
ねぇねぇ、もっとお話して!

ちょっ、持ってるロウソクに気を付けて、火傷しちゃったら大変よ!

あっ!力を込めちゃダメだった……形がゆがんじゃったらカッコ悪いもんね。

ママのためにも……もっとキレイに作らないと。

さっ、私のお話ならもう十分聞いたでしょ。つまらない冒険話、そして普通の生活のお話。あとは伝説にあるカズデルのお話だったかな……

本当は行ったことなんかないんだけどね、話してるうちに情けなくなっちゃった。

サルカズのカズデルかぁ……きっとラテラーノみたいなところなんだよね!サルカズたちのお家だって言うんだし……

みんな嬉しそうにしてるんだったら、綿あめ売りの車もあるはずだよね?それとお菓子屋さんも……街には楽しそうなサルカズでいっぱいで、みんなお互いにあいさつしたりして!

……そうだね。

いつかはそうなるかもね。

じゃあ今度はあなたの番だよ、セシリアちゃん。パパとママはどういう人だったの?

……実は、あんまりよくわからないの……

パパに会ったのは何回かしかなくて……いつもパパに会う時はね、ママがすっごく出かける準備をするの、そして夜中にわたしと一緒にお出かけして、すごく遠いところに……森の中に行くんだ。

パパとはいつも森の中で会ってるの、パパはいっつも分厚いマントをはおってるんだよ、まるで遠い場所からかけつけてきたみたいに。

パパの顔はあんまりよく憶えていないけど、パパの角なら憶えているよ!真っ黒で真っすぐで、お月さまの下だとピカピカに光るの。

わたしと手を繋いで森の周りでお散歩してくれたり、この木はどういった種類で歳はいくつなのかを教えてくれたりしてくれたんだ……都市の外の夜はね、鳥の鳴き声も全然聞こえないぐらい静かなんだけど、わたしちっとも怖くなかったよ。

パパはいつもわたしの手をぎゅっと握っててくれるの、本当はちょっと痛いんだけど……悲しんじゃうかもしれないから教えてないんだ。

いつもパパに会うとね、パパったらわたしよりも嬉しそうにしてたんだよ……!それとなんだか……緊張もしてたような?

それでね、わたしが歩き疲れちゃったら、ママがおんぶしてくれてそのままお家に帰るの。振り向いたらね、パパが高い木の下に立って、ずっとわたしたちが帰るところを見守ってくれているんだよ、すごく遠くまで行ってもね、まだそこに立ってくれているの……

パパもママも立派な人なんだね。

ママは本当にすごい人なんだよ!ママはなんでも知ってるの!

そうだ、これ見て、これママの守護銃なの、エイゼルお兄ちゃんからもらったんだ。

ママが言うにはね、パパは全然ママに敵わないらしいの……いつもママがパパに手加減してたんだって!でもパパもきっとすごい人なんだと思うな、きっとそうだよ、うん!

あはは、セシリアちゃん、私が言ってる“立派”とあなたが言ってる“すごい”はきっと別の意味だと思うかな。

そうなの?じゃあパパとママはりっぱですごい人なんだろうね!

でも、ママってば全然わたしにママとパパが出会ったときの話をしてくれないの、いつもわたしから聞いても、ママは別の話に変えちゃうんだ……どうして教えてくれないんだろ?

……子供が知るにはまだはやいことだから、なんじゃないかな。お茶淹れを見るのは好き?小さい頃のお姉ちゃんはね、お茶淹れを見るのがすごく好きだったの、お茶の水の色がどんどん変わったりして……

……

……お姉ちゃんも話を変えた、ママと一緒……

……でも、わたし何も知らないわけじゃないんだよ。

昨日、都市の色んな場所に行ったの、お姉ちゃん以外、サルカズは一人もいなかった……サルカズはラテラーノに来ちゃいけないんでしょ?

だからパパとママも一緒にいられないんだ……ううん、もしかしたら、パパとママを一緒にしたくない人たちがいるってことなのかな?

一緒にいられないことなんてないよ……きっと変わる。そう遠くない未来に……いつかきっとね。

愛に罪はないんだもの。

……そうなんだ。

そのためにお姉ちゃんたちはここにいるんだよ。

じゃあそのいつかになったら、わたしもラテラーノの街をあちこち行っても大丈夫になるの?

そりゃあもちろん。

もうコッソリお部屋に隠れなくてもいいの?ラテラーノにあるどのお菓子屋さんにも一回は入ってもいいの?

一回じゃ足りないと思うかな、セシリアちゃんの気が済むまで好きなだけ入ればいいよ。

うぅ……はやくその日が来てほしいなぁ……それにはやく大人になりたいよ!

そうだね、大人になったら……

でもね、セシリアちゃん、そんなに焦らなくてもいいんだよ。お姉ちゃんも小さい頃はね、大きくなったら、悩みも全部なくなると思ってたの。でも、本当に大人になってから気付いたんだ……

大人になるってことはとっっっても大変ことなんだよ、セシリアちゃん、あなたにとってはなおさら、だって背負ってるものが……ううん、やめておこう。あなたはまだ子供なんだから、こういうことは大きくなってから考えようね。

でも誰だっていつかは大人になるんだよ?

……そうだね、誰だっていつかは大人になっちゃう。
いつも微笑んでたロッセラが少しばかり寂しい顔を現した。
彼女はこの小さな教会の窓から外を眺める、外には野花が咲き誇った墓地があり、そのさらに向こうでは、微かにラテラーノの中心に聳え立ってる聖像が見えた。
軽く歌を口ずさむロッセラ。悲しくも、希望が含まれている歌声だ。

あっ、あのお歌だ!昨日ロッセラお姉ちゃんと会ったときの……

ママがそのお歌をわたしに教えてくれたときはね、歌詞は憶えていなかったから、ラララって歌ってくれてたの。でも本当にいいお歌……もともとの歌詞はどういうものだったの?

これはサルカズの歌でね、とある英雄がとてもすごいことをするために旅に出るから、人々が歌を歌ってお別れを告げて、旅に送り出して、無事に戻ってくるようにって願った歌詞なんだよ。

英雄がもうすぐ出発する、彼は夢を叶えるために、遠い遠い彼方を目指すって歌っててね……

果てしない旅になるかもしれないけど、でもいつかはきっと、きっと……

あっ、エイゼルお兄ちゃん、修道士さん!

やあ、なにを話していたんだい?

こんにちは、先導者様――大した話はしてませんよ、サルカズのおとぎ話とか、日常の話とかをしただけでして……

でも面白かったぁ……こんなに人と話したのははじめて。

エイゼルお兄ちゃん、お花を摘みに行ってたの?

はい、抽出してロウソクに香りをつけられればなと思って……

香りは亡くなった人たちに方角を示してくれるんだよ。

そうなんだ、ありがとう、エイゼルお兄ちゃん!

あっ……でもエイゼルお兄ちゃん、わたし……本当は……ちょっと怖いの。

葬儀での……ママとのお別れは……本当に最後のお別れなんだよね?

本当にもう会えないの?祝日の日でも?それとも……パパみたいに、何年に一回しか会えない……とかじゃないの?頭を撫でてもらいたくても……もう会えない……?

それに……それに……

ママ……天使と駄獣のおとぎ話のつづきが、まだ残ってるのに……

セシリア……

今夜が最後の日なんだ、セシリア。

セシリアちゃん、今夜は私と一緒にママのいるお部屋で過ごそっか、ほかのみんなも一緒にいてくれるよ。ママもあなたも、独りにはさせないから。

……サンクタの親子のために、通夜を共に過ごすサルカズか。

蝋燭の灯火はか弱くとも、彼岸への道は照らしてくれるさ。

レミュアン、お見舞いに来たよ。

スイーツ持ってきたから。

大聖堂からの途中で買ったフルーツタルト。

いらっしゃい。ついでに言うけど、その上に乗っかってるサボテンみたいなヤツ、まずそうね。

さすがレミュアン、いい鑑識眼だね。

それに、毎日お見舞いに来てるけど、そんなに私に会いたいのかしら?

一時間ごとに交代してお見舞いに来てもいいんだよ、君さえよければだけど。

モスティマ、それってご機嫌取りかしら?あとフィアメッタ……無理して笑わなくてもいいのよ?

何かあったの?

……アンドーンが現れた。

……

会ったんだね。

ラテラーノにサルカズが紛れ込んでた、そのサルカズを追いかけてた時……ちょうどあいつのアーツに出くわした。

そう、怪我をしてなくてよかったわ。

レミュアン、ここにいて大丈夫なの?ここは普通の病院、万が一のことでも起きたら……

彼ならもうここに来たわよ。

なッ――

……はぁ。
病室はしばらくの間、静寂になった。
レミュアンは机に置かれた花瓶の花に目をやる。

……

なんで二人してそいつを語る時に、まるで週末のピクニックに行くかのような穏やかな顔ができるのよ。

レミュアン、ここで口論はしたくない、けど……

……いつもいつも私があの時のことを聞いても、あなたも、モスティマも、二人して同じ顔をする……

そんな顔を見たら……まるであの時狂ってたのはあいつではなく、私みたいじゃないの。

……私たちは感じ取っただけだよ。

またサンクタの共感性ってヤツ?そう、なら共感したのなら、どうしてあの時あんたはあいつに銃を向けたの?

それとこれとは別の話だよ。あの時の彼がどれだけああだったとしても……錠と鍵を奪われるわけにはいかなかったんだ。

それでどうなった?あいつのせいであんたは堕天したのよ……!なんでそんな他人事のように思えるの?

レミュアン、あなたを五年間も昏睡状態にしたのはあいつのアーツなのよ……なのになんであなたまで他人事でいられるのよ?

フィアメッタ……

私たちはあなたの味方よ、どうか信じて。

ただ、感じ取ったのは事実で……

……もうその言葉は聞きたくない。

あんたは何を怒ってるんだって、二人ともそう思ってるんでしょ?

そんなことないわ、フィアメッタ、あなたの怒りなら私だってよく……

そうね、二人なら当然分かるはずよね。

分かっていないのは私だけだわ。
(フィアメッタが走り去る)

ちょっ、フィアメッタ!
(モスティマが追いかける)

フィアメッタ……

フィアメッタ、フィアメッタってば!

キラキラお通夜人!

殴るわよッ!

話を聞いてよ!

モスティマ、言っておくけどね!

いい?もうあんたらみたいなサンクタはウンザリなのよ!なにが共感性よ、なにが相互理解よ、そんなのこれっぽっちも理解したくないわ!

どういう神経してるのよ、あんたら天使の脳みそはそのヘイローにでも焼かれてしまったの?あんたもレミュアンも、危うくあの廃墟で殺されかけたのよ!

なんで怒らないの?なんでムカつかないの?なんで私だけが……私の怒りだけがこんな見当違いなの?

もうそんな意味深な笑みも、どうでもいいような態度はやめて!一体誰のせいで、あんたはラテラーノから追い出され、根無し草のように雨風に当たりながら彷徨うハメになったと思ってるのよ!?

私はずっとあんたと一緒に、ヴィクトリアに、リターニアに、サルゴンに、炎国についていったわ……

それがなんのためなのかあんたに分かる!?

あんたも、レミュアンも、アンドーンも……同じ所属だった。私たちは……あんなにも信頼しきった時間を過ごしたっていうのに。

なのになんであいつだけ苦しみから逃れられていいわけ?なんであいつの裏切りが許されていいわけ?なんであんたらはあいつを理解しようとしてるの?なんで私まであいつを理解しなきゃいけないのよ!

私がどれだけあの頃を大切にしていたかあんたに分かる……?波乱万丈に終えた任務の数々……レミュアンが飲みに誘って奢ってくれた日々……新しくオープンしたスイーツ店を一緒に回ったあの時間……

あいつが、みんなのために報告を直してくれていた時間だって……

そんなすべてを壊していい理由なんて、あいつのどこにあるって言うのよ……!?!?

私だって……

私だって気に入ってたのよ、あの頃の日々が……

……そう。

……

……

フィ……

ラテラーノのアヤメの花。

……

聖マルソー中央公園、それとトラモント礼拝堂とステファノ区の鎮魂教会といった場所にしか生えてない花よ。

うん。

じゃあ行こう、一緒に。

……君は私の監督役なんでしょ、私にケガを負わせちゃってもいいのかな?

……