もう車椅子なしで動けるようになったの?
うん、結構回復したからね。
去年ここで車椅子速射大会が開かれて、あたし優勝したんだけど……そのあと先生に禁止されちゃった。
射撃スキルであなたを超えるような人なら、銃騎士の中から探さない限りはいなさそうね。
あら、嬉しいことを言ってくれるね。
誰かさんもこの可愛いフィアメッタちゃんみたく、あたしみたいな病人に気の利くことを言ってくれれば、なおさら嬉しいんだけどね~。
モスティマ、またそこに隠れてカーテンにでもなってるつもり?
私がそんなこと言う性格じゃないのは知ってるでしょ、レミュアン。
どんな性格だったのかしら?あなたってば二三年に一度しか戻ってこないんだから、ほとんど忘れちゃってるわよ。
分かったよ、レミュアンの射撃スキルは私が知ってる人の中じゃダントツだよ。
うんうん、それでいいのよ。
それで、エルちゃんは龍門で元気にしてるの?
この前に一度会ったけど、ピンピンしてたよ。
彼女を心配するよりも、まずは自分のことを心配しなよ。
そのセリフ、そっくりそのままあなたに返すわ。
今回はいつまでここに居るの?
さあね。でも、少なくとも会議が終了するまでかな、確か再来週の水曜だっけ?
火曜ね。
ああそうだった、火曜だ、あとはあの老いぼれの気まぐれ次第かな、いつまた私にキテレツな任務を寄越すのか分かったもんじゃないんだし。
あなたまさか教皇猊下のことを……
本人が気にしてないんだからいいじゃん、フィアメッタ。
もう少しここに残りたいのなら、私も手伝ってあげるからね。
おお、そうか。
あなたならもう分かったでしょ?
どういうこと?二人してなにを話してるの?
ありゃ、気付いてないのかな、フィアメッタ?
ここ最近半年間の君と私の報告書、誰の手に渡ったのか。
そんなに分かりやすかった?
え、ウソ?……じゃあなに、レミュアンあなた……教皇庁で働き始めたってこと?でもまだリハビリしてるんじゃ……?
大丈夫よ、フィアメッタ、ちょっとしたデスクワークってだけだから。
そのままその仕事に就くつもり?
どうでしょうね。
護衛隊にはまた戻ってくる?
それなら多分もう戻らないかな。
……あなたの射撃スキルが、それで埋もれてしまうなんて……勿体なさすぎるよ。
フィアメッタは本当にあたしを高く買ってくれているのね、あの時はあたしがやらかしたっていうのに。
……
あれはあなたのせいじゃないよ、レミュアン。
あなたのせいでもないわ、フィアメッタ。
あんまり自分を責めすぎないで。
……いつか必ず、あいつにツケを払わせてやる。
……ねぇ、モスティマ……
角、少しだけ触ってもいいかしら?
ダーメ。
ケチ。
レミュアンは窓から外を眺める、モスティマは窓に寄りかかり、手に持つ花束を弄る。
フィアメッタは当時のことを思い返していた。
ラテラーノの早春は、いつだって明るい日差しが差し込み、空気は肌寒さを含む。
窓を通して、遠くにある大小様々な教会の屋根が見渡せる。たまに羽獣が空を横切ることもある。
レミュアンは普段からとても穏やかだ、時折言葉を少し交わすだけで、周りの空気は和らいでいく。
クールぶってるモスティマもいつの間にかリラックスし、自分でも気づかないうちに笑みを溢す。
……
いつも通りだ。
まるでなにも起こらなかったかのように。
けどそれはただの錯覚だった。
あの夜のせいで彼女は眠れずにいるのだ。
レミュアン……
気になってたんだけどさ、レミュアン。
この病院のボランティアってこんなに多かったっけ?
え?普通じゃないかしら。
(ノック音)
どうぞ。
レミュアンさん、見て頂きたいものが……
おや、来客中でしたか?
お構いなく、二人ともあたしの昔の戦友なので。
戦友って……まさか!
そうです。
でしたら、ぜひお二人にもこちらの検査結果を見て頂きたく……
オーロン、自分がなにをやってるのか分かってるの?
お教え頂いても?
彼女があなたのそのやり方を“個人的な行為”として扱ってくれそうにはないわよ。
なら“ラテラーノの姿勢”を示したってことにしてくれるはずだ。
下手したら外交問題にも発展するところだったのよ。
お前が期待してたことじゃないか?
衝突は問題を起こし、問題には解決を必要とし、解決には経緯を必要とする。
ラテラーノは新しい問題解決の方法を示しているんだよ。
ラテラーノが方法を示すには二つの前提条件が必要よ――私たちが話したことに十分な価値があるかどうか、それと“適切”かどうかの二つがね。
そうとも、だからこそラテラーノには“適切な姿勢”を示す必要がある。もしラテラーノがただの駆け引きのために方向を示すだけなら、ラテラーノなんか必要になると思うか?
――そうですよね、猊下。
(教皇が近寄ってくる)
ヴァイエ、彼の言ってることは正しいと思うかね?
彼はかしこぶってるだけですよ。
ラテラーノがこの大地にいられるのは、万国トランスポーターが諸国を行き交うことができているのは、根底を辿ればラテラーノが信仰を有しているからこそです。
いいや、万国トランスポーターが諸国を行き交うことができているのは、ラテラーノ自身にあるんだよ、敬愛なる枢機卿閣下。
みんな分かっていると思うが、サンクタ以外にラテラーノの真なる信仰が及ぶことはない。ただ信仰だけを頼りにするのは、あまり良いとは言えないんじゃないのか。
オーロン、そんなに死に急ぎたいのなら、直接申請してくれてもいいのよ。
君たちはなぜいつもそうケンカに発展してしまうのかね、理解に苦しむよ。
ヴィクトリアへの旅からラテラーノへ戻る際、俺はゴドズィン公爵からあることを聞かれましたが、俺だけで答えを出していい問いではないと思います。
「ラテラーノには私の目を惹きつけるものでもあるのかね?」と、そう公爵はおっしゃってましたよ。
……
ですので猊下、テーブルの席についた際、俺たちは十分な手札を握れておるのでしょうか?
(教皇騎士が近寄ってくる)
猊下、モスティマから通話の連絡が入っております。
また、第三者に聞かれてはならないご報告があるとのことです。
でしたら、俺は先に失礼させてもらいます。
(オーロンとヴァイエリーフが立ち去る)
みな下がってくれたまえ。
モスティマに繋いでくれ。
はっ。
(無線音)
久しぶりだね、猊下。
久しぶり、モスティマ。レミュアンは元気かい?
誤魔化せないなぁ。
実は彼女のいる病院で面白いものを見つけたんだ。
言ってみたまえ。
ある身体検査結果を見たんだけど、とても見覚えのある数値があってね。
……大聖堂に戻ってきてからまた話そうか、モスティマ。
分かった、じゃあその身体検査結果の持ち主はフィアメッタに探させるね。
レミュアンが療養してる病院は……確かステファノ区にあったな。
ステファノ区。
そしてモスティマに専用回路を使わせるほど事情が起こったってことは……
……
面倒事は起こさないでくれよ。
セシリアちゃん、気分はどう?
さっきまで頭痛かったけど……少しはよくなった。
じゃあ私が抱っこして連れて行ってあげるね。
……連れて行く?……お姉ちゃんはだれなの?
アタシたちはあなたの仲間よ、セシリア。アンタを待ってる人がいるの。
わたしを待ってる人って、ママ?
……残念だけど、ママじゃないわ。
アンタのママはもう戻ってこないのよ、セシリア。
どうして?
ごめん、詳しくは言えない。
……でも、説明してくれる人ならいるよ。だからその人に会わせてあげる。
……ごめんなさい、お姉ちゃん、わたしやっぱり先にママを探しに行かなきゃならないの。
……やっぱり子供の相手は苦手だわ。ごめんね、セシリア、イヤだったとして、アンタを連れて行かなきゃならないの。ここにいちゃ、アンタは危ないから。
(エイゼルが駆け寄ってくる)
セシリア!
チッ、早すぎるでしょ……
誰ですかあなたたちは?セシリアに何の用です?
……アンタが知っていいことじゃないわ、サンクタ。
セシリアは元からアタシたちの仲間なの、それをアンタは彼女を攫った。
……では、その子の両親の名前、家の住所、身分識別番号、それとあなたと彼女の血縁あるいは法的関係を教えてください。
…チッ、これだから公証人役場の石頭どもは。
もしセシリアを連れて行く正当な理由があるのなら教えて頂きたいです、こちらで判断しますので。
アンタがリーベリだったら、少しは考慮してやってもよかったわ。けどアンタみたいなサンクタなら……論外よ。
ラテラーノのロゴマークを付けているということは、あなたもラテラーノのリーベリですね、どうしてサンクタを嫌悪しているんですか?
……知ってるかしら、公証人役場のクズが。
アタシが生涯にわたって二番目に嫌いなことは、アンタみたいに、ラテラーノにいるリーベリならさも当然のようにサンクタと仲良しだって勘違いしてることよ!
(エイゼルがクロスボウの矢を避ける)
理由を説明して頂かない限り、セシリアを渡すわけにはいきません。
それはアンタが決めつけていいことじゃないわ。
こいつはアタシが足止めしとくから、アンタははやくセシリアを連れてって。
うん。
ごめんね、セシリアちゃん、少しだけ我慢しててね。
……イヤぁ。
(爆発音)
なんだ!?この爆発と煙はどっから!?
窓が……!そうかあの時に……
(回想)
……さっき風が吹いてたので、窓を閉めてもいいですか?この子が風邪を引いちゃわないか心配なんで。
(回想終了)
……クソ執行人め!
忠告しておく!もし本気でセシリアのことを思ってるのなら、その子を公証役場か教皇庁には渡さないことね!さもないと、後悔するから!
……
セシリア、しっかりボクに掴まっててくださいね。
……うん。
セシリア、大丈夫ですか?
大丈夫。
では、まずはあの人たちを振りほどきましょう。
彼、ちゃんと聞き入れてくれるかしら……
絶対ないわね。仮にサンクタがどいつもこいつもお気楽なバカだったとしたら、公証人役場のサンクタはその“お気楽”って三文字すら取っ払ったようなどうしようもない石頭だからね。
あいつが聞き入れていようがいまいが、セシリアはアタシたちが確保し……手中に収めておかないといけないんだから。
じゃあはやくほかの人にも知らせたほうが……
もう知らせてあるわ。
え?
さっきあいつと話してた時にね。
なるほど――彼を引き留めていたのはそういう……
あいつならもう逃げられないでしょうね。
(フィアメッタが近寄ってくる)
……病室のドアが開いてる?
あなた……パディア?
……
この部屋に八歳ぐらいのサンクタの女の子はいなかった?
いいえ。
ここまで来る途中に爆発音が聞こえたけど、あなたたちとなにか関係が?
ラテラーノで爆発音が聞こえるのがそんなに不思議?
……あなた、本当に私が知ってるあのパディアなの?
フィアメッタ、アンタが探してる女の子ならもう退院してるわよ。
(確かにいない……)
ならパディア、どうしてあなたがここにいるの?
なによ、自分はステファノ区の中央病院にいれて、アタシはダメだって言いたいの?
護衛隊もその女の子を探してるの?あなたたちはどこでその情報を?
アタシはもうとっくに護衛隊から抜けているわよ。アンタ、万国トランスポーターの護衛をやってるんでしょ?なによ、またラテラーノに戻ってきてサンクタの女の子を追っかけてるわけ?
そんなにサンクタを追っかけるのが楽しいのかしら、フィアメッタ?
アンタみたいなリーベリなんて……
パディア、私が去った後に何があったの?
アタシを気に掛けてるような言い方はしないで。
分かった、でもパディア、言葉遣いが荒いわよ。
あの女の子がここにいないのであれば、私もあなたとここで時間を無駄にしたくはない。
(フィアメッタが立ち去る)
アタシに何が起こったかより、自分が一体なにをしてるのかちゃんと考えたほうがいいわよ、フィアメッタ……先輩。
(無線音)
やれやれ、パディア、フィアメッタ先輩のことが大好きだとは思っていたんだがな。せっかくの再会にしては冷たすぎないか?
……アンタには関係ないでしょ。公証人役場のあいつのことだけど、どうするつもりなの?
そうカリカリすんなって、パディア。いい方法ならあるさ。
だがちょいとお前の助けが必要になるけどな。