フィアメッタじゃないか……ん?お前なんかボロボロだぞ?
あなたには関係ない。
そうカリカリすんなって、座ってお茶でも?
冗談はいい、なんであなたがここにいるの?モスティマからあなたが支援に来るなんて聞いていないんだけれど。
そりゃあヴァイエリーフから正式に命令が下りていないからな。
でも俺個人としては是非とも手伝ってやりたいとは思ってるぜ?
モスティマが言うには、この女の子を追いかけてるヤツがもう一人いて、すでにお前とも挨拶を交わしてるらしいな、違うか?
……そうよ。
エイゼルが位置情報を切ったって公証人役場からの情報を聞いた後、お前は対象をロストするんじゃないかって思ってたよ。もしその時間差を相手に利用されたら、この子は連れていかれてたかもしれなかったんだぞ?
なんでモスティマが助っ人に来ないのかは知らねぇが、あいつが動かないってんなら、こっちから一つ恩を売りに来たってわけだ。
お前とモスティマに売った恩はそう多くないからな。
……サマにもなっていない有象無象に止められる私ではないでしょ。
“小心は万年の船すら漕げる”だぞ、フィアメッタ。そんなんじゃ簡単にヴァイエリーフに弱みを掴まれちまう。
あっ、今言ったのは炎国のとある諺でな、何事も慎重にって意味だ。
ひけらかさないで、オーロン、いつもそんなヘラヘラしてるから人に嫌われるのよ。
ならいいさ。お前がここに来た以上、俺からの恩もすでに売りだせたんだ、後のことはお前に任せるよ。
それか、この後の護送もご所望かな、可愛らしいフィアメッタ?
結構よ、もう行ってちょうだい、オーロン。
(オーロンが立ち去る)
執行人エイゼル、その子をこちらに渡しなさい。
拒否はしないほうが身のためよ。
……
フィアメッタ、でしたね?ではフィアメッタ女史、一つお願いがあります。
いいわよ、話してちょうだい、そのお願いとやらを。
その場で動かないで、弾が狙った場所に当たる保証はできないのこっちは。
……先ほどボクがリゲライ先輩の指示に背き、デバイスの電源を切ったことで疑いが生じているのは分かっています、しかし……
どうか信じてください、ボクは決してラテラーノを裏切ったりはしていません。
公証人役場の命令を完璧に遂行しなかったのは、セシリアに不測の事態を遭わせたくなかったからです……それに、この子とは約束をしているんです。
それが私となんの関係が?
…………ボクからお願いは、あなたの同伴のもと、セシリアと一緒に大聖堂まで連れて行ってもらいたい。もし教皇庁がこの一件の関連情報を必要としているのなら、ボクがその場にいたほうがなにかと捗るとは思いませんか?
先に言っておくけど、もしついていくことでこの件に対する上からの判断に影響を及ぼせると期待しているのなら――あまりそういう幻想は抱かないことね。
それに……もしその子に対する教皇庁の扱いが自分の予想にそぐわず、それでその子を連れ出そうと考えているのなら……
尚更そんな考えは抱かないことね。
しませんよ。大聖堂に銃騎士が置かれていることぐらい、ボクだってよく分かっています。
なにより、ボクだってラテラーノの執行人ですから。今まで心配していたのは、セシリアがどういう状況に置かれているのか、誰がセシリアを追っているのかが分かっていなかったからです……
でも今ようやく把握できたので、あなたの指示に従いますよ。
結構。
えっと……セシリアだっけ?動けそう?
……エイゼルお兄ちゃん……
……セシリア、もし疲れているのなら、おんぶしてあげ……
私がだっこするわ、あなたじゃ遅すぎるから。
(小声)エイゼルお兄ちゃん……
……大丈夫、心配いりませんよ、セシリア。
執行人エイゼル・パストーレは、本日午前からステファノ区セルヴァンティス街7-265号で遺体の身分確認、及び遺嘱確認と守護銃の回収の任務についていた。
そして正午の間に、エイゼルは八歳のサンクタの女児を連れてステファノ区中央病院に出現し、その後非正規の方法でそこから離脱。
ステファノ区セルヴァンティス街7-265号の家主フィリア・ラポルタは、今朝午前に居住家屋内で病死し、ご遺体はすでに鎮魂教会に収容。
セルヴァンティス街7-265号の戸籍登録の人数は一人とされており、区が記録してる居住人数も一人と記されている。
セルヴァンティス街7-265号の二十年間の家屋修繕記録を調査したところ、七年前に地下室を増築したことを発見、建築会社が残していたデータによれば使用用途は備蓄室と記されていた。
こちらがフィリア・ラポルタの資料写真とエイゼルが女児を病院に送って来た時の監視映像よ。
女児の来歴については、みんなもすでに分かっているはず。
それと、エイゼルから午前に届いた報告によれば、フィリア・ラポルタは遺嘱を残さず、遺嘱の事前登録もしてなかった。理由は明らか、可能な限り公証人役場との接触を避けようとしていたんだわ。
推察するに、フィリア・ラポルタは自分に残された時間はもう長くないと察して、自分の娘に退路を敷く用意をしていたんでしょう。
目下のところエイゼルがフィリア・ラポルタの委託対象かどうかは確認できていないけど、エイゼルの背景調査の結果から見るに、可能性は低いと見られる。
フィアメッタから届いた情報を合わせると、より可能性のある委託対象はおそらく……
ロストシープ。
つまりこういう理由があって大聖堂に残ったわけかしら、モスティマ?
一時的だけどね。
まあまあそう焦らずに、ヴァイエ。シュークリームはいかがかな?
ふー、比較的温厚な方法を選んでおいてよかったぜ。
もしフィアメッタが来た時に、俺が執行人を殺してたところを見られたら、なにもかもおしまいだったな。
(無線)
言い訳はいい。あの執行人と無駄口叩いていなかったら、今頃セシリアはもう先導者のところまで連れて行けたはずよ。
ありゃ執行人なんだぜ、パディア、今はまだ俺が手を出すほど事態は進展しちゃいねぇだろ。
それにあの執行人が関心を抱いてるのは相当単純なことだと見た、あいつはただ情が湧いて、可愛い女の子が不幸な目に遭わせたくないと思っただけなんだろう。
あいつが何に気に掛けているのか分かった以上、時間をかけて説得すればいい、暴力に走る必要はないさ。
フィアメッタが来るのがもうちょい遅ければなぁ……
今回はフィアメッタを止められなかったお前に非があるぞ、パディア。
……アタシは……
冗談だよ。
しっかし、あの人もつくづく運が悪いな、本当なら些細な出来事だったのに、今じゃこんな複雑化しちまって……毎回手に入りそうって時に限って、想定外のことが起こっちまう。
これって偉大なるラテラーノから俺たちに与えられた試練ってモンなのかね?
また信じたしたの?
信仰を持ってる人ならこんなこと言わねぇよ。信仰ある者は、苦難を試練と見なしたり、あるいはその試練とやらをあれとして扱うんじゃねぇのかな……運命の賜物とか?
お前と彼の傍にも、そういう人は少なくないだろ?
……アンタみたいな自己中なサンクタよりは敬虔深いわよ。
それで……これからどうするの?セシリアは大聖堂に連れていかれた、もう連れ出せないんじゃないの?大聖堂からあの子を連れ出す方法はもうないのかしら?
そう焦んなよ、パディア。セシリアを大聖堂に入れたくないってことは、お前より俺のほうがよっぽど望んじゃいねーよ……
でもよ、こっちは手札を全部出し切ったわけでもないだろ?
パディア、お前はフィアメッタを尾行しろ、あんまり寄り過ぎないようにな。
アンタはどうするの?
俺はこれでも忙しいんだ。つい先ほど知ったんだが、俺に用があるヤツがいるらしい。モテすぎるのも考えものだな。
……ならその面倒事をこっちに持ってこないようにね。
(無線が切れる)
……うん、この後の手掛かりも出てきたようだな、これからどうするつもりなんだ?
彼を探します。
えーっと……お前のその……実力があるのは分かってるよ。でも相手は万国トランスポーターのベテランだ、あんま揉め事は起こさないほうがいいんじゃないのか?
彼はこの一件と関連がありますので。
……関連があるから、調査を行う、か……たまにお前のそういう考え方が羨ましく思うよ。
しかし、もしあいつが何も知らなかったらどうするんだ?
調べたら分かります。
それもそうだな。何はともあれ、万国トランスポーターがこの一件と関わってるって言うのなら、調査する甲斐はある。
しかし、フィリアみたいなずっと家に籠ってた一般のサンクタを調べたら、こうも手がかりがわんさか出てくるとは思いもしなかった、戸籍を持たない女の子、万国トランスポーター……
そして……サルカズ。
(フェデリコが立ち去る)
あれ?もう行くのか?さよならぐらい言ったらどうなんだ?
まあいいや……
行っちまったもんは仕方がない。
オーロン、悪く思わないでくれよ、俺なんかじゃフェデリコを止められるわけがないからな
義理人情として、通知ぐらいは入れといてやるよ。
……寝てしまったわ。
疲れてたんでしょうね。
さっき、この子と約束してるって言ってたけど、なに?
この子の母親を探す約束をしたんです。
母親?ちょっと待って、確かついさっきモスティマから送ってきた情報によると、この子の母親って……?
ええ、その通り、この目でご遺体が鎮魂教会の霊柩車に運ばれるところを確認しました。
じゃあなんで約束したの……?
……この子に会った時は、まだ知らなかったからです。
それで、この子には教えたの?
……教えました。でも、この歳だとまだあまりよく分かっていないんだと思います、“亡くなった”とか、あるいは“死”とは一体なんなのかを……
……そっちも大変ね。
ちょっと……そんな苦い顔しないでよ。多分だけど、教皇猊下はあまり……虐げることはしないと思うわ、この子に。
この子の名前はセシリアと言います。
フィアメッタ女史……
フィアメッタでいいわ。
フィアメッタさん……セシリアが大聖堂に入った後は、また出られるんでしょうか、もしかしたら……
……保証はできない。でも私が思うに、どうであれこの子はヘイローを得た、ならこの子はサンクタだわ。
対象がサンクタであるのなら、教皇庁だろうと公証人役場だろうと、どちらもきっと規律に遵守するはず、少なくとも私はそう思う。
この子が戸籍に載っていなかろうがね。
……えっ、そこ重要なんですか?
発行ぐらいしてくれるんじゃないかしら。
……
でも、セシリアのヘイローは……変なんです。
サンクタの混血が、どこまで騒ぎになるかはボクには分かりません……先ほどの万国トランスポーターさんがセシリアの身に危険が及ぶことはないと暗に示していたとしても。
ですが最近、外国の使節たちが今ちょうどラテラーノに集まってきているんですよね?
教皇猊下がずっと温めておいた会議……そんな時期に、セシリアが誰かに……何かを企ててる輩に利用されるんじゃないかって、心配なんです。
……考え過ぎよ。
では逆に、その可能性を避けるために、教皇庁はなにをしてくれるんですか?
フィアメッタさん、ボクがこんなことを考えていいのかどうかは分かりません。
でも考えないことなんて、ボクには無理です。
ならはっきり言わせてもらうわ、悪く思わないで。
あなたがそんなに考えたところで、何になるの?考えたら収拾がつけるとでも?
セシリアが今そういう危険に晒されていると分かっているのなら、今のセシリアにとって、大聖堂こそが一番安全な場所だってことは理解してちょうだい。
……そうですね。
……うぅん……
ごめんなさい、寝ちゃってた……
うるさかったですか?
ううん、違うの、ただ……
エイゼル、もしかしてお腹鳴った?
……
ドーナツを買ってきてあげますね、セシリア。
ど、ドーナツ……やった!ありがとうエイゼルお兄ちゃん……
いい、私が買いに行くわ、ちょうどこの子を下ろして休みたかったのよね、手が痺れてきたわ。
(小声)この子と私と一緒に残すなんて、私じゃ相手してやれないわ。
でも、下手なマネはしないことね、エイゼル、私には見えているから。
……まだ信用してくれていなかったんですか。
そうだ、デバイスは起動しておいて、シャットダウンはダメだから。
は、はい。
(フィアメッタが立ち去る)
(小声)エイゼルお兄ちゃん、あのお姉ちゃん怖い……全然喋れなかった。
悪い人じゃないから大丈夫ですよ、セシリア。
エイゼルお兄ちゃん……ママには会えないの?さよならを言うだけでもダメなの?
ええ……さきに君の安全を確保するために、ある場所に行かなきゃなりません。
ママのことは……いずれちゃんと説明します。だから少しだけ……考えさせてもいいですか、セシリア?
……うん。
エイゼルお兄ちゃん、聞こる?
なにがです?
歌声……
えっと……あっ、確かに!綿あめの販売車からですね……しかしこんな賑やかな街中だと、しっかり耳を立てないと全然聞こえないな、セシリアは耳がいいんですね。
このお歌よく知ってるの!
あれはママから教わった歌なんだよ!
あっ……でもあちこち行っちゃダメなんだっけ?
……大丈夫、行っちゃダメですけど、販売車をこっちに呼んでこれば平気です。
すいませーん――
なんか呼ばれてないか?
ふんふんふ~ん♪
その歌好きだな……おい、本当に呼ばれてるぞ。とりあえず行ってみよう、情報は探れていないが、少しだけ商売を稼いだって構わないだろ。
い~よ~♪
こんにちは……
こんにちは、お嬢ちゃん、綿あめを買いにきたのかな?
えっと……
二つください、いや、やっぱり三つでお願いします。フレーバーはこれとこれ、あとドラジェも付け加えてもらっていいですか?
大丈夫ですよ~。
三つなら、二人で作るか。
あのお姉ちゃん……さっき歌ってたお歌の名前を教えてもらってもいい?
昔ママから教わったんだけど、名前は教えられてなくて……
……えっ?ママが……この歌を教えたって……?
お姉ちゃん!綿あめ、綿あめが!溢れ出ちゃってるよ!
うわあああ!ごめんなさい、今すぐ――
ああ、ザラメの入れ物を零しちゃいましたよ――ボクが手伝って……
ごめんなさいごめんなさい!
(小声)おい帽子!!!帽子が引っかかって……
(愉快な販売員のフードが脱げる)
ヒッ――
……
ご、誤解しないでください、か、彼女はキャプリニーでして……
お姉ちゃん!
その角、パパのとすごくよく似ている……
お姉ちゃんもサルカズなの?
――――
(小声)はやく被れ!
(愉快な販売員がフードをかぶる)
いや、ちがッ、私はッ、お嬢ちゃんこれは、ごッ、誤解だよ……
……
ラテラーノにサルカズが紛れ込んでいただなんて……あなたたちもセシリアが目当てなんですか?
(フィアメッタが戻ってくる)
どうしたの、エイゼル?
……フィアメッタさん、この人、サルカズです。
けどボクは、これだけは決して言えなかった。
チッ……バレてしまったからには仕方がない……
(落ち着いた販売員が合図を出し人が群がってくる)
……いい度胸してるじゃない。