってきた、しかしその時、そう遠くない場所から話し声が伝わってきて、彼女の登る手がピタリと止まった。

はぁ、麓も山頂もメチャクチャだ。

そうだな、大長老はぶっ倒れてしまったし、下ではアークトスが部隊を引き連れて襲ってきてるし。

この先もう大きな出来事は起こらないと思っていたんだが、こりゃ何が起こるのか見当もつかなくなっちまったよ。

俺は最初から穏便に済むとは思っちゃいなかったけどな、ただ、こんなことまで発展しちまって、ちょっとは悲しく思っちまうぜ。

そりゃなぜなんだい?

俺たちが曼珠院に進駐してから、お嬢様、いやいや、巫女様は明らかに主導権を握ってるだろ。

大長老が倒れてしまったあと、今じゃ曼珠院は彼女の言いなりだ。

それに麓では、エンシオディス様が大局を握っているだろ。

……

そう言われてみれば、確かにそうかもな。山の上では巫女様が、山の下ではエンシオディス様が。

お前の言葉を借りると、この先どう発展するのかてんでわからなくなっちまったってことだ。

……俺たち下っ端が、そんなこと考えても意味はないからな。

そうだな、こんなことを考えたところで。

もう二回巡回しておこう、下手したら俺たちも後で麓に加勢しに行くハメになるかもしれないからな。
(シルバーアッシュ家の戦士たちが立ち去る)

……お姉ちゃん。

おい、なんかあったのか!?

食料貯蔵庫で火事が起こったんだ!

なにィ!?はやく消火しに行くぞ!
(シルバーアッシュ家の戦士たちが立ち去る)

フンッ、楽勝ね。

さすがはスキウース様、実にあなたらしいやり方で……

どれどういう意味よ!?

いえその、称賛してるんですよ。

フンッ、これが終わったらあとで私が資金を出してアイツらの貯蔵庫をもう一回建ててあげるわよ、今は任務が最優先!

ほらもたもたしないで、アイツらが火事に注意を向けてる隙に動くわよ、ユカタンが捕らえられてる場所はすぐ目の前なんだから!

はっ!

……ヤール。

はい、巫女様。

祭典の時、確か群衆の中であなたを見かけた気がします、それにあなたの傍にもう一人フードを被った人もいましたよね。

はい。

ほかの人から聞いたのですが、どうやらその人はエンシオディスが招いたロドスのお客人、皆さんはドクターとお呼びしてるようですね。

同時に、今アークトス側に加勢し、エンシオディスと対抗してる人だとも。

……巫女様には誤魔化せませんね。

どうやって知り合ったのですか?

下山してあなたの手紙を届けた時に、偶然知り得ました。

……そういうことにしておきましょう。

どうして急にその人のことを?

……

会ってみたくなったんです。

おやまあ?

理由は分かりませんが、それでも彼はエンシオディスに対して鮮明に反旗を掲げてることは分かります。

ですのでその人が何を考えているのかが知りたいんです。

……

私はもう自分のやりたいという意志を疑ったりはしません、それよりも自分が決心した頃には何事も遅くなってしまうことのほうが怖いんです。

私にもこの手で掴むべきものがありますから。

それについては……ご心配なく。

なぜですか?

だって彼の使者がもうあなたの後ろにいますからね。

!?

お姉ちゃん!

エンシア……ついに私も幻覚を見るようになってしまいましたか。

ちょっと、お姉ちゃん、幻覚じゃないよ、正真正銘お姉ちゃんの妹のエンシアだってば!

!?エンシア、本当にあなたなの!?

そうだよ、お姉ちゃん、なんなら触って確かめてみてよ。

……!!
エンヤは震える両手で目の前にいるエンシアに触れようとした。
彼女は突如自分の目の前に現れた妹が偽物なのではと恐れていたのだ。
しかし彼女の手がエンシアに触れた時、エンシアはすでに脇目もふらずに彼女の胸の中に飛び込んでいた。
彼女もまたすぐにわかった、自分の胸の中にいる人は、間違いなく最愛の妹なのだと。

……

本当にあなたなのね、エンシア。本当に。

お姉ちゃん、ずっと会いたかったよ。

私もずっと会いたかったよ、エンシア。

外でちゃんと元気にしてた?

病気はどうなったの?

ロドスはどういう所だったの?

もう、お姉ちゃん、それ全部手紙で書いたじゃん……

あのね……
(戦闘音)
Sharpは数歩退き、微かに息を吐く。
彼は生涯で多くの相手と対峙してきた、ロドスにいる多くの手練れたちとも切磋琢磨してきた上、あるいは少なくとも彼らを観察してきた。
自分はデーゲンブレヒャーみたいな相手、もしくは、デーゲンブレヒャーみたいなこれほどまでに単純な相手を見たことがないと、彼はそう認めざるを得なかった。
スピードとパワーというものは、どの戦士でも当然ながら備わっている素質だ。
デーゲンブレヒャーはそれ以外のものは備わっていない、だが彼女には明らかにそれ以外のものなど必要なかったのだ。
大半の人よりも凌駕するそのスピードとパワーを備えていれば、それ以外のものなど必要あるだろうか?
幸いにして……Sharpがエリートオペレーターになれたのも、その二つの素質のおかげだった。

……

……

アンタ、エンシオディスをとても信頼しているんだな。

なぜそう思う?

金のためだけにここまで動く人は少ないからだ。

それにアンタ、本来なら金で動くような人じゃないだろ。

お前はどうなんだ?口では仕事とばかり言っているが、お前のやってることは優に仕事の範疇を越えているぞ。

俺は自分の気に入った仕事しか受けないもんなんでな。

……私はカジミエーシュが嫌いだ、あそこは騒々しすぎる、そこにいる人々も。

本来ならイェラグも好きになれないと思っていた。

だが、悪くはなかった。

そいつはよかったな、隠居の場所がいいかどうかは非常に重要なことだからな。
期せずして、二人は同じように数歩引いた。
双方とも気付いていたのだ、相手を倒すには、さっきのような攻め方ではダメだと。
もっと本領を発揮しなければ、と。
デーゲンブレヒャーは剣を適当に投げ捨て、腰に佩びていた鐧(カン)を取り出した。
Sharpもまた手に支えていた盾を投げ捨て、両手にナイフを切り替えた。
青々と茂った木の上、積雪の重さに耐えかね一本の木の枝が、“パキッ”と音を立てて折れる。
それと同時に、Sharpとデーゲンブレヒャーはつい先ほどまで立っていた位置から姿を消した。

エンシアったら、本当になんて言ったらいいか。

まさか人目を避けて、麓から一気にここまで登ってくるなんてね。

えへへ、そうでもしなきゃお姉ちゃんに会えないもん。

それでさっき、ドクターに言われて来たって言ってたよね。

何か用でもあったの?

ドクターがね、お姉ちゃんの傍にいてあげてって、必要な時はあたしがお姉ちゃんを守ったり、お姉ちゃんと逃げてあげてって言われたんだ。

必要な時って?

……お兄ちゃんはもしかするとお姉ちゃんに良からぬことをするかもしれないって、ドクター言ってた。

……

あたし……

お姉ちゃん、あたしね。

お兄ちゃんにもお兄ちゃんの考えがあるんだし、あたしじゃどうにもできない。

でももしお兄ちゃんがお姉ちゃんを傷つけるような考えを持っていたら……

命を賭けてでもあたしが絶対お兄ちゃんを止めてみせるよ。

……
エンヤは忽然とあのドクターがなぜ妹を自分の傍まで送ってきたかを理解した。
守る、逃げる――この二つの理由は妹を納得させるだけの表向きの理由に過ぎない。
あのドクターも自分の考えを分かっていたのだ、自分が妹に会うという行動自体に、意味があったのだと。
エンシアが私を守る?
エンシアが私を逃がす?
いいや、むしろその逆だ。
私がエンシアを守る人なんだ。
私がエンシアを逃がしてあげる人なんだ。
私が――戦わなくてはいけない人だったんだ。

エンシア、私が昔編んであげたミサンガ、まだ着けてくれていたのね。

そりゃもちろんさ、これからもずっと着けるよ。

時間があったら、また新しいのを編んであげるね。

ホントに!?

ええ。

だからね、エンシア。

ん?

お姉ちゃんのお願いを一つだけ聞いてくれないかしら?

何?

もう少しだけ一緒にいて。

……

(外がやけに静かだ、だがあの二人の看守はまだそこにいるはず。)

(窓……この角度から気付かれないようにするには、外にいる看守を移さないといけないな。)

(巡回のルートは……毎日五回はここを経由している、ならもうそろそろこっちに来る頃かな。)

(いや、無理やり鎖を壊しちゃダメだ、これをこじ開けられたら……)

(……まだチャンスはあるはずだ。)

……エンシオディス様……今度こそ……

(――来た!)

御三家……衝突は免れないだろうな……でも……

……ブラウンテイル家の……焼き……スキウース夫人……

(ルース……!?)

(ルース、ルースがなんだ……?まさかなにかあったのか!?)

(クソッ、遠すぎる、よく聞こえない。)

(……いや、きっと大丈夫だ。とにかくなんとかしてここを脱出しないと、スキウースと大奥様のところはそのあとだ……)

止まれ、何者だ!

はやくそいつらを止め――ガハッ。

――!?

(入口から声がする、一体何が……)
(扉が壊れる)

ユカタン、大丈夫!?

ルースッ!?なんでこんなところに……

なんでこんなところにですって?バカ言わないでちょうだい、あなたがこんなところに閉じ込められているからでしょうが!

ほかの連中じゃ頼りにならないから、私がこうして助けにきたってわけ!

でもそれじゃあ危険すぎる!

ルース、人は何人連れてきたんだ?き、君が来なくたっていいんだ、ぼくのせいでこんな危険を冒してほしくはない……!

……

ユカタン。

これ以上そういうの言ったら、ぶん殴るわよ。

えっ。

よく聞きなさい!あなたが私のために危険を冒していいのなら、それは私だって同じよ。

分かったわね、忘れるんじゃないわよ!

……また私を一人にしたら許さないんだから。

ルース……

ぼくがそんなことしないのは君だって分かるだろ。

フンッ、当ったり前でしょ!

さあ、あなたが無事なら何よりだわ……今はね、まだちょっと野暮用があるの、ラタトスと約束したから、あなたを救出したらついでに他の任務をやっておきなさいって。

任務?

スキウース様、シルバーアッシュ家のヴァイスが部隊を引き連れて向かってきています。

ほら、噂をすれば。詳しいことはあとでゆっくり話してあげる、とにかく、私たちの任務はシルバーアッシュ家に面倒をかけるってことよ。

それと……人を探しておきたいの、もういいわ、これもまた後で話すから!

状況はあまりよろしくないわね、それにあのヴァイスも厄介な相手だわ……でもあなたなら手を貸してくれるわよね、ユカタン?

……

もちろん、君が必要とあらば、ずっと傍にいてあげるよ。

包囲しろ!

アークトスを山道に上がらせるな!

旦那様、このままでは包囲されてしまいます!

……フンッ、どうやら突進が通用するのもここまでのようだな。

アークトス様、どうか投降されよ。

ヤーカ家の小僧、エンシオディスがお前になにを吹き込んでそんな意固地になったかは知らん。

お前たちヤーカ家は、我らペルローチェ家領内でもそれなりの名声はあった。

それがまさかエンシオディスに手を貸してイェラグ簒奪に加担したとはな!
(戦闘音)

……

投降だと?

それは無理な話だ。

アークトス様を捕らえろ……なるべく殺さないようにな。

……

来るがいい、シルバーアッシュ家の雑兵ども、私を一戦交えたいのはどいつだ!?

……!?
(イェティがオーロラの攻撃を受け倒れる)

……オーロラ!?

まさか――

・どうやら間に合ったようだな。
・やあ。
・(フードを深く被る)

ドクター――!?

デーゲンブレヒャーを向かわせたはずでは……

ドクター、ようやく来たか!

・突然の雪で、少々手間取ってしまった。
・シルバーアッシュ家の目を避けるために、少し時間を無駄にしてしまった。

はは、お前のような異郷人からすればイェラグの雪は確かに目障りだろうよ。

フッ、援軍が到着したのなら、もはや我らを止められるものはいなくなった!

アークトス、今喜ぶのはまだ早すぎるのではないか?

エンシオディス!

ドクター、久しいな。

・確かに“久しい”な。
・本当に“久しい”か?
・ようやく会ってくれたな。

お前とはまだたくさん話したいところではあるが、生憎今はまだその時ではない。

エンシオディス、待っているがいい、今すぐ貴様の包囲網を突破し、巫女を救出したあと、イェラグ全土に証明してやる、貴様こそが裏切者だとな!

期待しておこう。

戦士たちよ、我らペルローチェ家が古より背負ってきた責務はなんだ?
「イェラグを外敵から守り、この地の安寧を守護することなり!」

なれば今日、エンシオディスは巫女を己の道具に利用しようと企んでいる。

それを我らペルローチェ家は承知してやれるだろうか!
「否!否!!断じて否ァ!!!」

援軍はすでに来た、私と共に霊山へ赴き、エンシオディスを打倒し、巫女を救出せしめん!
「エンシオディスを打倒し、巫女を救出せしめんッ!」
「エンシオディスを打倒し、巫女を救出せしめんッ!!」
「エンシオディスを打倒し、巫女を救出せしめんーッ!!!」

……

巫女様、何をなさるおつもりですか!?

山を下ります。

しかしエンシオディス様からは――

私のやることに、いつからエンシオディスの同意を得なければならなくなったのですか?
“チリン”“チリン”“チリン”――
空に木霊する鈴の音が寺院内に響き渡る。
次の瞬間、エンシアを除いて、その場にいた全員が地面に倒れ込んでいた。

お姉ちゃん……すごい。

ヤール、出てきなさいヤール。

巫女様、私がこの場にいるのを知っていたとは驚いたわ。

あなたは利口な人ですから、どうせまたどこかに隠れていたんでしょう。

少しの間山を下りますので、ここは代わりに片付けといてください。

あら、こんな面倒なことを私に預けるの?

これからもっと面倒なことが私を待っていますから。

そう言われてしまったら仕方がないわね。

……

巫女の選抜が行われる度に、私は侍女に扮し、あの試練を受ける乙女たちを陰ながら観察してきた。

あなたはあの年で六人目になるわね。

本当ならあなたにはなんの期待も抱いちゃいなかった、だって最近の巫女ってばますますつまらなくなっていくんですもの。

彼女たちはもしかしたら強靭な身体を持っていたかもしれないけど、意志の強さは不十分だったわ、だからみんな結局は長老たちの傀儡になって操られることになった。

私も時々思うの、もしかしたらイェラグがあまりにも封鎖的だから、彼女たちを、この国の人々を、その者たちの歩みを停滞させているんじゃないかって。

けどあなたは違ったわ。

あなたはとっても面白い子ね、エンヤ。

だってあなたは巫女になるためではなく、憤りと失望のせいでここへやってきたんだもの。

あなたが吹雪を被りながら霊山の山道を進んでいた時、力を使い果たしてもなお諦めようとしなかった時、あなたの脳裏ではこんなことを思っていたわね……

巫女に、イェラガンドの代弁者にはならい、イェラグ人のために奉仕するつもりもないって。

自分の兄に対する失望、ほか両家に対する嫌悪、巫女になってあいつらをギャフンと言わせようとしてる怒りを、その時あなたは思っていたわね。

それに驚いたのが、あなたのイェラグに対する考えだったわ。

もちろん、実際はあなたたち兄妹に驚かされたと言ったほうが正しいけどね。

あなたの兄は早い時期からすでに答えを出してくれた。

けどあなたは、ずっと自分だけの答えを探し求めてきた。

これまでの間、あなたは巫女が曼珠院で受ける冷遇に耐え忍び、自ら押し進んで民を助けする方法を探ってきた、それらは全部あなたの糧になったわ。

そして今、その糧はあなたの力に転じた、あなたは今回の動乱で己を見失わず、自分自身の選択に打って出た。

おめでとう、私の子よ、私の代弁者、私の友、私の姉妹よ。

あなたに道を指し示してやれなかったことを許してちょうだい。私はかつてこの地に自分の烙印を誤って押してしまったの、今に至るまでずっとそれを後悔しているわ。

けどせめて今だけは、あなたの始まりの道のために幾分か彩を添えてあげましょう。
静寂な道の中、ヤールは微笑みを帯びながら、二回ほど軽く手を叩いた。
“パン”“パン”と。
そして、すべてが変った。
(打撃音)

痛くも痒くもないぞ!
(打撃音)

くぅッ……

ヴァレス、確かにアークトス様はお前に申し訳ないことをしたかもしれない――

だがエンシオディスとてロクなヤツではないじゃないか!

言ったはずです――
(戦闘音)

イェラグは変化を迎える必要があると。
(戦闘音)

これもあなたのような秀でた戦士を再び無駄に犠牲させないためでもあるんです!

俺を本気にさせないでくれ、ヴァレス。
(戦闘音)

それはこっちのセリフです、グロ。
両者共に一歩退き、態勢を整える。
二人共わかっていた、今日、おそらくどちらか一方がここで倒れてもらわなければならないと。

……なんだあれは?

雲が……散った?
(戦闘音)

……

チッ、しぶといですね、あなたのことを舐めていましたよ。

しかし、今ここでぼくを倒したところでなんの意味もありませんよ。

あなた方では旦那様を止めることはできません。

……ぼくは気にしないさ。

今までずっと、大奥様……ラタトス姉さんはイェラグに自分の思いを抱いていた。

みんなを前へ進ませたい、みんなにいい暮らしを過ごしてもらいたいと、ずっとそう思っていた。

けど、彼女にそんな力はなかった。

だから、彼女は君たちが口にするような邪知深いラタトスになったんだ。

君たちから見たら、姉さんはもしかするとただの邪魔者かもしれない。

けどぼくの目には、永遠にぼくの最愛な姉として映ってるんだ!

ユカタン……

……

ぼくはあなた方に対して個人的な恩も恨みもありません、ですのでそちらが諦めてくれる限り、こちらもあなた方に危害を加えるつもりはありません。

ぼくは、ぼくとルースをエンシオディスと大奥様が交渉する際の材料にするつもりはない。

シルバーアッシュ家のヴァイス、そこをどけ、さもなければ、殺す。

……それはこっちのセリフです、ブラウンテイル家のユカタンさん。

あなたには、必ずここに残って頂きます。

ユカタン、頑張って!

ん……?

霊山のところ、雲が急に散った!?
Sharpは振り向き、デーゲンブレヒャーがゆっくりと腰に戻す鐧を見ていた。
彼らの傍には、まるで天災が短時間の間に大地を横切ったかのように、折れた木々、砕けた石や岩が所々に散見していた。
彼は自分の手からナイフが落ちたことに気が付いていない、なぜなら彼の右手はすでに感覚を失っていたからだ。
彼は負けたのだ。

三か月以内は、あまり右手を過度に使用しないほうがいい。

忠告どうも、どうやらしばらくの間は労災を申請して休暇を取るハメになったな。

あまりしょげていないようだが。

この戦いで勝ち負けがあったところで何も変えられないからな。

あんたをここまで足止めできたのなら、俺の任務も完了ってことだ、残りはほかのヤツらがやってくれる。

仕事は終わった、退勤させてもらうぜ。

お前にとって仕事は、そんなに重要なものなのか?

俺にとって重要なのは、プロとしての精神を維持することだ。

いい雇用主を見つけるのは簡単じゃない、だからせめてこの仕事は大切にしたんだ。

あんたはどうなんだ、最初から俺が足止めするってのを分かってたんだろ、あんたもあんまりしょげてないようじゃないか。

……

お前が私を止めたところで何もできやしない、そこが少々気になってな。

どうやら、エンシオディスのボディーガードは噂みたいにそいつのために敵を一掃するような人じゃないみたいだ。

みんなエンシオディスは黒騎士を買ったという事実しか知らない、それがまさか、黒騎士もエンシオディスを認めてやっていたとはな。

あんたもエンシオディス同様に驕り高い人間じゃないか。

……お前の名前を覚えておこう、Sharp。

俺の名前なら覚えなくて結構だが、ドクターの名前は是非とも覚えてもらいたいものだ。

ん?

霊山だ、何かあったのか?

……

……

戦士たちよ、隊列を組め。

はっ!

全軍――

――!

……!
(鈴の音)

――!?

何が起きた?
(鈴の音)
時間はまるで、この時を境に止まったようだった。
山に木霊するのは巫女の歩く音のみ。
吹雪もいつの間にか晴れていた。
空を覆う暗雲はまるで彼女に道を開けるかのように、ゆっくりと両側へ散っていく。
暗雲から差し込んでくる日の光は巫女が行く道を照らし、その時ばかりは、まるで巫女は天から降りてきたかのような錯覚を周りに覚えさせていた。
あるいは、これは錯覚ではないのかもしれない。
奇跡だ……
奇跡だ。
奇跡が起こった!!!
その時、その場にいた戦士たちの心中には一つの思いしかなかった。
つまりそれは――巫女に最上の敬虔なる信仰を捧げることだった。

ヤールさん。

下がっていなさい、大長老の面倒は私が見ておくから。

わかりました。

……

そういえば、正殿はこれまで何度も修繕されてきたとは言え、この建物の年齢は、イェラガンドと比べても見劣りはしないわね。

大長老という肩書きも、そろそろ下ろしてもいい頃遺じゃないかしら。

……

曼珠院が存在したからこそイェラグは団結できて今日まで今の姿を保ってきた、その事実を否定する人はいないわ。

でも、過去で正しかったことが、現代でも正しいとは限らないのよ。

もしその時代に適応できなければ、いくら強さを持ち合わせても、いずれ置き去りにされる運命にある。

イェラグはここで止まってはならない、少なくとも、それを願わない人だっているでしょう。

いい夢を、大長老様。

本当に、お疲れ様でした。

……そんな。

……あれは一体?

まさかあれは、奇跡……

一体霊山のほうでなにが?

全員、撤収してください。

一体……何が起こったの?

あれは……もしかしたらイェラガンドが示された奇跡なのかもしれない。

……

イェラグは……この先どうなっちゃうのかしらね……

……眩しいな。

これもあのドクターの計画のうちなのか?

さあな、俺にもわからん。

正直に言って、もしこれもドクターの計画だったとして、こういう可能性を予測していたとしたら……

うちのオペレーターたちが普段からドクターに出来ないことはないと謳っているにしても、今回ばかりはやることが派手すぎるな。

……

お姉ちゃん、怖いよ……

大丈夫よ、エンヤ。

お姉ちゃんが守ってあげるから。

お姉ちゃんが……イェラグを守ってあげるから。
その時、山道にいた兵士全員が武器を下ろした。
自分たちが今まで信仰してきた雪山の神がついに奇跡を示されてくれた、あのお方の御前では、どんな争いごとだろうと可笑しく映るからだ。

……

……ペルローチェ家当主、アークトス・ペルローチェ、かの代弁者、巫女様に、最上の祝福を。
しばらくの沈黙を経て、彼をゆっくりと巫女に一礼し、そして片膝をついて跪いた。
その場にいたペルローチェ家の戦士たちも、こぞって彼に従って次々と跪く。

……エンシオディス、後悔してるか?

何をだ?

私の最初の意見に耳を貸さず、なおかつ、あのドクターをイェラグに招いたことだ。

私たちが負けたとでも?

お前の観点かすれば負けだ、私はそう思うがな。

以前なら、そうかもな。

だが今は……そうとは限らない。
エンシオディスが歩みだす。
彼はゆっくりと人の群れを抜け、同じく巫女の前へとやってきては片膝をついて跪き、己の祝福を捧げた。
それからして、シルバーアッシュ家の戦士たちも、次々と跪いていく。
雪山事変は、こうして誰も予想だにしなかった形で、幕を下ろした。