
ねぇ、ユカタン……ラテラーノの食事ってちょっとおかしくない……?

確かに、イェラグと比べて味付けがちょっと甘いですね。

でも、ルースは甘いのが好きじゃなかった?

だとしてもなんでもかんでも甘ければいいってもんじゃないでしょ!

はぁ、イェラグが恋しくなってきたわ。

これも全部あのラタトスのクソ女のせいよ、なーにが“どんなチャンスだろうと掴んでもう一度一族の地位を高めるのよ”だ……それを言って自分は来ないくせに、私をこんな遠い場所まで飛ばしやがって。

あれも大奥様が君を信頼してる証だよ。なんせあの事件の佳境において、ブラウンテイル家の今の地位を確保したのは、紛れもなく君と大奥様の努力によるものなんだから。

また自分をはぶいちゃって、ユカタン、実は裏方での縁の下の力持ちというポジションを楽しんでたりしてるんじゃないの?

ぼくにとって、スキウースが今みたいに朗らかでいるだけでも満足だよ。

……ッ~、あなたいつからそんな口が甘くなったのかしら!

しかしね、奥様、今回の会議はきっとぼくたちが想像してたのよりもさらに価値があるものだと思うよ。

ここに来る前までは、この招待に応じる国の数なんてたかが知れてるとは思ってたけど、今の状況を見るに、やはりラテラーノの影響力を見くびっていたようだね。

確かにそうかも~……って話題を逸らさないでちょうだい!
(スキウースとリターニアの夫人がぶつかる)

(リターニア語)ちょっと、どこに目がついてるのかしら!

(リターニア語)ぶつかったのはそちらですが。

まあ、なんて下手くそなリターニア語なのかしら、どこからいらした田舎者でして?

イェラグからです、それとイェラグは田舎なんかじゃありません。

イェラグ?

イェラグってどこかしら?

シャーロン様、イェラグとはヴィクトリア、クルビア、そしてカジミエーシュとの緩衝地帯に位置する雪国でございます。

あんな雪山の中にも国なんかがあったの?ハッ、なら田舎で間違いないじゃない!

たかが辺鄙な小国の使者風情が、よくもこの公爵夫人に口を利けたものね?

……奥様、率直に申し上げますが、一つ、イェラグはあなたがおっしゃったような“田舎”なんかじゃありません。あまり耳にしなかったがために我々の国を理解しておられないのでしょう。

そして二つ、ぶつかってきたのはそちらの方です、ですので謝ってください。

なっ……!

シャーロン様、ここは大聖堂ですので何卒……

シャーロン様、大変恐縮ではございますが、あなたが今おられるのはラテラーノであって、ご自身のリターニア領地ではございません。

今度は誰よ?

ラテラーノの万国トランスポーターでございます。

なら万国トランスポーター、それは一体どういう意味?ここは大聖堂って言うけど、なにかしら、ホストとしてのラテラーノはその田舎者側に立つとでも言いたいの?

ラテラーノが立っておられるのは規則側です。ですのでシャーロン様、スキウース様に謝罪をお願い申し上げます。

私の名前を知ってるの?

各国からいらした使節様のお名前を承知してるのは極々当たり前のことです、違いますか?

へぇ?なら私のこともよく知ってるわよね。

当然でございます、リターニアのフランツ公爵夫人。

ただ、今一度申し上げますが、ここはラテラーノでございます、奥様。

ラテラーノにおいては、何卒規律と規則を尊重して頂くようお願い申し上げます。あなたがリターニアでどれだけ特権を享受していようと、ここラテラーノにそれらは存在しておりませんので。

それがラテラーノのもてなし方なのかしら?

“ラテラーノのお客人”であれば、ラテラーノは自ずと誠心誠意おもてなし致します。

――オーロン、いつからラテラーノの代表になったつもり?

ラテラーノの使者として、俺にそんな資格がないとでも?

ないわよ、ここ大聖堂においてはね。

大変失礼致しました、シャーロン様、何卒ご容赦を。

フンッ、枢機卿、今更宥めようとするにも少々遅いのではなくて?

誠に申し訳ございませんでした、公爵夫人。夫人につっかかった万国トランスポーターについては相応の処罰を与えておきます。暫くしてから、ご宿泊して頂いてる迎賓館にて教皇庁の誠意をご確認頂けますので何卒。

スキウース様も、どうかご容赦をば、今回の些細な誤解はこちら側の不手際でございます。もしお許し頂けるのでしたら、後ほど客室のほうでお詫びを申し上げたいと思っております。
スキウースはユカタンに目をやり、ユカタンは微かに頷いた。

フッ、ラテラーノ人め。ならこれぐらいにしておいてあげるわ。

アレイソ、マティーナ、こちらのお三方をよくご接待するように。

それとオーロン、ちょっと来なさい。

処罰だろ、へいへい……
(無線音)

はい、ステファノ区で亡くなられた方は遺嘱と遺嘱事前登録情報を残しませんでした、後でこちらから公証人役場で二次確認プロセスを提出しておきます。

今ですか?今はステファノ区の中央病院にいます……いえいえ、ボクは平気です、ちょっと女の子が転んだ場面に遭遇して、検査してやってるところです……

いえ、交通事故は起こしてませんよ……

はい、両親は傍に不在でしたし、今もまだ昏迷状態です、しばらくは家庭状況を確認できないかと。後で目が覚めたらボクが保護者のところに送り届けます。

そうだ、それともし一時的に目を覚まさなかった場合は、公証人役場の権限を使用させてもらえればと……

……え?これを実践訓練の任務の一つとしてやれ、ですか?……分かりました、では完遂した後に任務報告をまとめおきますね。
(無線が切れる音)

……あっ、すいません、連絡は終わりました。

大丈夫です!先ほど検査は完了したと先生がおっしゃってました、外傷はなく、頭部でも見つかっていないので、たぶん頭をぶつけたことによる昏迷ではないと思われます。

ただあの子ちょっと微熱があって、たぶんもとから風邪を引いてたんじゃないでしょうか。昏迷状態に陥ってる具体的な原因についはもう何度か検査しておきますが、大したことはないと思います。

あの子なら2127番の病室に寝かせておきましたので、そちらで検査結果を待って頂いても構いません。

妹さんでらっしゃいますか?もしかして今も勤務中で?どうして執行人さんが勤務中に妹さんをお連れに?ステファノ区で執行人さんに会えるなんて珍しいですね!

……あの子は妹ではありませんよ。

ではなぜあの子を病院に?任務の対象とか?ウソ、やっぱり執行人さんって冷酷な方たちだったんですか?あんな小さな子にもジャッジを?あの子一体なにをしでかしたんですか?

……ちょっと道端であの子と遭遇しただけですよ。それに任務対象なんかじゃありません、たぶん近所に住んでる子供なんでしょう。

そうなんですか?なら引っ越してきたばっかりの子ですかね。

ステファノ区の病院はここ一軒だけなんです、だから近所の子供たちが病気になったらみんなここに来るものですから……シーズンの小児科の診察室をぜひ見てほしいものです、もうすっごい大変なんですから!

でも来週で療養部に部署替えするので助かりました。ウチの病院の療養部はご存じですか?すっごく有名なんですよ!

去年の療養部の車椅子速射大会のチャンピオンがいるんですけど、あんな早打ち今まで見たことがありませんでした、あの人はきっと銃騎士様なんだわ……ちょっと若すぎると思いますけど。

そんな顔してどうしたんですか、ウチの療養部は有名だって言ったじゃないですか?ウチで療養してる大聖堂の方はあの人だけじゃないんですからね!

……さきほど、ボクが運んできたあの女の子はステファノ区に引っ越してきた子だって言いましたよね?

初めて見た顔ですからね。あなたの妹でもないって言いますし、あんな小さい子が別の区から渡ってきたはずもないじゃないですか?

まあ当然ですけど、今まで偶然一度も見なかったってこともありますよ。でもあの子の病気は二日三日すれば治るようなものなんですけどね……ああいう病気はもうたくさん見てきましたから分かりますよ!

それで小児科の診察室まで話したんでしたっけ?なら先週に……

エリザ、またサボって雑談なんかして。先生が検査室で結果を取りに行くよう言われてるからはやく行きなさい。

はーい――
(早口な看護師が走り去る)

……

……本当に報告はこれで合ってるのか?

はい、なにか不備でも?

こんなおかしな血液サンプルの分析は初めて見たぞ。

……コピーはこれでいいとして、元のファイルを院長室まで届けておいてくれ。私のカルテと一緒にね。

私はちょっと療養部まで行ってくるよ。

……チッ、あのナースが向かってるとこは院長室だな。パディア、どうする?

……二人ぐらいであの報告を届けてる人を阻止して。大事にはしないようにね、少しだけ時間を稼ぐだけでいいから。

あの医者は?

療養部に行ってるみたいだ。セシリアのところには向かってないっぽいぞ。

ん?いや、でもいいか。ならあの執行人にもしばらくは察知されずに済むわね。

ほかの人はアタシと一緒に、あの執行人を引き剥がして、病院の人が来る前にセシリアを連れ出すわよ。

いい?行動は迅速に、しかしセシリアに傷をつかせないように。

あの子はアタシたちの仲間なんだから。

嫌われるようなことはしないようにね。
ママ、なんで毎回パパに会いにいくのにこんな遠くまで行かなきゃならないの?もうお空も真っ暗だよ……
それはね……パパはラテラーノまで来れないの、私たちと一緒には住めないからよ。
どうして?
パパは私たちとは違うから。
じゃあパパとはいっしょにいられないの?
……一緒にいてほしくないってパパは思ってるからね、大きくなったら分かるわ……
どうして……パパはわたしがきらいなの?わるい子だから?
じゃあいい子にしてたら、パパもずっと傍にいてくれるようになる?
……セシリア、パパを信じてあげて、パパはあなたを愛してるわ、私たちの傍にいなくともね。

うっ……うぅん……

ママ……

目が覚めた!

あなたは……それにここはどこ……

ここは病院ですよ、お嬢ちゃん。街中で急に倒れたんですよ、お父さんとお母さんが近くにいなかったら、病院に連れてきたんです。

びょういん……ここが病院?

いや……あ、あなたが着てるそれって制服、ママが言ってた……

……

お母さんから、何か言われたんですか?

(そういえば、ボクを見かけた時、わざと避けてたような……?)

大丈夫ですよ、お嬢ちゃん。ボクがお母さんのところに連れていってあげます、ボクは悪い人じゃありませんよ。

ママを探してくれるの?ママは、ママはコートをきた人たちに連れてっていかれたの!

(……まさか誘拐事件だったなんて!だからこの子はずっとあそこにいたのか?)

お嬢ちゃん、大丈夫、ボクは公証人役場の人です、ママを探すのを手伝いましょう。ママはどうやって連れていかれたんですか?

……あなた、公証人役場の……

ええ、公証人役場の人です、エイゼルと呼びます、ほら、これがボクのIDカードです。

……

本当にママを探してくれるの?

もちろんです。お名前はなんて言うのですか?

……セシリア。

……うっ……

!?ヘイローが……なんで……

(どういうことだ……いくら気持ちが凹んでいるとはいえ、サンクタのヘイローがこんな暗くなることはまずない。)

(もしくは……)

……(しかしまだ守護銃すら持っていないような小さな子供なのに、どうしてこんな……?)

……うぅ……

(いや、そんなことより……)

セシリア、苦しいのですか?ヘイローが……?

……時々……こうなるって……ママはこれは病気のせいだって……しばらくしたら治るって……

……
エイゼルはとあることに気付いた。
セシリアは今なお苦しんでおり、母親を見つけられずに焦燥すらしている。
しかし彼はそんなセシリアからまったくそういった苦痛と焦燥感を感じられていなかった。
セシリアは……紛れもなくサンクタだ。
しかしなぜ感覚が伝わってこない?

セシリア、君は……
(ドアのノック音)

そちらのお子さんのご家族でいらっしゃいますか?

そんなところです。

少々お話があるのでついてきて頂けますか?その子の容態はちょっと特殊でして、医者のほうから単独でお伝えしたいと。

……

……さっき風が吹いてたんで、窓を閉めてもいいですか?この子が風邪を引いちゃわないか心配なんで。

え?ああはい、どうぞ。

よし。じゃあセシリア、ここでしっかり休むんですよ、すぐ戻ってきますから。

セシリアちゃん、大丈夫、私たちが傍にいてあげるからね~。

……

ここ、屋上ですね。

さきほどセシリアの容態は特殊だと言ってましたけど、どう特殊なんですか?

えっと、具体的なことは……まだなんとも。担当の先生が診察の結果を持ってきてくれるので、その先生からお伝えします。

……セシリアの状況はすでに公証人役場に報告してあります、今頃ボクの同僚が駆けつけてきているでしょうね。

……なんだって!?

何者ですか?

……ただの看護師ですよ、なにをおっしゃいますか、先生ならすぐですからもう少しだけ待ちましょう。

ただの看護師が“公証人役場”を聞いて驚くものでしょうか?

よくもハメやがったな……本当ならお前はここで少し待ってるだけでよかったんだ。俺がお前だったら、自分からこんな面倒事に首を突っ込むことはしなかっただろうよ。

セシリアには優しくしろとパディアから言われてるが……お前に優しくしろとは言われちゃいねぇ。

“パディア”、ですか?

……その名前は忘れたほうが身のためだぞ。

みんな出てこい、この公証人役場の兄ちゃんはご公務でお疲れだ、少しは休ませてやろうじゃないか。