1097年11月19日 7:44a.m.
つまり君たちもいつ開けられたのか記憶にないってこと?
少なくとも二か月も前になるからな。
こっち側は本来なら木の板で塞いでたんだが、以前何人かの悪ガキたちに引っぺがされたことがあったから、今回もそれかもしれない。
潜り込んだ人とかは?
いやないな、この中は明かりもなくて真っ暗だから、誰も潜り込んだりしないよ。
そう……わかった。
はぁ、やっぱダメかぁ……どう見ても怪しいのになぁ。作動した廃棄構造層の出入り口の案件調査はもうこれで六件目だよ。
それにこの地下通路ではモノが引きずられてる音が聞こえるって報告が多数寄せられてる。感染者地区の雰囲気もおかしいし、なーんかこの中でコソコソしてる人がいそうな感じがするんだよね。
こんな廃棄された通路を使う人なんていないはずなのに……
(頬を叩く)
いや、考えててもしょうがいない。些細なことでも町の存亡に関わる大事件に変わったら大変だもんね、うん!
ほかに何かないか見てみよう……あっそうだった……バーチマンズ伯爵家で起こった盗難事件。
どこから調査すればいいのかなぁ。
はぁ……一体誰なんだろ?厳重に警備された大貴族の家からモノを盗むことができる人なんて、絶対普通の泥棒の仕業じゃないよね。
伯爵家の使用人の供述によると、その泥棒は感染者地区で神出鬼没らしいし、なら感染者地区の地形は知り尽くしてるはず、もしくは特殊なアーツを保持してる可能性もあるね。
――まあ当然、彼らがウソを吐いてないって前提での話だけど。
……うーん、でもそんなことはないと思うかな。ここ二週間の間に、あたしも似たような通報を何件も受けたことがあるから、多分確実に泥棒はここカラドンにいるはずだ。
奇妙な泥棒、そして特殊なアーツ……
まあいいや、とりあえず感染者地区に行って調査してみよう。
グラニちゃん、やっと見つけた!
サニーおばさん?落ち着いて落ち着いて、どうかしたの?
うちのペットが逃げちゃったのよ、もう二時間も探し回っているんだけど、あなたにも探すのを手伝ってほしいの!今まで逃げることなんて一度もなかったいい子なのよ、もし悪い人にと思うと……
大丈夫だよ、おばさん、すぐ探してあげるからね!
ありがとう、本当にありがとう!
その子に逃げられる前だけど、なにかいつもと違うこととかは起こらなかった?周りの人とかにも聞いてみたりした?……あっ、焦らないでおばさん、ゆっくりでいいから……
一時間後
はい、おばさん、探してたペットの子だよ!
まぁ……どれどれ。フゥ、よかった……怪我がなくて。本当にごめんなさいね、グラニちゃん、あなたも忙しいはずなのに、こんなペットの捜索で時間を無駄にさせちゃって。
いいのいいの。その子がいなくなってたら、おばさんだはすっごく悲しんでたはずでしょ、ならほっておけないよ!
でも、お隣さんのジョンさんからあなたのことを聞いたわよ、警備隊であんまり扱いがよくないらしいわね、何日か前も怒られてたって……
あはは……大したことじゃないよ。
でもねサニーおばさん、羽獣を飼うのなら、できれば檻とかに入れてあげたほうがいいと思うかな……その子が人を噛んじゃったら大変だし。
まぁ、それもそうね。
そういえばだけど、最近ここ感染者地区で知らない顔とかは見てない?
知らない顔?この地区にいるほとんどの人は余所の都市から来た人たちよ、知らない顔がいないほうが変だわ。
あたしが言ってるのはその……うーん……たとえば奇妙なアーツを操る感染者とか?
そうねぇ……
先月、感染者地区で停電したことはあなたも知ってるわよね。
あ!それ知ってる、感染者地区の発電機がわざと壊された事件でしょ?でも犯人はずっと見つからないままだって……
でも停電はすぐに治ったって話で聞いてるよ、誰かが発電機を治してくれたのかな?
そうなのよ!聞いた話によると凄腕のメンテナンス術師を呼んできたらしいの、それで数時間もしないうちに発電機を治してくれたって!でも感染者地区にあんなすごい術師がいるなんて聞いたこともないわね?
うん……確かに変な話だね……
1097年11月20日 6:44p.m.
これが今日の業務報告書です、ご確認ください、隊長。
ふむ、窃盗が二件、それとカラドン市内のデマの調査報告……なんだこれは。
(警備隊隊長が机を叩く)
バーチマンズ伯爵家の盗難事件はどうした?こんなに時間が経ってるのに、ちっとも進んでいないのか!
そのぉ、まだ起こって一日ちょいですので……
一日あっても足りないって言うのか!
しかし……
私が苦労してお前を借りてきた際、騎馬警官隊からお前は案件調査の名手だって聞かされていた。それがどうだ?たかだか盗難事件、一日経っても結果が出てないじゃないか!
(小声)レンジャー隊を借りてきたのは町内議会なんだけど……
もういい!上に口を利くのが騎馬警官隊の礼儀だと言うのかッ!
申し訳ございません、隊長ッ!
「廃棄構造層出入口を数か所調査した結果、依然と怪しい点が幾つもあったため、周辺住民に聞き取り調査に移った……」って、またこれかよ!そんなことしても役に立たないって何度も言ったはずだろ?
カラドンでは毎日少なくとも五百件もの大小さまざまな事件が起こってるんだ、もし警備隊の隊員がどいつもこいつもお前みたいに疑心暗鬼に調べ回ってたら、こっちはとっくに憤死してるぞ!
しかし隊長、それらの事件を野放しにしてしまったら、それこそ……
無駄口はいい、さっさと調査に戻れ!
サー、イエッサー!
1097年11月22日 10:20a.m.
はぁ~……
スージーちゃ~ん!
お耳触らせて!
あはは、どうしたんですか、グラニさん?
また仕事でなんかあったんでしょ。
はぁ……いやね、最近あんまり仕事がうまくいかなくってさ。
なんかあったの?
大したことじゃないんだけど……
最近町で流れてる噂、あれみんなも聞いてるよね。
あっ、新聞で書かれてるあの都市伝説のことですか?
ああ、あれね。“地下から響く不気味な音”とか“感染者地区に犯罪者が紛れ込んだ”とかでしょ。
そうなんだよ……本当ならそれらを調査しようとしてたんだよ、何日か前にわざわざ報告書まで書いて。
だと言うのに警備隊の隊長ってばまったく目向きもしないんだよ!しかも余計なことはするなって言われたし!
え?都市伝説の調査もレンジャーの仕事なんですか?
そうじゃないんだよ、スージーちゃん!
あたしの仕事経験から言わせれば、一般的に町でこういった噂が流れた時って、いつもその裏では犯罪行為が隠されてるケースが多いんだよ。
たとえば“地下から響く不気味な音”とか。
知ってるかな、カラドンの地下には廃棄された輸送通路がたくさん残ってるんだよ。
知ってるよ、初期の頃に移動区画を設計する際に構造層で色々と通路を設けたんだけど、都市の発展につれ、多くの旧区画にある地下通路の維持が難しくなって、全部廃棄されちゃったんだよね。
そうそう、感染者地区の地下にも結構な量があるんだ。
だからね、もしその噂が本物であれば、夜に誰かが廃棄された輸送通路で人に見られちゃまずいことをしてるって考えられるんだよ。
うぅ……なんかホラーチックですね?
ただ生憎、今のところ確証が全然掴めていないんだよね。
そんなに悩む必要はないと思うよ、それって本来は警備隊の仕事でしょ。
もし調査を怠って何か事件が起こったとしても、全部彼らがサボってたのが悪いんだから、気にすることはないよ。
そうなんだけどさー……
はぁ、あたしもサボってるようなもんなんだよね、今って一応巡回時間だから……
あはは……誰にも言いませんから大丈夫ですよ。
スージーちゃ~ん。
もっかいお耳触らせて!
いいですよ、でも静電気には気を付けてくださいね?
1097年11月24日 6:15p.m.
“グリーンスパーク”の残骸を前に、呆気にとられたあるクランタの騎馬警官が立っていた。
彼女の目の前には映るのは、あの人情味あふれる小さなお店――ではなく、天井は焼け落ち、壁は崩れてしまって、黒焦げに残された残骸だけだった。
彼女は茫然とただ目の前の残骸を目にしてる、自分の目が信じられていないのだ。
……どうしてこんなことに??
ど……どうして??どうしてこんな……
おお、来ていたのか、グラニさん?
こ、これはどういうこと?どうしてお店が……
俺にも説明がつかないよ、こんな場所での放火なんて、考えられるのは報復だけだ。
放火?誰かが放火したの???
お店の店員は?あのフェリーンの人は?彼女はどうなったの?
さあな、でも夜中に火事が発生した際に店内に人はいなかった。
死傷者は今のところいないかな。
一体誰がこんなことを!
怒り。
自分の拳を握りしめるグラニ。
ほぼ毎週は通っていた小さな酒場、あの可愛らしい店員の女の子、そして面白いお客さんたち……この町でせっかく見つけた憩いの地は、今では無残にも焼け焦げた残骸と化してしまった。
押さえつけられない怒りがグラニの脳裏を充満していく――彼女がこれほど怒ることはめったにない。
犯人が誰であれ、必ず自分がその人をお縄につかせてやる。
おい!入っちゃダメだ!中はまだ片付けられていないんだぞ!
大丈夫、事件現場を調査しに来たんだ、もしかしたら収穫があるかもしれないし。
そんな無駄なことしなくていいんだよ、レンジャーさん。
今朝警備隊の人がすでに一通り調査しに来てたよ、事故による火事って断定して後、そのまま帰っちまったけどな。
事故による火事?でもさっきは放火って……
あれは消防隊としての意見ってだけさ、なんせ現場で色々と証拠品らしきものが見つかったからな、たとえばこれとか。
なんだろこれ……爆発物の残骸とかかな?
そうだ、でもこっちは警備隊から余計なことはするなって釘を刺されているんだ、それからこのことは周りに話しちゃいねぇ。
感染者地区での事件なんて……どうせ誰からもほっとかれるだけさ、誰だって面倒事は嫌いだからな。
この証拠品なんだけど、あたしが預かってもいい?
もちろん、むしろ俺が持ってても手に余る……お前は警備隊のモンだからお前に預けたほうがいいな。
どれどれ……
これって……軍用焼夷弾の破片だ!むかし騎馬警官隊で訓練してた時に見たことがある。
それになんかこの破片、見覚えがある?
1097年11月26日7:15a.m.
また会ったね、モードさん?
れ……レンジャー???
釈放されたばっかなのかな?もっと拘留されるのかと思ってたよ。
もう逮捕は勘弁してくれ、頼むよレンジャーさん!マジで俺ァただの雑用なんだってば!
最近は全然あの感染者たちにちょっかいは出していないんだ、信じてくれ!
ホントかなぁ?
数日前にあたしが君を捕まえた時、押収した品物の中に入ってたあの焼夷弾のことは憶えてる?
……
以前君は“護身用”にその焼夷弾を一つだけ購入したって言ってたよね。
軍用の焼夷弾ってのは外殻に特殊な設計が施されてるから、破裂しても分かりやすいんだよ、あたしが手に持ってるコレがどこで見つけたのか、分かるかな?
ウソついてたんだね君、だからもう一回警備隊までご同行願おうか。
やめてくれ!言う!なんでも言うから!
実際に買ったのは一ケース!一ケースだ!でも全部ほかに売りさばいちまった!
タンティーノだ!タンティーノ兄弟に売ってやったんだ!
タンティーノ兄弟?どういう人物なの?
シラクーザから来た移民の二人組!マフィアのヒットマンだ!フェイ区にいる連中に聞いてみろ!全員知ってる!
じゃあその二人がなんで感染者地区の酒場を燃やしたのかは知ってる?
知らない!本当に知らないんだ!酒場のことなんて聞いたこともねぇよ!
この焼夷弾も、フェイ区の闇市で買ったモンなんだ!全部本当だ!
あの闇市の商人も言ってた、自分には工場から直接取り寄せられるルートがあるんだって……
(カラドンの工場って……確かバーチマンズ伯爵が所有する軍用物資の製造工場の一軒しかなかったはず……)
じゃあタンティーノ兄弟が今どこにいるのかは知ってる?
わ……分からねぇ、あいつらがよくフェイ区に潜んでいることしか……
フェイ区か……
1097年11月27日 6:15p.m.
これで何度目だ、犯人はどうした?巡回は?こんなどうでもいい些細なことばかり気を取られやがって、これだから騎馬警官隊のジャグラーは。
これがどうでもいい些細なことですって?
違うとでも言いたいのか!たかだが感染者地区にあるどうでもいい酒場なのに、二日三日もかけて失火した原因を探る必要なんざあるか?
電線のショート、派閥の襲撃、雷に打たれた、理由なら私でも百個は思いつく。だが結局のところただの事故だった、この調査期間中の時間を無駄にした責任は誰が取るんだ?お前か?
……
ではこの証拠はどうなんです?この軍用焼夷弾はバーチマンズ議員の工場で生産されたものです、本来ならヴィクトリア軍に提供するはずの軍用物資です!なのにこれらの兵器類は闇市に流されております!
ですので、あの工場を調査するのが先決なのではないでしょうか?
あの工場はバーチマンズ伯爵の資産なんだぞ!議員が所有する工場を調査するだと?
いい度胸をしてるじゃないか!
軍用の爆発物!地下の闇市!証拠品は全部目の前にあるんだよ!なのにまだここで無駄話に時間を割くつもり?
もしかしてあの闇市での取引、隊長も関わってるんじゃないだろうね?
貴様!なにを言ってるのか分かっているのか?よくもそんなことを私に言いつけたな?
誤魔化せられるとでも思ってた?バーチマンズ伯爵は君の親戚なんでしょ、違う?
き……貴様!
なんで君みたいな人が警備隊隊長の席に座っていられるのか疑問に思うよ。
感染者地区での案件にはそっぽを向いて、フェイ区で派閥が動いてるというのに、それでも君は見て見ぬフリ。それが今じゃこんな大事態になっても調査にすら取り掛かろうとしない。
それじゃあ君の仕事はなんなの?警備隊の仕事もロクにしない者がその席に座るなんて言語道断だよ!
君がそんな体たらくなら、警備隊自体ロクな集団じゃないんだろうね。
貴様、上に歯向かうつもりか?
騎馬警官隊の一員であるあたしを借用したのは君ではなく町内議会だ!あたしはカラドン騎馬警官隊の代表者でもあるから、君とは平等の立場にいる!君の命令に従う筋合いなど元からこっちにはない!
……いいだろう!これだから田舎者は……
見ていろよ、大公爵がロンディニウムからお帰りになった際、私がよーくお前ら“騎馬警官隊”の業務態度を報告してやるからな!
ご勝手にどうぞ!ここで失礼させてもらう!
(グラニが立ち去る)
低俗なジャグラー、落ちぶれの分際で……大公爵がお帰りになったら、嫌と言うほど痛い目に遭わせてやる!
1097年11月28日 7:15p.m.
カラドン市フェイ区 バー・ホワイトハウス
マジで何やってんだあの連中は、もう丸一日過ぎちまってるぞ!
まさか工場のほうでなにかあったとか?
その場合はどうするんだ?
もう少しだけ待とう……もし今日の夜になっても連絡が来なかったら、予定よりも前にここからズラかるぞ。
(グラニがバーに入ってくる)
どうなさいましたか、お客様?
どうもー、“タンティーノ兄弟”って二人を探してるんだ、たまにこのバーに現れるって聞いたから……
しまった!なんで警備隊がここに来てるんだよ!
慌てるな!ここはフェイ区だ、向こうから手を出すことはねぇ。
あっ!いたいた!
その……なんだ、レンジャーさん、俺ら兄弟に何の用で?
ちょっと一緒に警備隊の部署まで来てもらいたいんだ、24日の未明に感染者地区で起こった放火事件について、色々と君たちに聞きたいことがあってね。
イヤだって言ったら?
公務にはご協力してほしいかな、タンティーノさん。
あんま調子に乗ってんじゃねぇぞ、レンジャー!ここはフェイ区だ、サツに従う筋合いはねぇ!
出て行きな、うちの店は歓迎しちゃいないよ。
瞬時に、店内の雰囲気が一変して緊張度を増し、強面も大男の数人が席から立ち上がる。
彼らは武器を取り出し、悪意ある目つきでこのちんまいなレンジャーを睨みつける。
ははは、レンジャーさんよ、ここはカラドンのフェイ区だぜ、ここではお前ら騎馬警官隊の常識は通用しねぇんだよ。
とっとと帰って感染者共のために便器でも磨いてな、そっちのほうがお似合いだ。
(ため息)
(九十人かぁ……帰ったら報告書が山積みだ……)
1097年11月28日 7:50p.m.
カラドンの街中
(黒づくめ達の走る足音)
逃げろ!さっさとしろ、まだ後ろについて来やがる!
手が……!手が折れちまった!
我慢しろ!とにかく逃げるんだ、イカレてやがるぜあのレンジャー!
全然敵わねぇ!騎馬警官隊の連中はどいつもこいつもああなのか!?
んなもんどうでもいいだろ、とにかく感染者地区まで逃げるぞ、あそこは街も複雑だ、チャンスはまだある!
まいたか?
黙れ、静かにしろ!
こっちはバレていない、ここに隠れてりゃ安全だ。
※スラング※、なんて野郎だ、一体どうやって俺たちを嗅ぎつけたんだ?
いいから黙っとけ。
あなたたち……誰?
誰だ??
どっかぽっと出てきやがったんだ、このガキ??
ここは巫女のおねえちゃんのお家だよ、ここでなにをしてるの?
ガキを黙らせろ!レンジャーがまだ外にいるんだ!
おいクソガキ、いいから黙って……
わかった!あななたちワルモノね!
幼い巫女は右手を前に伸ばし、青紫色をした閃光が彼女の手の中で飛び跳ねる。
(クソ、どこに逃げた?)
こんばんはー……あのーこういう二人組は見ませんでし……
クランタのレンジャーが近くにいた住民に話を聞こうとした時、黒づくめの二人が近くにある部屋の窓から飛び出てきて、おもいきり壁にぶつかった。
アチチチチ!このクソガキがッ!
※スラング※、このクソ感染者がァ、ズタズタに……
なんだ!そこに隠れていたのか!
※スラング※、逃げろ!
逃げるってどこに!?
廃棄された区画にだよ!そこにまだセーフハウスが残ってる!
1097年11月28日 8:59p.m.
カラドン辺境にある廃棄された区画
二人の黒づくめは息絶え絶えながらも無人の街道を走り抜ける。
しかしあの小さいクランタのレンジャーがその後ろを食らいついていた。
まいたか?
まけるわけねぇだろ!街中なうえに相手はクランタのレンジャーだぞ!とにもかくにも逃げるんだよ!
あとどんぐらいだ?
もうすぐだ!すぐこの先だ。
ついた、ここだ。
引継ぎ人はどこだ?っていうかボロすぎだろこのセーフハウス!
つべこべ言うな、向こうからすでに話は聞いてる、ここで町を脱出するための服と偽の身分証明証を用意したとのことだ、それに旧輸送通路に通じてる抜け道もある、どうにかしてここから脱出するんだ。
小屋に引き籠もるなんて、まだ諦めないつもりかな?
うちの耐え性を試さないでよね?ここはもう町の辺境なんだから、逃げ道なんてもうないよ。
ついでに言っとくけど、そのボロ小屋で待ち伏せしようったって無駄だからね?
抵抗を続ければ続けるほど、君たちの罪が重くなるだけだよ。
持ってるボウガンと爆発物を下ろして、直ちに降参しなしさい。
どういうことだ、引継ぎ人はどこにいる?明かりすらつかないぞ??
なんでこんなに乱雑なんだよこの部屋は!地面になにが置かれてるのかちっとも分かんねぇぞ。
お前なんか触れたぞ!なんだこの匂いは!
暗すぎる!なんも見えねぇ!
なんでこんなにモノが山積みにされてるんだ、一体なにがしたいんだよ?
やっぱなんかおかしいぞ!あの引継ぎ人はどうした!
このボロ小屋もどうかしてるぞ!
警告しても出てこないってんなら、物理的にその小屋に突入しちゃうからね。
騎馬警官の実力を思い知るといいよ。
小さいレンジャーはスピアを逆手に持ち、身体を低く屈み、スピアを頭上に上げる、アーツが槍の先端に集結していき、槍全体が夜の中で黒ずんだ赤色の光沢を放った。
この技を使うのは久しぶりだから、怪我をしても悪く思わないでよね?
はやくなんとかしろ!あいつが突っ込んでくるぞ!
慌てんじゃねぇ!落ち着くんだ!
懐中電灯だ!持ってないか?
持ってるわけねぇだろ、こっちはいつでも携帯してるほどお気楽じゃねぇんだ!
なら焼夷弾だ!前にまだ一個残ってただろ?
ここを燃やすつもりなのか?
バカかてめぇは!お前が先に爆弾を奥の部屋に投げ込め、燃える前に逃げ出すんだよ、そしたら部屋が燃えだしたらあのレンジャーだって追ってこれなくなる、一石二鳥だ!
なるほどな!えっと爆弾爆弾……
逞しい黒づくめが軍用焼夷弾のトリガーを引っ張り、真っ暗な小屋の奥へ投げ込んだ。
そして――
光が一瞬だけピカッと光った瞬間、彼らは自分たちがどれだけ愚かなことをしたのかようやく気付いたのだった。
この狭苦しい小屋の中には、大量の源石爆発物と危険物が積み重ねられている。
先ほど彼らが触れて倒してしまったドラム缶も、中身は高濃度のアケトン原料であり、今では地面に溢れかえってしまった。
最後に三つ数える、それが最後のチャンスだからね!
3!
2!
1!
――!
折り畳み式の軍用スピアが稲妻の如く投げ出され、十数cmもあるコンクリの壁を射抜き、引き裂いた。
そして次の瞬間……
雷のような爆発音がカラドンの町中に響き渡る。
眩しい火花がキノコ雲と共に雲へ駆け巡り、廃棄地区全体を、ゴドズィンの夜を、ヴィクトリア南西の港町全体を照らした。
小屋での爆発を受けて、周辺の地面構造も尽く崩れてしまい、区画の構造層に落ちていく。
そして長年修復されずにいた構造層もつづけざまに下層へと崩落していき、鳴りやまぬ轟音を響かせた。
本来なら小屋があった場所は、まるで拘束戦艦の砲撃でも食らったかのように、煙をぷすぷすと発するだけの巨大なクレーターだけとなってしまった。
容疑者も、証拠も真相も、すべてあの廃棄された小屋もろとも黒煙と共に風に靡いて消えてしまった。
……???
ど……どういうこと??
爆風に煽られて尻もちをついてしまったヴィクトリアのレンジャーは茫然とした面持ちで目の前の情景を見やる、この時の彼女はまだなにが起こったのか反応ができずにいた。
1097年11月28日。
カラドン市の夜が思いもよらぬほど賑やかになった。