
なんだぁ?雷か?

雷は山のほうからみたいだね、この頃の天気って一体どうしちゃったのかしら……

ん?ねぇ、山の上になんかない……?

あ?んなもん見えるわけないだろ?

……

もうここに閉じ込められて二三日は経つな。

もしこの先も出る方法が見つからなければ……

安静にして待っていればよい。

あはは……もし外にいるシーさんの機嫌がよくなったら、ひょっこり私たちを出してくれるかもしれませんよ?

それよりも、あの歩荷殿はどちらに?

……ヤツの息子は山の上に埋葬されている、そんな場所で私と会いたくなんかないから避けているのだろう。

お二人の因縁は聞き及んでおります……しかし……どうしてもこんな形でケジメをつけなければならないのですか?

それ以外に方法があるとでも?

いえ、ただ……

ただももしももない。

無関係な連中はいつもそうやって自分は知ったかぶりをする、人と人との間にある情はいつだって有限なんだ。

どうすればいいかは自分でよく分かっておる、なにが“必要”でなにが“不必要”なのかをな。誰にだってそういう道理は分かるだろうよ。

ただ、人情というのはその道理に従わないこともたまにはあるものだ。
(雨音)

……雨が降り始めたな。

……

はぁ、このまま待っていても埒が明かない。

ガウ……

……皆さんも墨魎を一匹ぐらい飼ってみては如何だろうか?穏やかな気持ちでこのモノたちに接していれば、それなりに可愛く思えるように最近は気付き始めまして……

ガウ……?

……見ての通り、司歳台はそのモノ共の主には警戒している、そういう決まりだ。

まあまあ、ここでそれを言い争ってもなにも生まれませんし……とりあえず屋内で雨宿りでもどうです?

ここでも雨が降るとは、おかしな話だ。

降ってくるのが墨じゃないと言うのでしたら、確かにおかしな話です。

タイゴウ殿?中へ入られなくてもいいのですか?

……

ではシェン殿は?

……

どうしたんですシェン殿?さっきから掌ばかりを見つめて……

……雨を見ているのか?

……ああ。

ウユウから聞いた話じゃ、ここに見える天地は、あの人が描いた絵巻にある画に過ぎないらしい。こんなにも如実で、生き生きとしているのにな。

日の出でる時、山林から羽が出でて、霧は大地を蒙り、天光見えても大日見えず、楼層百千棟の影を映しても、声息は悄々たり。

ここがもし画だとしたのなら、これを描いた画家は、この大炎の山水からなにを見たんだろうな……

水夫殿は雅な趣味をお持ちのようだ。

悠々自在な雨師たるシェン・ロウがかつて十度も従軍したことは知っていたが、まさか詩文にも通じていたとはな?

……はぁ、ちょいとばかり人生経験が豊富ってだけさ。

だが、生憎早春の雨の冷たさを間違えてしまっているようだ。

行け、疾く破れよ。

なっ……!?

こ、ここは?

……さすがは雨師殿。

あてずっぽうにやってみただけさ。

ショウ。

……お前たちがあの盃を奪い合ってたのは、あれが目的だったのか?

山の上にある雲海が蠢いている、あそこでなにが起こってるんだ?

(声にならない咆哮)

……クッソぉ、イライラすんな。

……

うーん……私一人と対峙してた時より、少しだけ強くなったみたいだね、この歳相。

とは言ってもただの見掛け倒しだ、形は得られても、その神(しん)、つまり本質は得られていないみたいね。

……私たちがここにいる以上、“神”もなにもないでしょ?

大方あの盃と同じ手法を使ったんでしょうね、でもその逆の手法を行ったから、形しか得られなかったと。

形あって神なし、所詮はただの――

(声にならない咆哮)

――!

なんだよ、そう言う割にはビビってんじゃねーか。

び、ビビってなんかないわよ!

形あって神なし、なんかそれアタシのことを言ってるような気がするな。

今のこいつはまだこの庵のところに閉じ込められてはいるけど、このまま暴れられたら……どうなるか分かったもんじゃないわ。

メンドくせぇな、爆竹で片付けられる相手でもないんだし。

ゴクゴク……っぷはぁ。

あれ?二人共もうおしまいなの?

あんたはいい加減手を貸しなさいよ!

(声にならない咆哮)

なるほど……コレを怖がっていたんだね。

私は別に――

シーちゃん。

ちゃん付けしないで!

なんだか震えているけど、大丈夫?

……ウチらの妹は目の前にいるこの影に怯えていたせいで、百年もの間自分の画の中に引き籠もって一睡もしなかったんだ、そりゃここでビクビクしてるのも当然だろ。

……そう簡単に話をまとめないでちょうだい……

たとえただの影だったとしても……

正確に言えば、アタシら三人と四分の一の歳の影だけどな。

……とは言ってもアレが私たちでもあるのは間違いない。

それをどうしろって……

(嘲るような笑い声)

……チッ、私の画を弄るなんて、私を馬鹿にしてるわけ!?

あっ、言っておくがここであれこれごちゃごちゃ考えるのはやめたほうがいいぞ、こいつさっきアタシでも考えつかなかった第七の武器を作り出しやがったからな……

オメーはとりあえず深呼吸でもしてろ、またオメーの画の中に閉じ込められても面倒だから――

――画?

……!

閃いたかな?

道法自然、考えれば簡単さ。

本来の歳はこんなに多くの技量は持ち合わせていなかった。結局のところ、目の前にいるこの大歳相は、私たちの心の内を映した写し鏡みたいなものなのさ。

そう……歳月は悠々と過ぎれば、アレだって色々と変化してきた。もうそろそろ狂ってしまうほどにね。

いやもうとっくに狂ってるぜ。

今のアタシらは言うなればアレが見ている夢みたいなものだ。

アレが目を覚ましたら、アタシらはまとめておしまい、それだけじゃない、炎国だって諸共におじゃんになっちまう。

リン姉!

……それで、ニェンちゃんはアレに抗いたいと思っているのかな?

ああ。

それじゃあきっとすごい策略があるんだろうね。

……そいつはまだ分かんねぇ、だが今ここでただ死ぬのを待つだけはゴメンだ。

そうかい。

それはなぜ?

……悔しいからだよ。

めっちゃ悔しいからだ。

シーちゃんはどうなの?

私はただこいつが巻き込んできただけだっての……でもまあちょっとは期待してるけど。

そりゃホントかぁ?

うっさいわね。

……さっき私たちはこの先どうなってしまうのかって聞いても、ニェンちゃんは「分からない」って答えていたよね。

答えとしてはまあまあだったかな。

……でもほら、二人は二人のまま、自分たちの考えを持って、自分たちの喜怒哀楽があり、自分が夢中になる事、人、そして風景がある……

ちゃんとこの世を楽しんでいるでしょ。

だからアレのことなんか放っておけばいいんだよ。

私たちとアレの間になんの関係もないとでも?

――私は私だ、ソレとなんの関わりがあろうか?

俗世が酔ってはすでに万年なり、それでもまだ夢を見させてくれないのかな?

じゃあ姉貴はどうなんだよ?

ふふ……

――「どうでもいい」、それが私に答えさ。
グイッと酒を飲み干す。
尾は筆のように、墨は影のように。
風が起きては剣を弾み。
雨過ぎては纓を濯ぐ。
濁酒を権傾し吾が心を澄む。

ショウ棋?どこのショウ棋をですか、俺あんまりそういうのは詳しくなくて。

炎国の囲碁だ。

俺には難しすぎますね。

ではどういうものあれば構わないんだ?

五目並べならどうです?

それだとつまらん。

それでちょうどいいと思いますけどね、囲碁とかが好きなんですか?

好きではない。駒を差し合うのはとても退屈だ。

あなたはてっきりメシ以外はずっと差してるような、そういう囲碁狂いの人だと思ってましたけどね。

双方とも棋盤の上で同じルールに従い、マス目の間で白と黒が殺し合ってる場面を見てなにが面白いんだ?

囲碁と言っても、所詮はただのゲームさ。

……じゃあなんで俺をここに呼んだんです?

自分と戦っても、実に退屈になってしまったからな。

……

こ、これは……私たちは先ほど山の麓にいたはずじゃ……

……こんなことができるのは、あの人たちしかいない。

……

ネイ殿、私から離れるな。

前の家屋に光が灯されている……そこに行ってみよう。

……あなたって人は、ホント容赦がないプレイをしますね。

お前たちもどうだ?

囲碁はちょっと分からないなぁ……

……少ししか。

……構わない、時間ならたっぷりある。

俺はもうずっと……この対局を待ち続けていたからな。

俺みたいな素人に勝っても別に嬉しくはないでしょ?

お前には助っ人がいる、そいつが来るのを待ちな。
(リャンが部屋に入ってくる)

……リー?なぜここに……

リャン!?そ、それとネイさんまで……

……

……ネイ侍朗様。

色々と秉燭役に聞きたいことはありますが、今はそれどころではなさそうですね。

(侍朗!?)

さあ、お二人もどうぞかけてくれ。

これで揃ったかな。

……なにが目的だ?

ここにいる皆と囲碁を一局差したいと思っている。

囲碁とかは好きじゃないが、大勢の人とは差してみたいってことですか?

そんなところだ。

あなたの盃には色々と面倒をかけられましたよ。

もしあのお嬢さんが見破ってくれなかったら……今頃俺はどうなってたんです?

正確には言えないが、次にお前が目を覚ました時、自分こそが夢の泡沫だったことに気づいてしまっていたのかもしれないな。そしてその泡が弾けた時、目覚めたのはお前でなく俺だったはずだ。

……なんだと?

恐ろしすぎる。

そりゃ確かに恐ろしい。

……それにしては動揺しないんだな。

恐ろしいって言ったじゃないですか。

フッ……まあそういうことにしておこう。

リャンがお前を巻き込んだのはただの偶然だった、とお前たちはそう思ってるのだろう。

だが生憎、この世に幾千万の偶然は存在していても、お前のそれは偶然でもなんでもなかったんだよ。

……

……ワイって言う人は知っているよな。

……!

表情が変ったな、自分の友人の話題にならない限り、お前は真剣になってくれないようだな。

さあ、お前の番だ。

……

先に言っておく。

一手しくじれば、すべてが水泡と化すぞ。

……くっ。

リー。

冷静になるんだ。

……どうやってあそこから逃げ出したんですか?

……長い間ずっと思考を巡らせてきた、そしてとある理を悟っただけさ。

それで、このコウにはどう対応するんだ?

……これは……

囲碁に関していえば、あなたに敵う人などいるはずもありません、違いますか?

ちょいと長生きし過ぎただけさ。これ以上生きても退屈で仕方がない。

ほう、ネイ殿のこの一手はどういう意味かな?

……

……余計なことは考えるな。
パチン。
白石が囲碁盤に打ち付けられた。
勝負は火を見るよりも明らかだ。

すまない、俺が下手に駒を動かしてしまったせいで。

お前は悪くないさ。

……この一局にはどんな意味があるんですか?

ただのゲームだ、余計なことは考えなくていい。

考えないほうが難しいと思いますが。

まずは勝敗を決めよう、お前たちの番だ。

……勝負ならすでに見えているはずです、とぼけないでください。

負けを認めるんだな、ではほかの人は?

……

……

……

この対局の意味はここにはないんじゃないんですかね。
パチン。

……ふむ。

確かに、ここに俺たちの勝負はないのかもしれないな。

わざととぼけてるヤツに対処する一番の方法は、そいつと一緒に自分もとぼけてやればいいのさ。

俺はこういった将棋や囲碁は得意じゃないが……人の観察なら大得意なんでな。

……さきほどの問いに答えてもらおうか、若い秉燭役。

昔とある異変が起こった、そこで俺は……妹一人を失った。若くしてその職務に立たされているお前なら、俺の言ってる意味は分かってるはずだ。

それはここで話していい話題ではありませんよ。

……その通り、どうかここでのその話題は慎んでください。

あの後、俺の小さな居場所であった囲碁箱から、黒碁石が一つ減った。

あの異変で……壊れちまったんだな。

それからずっと考えてた、俺はなにをすべきなのか、なにができるのかって。

あの時の太傅……初めて会った時のあいつはまだ貧乏学生だった、あの徳の高いご老人に色々と連れまわされたよ、停滞した都市とか、あの高く聳える宮殿の城壁とか……

あなたに自由はありません、太傅様に会うことなど論外です。

あいつは面白い人だった。あいつが言ったある言葉が俺の心に突き刺さったんだ。この冷たい碁石に嫌気がさしていた時に。

本当につまらなさそうにしているんですね、あなたは。

どうしようもないほどにな。

……
この時、リーの背後には大勢の人が座っていた。
友人、仲間、知り合ったばかりの役人、今しがたのライバル。
しかしリーは未だに目の前にいるこの人をはっきりと目で捉えることはできていなかった。この自身の姿を真似て写した人を。
彼の顔はひどくぼやけていた。
背筋が凍るほどぼやけていたのだ。

……次の一手、いくら囲碁に精通していない俺でも分かりますよ、もうとっくにあなたの勝ちです。

双方ともに同一の規則に縛られているのなら、盤上で勝ち負けなんか生まれてくることなんかないさ。

それは詭弁ですね、いま世の中にいる大勢の名棋士たちに謝ったほうがいいですよ。

そうかい、まあとにかく、お前に連れていかれてた日々は中々楽しかったよ。

この対局はお前の勝ちだ。

まだ王手はかけられていないはずですが。

ちょっとばかし俺の妹たちを……舐めていたよ。

この対局にももはや意味はなくなった、こっちがお手上げしたとでも思ってくれればいい。

負けず嫌いな人だとばかり思っていましたよ。

ん?あぁ……そうだな、俺の負けだ。

それとお前、クルースとか言うコータス。

ニェンは他に何か思惑があってロドスを選んだ、それだけは伝えておこう。

私たちとニェンさんの関係はもっとポジティブな言葉で表現してほしいかな。

……ふむ……まあ構わない、お前がどう解釈しようがお前の自由だ。

もう他人事じゃ済まされないぞ。
(リンが近寄ってくる)

はぁ、こんな拙い庭園をシーちゃんに診られたら、きっと相当キレ散らかしちゃうかもしれないよ、兄さん。

……来たのか。

その感じ、なんだが歓迎されていないようだね。

こんな大勢の人を呼んで囲碁をさせるなんて、どうしたの、寂しくなった?

あの仕掛けを見破ったな、さもなければニェンもシーもアレには勝てなかっただろうよ。

なんだ分かっていたのか……クルース、ちょっとそこをどいておくれ、私が彼の相手になるよ。

あっ……うん。

(それより……いつの間に私たちの名前を知ったんだろう?)

先手はそっちかな?

この身を碁石とし、盤上に蒼生を賭けて勝敗を決めようじゃないか。

……ジィエが消えてしまったせいで兄さんは狂ってしまったのかな?

俺はもう負けを認めたんだから、みんなもうここから出てってもいいぞ。それとリン、お前には一つ細やかなプレゼントを送ったんだが、まだ気が付いていないようだな。それを受け取ったあと、また俺のところに来い。

兄さんは彼女のことを……

関係ない話はするな。

この俗世も、至極退屈になってしまった。

……続けよう。

お前はあの奇怪な空間にいた時なにをしていたのだ?

手に馴染む棍棒を探していただけだ、生憎見つかりはしなかったが。

それは残念だ。

ちょっと、まだ続けるんですか!?あれから一旦手を休まれているんですから、この際もうきっぱりとやめたらどうです?

タイゴウ殿!シェン殿!お二人からもなにか言ってやってください!

……

山頂で異変が起こったということは、リャン様から言われてたことが現実になったってことだな。

歳相が顕現した以上、そちらを優先せねばなるまい。

……私も上に登らねばな。

ご勝手にどうぞ。

はぁ……二人とも本当に話を聞いちゃくれないのかい?
(爆発音)

ッ!山頂でなにかが起こった――

――頭上に気を付けろ!

くっ――!
落石がゴロゴロと転がり落ちてくる。
ジェンが刀を振るう。
もし二十年前――いや、十年前だったとしてもジェンには自信があった、汚れ一つもつけずに頭ほどの大きさがある岩をいとも簡単に真っ二つにできると。
しかし彼も歳を取った。

父さん!危ない!

――ヤオイェー!
(巨岩が落ちてくる)
だが歳は老いたとしても、子供は成長する。
彼女の娘が自分を助けようとした際に落石に当たってしまう、そのまま崖へと墜ちていった、それを見たジェンもなんの躊躇もなく飛び降りていった。

支配人殿!

チッ。
(歩荷が走り去る)

お、おい!なにを――

――なんで彼まで一緒に飛び降りて――

……シェン!

分かってる、私が下に降りて探すから、そちらは上に上がってくれ!だが山頂でなにが起きようと下手に動くんじゃないぞ!

私も手を貸します!

うっ……一体なにが……ヤオイェー!ヤオイェー!

……

ヤオイェー!

……よかった、気絶してるだけか……

俺が最後の最後に衝撃を弱めてやってなかったら、お前ら二人ともとっくに死んでいたぞ。

……ショウ。

まただぞ、ジェン、また繰り返しやがったな!

あの時もお前は、俺の息子を、ヤオイェーの父親を、あのボロ盃を守ってやれなかった!

……

お前は大勢の連中の責任を今も背負っているんだ、今はまだその責任の非を悔いる時期じゃないし、なによりお前にそれを悔いる資格はない、お前自身それをよく分かっているだろ。

……お前は腕を、俺は足を怪我してしまった、これで貸し借りはなしだ。

あの連中がまた邪魔しに来る前に、ケジメをつけるぞ。

一発だ、一発でケリをつける。

……こりゃ高いところから落ちたものだ。いつも歩いている時には気が付かなかったよ、こんなにもこの山は険しかったとは。

人がいつも道だけを歩いてると思ってるのなら大間違いだ。

さっきはお前が私の命を救ってくれたことになるな。

俺が助けたのは子供だ、お前じゃない。

そうだな、お前は娘も救ってくれた。では、お前はそんな私をまだ生きてる者として扱ってくれているのかね?

……てめぇ!

やるならやってくれ。
林の奥には、真っ白な雪がただただ広がっていた。相対する二人も沈黙したままだった。
ひゅうひゅうと鳴く風の音は、とても凄々切々としていた。

……

何モンだ?
リンは返事をしなかった。彼女はただ静かにそこで胡坐かいて、冷たい岩の上に座り込んだ。
傾く夕日に吹き付ける風、もうじき日が落ちる頃だ。
二人の仇敵はもう一度相手を見る。
突如と琴の音が、どうやら空の上から伝ってきたようだ。しかし先ほど現れたその女性は琴など持ってはいない。

ゴホッゴホッ……私たち……あの変なヤツから逃げ出せた感じかな?

……でも、まだこの苦境から完全には逃げきれていないみたいだね。

自分のドッペルゲンガーに会うなんて、寝醒めが悪くなってしまう……

……公子。

タイゴウさん。

なにが起きた?

……あの罪人に会いました。

もしあの罪人の言った通りなら、彼女たちは今ちょうど自分たちの桎梏と相対しているはずです。

なにやら疑いを抱えているようだな。

分からないんです、なぜ太傅様はあの罪人を信用したのかを。

もし彼女たちが失敗したら、ぼくたちはここ尚蜀でアレの影に直面するハメになります。たとえアレが……ほんの少しの一部だったとしても侮れません。

司歳台は本来ならハク天師にこの件に対応してもらう予定であったはずだ。

……そうですね。

父がそう望んでいますからね。

――!

空が!

影が形を成している……あれが……歳の影?

礼部がすでに青雷伯のハクテイザンに隊を連れて尚蜀に手配してやっているが、所詮はただの歳相の影、動く必要はないと判断したのだろう。

……

……ヤツは……なにを見ているのでしょうか?
サガクは忽然と、歳相はこの大地を見定めているのだと気付いた。
恋慕が、悲哀と憤怒が、そして憐憫がよぎる。
そして微かな風が吹いたと思えば、この巨大な影は瞬く間に霧散してしまった。

……!消えた?

夢から醒めた、だから消えたのだよ。

一体どうやって……

……リン姉。

ん?

姉貴は……最初からそんなことが出来たのか?

アタシらは自分らの存在にどう対処しようと悩みぬいていたってのに、姉貴は適当に手を叩いただけで、あの幻影を払えたっていうのか?

生はみな夢幻、雷に似て露の如く、跡無き泡影なり。

アレが自分たちの影だと二人は思っているようだけど、実際それは間違った考え方だよ。

なら泡影として消えるのは、あっちのほうじゃない?

……簡単に言ってくれるぜ。

そりゃ考えれば簡単なことだからね。

だから私はニェンちゃんたちの姉なのさ。

……司歳台としてはニェンさんとシーさんに一つ釈明をして頂かなければなりません。

それと、三人での共同活動は断じて許されません、司歳台の監視のもと、尚蜀から出て行ってもらいます。

……なんだよ、それじゃあロドスでホームパーティーも開けねぇじゃねーか。

もう何人か呼びたかったのに。

(えっ……それマジで言ってるの?)

それとロドスがもしこれ以上目を惹くことをするのであれば……

オメーがアタシの言ってたことを信じてくれてんのなら、自分の目で確かめてやったほうがいいかもな。

オホン――

えっと……それなんだけど……

それについては私が保証致します。

……麟青硯。

レイズさん!

お久しぶりです、クルースさん。

隣のお方は新しいオペレーターですか?

う、ウユウと申します、お初にお目にかかります、レイズ殿。

こちらこそ。

……大理寺が司歳台の仕事に手を付ける資格はないはずですが。

天師府の使者として、天師の方々に留保して頂くために来ただけです。

どうりでネイさんは終始動かなかったわけだ……あなたが先んじてハク天師を諭していたからなんですね。

……しかしいつから天師府がこの件を主導できる立場になったのですか?

なってはおりませんよ。

ただ目下のところ、司歳台も下手に決断は下せないはずなのではないでしょうか。

なんですって?

太傅様がすでに尚蜀へお見えになられましたからね。

司歳台秉燭役のサガク、礼部左侍朗のネイジシュン、粛政院副監察御史のタイゴウ、尚蜀知府のリャンシュン、及び私含めての五名は、速やかに今晩12時以前に、梁府へ帰還されたし。

そこで太傅様の指令が下るまで待機してください。

……

……承知した。

ニェン、シー、そしてリン。

お三方も梁府へいらしてください。太傅様がお会いになられたいと。

わかった。

前回彼に会ったのはもう三十数年も前になるね、今の彼はどれだけ変わったのか楽しみだよ。

はぁ、またかよ……

チッ。

……んん。

起きましたか。

……白昼夢というやつか。

彼女らの常套手段なのは、あなたも私もご存じのはずですよ。

それとあの対局ですが……

幸いなことに、私たちは辛うじて負けずに済んだ。

……一対多数で囲碁盤を囲っていたと言えば、情けないものだな。

情けない、ですか……

彼との対局だったんです、情けないもなにもありませんよ。

――ヤオイェー!

……ゲホッ……いつまでやってんのよ、二人とのそんなナリして!

ヤオイェー!私たちよりお前のほうが重傷なんだから、無理をするでない!

ジェン・チンイェー!

なぜ……最後の最後に刀を納めた?刀を納めていなければ、負傷した小娘一人に止められるお前ではなかったはずだろ?

私は……

また逃げるつもりか?俺の手で死ねれば安心だとでも思ってるのか!?

……

……

……そういうアンタはどうなのよ?

……俺も同じだ。

ヤオイェー、大きくなったな。

本当に、大きくなったな……
琴の音はすでに止んでいた。
リンの姿はその音色のように、スーッと溶け込むように消えていった。これは居心地のいい夢なんかじゃない、“細やかなプレゼント”、彼はそう言っていた。
そんな彼女は今、ある問いを見つけた、答えを知りたくなったある問いを。