(爆発音)
セシリア、危ない!
エイゼルお兄ちゃん!
先導者様……もうこれ以上譲歩はできません!
なっ!セシリアを道具にはさせません!
……エイゼル!セシリアを渡しなさい!
……
ちょっと、エイゼル!一体どうしたのよ!まさか本当にそいつらと……
(パディアがフィアメッタに斬りかかる)
異端者?それともテロ組織?教皇庁とてそんなくだらない罪名しか思いつかないものなのね!
パディア、どきなさい!
フィアメッタ……アンタの言う通り、人の考えはそう簡単には変えられない。
アンタも私も同じだわ。
(戦闘音)
元気そうにしてるじゃないか。
おかげ様で。君のほうは少しだけ老けたようだね……“隊長”。
おかげ様でな。あの銃に撃たれた傷を治すのに随分と時間がかかったよ。
あはは、いいね。彼女の弾を受けるよりはよっぽどマシでしょ。
そうだな。
レミュアン、危うく死ぬところだったんだよ。
ああ。
だが彼女の弾を受けるよりはマシだ。
……どうやらまだまだ全然イカレてるようだね。
ねぇ、そこのボクくん、君がエイゼルだね?
(また万国トランスポーターなのか……一体どうすれば……)
(モスティマがフードを脱ぐ)
!
……堕天使!?フィアメッタさん、これは一体……
……ああ、そうだな、堕天使。それもそうか、君は銃で私を撃ったんだからな。
もう、感じ取れないんだね。
だから今は、目で物事を観察してから、用心深く頭で判断をしているんだ。
そこのお嬢ちゃん、セシリアだね?
お姉ちゃん、角がある、それにヘイローも……お姉ちゃんはサンクタなの?
うーん、かな?私でもよく分かんないや。
それでエイゼル、セシリアを渡してもらおうか。大丈夫、何もしないから。
……堕天使なんか信用できるわけ……
あのおっかないリーベリなんかよりよっぽど信用できると思うけど。
ちょっと!それって相手のほうを言ってるんでしょうね?
……
(戦闘音)
……モスティマ、今はまだこの子の母親の葬儀をしてる最中なんだ。
かなり様になってるねアンドーン、危うく信じちゃいそうになったよ、君って職務を全うする鎮魂教会の司祭だったっけ?
モスティマ!そいつと昔話をするために私と一緒についてきたわけ!?
エイゼル、考えはまとまった?
セシリア、君はどう……
(ロッセラがセシリアに近づく)
お姉ちゃん……
セシリアちゃん……まだやるべきことがあるでしょ。
……うん。
……
アンドーン、中々の人数が揃ってるね、ここ。
セシリア一人だけを回収するには大所帯すぎない?
……
そうだ、それと伝言もあったんだ。この錠と鍵の中にいるヤツから――
その勇気は褒めてやろう、でもロクな結末にはならないぞ、だって。
忠告痛み入る。そいつと同行する機会はなかったが、それでもあの時は私のために道を開けてくれた、それだけでも大いに恩恵を受けさせてもらったよ。
……今のその姿、本当に“恩恵”なんて言えるの?
それは己のみぞ知ることだ。
――まずい、エイゼル、下がって!!
……ああ。
(爆発音)
君には分かるか――
信仰によって満たされた海、私はそれを見た。
……以上が、今回の行動報告です。この場におられる皆さんにおかれましては私よりも前に本件に関わっておりますので、報告に漏れがございましたら、お手数ですが補足して頂くと幸いです。
私からは即刻市内全域に戒厳令を敷くことを提案する。アンドーンがいるだけでも厄介なのに、今は“混血のサンクタ”までいる状況だ。
銃騎士のジェオヴァンニ殿、もうじき会議が開かれる、その時に市内全域に戒厳令を敷いたら、外国の使節たちがどれだけパニックになるかお分かりで?
枢機卿、あのような危険人物が“パニックを引き起こす”程度で終わってくれるのなら、願ったり叶ったりだ。
教皇猊下が長年構想なされた会議……来たる“万国サミット”のためにも、あれはラテラーノがこの大地に立脚するための基点の一つになるのよ。けど今は、パニック一つだけでも台無しにすらできてしまう。
アンドーンを放置しても、そいつが会議を台無しにしない保証なんぞどこにある?
ジェオヴァンニ殿、そう焦らなくてもよいかと、たかだが居場所を失った寄せ集めと経歴不明の少女一人なんですから……
オーロン、なぜラテラーノが千年もの間、平和と安寧を維持し続けられたか分かるか?いかなる不穏要素であっても厳重に警戒してきたからだ!
(……毎日街中でドンパチしてるラテラーノ人が言うことかよ……)
ジェオヴァンニ殿、もしや久しぶりに撃ちたくなったんですか?その長らく使われていないどデカい銃を。
私がこの銃に誇りを持っているのだ、文句でもあるのか!
…………皆さん、事態がひっ迫してますので、続けても?
……続けてくれ。
皆さんもご存じの通り、かつて私とモスティマはアンドーンと……共に行動していました。
私が知るに、アンドーンは余計なことをせず、備えなき戦いに出るような男ではありません。ですので、ヤツにラテラーノを混乱に陥れる能力があったとしても、目的もなく混乱を作り出すことはしないかと思います。
目下のところでは、意図的にセシリアと呼ばれる混血の少女をコントロール下に置くだけに留まっており、その他の動きに出た痕跡は確認できておりません。
合理的な推測をするに、ロストシープの主目的はセシリアの奪取かと思われます。
相手がすでにそれを達成したことを鑑みるに、ヤツの最も可能性ある次の行動はおそらく……ラテラーノからの離脱ではないかと。
ですので、これからは以下に述べる二点に重きを置いての行動を提案します。
一つ目は、辺境の管理レベルを上げ、護衛隊を増員して関所に駐留してもらうこと、特殊勤務部隊を組織してロストシープの隠れ場所を捜索させれば、アンドーンを捉えることができます。
二つ目は万が一に備えて、ロストシープがご来訪頂いてる使節あるいは会議の関連人物と接触してるかどうかの調査を第七庁に牽引して頂くこと、ロストシープが会議をターゲットにする確率を割り出し、その対策案を講じて頂きましょう。
あとは本番の会議についてですが……
予定通りに開催させる、ヴァイエリーフはそう考えてるんでしょ。だって今回の会議はあくまで試験だもんね。
ああでも、ビュッフェパーティーで出されるスイーツ、あれマズすぎだよ。サボテンタルトはちょっとやりすぎなんじゃないの?改善を求めまーす。
あれはあれで趣があっていいとは思うけどね。
その点に関して、モスティマと同意見だわ。
そんなことはない!私は美味いと思うぞ!
……
ジェオヴァンニ殿のご意見も出たことですし、同意ということでよろしいじゃないですかね。
そうね。
ジェオヴァンニの口に合うんだったら絶対マズいって。
モスティマ、私を侮蔑しているのか!
…………
まあまあ皆の者、少しだけ声のボリュームを下げてくれ、年老いて耳がつんざく。
未曽有の出来事には善意を持って対処せよ、それが法の導き……
フルーツタルトをそんな酷に扱うもんじゃないよ。
……そのような“法”があるとは存じませんが?
今朝思いついたものだからね。
………………
あの、猊下……
君の提案通りに進めよう。
ヴァイエ、ジェオヴァンニ、フィアメッタのサポートに回ってくれ。
アンドーンは……自ずと自分の終着点へとたどり着くさ。
ふぅ、これだから秘密会議は嫌いなんだよね……
三分で終わる本題だったのに、いつまで経っても余計な話をペチャクチャと!
お二方、皆さんはどう決断されましたか?
……あなたまだいたの。
アンドーンの逮捕は私に任されたわ。ここまでの間ご苦労様、帰って休んでなさい。公証人役場のほうには私から伝えておくわ、この前のアレは私へのサポートってことにしておくから。
フィアメッタさん、あの……
この一件はすでにあなたの職権と実力の範疇を超えている。それにあなたはまだ訓練を終えていないの、それを忘れないで。
セシリアが心配なのは分かる。でも本件はすでに私に一任された、あなたが一番望んでた状況でしょ。
……
フィアメッタさん、そちらの……堕天使さんとは、ご友人なんですか?アンドーンとは……古い知り合いなんでしょうか?
……ええ。
それはどちらともYESとして捉えていいんですね?
……
古い知り合いじゃない、古い仇よ。
けど安心なさい、セシリアを巻き込んだりはしないから、なぜあの子が朝あんなことをしたかは分からないけど……まだ子供なんだから仕方がないわね。
それよりもあなた、あの場所に二日も滞在してたけど、アンドーンからなんか言われた?
……法に背く話を少々。
ならできるだけそれは忘れてちょうだい。
あなただってまだまだ普通の生活を過ごしたいでしょ?
しっかり何日か休んで、それから公証人役場でしっかり働きなさい、あなた結構いい素質持ってるんだから。
ラテラーノでの暮らしなんて贅沢なんだから、大切にしなよ。私みたいな人でも、たまーに恋しくなっちゃうぐらいなんだから。
(フィアメッタとモスティマが立ち去る)
普通の生活……
……それもそうですね、彼らと違って、所詮ボクはただの一般人なんですから。
あー、お仕事終わり、帰ろ帰ろ!
……
護衛隊がすでに辺境の関所で守りを固めているわ、教皇騎士も目を光らせている、しばらく脱出は無理ね……セーフハウスは用意してるとはいえ……
オーロンにも連絡が取れないし……クソッ!
問題ない、今は待とう。
……
セシリア?
……
後悔してるのかい?
……わかんない……
でも、もしフィアメッタお姉ちゃんとついていったら、大聖堂に……連れていかれてたんだよね?
まだどうやって……ママとお別れを告げればいいのかもわかってないのに。
大丈夫、セシリア、ゆっくり考えればいいさ。
……修道士さん、あのとき鎮魂教会で、角とヘイローがあったお姉ちゃんがもう一人いた、あの人も……サンクタなの?
そうかもしれないし、そうでないのかもしれない。サンクタかどうかは彼女が決めることだ。
サンクタは……サンクタじゃないの?
ほとんどの人はそう考えているさ。
でも人によってはそれを決めることができる、あるいは決めざるを得ないのだろうね、ちょっとした……不幸によって。
偶然にも、セシリアだって決めなければならないんだ。君の境遇を不幸か幸運か決められる人は……生憎だがこの世には存在しない。
サンクタはサルカズと一緒にいちゃダメなの?
もちろん一緒にいていいんだよ、君がそのなによりの証拠だ。
でもわたし……みんなに迷惑かけてない?
エイゼルお兄ちゃんだって……
セシリア、そんなに心配していると、やらなければいけない時に手を動かせなくなるよ。
人はいつだって争う。“優しさ”だろうと、“理解”だろうと、それを止めることはできない。
人同士の争い、その多くはどちらが悪で、どちらが善だとは限らないんだ、お互いのやってることが矛盾してしまってるせいで争いは起こってしまう……
つまり、君と私とでやってることが異なれば、常にほかの人の道の邪魔になってしまうということだよ。
どうしてみんなで一緒に道を歩けないの?
……
多くの人たちが歩む道は歩んできた道によって決められるからだよ。
サンクタとサルカズで例えよう。争い始めた最初の因縁を知る人はもはやいなくなってしまったが、それでも数千年に渡る恨みはすでに道として敷かれてしまっっているんだ。
道は自分で選べるものじゃないの?
選べるよ、でもねセシリア、そう簡単には選べられないのだよ。本来歩んできた道から新しい道を歩もうとすれば、果てしない荒野へと道は外れてしまう……
見える限りの果てしない荒野だ、そこに足を踏み込んでしまったら、求めてきたモノが永遠に手に入らなくなるだけでなく、自分の生涯とすべてを代償として払わなければならなくなるかもしれないんだ。
……じゃ、じゃあなんでそれでも探し求めているの……
……そうだね、どうしてそれでも探し求めているんだろうね。
もしかしたら、ただそうしたいのかもしれない。
……“そうしたい”って……そんなに大事なの?
……私たちが唯一持ち合わせているモノだからね。
……?
修道士さん……ひとつ聞いてもいい?
なんだい、セシリア。
修道士さんが探し求めてるものってなに?
……セシリア、一つ昔話を話してもいいかな?
いいよ、修道士さん、セシリア聞きたい。
昔、私がまだ若かった頃、挫折に……当たってしまって、出て行ってしまったんだ。
出てったあとはどこに行ったの?
色んな場所に行ったよ、あとこちを……行ったり来たりとね。
それからしてある場所に留まったんだ、すごく小さな町だったよ、けど私の故郷とどこか似ていたんだ。
でもそこは故郷よりもさらに荒れ果てていて、落ちぶれていた、町の人たちはみんな苦しそうに過ごしていたよ。
(あれ?なんだか全然ラテラーノって感じがしない……)
ある時、町のホテルを通った私は、鼻歌を歌ってた酔っ払いと出くわして、ゲロを吐かれてしまってね、しかも私からぶつけてきたと、酒代を払えと言ってきたんだ。
ホテルにいた誰もが、いや、町にいた誰もその人を嘲笑い、その人を罵っていたよ。
臆病な人はその人を避けて通るほどだった、ヤツは薄汚いクズ野郎だ、ゴロツキだ、疫病神だと町のみんなが罵っていた……その人はサルカズだったんだ。
けどその人を町から追い出す人はいなかった、その人は懸命に生きてたよ、毎日日雇いの僅かなお金を貰いながらね。
そんなある日の夜、誰もが家に籠ってしまうほどの暴風雨が降ったんだ。けどそこに教会の鐘が不意に鳴った、その鐘は注意を知らせる鐘でね、鐘の音で町のみんなは目を覚ましたんだ……悪い人が、町に入ってきたために。
鐘がみんなを起こしてくれたおかげで助かったよ。大変だったけど、悪い人は撃退できた。けど誰が鐘を鳴らしたのか誰も知らなくてね、みんなこれは奇跡だと言ってたな……
私は鐘楼の方向に向かって外にある荒野に出た、そこで墓を掘ってる教会の番人がいたんだ、傍の荷車にはひもじい棺の材料が置かれていて、中には満身創痍のあのサルカズの酔っ払いが横たわっていた。
私も墓掘りを手伝ったんだが、番人は掘りながら罵っていたよ、自分の母に残すはずだった棺をサルカズなんぞに使わされたとか、病を貰ったサルカズはさっさと埋めてしまうに限るとか……
鐘が鳴ってそう経たないうちに、そのサルカズが家の玄関を叩いて今のうちにはやく逃げろと言っては、玄関で死んでしまった、まったく縁起でもない、そう番人は続けて言ったんだ。
雨が降りそうで、少しだけ良心が痛んだから、仕方なくそのサルカズを鐘楼で一晩雨宿りさせてやっただけなのに、ともね。
番人は罵りながら、土を掘っていた。サルカズを埋めたあとは、墓前に立って、いつもその酔っ払いが歌っていた歌を真似て歌ってあげたんだ、後のメロディーは憶えていなかったようだけどね。
そして最後に二言ぐらい罵ったあと、半分残った酒を墓標に注いだんだ。
山に高く吹き上げる風よ♪……英雄ともに行く♪……果てしない道を♪……棘の道を行く♪……
申し訳ない、私もあまり憶えていないんだ。
それ……あのお歌だ、ママが教えてくれた、ロッセラお姉ちゃんが教えてくれたお歌だ……
……じゃあ、鐘を鳴らしたのはそのサルカズだったの?
多分そうだろうね。
じゃあその人はみんなを助けた英雄なんだね?
そうかもね。けどああいう人が英雄と称されていいものなのだろうか。多くの人は呼びたくないんじゃないかな。
もしかしたらそのサルカズは、自分を助けてくれたその番人だけでも逃げてもらいたかっただけなのかもしれないね。
じゃあ修道さんはどうなの、その人は英雄だと思う?
……
……英雄とは一体なんなのだろうね、セシリア?
長い間ずっと考えてみたよ……けどこの問いの答えというのは、あのサルカズがどういう人だったのかを決めるものではなく、自分がどういう人なのかを決めるものだったんだと悟ったよ。
仮にあのサルカズがどういう人だったかと聞かれれば、あの人はきっと英雄になりたくて鐘楼に駆け上がったわけではないと言えるだろうね。
私たちがいくらその人を賛美しようと、貶そうと、あるいは忘れようとしても、その人からすればどうでもいいことなんだ。
私がいくら思い悩んだ末に出した答えであっても、それはすべて私自身への答えでしかない……なぜ私はあの出来事に出くわした?あの出来事は何を意味している?どういう啓示だったのだ?
そういった問いに駆け回されるのはいつだって生者だけだ。
だとしても私は常に、常にこうも考えていたよ、もしあの人が鐘を鳴らさなかったら、どうなっていた、とね。
その人が鐘を鳴らした反面、狂信者を……悪者を鐘楼に引き寄せていたらどうなっていた?
目を覚ました町の人たちでさえも阻止できなかったらどうなっていたのか?
ほかにも、もし鐘楼の上で死んでいたその人を誰も見つけていなかった場合……どうなっていたのだろうか、ともね。
この世に必ず成功するやり方などない、必ずしも正しい選択などはないのだよ。
だから私はこう考えついた、あの大雨の深夜、あの人が鐘楼を上ったのは、そうしたかっただけだったのだ、と。
真っすぐな思い、ほんの僅かな善意によってね。
成功するか否かは、あの人の知ったことではなかったのだよ。
あの人は英雄だ。あの歌に歌われている英雄となんの相違もない、紛うことなき英雄だ。
山に高く吹き上げる風よ♪……英雄ともに行く♪……
果てしない道を♪……棘の道を行く♪……
ほかの者も続けざまに口ずさむ。
口ずさむ歌声が部屋の中に木霊する。
これが安寧か。
ラテラーノの夜。
長らく久しい安寧だ。
……修道士さん、なにか考えごと?
……いいや、なんでも。
君に感謝しているよ、セシリア。
あの鐘楼を……
見ているの?
あれはラテラーノの鐘楼だね、古い古い石でできた塔だ、私がまだラテラーノにいた頃、時折そこに登っていたよ、空がとても近くに感じるんだ。
空……ママは今そこにいるんだよね?
……君がそう望むのならね。
……修道士さん、一つお願いしてもいいかな?