ハァ……ハァ……
あの二人逃げようとしています!
そうはさせないわ!
(爆発音)
……!!
うぐッ……俺が援護するから、お前ははやく逃げろ!!
(販売員達が走り去る)
あのペッローがサルカズのために攻撃を防いだなんて……二人とも、逃がしはしないわよ。
エイゼル、あなたはここで待機してて、無闇に……
無闇に動き回るのは許可できない。分かっていますよ、フィアメッタさん、デバイスもつけときました。
どうかボクを信用してください、ボクはただセシリアの安全を確保したいだけなんですから。
……考えが変わった。あなたをここに残すことはできない。今すぐセシリアを大聖堂まで連れて行って。
このまま街中に残ったら……なおさら危険だから。
(フィアメッタが走り去る)
……
行きましょう、セシリア。
え……?さっきまであの聖像に向かってなかった?聖像はあっちだよ、エイゼルお兄ちゃん。
……ちょっと遠回りしましょう。
とおまわり?
君が今行くべき場所は……
鎮魂教会です。
サルカズ。
本来なら大聖堂についた後、フィアメッタさんにお願いするつもりだった……
上級の執行人監察官でもいい、護衛隊に随行して貰ってもいい……
セシリアにとってラテラーノが一番安全だということを確認できれば……
セシリアに、フィリアが埋葬される前に、最後に母親に会わせることはできないかって。
でも、サルカズだ。
もしセシリアの父親がサルカズなら……セシリアもサルカズ扱いになる。
だがこの子にはヘイローがあるじゃないか……
……ボクは夢でも見ているのだろうか。
セシリアはただの“イレギュラー”だ……
だがこの子はサルカズでもある……
ヘイローを獲得したサルカズが、大聖堂から出られるわけがない……
たとえ、たとえ、酷い目に遭わなかったとしても……
大聖堂から抜け出すことなんて……
……
……公証人役場をクビになってもいい、やるしかない。
セシリアを鎮魂教会へ連れて行く。
せめて、さよならぐらい伝えてあげないと。
もう逃げられないわよ。
なんて足の速さなの……
どうすんだよ、全然振り撒く事が出来ないぞ……
(爆発音)
これも全部私の落ち度だわ……このリーベリが私たちを逃すはずもない、あなたたちだけでも逃げて!私が殿を務めるから!
お前……
行って!
下がりなさい。
……
ア・ン・ドー・ン……
もう絶対に逃がさない……
出てきなさいッッッ!!!!!
解せないわ、どうして教皇猊下はあの“ロストシープ”たちを……野放しにしているのかしら。
モスティマ、面識があるのなら、私に教えてくれないかしら?
君とは話したくないかな、それについては。
まだ根に持ってるの?
だってあの時、私は危うく君に殺されかけたんだよ、あいつじゃなくて。
忘れようにも忘れられないよ。
それであなたはいつも私の前でフードを被ってるわけ?面倒臭くないの?
長い間ずっと万国トランスポーターをやってきてフードを被るクセがついただけだよ。
君についてなら、できることならなるべく関わりたくはないかな。
それ私への恨み言かしら、モスティマ?
ラテラーノにはラテラーノが守るべきものがあって、それをどうしても気にしなければならない人がいる。私にとってはどうでもいいけどね。
モスティマ、ちょっと誤解してないかしら。教皇庁に残れる堕天使はめったにいないの、教皇庁がどうだからではなく、堕天したサンクタたちにワケがあるからよ。
私の態度なら少しだけアレかもしれないけど……モスティマ、自分は至って普通の人間だとでも思っているのかしら?
そんな風に私と喋ってたら、私は君の言う“普通の堕天使”になっちゃうんだけど、それでもいいのかな?
だとしたら、今こうして私と“会話”することだってできていないはずよ。
もういいよこの話は。それより現実的な話をしよう、いつフィアメッタを外してくれるの?
いっつも私についてきても、彼女になんのメリットもないよ。
それは本人に言ったらどうかしら?
言ったよ、無駄だったけど。
じゃあ私が言ったらところで意味があると思う?
権力の便利なところは他人の意向を無視できるところにある、私の観点から言えばね。
他人の意向を無視するにはそれなりのツケが纏ってくるものなのよ……どうしてフィアメッタを外してほしいのか、聞かせてもらえるかしら。
フィアメッタが言うには彼女は私の護衛らしいんだけど、私が護衛なんか必要とすると思う?
まあ当然、彼女は私という堕天使の監視役だと思ってる人もいるけどね。
きっとそう考えてる人はちっともフィアメッタのことを理解していないと思うな。
フィアメッタにとって私はただの餌だよ、アンドーンを釣るためのね。
それを本人に聞かれると、すごく不機嫌になるかもね。
じゃあ言い換えよう……餌は私が持ってるこの錠と鍵だ。
それで?フィアメッタに願いを叶えさせてなにが悪いの?もし彼女がアンドーンを大聖堂まで連れて来てくれるのなら、私は喜んでその経緯を見届けるのに。
それとも、あなたたち二人してでもアンドーンを捕らえられないのかしら?
それなら大丈夫。アンドーンがこの錠と鍵を気にしてる限り、逃げることはないよ。
ただ……一つだけ心配なんだ。
もしアンドーンが別の方法を見つけたら?
私は抜け出せた、レミュアンも抜け出せた、あのアンドーンでさえ抜け出せたけど……フィアメッタだけはまだあの八年前の雨の夜に囚われたまま、そんなところ私は見たくないよ。
こんなのフィアメッタに言えるわけがないし。
こういう時に限って、共感性のメリットが少しだけ恋しくなるよ……
あっ、そういえばフィアメッタってリーベリだった。じゃあ今までの言わなかったってことでお願いね。
若者らしい話題をしているね。
なにさ、“その道を歩んできた経験者からのお説教”でもするわけなのかな?
そういった年配者の些細な特権を君が許してくれるのならね。
ならどうぞ。
八年前、君が私に言ったことは憶えているかい?
……今の和やかな雰囲気を壊したくはないんだけど……
でもごめんね、猊下、忘れちゃった。
「……私にはまだやるべきことと、守るべき人がいる」、そう言ったのよ。
……ヴァイエリーフが私の真似をするなんて鳥肌が立っちゃうよ。
……
あの時、君は私に君自身の選択を委ねてくれはしなかった、なら今、どうして君がフィアメッタに代わって選択をすることができると思っているのかね?
人の道はその人自身が探して、選んで、歩まねばならないんだよ。
ヴァイエ、これは君への答えでもあるからね。
……もうすぐつきますからね、セシリア。
ごめんなさい、エイゼルお兄ちゃん、歩くのが遅くって……お日様ももう隠れちゃいそうだね。
セシリアならもう大したものですよ!交通機関は使えなくても……こうして移動都市の区画の外にまで歩いてこれたんですから。もしフィアメッタさんのご助力があれば、君が苦労しなくてもよかったんですけどね。
ううん、気にしないで!実際お家からすごく遠い場所までママに連れてってもらえたことはあったから平気だよ……ここと似たような場所にね。
でも、コッソリこんな場所まで来て、フィアメッタのお姉ちゃんにはバレないの?
彼女がデバイスの位置情報をチェックしてるだけなら……ボクの小細工が少しでも時間を稼いでくれるといいんですけどね。
でも教会まで到着できてよかったです。
ママはここにいるの?
……セシリア、君にどう説明すればいいか、ずっと考えていました。
フィリアさんは……君のママなら、ここにいますよ、でももういないんです。
ママに会わせてあげることはボクにもできません。ですのでここで、せめてママにお別れを伝えてあげましょう。
エイゼルお兄ちゃん……なに言ってるのか……よくわかんない……
ママはここにいるけど、いないって、ならママは……どこに行ったの?
ねえ、どこに行ったの?
……先に中へ入りましょうか。
……父は亡くなる前、ずっと自分の葬式では涙なんかいらないから、笑顔で見送ってくれって言ってたのに、なのに私……
お父様が本心で願っておられたのは、きっとあなたに陥ってほしくなかったんでしょう、ご自身の逝去による抜け出せない悲しみに。
涙であっても、笑顔であっても、もしそれがあなたのお別れの言葉だとしたら……お父様もきっと受け入れてくださいますよ。
ありがとうございます……シスターさん……
外にあるお花畑で気晴らししましょうか、お供致します。
(ラテラーノ市民とシスターが立ち去る)
エイゼルお兄ちゃん、あのお姉ちゃん、自分のお父さんが“なくなった”って……
ええ……亡くなった人は、みんなここに来るんですよ。
生きてる人は、ここでその人たちとお別れを告げるんです……そして、亡くなった人たちの思いを背負って、自分の人生を歩むんですよ。
じゃあなくなった人は、なにをしてるの?
……空の上からボクたちを見守ってくれているんじゃないでしょうか。
空に行っちゃったから、もう会えないの?
……
セシリア、これを。
これは……ママの守護銃?
はい。
ボクの両親も、公証人役場の執行人でした。小さい頃はあんまり一緒にいられなかったので……ボクは自分のお爺さんに育てられたんです。
お爺さんはすごく自分の銃が好きでした、毎回銃を磨いてる時、いつもボクに若かった頃の話をしてくれていたんです……
参加した戦いとか、自分の戦友たちとか、どうやってお婆さんと出会ったのか、それとボクの父親が小さかった頃のやんちゃ話とか……
お爺さんの銃を見るたびに、ボクに話してくれた話を思い出すんです。
……それから、お爺さんは亡くなってしまいました。あの時のボクは今の君より少しだけ大きかったはずです。
お爺さんの銃は、公証人役場の執行人が持って行ってしまいました。
ボクが君のママの守護銃を持って行ったように。
エイゼルはゆっくりと膝をつき、フィリアの銃をセシリアに手渡した。
セシリアは顔を下げ、手に持っている母親の守護銃を見つめる。
そしてエイゼルが優しくセシリアの手を握った。
温かな水滴が守護銃に彫られた模様に滴り落ち、幼い女の子の掌に流れ、小さな小さな水たまりができあがるのだった。
エイゼルお兄ちゃん……なんでわたし泣いて……
ボクはお爺さんから教わった通り、毎週裏庭にある鉢植えに水をやっていました、そしたら花が開いて、嬉しいあまりにお爺さんを呼んだんです。
でも声が出た時に気づきました、お爺さんはもういないんだと。
もうお爺さんに会うことも、彼の銃を見ることもなくなってしまいました。
死というのはもう二度と会えないお別れという意味なんですよ。
……
だが別れというのは死に対する克服でもある。
生者がこの世に、死者があの世にいてこそ、“別れ”は存在する。
“別れ”とは生者が死者に対する恋しさであり、それゆえに死者が存在したという証でもある。
だからこそ、私たちには別れが必要なのだよ。