
……

顔色悪いよ、徹夜でもした?

あいつが帰ってきた、この目で見たわ、絶対に間違いない……あの光は、アンドーンのアーツの光だ!

あぁ……だから昨日の午後に突然連絡が途絶えたんだね。

でも、彼が直接キミの前に現れたとはね?

……私目当てじゃなかったわ。

昨日あの混血の女の子を大聖堂に連れて行く途中で……サルカズに遭った。

こんな時にサルカズ?しかもラテラーノの街中で?

……ええ。私はサルカズを追うために、女の子をエイゼルに預けて大聖堂まで行かせたわ。

ファベール区の端っこまで追いかけたけど……サルカズは、アンドーンがアーツで援護したせいで、逃してしまったわ。

エイゼルに至っては、ちゃんと大聖堂に行ってくれると思ってた。

けど大聖堂には来ていなかった。これ彼のデバイス、使節用の迎賓車の底に貼られていたわ。

見習いの新人のくせに大した芝居をするんだね?君すら騙せちゃうなんて。

……あれが芝居とは思えないわ、彼がなにを考えてるか全然予想もつかなかったけど……まさか、彼もアンドーンに攫われたとか……

フィアメッタ、落ち着きなって。

落ち着いてるわよ、この八年間という時間の中で一番落ち着いてるわよ!

あの日私が去った後のこと、あんたたちは終始私に教えてくれなかった。

あれはただの殲滅任務だったのに……予想よりもずっと順調に進んでただけなのに……

私はただ臨時的な支援を受けて……四時間ほどその場から離れただけなのに……

なのにあの廃墟に戻った時には、もう何かもが遅かった。

君に話せることならもう全部話したよ。

その錠と鍵は、一体あいつに何をした?どうしてあいつは咄嗟にレミュアンに手を出したの?

それは、君に教えたくないわけじゃないんだけど……私にも知らないんだ。

……

フィアメッタ、私たちが今いる場所はラテラーノ、ラテラーノの大聖堂だ、カズデルの野外にある廃墟なんかじゃない。

ちょっとは休んだほうがいいよ、フィアメッタ。よかったら有給取ってこようか?公証人役場の有給は期限付きだからね。

……ふざけたこと言ってる場合!?

会議はもう明後日には始まるのよ、アンドーンはサルカズを連れてラテラーノの都市に現れて、混血したサンクタの女の子を攫った、しかも執行人に手まで上げて……

……油断してた私のせいだわ、あのサルカズがファベール区の地形を熟知していたのを見るに、きっと長い間ラテラーノに潜伏していたはず……あのイカレ野郎はまた何をしようとしているの!

本当にさ、落ち着きなよ、フィアメッタ。

ロストシープの情報はすでに老いぼれの耳に届いてるし、ヴァイエリーフもキャッチしてる。私も昨日大聖堂で一通り仕事を終えたよ――会議を仕事なんて呼びたくはないけど。

だから、ラテラーノは君が思ってるほど危険には陥ってないよ。アンドーンもたかがサンクタだ、三面六臂のバケモノなんじゃない。本当に彼を相手にしたければ、今のうちに休んでおきな、二時間ほどでもいいから。

その後にレミュアンのところに行こう。

……

理性はまだ残ってたようだね。

昨晩はよく寝つけたか?

おかげさまで。ボクたちを受け入れてくれてありがとうございます。

鎮魂教会のドアは永遠に開かれているものだ、抑圧的なところにさえ目を瞑ってくれればな。

なんせ、生者も死者もここを訪れるのだから。

……今ボクたちを受け入れてくれる場所があるだけでもありがたい話です。そういえば、セシリアは……

君が連れてきたあの女の子のことだね?シスターたちが言うには、ぐっすり寝ているとのことだ、大方疲れていたんだろう。

きっと長い長い一日を過ごしたんだろうね。
(セシリアがドアを開けて入ってくる)

エイゼルお兄ちゃん、修道士さん、おはよう。

おはようございます、セシリア、元気そうですね。

うん……だって、今日はやることがあるからね。

え……?

……修道士さんに一つお願いごとをしたから。

ここに来る……亡くなった人は、親しい人たちとお別れの儀式をするって、修道士さんが教えてくれたの。

だから私もママに……ちゃんとお別れがしたい……

フィリアさんのために葬儀を執り行いたいんだ。

……葬儀、ですか……

去った者を送ることは、己とケジメをつけることでもあるからね。

じゃあボクも手伝いますね、セシリア。

改めて感謝致します、修道士さん。

いいや、当然のことをしたまでだ。むしろ光栄にすら思うよ。

この世で最も美しいものは、旅路に一歩踏み出す勇気だからね。

この子は歳幼くも、親との別れの旅路に踏み切った、大人であっても耐え難いことだよ。
(ドアのノック音)

失礼します、入ってもよろしいでしょうか?

ああ、君か、ようやく来てくれたんだね。

入ってきなさい、遠慮はいらないさ、あの子ならここにいるよ。
(愉快な販売員が部屋に入ってくる)

!?

お歌を歌ってた綿あめのお姉ちゃんだ!

(なにを……)

(銃を下ろしてくれ、ただの感動的な再会にすぎないさ。)

(この大地における再会はいわば奇跡だ、取って代われるものではないのだよ。)

……やっぱり……

お姉ちゃん、昨日は言いそびれちゃったけど……

本当はもっとたくさんお話したかったの!でも、みんな急にケンカしはじめちゃうから……

お姉ちゃんの角、本当にわたしのパパの角とそっくりだね、すっごくキレイだよ!

……わたしもパパみたいな角が欲しい……ちょっとうらやましいなぁ。

……フフ、そう?でもそのヘイローもすごく綺麗だよ。

でも夜だと明るすぎて寝られないの!絵本を読むときは便利なんだけど……

お姉ちゃん、お姉ちゃんはパパと同じところから来たの?どうしてわたしのパパは街に住めないの?どうしてラテラーノにはほかのサルカズがいないの?

あっ……わたしセシリアって言うの!

……初めまして、セシリアちゃん。私のことは……ロッセラって呼んで。

(……修道士さん、なぜここにサルカズがいるんですか?)

(サルカズ、そうだね……ここ神聖なるラテラーノの都市に、サルカズが足を踏み入ることは断じて許されない。)

(なら、セシリアはどちら側なのだろうか?)

(行こう、しばらくは二人にしてあげなさい。)

(……あなたたちは何を企んでいるのですか?)

(我々はただ……己の行末を探し求めているだけさ。)

先導者様、おはようございます。

先導者様、ごきげんよう。

先導者様、何卒お身体にはお気を付けて。

みんなから先導者と呼ばれているんですね。

自分ではそう思ってはいないんだけどね、だから君は直接私を名前で呼んでくれても構わないよ、アンドーンと呼んでくれ。

私の兄弟と姉妹たちに言わせれば、導く者がいればなにかと安心できて、向かうべき方角を得られるらしいんだ、なら私は喜んでその責務を果たそう、それだけのことだ。

だといいんですけどね。

君が何を考えてるかは分かっているよ。

ラテラーノに潜伏して人々を惑わしている異教組織の指導者は、ラテラーノが入念に用意した会議の期間中に驚天動地の陰謀を画策しようとしている、違うかね?

……

だが、我々はただ門をこじ開けようとしているだけなのだよ。

忌み嫌われし者、傷つけられし者、蔑まれし者、穢されし者……

鎮魂教会は、どんな者だろうと受け入れよう。

しかし……

しかし、君は、私は、私たちは“天使”であり、彼らは違う。サンクタの神殿と聖堂に彼らの居場所などはない。

……

彼を、あの棺に釘を打ってるウルサスのご老輩をご覧なさい、彼は戦争で家族を、友人を、土地を、故郷を失った。彼はなにを身寄り、なにを信じればいいのだろうか?彼は一体なにから安寧と救いを見出せればいいのだろうか?

長い旅路を経て、彼はラテラーノにやってきた、偶然旅行者の口から知った聖歌と光に満ちたこの安寧の地へとやってきたのだ。

しかし彼はここでなにを得た?輝かしいラテラーノの都市はこの悪運に虐げられた異邦人をどう慰めてやった?

あの薬草に水をやっているキャプリニーの女性をご覧なさい、彼女は貴族の怒りを買い、売女と冒涜者の汚名を背負い、火に燃やされてしまった住居から藻掻きながら逃げ出してきた。

彼女はただ平穏、それとほんのわずかな贅沢、そして時折りの微かな憩いと愉悦を欲しているだけだ。――だが大聖堂で胡坐をかいている信徒たちが彼女を姉妹として認めてくれるだろうか?

この者たちに対して、我らの栄誉あるラテラーノの市民たちはもしかすれば同情からの微笑みを向け、熱心に耳を傾け、あるいは彼らの悲運に嘆いて財布から金銭を分け与え、己の慈悲深い美徳を示すかもしれない。

しかしそれらはすべて――ただの対岸の火事にすぎない、あの者たちにとってこの者たちは永遠にただの見世物にすぎないのだよ。

それとサルカズ、“呪われた魔族ども”、“残忍で狡猾な魔族ども”……選ばれることのない“魔族ども”についてだが。

彼らと我らの間にある憎しみの歴史は長きに渡る。有史以来、サンクタとサルカズは互いに殺し合った。原初の由縁はすでに砂に埋まってしまい、互いを敵視することが当たり前のこととなってしまった。

父とその子が片方の父とその子を処し、姉妹が片方の姉妹を殺める、サルカズはサンクタの行商人を襲うことに喜びを感じ、サンクタもまたサルカズの身体を穿つことに誉れを覚える。

我々はただ己の眼中にある彼らを塑造するばかりで、彼らの眼中にある己にはなんの興味も示さない。復讐、反撃、そういった行為は積み重なって習慣となり、やがて習慣は伝統となってしまった……

だが、もし彼らと共に同じ空の下で過ごすことを厭わなければ、彼らも我々と同じ喜怒哀楽を持っていることに気付くはずだ。

訪れに喜び、去ることに悲しむ、友を揶揄うこともあれば、愛に恥じることもある、酒や歌を愛する者がいれば、信仰に身を捧げる者だっている……

我々には一体どこに違いがあるのだろうか?

ラテラーノにいるあの敬虔深いリーベリの修道士たち、たとえ彼らが慎み深く戒律を守っていようと、儀式を執り行っていようと、聖賢に封じられて、枢機へと上り詰めようと……

教会が一度たりとも彼らを受け入れることはない、所詮リーベリたちは俗事を解決するための手助け、庶務を処理するための道具にすぎないのだから。

彼らがこの光の環を持たない限り、彼は決して……フッ、“選ばれし”サンクタにはなれないのだよ。

平和で美しい、歓喜に満ちたラテラーノ、その“恩寵”に預けられるのは、我々だけだ、と。

……あなたの言ってることは……背教と……見なされかねません……

では若き執行人よ、君に尋ねたい、なぜ――

祝福を受けられるのはサンクタだけなのかね?

……あなたたちはすでにセシリアの正体を知っていたんですね。

何年も前から知っていたよ。サンクタとサルカズの混血の子、もし本当にこの世に恩寵があるとすれば、それはあの子のことだ。

……では今セシリアを攫おうとしているのは、使節たちの会議が開かれるからですか?

あの会議とはなんの関係もないさ。

今セシリアを迎えたのは、ただ母の傍で育ってほしいだけだ。

為すべきことを為したら、自ずとラテラーノから去ろう。

……為すべきこととはなんです?

警戒しているようだね……まずはセシリアの母の葬儀を執り行う、為すべきことの一つさ。

前に広がってる野花が満開してる場所が見えるかな?あそこは墓地だ。明日、フィリアをそこに埋葬する。

もし死が平等であるのならば――

生もまた然りだ。

……

出てきなさい。

執行人フェデリコ。

万国トランスポーター殿、ラテラーノ周辺にある潜入ルートをサルカズたちに提供したのはあなたですか?もし事実であれば、あなたを教皇庁の関連機構にお連れして尋問を行います。

……今ここでそう気まずい雰囲気にする必要はないと思うが。

公証人役場の公務にご協力ください、もし同行を拒否するのであれば、関連の条例に従ってあなたのラテラーノ公民権を剥奪します。

では法と聖訓に基づき、私と君のこの会合はどう説明する?

この会合を試練を捉えるのか、それとも偶然による遭遇だと捉えるのか?

であれば、偶然による遭遇もまた試練の一部なのでは?

……

明確な拒否行為と見なしました。

どうやら平和的な解決は不可能なようですね、誠に残念です。