鐘楼へ上がる道はとてもせまく、足元にある石階段は湿っていてすべりやすい。石の壁もゴツゴツしていて、触れるとヒンヤリしている……まるであの時の森の木々みたいに。
足音が響く回廊のさきには、なにがあるんだろう?
わたしはサンクタとサルカズのこども、みんなわたしはあるものを背負ってると言う……
あれは今まで聞いたことがなかったフレーズだった。
でもロッセラお姉ちゃんの表情はおぼえている。
まぶたを垂らし、わずかに微笑み、両手を重ねて、まるで手に宝物を包んでいるかのようだった。
あの人たちは……みんなは、わたしになにを望んでいるの?今になっても、わたしはそれをわかっていない。
でも、今なにをすべきなのか、自分はなにをしたいのかはようやくわかった。
サンクタだろうと、サルカズだろうと。
わたしはセシリア。
ただのセシリアだ。
……
ばいばい、ママ……これからも見守ってくれるよね?
(爆発音)

エイゼル、左前方。

うわッ!
(爆発音)

危なかった!

あのさ、ここで戦っても埒が明かないんだし、いっそやめないか?
(フェデリコがオーロンに斬りかかる)

……全然人の言うことを聞かねぇな。

エイゼル、お前は何よりもセシリアの安否が心配なんだろ?だったら俺がセシリアを預かったほうがあの子ももっと安全かもしれないぞ?

それを信じるとでも思ってるんですか?

俺は生まれてこのかたウソはついちゃいねぇんだ。

仮にその話が本当だったとしても、セシリアがイヤと言うのなら無理です!

……アンドーン、お前は俺に迷惑をかけすぎだ、たまにマジでそう思っちまうよ。

!!

集中してください、エイゼル。

違うんです……フェデリコ先輩!

感じませんか……

これは……
空気が震えている。
まるでナニかが虚空から現れてくるかのように。
とてつもなく強大で純粋な力だ、今まで知られてきたどのアーツにも似つかわない。
古の構造のナニかがまさに呼び覚まされている。
忘れられていた声のナニかが鳴り響こうとしているのだ。

エイゼル、作戦変更です、あなたは鐘楼に行って状況確認を。

この反逆者のトランスポーターは私に任せてください。

猊下、これは!

シッ――

ヴァイエリーフ、メインホールを閉鎖、すべての会合を即刻中止するんだ。

一体なにが起こったんですか?

……

私の前任者、つまり先代の教皇は、とても歴史を研究することが好きだったんだ、これは聞いたことがあるかい?

……ございません。

彼はあまりにも雑な人だったからね、知らなくても気にすることはないさ。書いた文章は誤字脱字ばかり、お世辞にも読めたものじゃなかったよ。

歴史を研究してると言うよりかは、むしろ歴史をオカズに、自分の妄想を発揮していたと言ったほうが正しいかな。

彼はとても……ロマン主義的な比喩を書くことが好きだったんだ。歴史論文においては私情が挟まれた駄文が多すぎる節はあったが、それでも印象に残るような文章だったよ。

彼曰く、「歴史とは、姿なき巨人がこの大地に書き上げた無限のポリフォニーからなる楽譜のようなもの」らしい。

彼のその比喩に則れば、その音楽家の巨人が、今まさに新たな小節を書き上げたのかもしれないね。
(エイゼルの走る足音)
……
肺に溜まってた空気は尽く押し出され、また深く肺の中に吸い込まれていく。
躓いてしまったボクは、藻掻きながら立ち上がり、前へと突き進んでいく。
はっきりと感じ取った、ナニかが生まれようとしている。
この鐘楼の最上階で、この扉の向こうで、セシリアがいる場所のすぐこそで。
その扉を開けば――
あのか弱い女の子が歌を歌っていた。
とても古いサルカズの歌謡だ。
とても真摯に、か細い喉を震わせながら、すべての情緒を乗せながら歌っていた。
ボクはその場で立ち尽くし、なるべく息を殺すことしかできなかった、ボクの乱れた息遣いが流れる歌声をかき消してしまわないかと思ったからだ。
しかしいつの間にか、ボクはなにも聞こえなくなったことに気が付く。
ただ鐘の音が、まるで時を超えて伝ってきたかのように響いていた。

……鐘の音……啓示の石塔のほうから……まさか……!?

今まで一度も鳴ったことがない鐘なのに!?

……あの時を除いて、鳴ったことなんて一度も……

数千年前、初代の聖徒がまだ大地を歩んでいた頃の時代を除いて、だね。

……

「日中、サンクタは曇りゆく空と、消えていく太陽を見た。夜間、魔物の軍勢が襲来し、多くのサンクタが屠られた。サンクタは多くの輝きを失った。」

……「聖徒たちはこう言った、“私についてきなさい”、と。そして石の塔が建てられた。また聖徒たちはこう言った、“私の声を聴きなさい”、と。そして鐘の音が鳴った。」

「鐘の音は荒野に響き、サンクタは結束した。」

「これは啓示であり、箴言である。」

「そしてまた日に光が戻り、二度と遮られることはなくなった。」

「聖徒たちはこう言った、“都市を建てなさい、そこがサンクタたちの楽園である”、と。」

「また使徒たちはこうも言った、“この都市をラテラーノと名付ける”、と。」

……一体なにが……

啓示の石塔はラテラーノに存在する最も古い建築物の一つだ。いや、聖書に則れば、啓示の石塔があって、それからラテラーノがあったと言ったほうが正しいかな。

聖鐘が再び奏でられたのは……

セシリアちゃんが原因だろうね。

だとしても、なぜ……

おそらくはその音楽家の巨人が幾つかフォルテを加える際、ラテラーノにある旧い鐘が目に留まり、それを選んだのだろう。

枢機卿ヴァイエリーフ、今この聖堂にいるのは私と君だけだね、いやはや幸か不幸か。

……猊下、今すぐ聖鐘が鳴った原因を突き止めましょう……いえ、原因がどうであれ、その原因を見つけ出し、解析するのは……教皇庁でなければなりません。

各国の使節たちがラテラーノにお越し頂いて、その見届け人となって頂いてる今こそが、絶好のチャンスでございます。

では行きなさい、ヴァイエリーフ、使節たちにお伝えするのだ、ラテラーノの鐘が数千年の時を経て再び奏でられたこと、これ即ち変革の予兆である、と。そのためにも我々は手を携え、来たる将来のために準備を行う必要がある、とな。

では、啓示の石塔のほうは……?

我々はもう十二分に待ち続けた、こちらもそろそろ動くとしよう。

先導者様、とっくに……知ってたんですか?セシリアがどういう人なのかを……あ、あの子は混血児ですが、そのほかにも……何か秘密が隠されているんですか?

いいや、そんなまさか。あの子は私と君が知るセシリアなだけだ、少々出自は特殊かもしれないが、それでも隠された秘密なんぞは持ち合わせていないよ。

もしかすれば、ラテラーノ自身が変化を求める時期に、セシリアは……たまたま出くわしてしまっただけなのかもしれない。

あるいは、あの子は本当にサルカズとサンクタの間にある千年の亀裂を埋めてくれるのなのかもしれないね、あの子の下に啓示が降り、聖鐘があの子のために鳴ったぐらいなのだから。

当然だが、あれはただの誤解だったり、偶然だったり、歴史に埋もれたブラックジョークということもありえる。

けど真実が何よりも重要でないことは、みなもすでに理解しているはずだ。

ええ……どうであれば、私たちにはチャンスが降りてきた。私から言わせれば、これは我々も天に愛されている証拠なのでしょう。

教皇庁の勢力なら、今はおそらく使節たちが集っている区域と啓示の石塔のほうに配置されていると思いますので……

私たちで先導者様が進まれる道を敷きます。私たちには構わず、どうか進んでってください。
(無線音)

……アンドーン、鐘が鳴ったわ。

あの鐘の音は、間もなく旅路に出る子どものために鳴ったものだ。

そう。

口調がハキハキしてる、ようやく決心したのね。

決心が揺らいだことなど、一度もないさ。

すべてを差し出してでも?

すべてを差し出してでもだ。

……そんなことに意味なんてあるの?

意味か……無から意味が生まれることはない。私たちがこれまでしてきたすべての選択は、その意味とやらを構想し、形作り、叶える機会を与えるためにやってきたことに過ぎないのだ。

わかったわ。

あなたがいつか、安らかにならんことを。
(無線が切れる)

パディア、君が先ほど言ったことだが、我々の初志とたがう箇所があった。

道というのは後世に残すために、人々がみな礎となり、交わり重なってできたものだ。

今すぐ教皇猊下に合わせろ!

銃騎士タルヴァトーレ様、教皇猊下は現在ご祈祷されてる最中でして、いかなる面会も受け付けておりません。

しかし!

どうかご理解くださいませ。
(爆発音)

爆発音か?

また市民たちによるイタズラではないでしょうか……

いいや違う!爆発音は使節区域からだ、そこでの爆発行為はすべて禁止しているはずだぞ!
(無線音)

じゅ……銃騎士のタルヴァトーレ様、使節区域が襲撃されました!ほかにも市内で多数の火災と爆発が発生しております!

ロストシープめ!聖なる鐘の響きを聞いて、ようやく動き出したか!

以前から使節区域に配置されてる銃騎士様はおられましたが、それでも……襲撃と爆発を受けてから、使節たちも不安に駆られて、もっと銃騎士の援護を強く求めておられます……

了解した。
(無線が切れる音)

クソッ、よりによってこのタイミングで!

ヴァイエリーフ枢機卿!

啓示の石塔の聖鐘が再び奏でられた、つまりラテラーノが高みへと至る時だわ、初回の“万国サミット”と各国の使節の方々も同じくその恩寵に預けられる、私たちはその喜びを覚えるべきだった。

しかし異端者の残党どもがこれを機に混乱を生じさせ、会議の邪魔を企て、ラテラーノの栄光に泥を塗った。

タルヴァトーレ殿、猊下の勅令が下ったわ、万国サミットが予定通り開催されるように、使節区域へと向かい、ほか銃騎士と共に各国使節の方々をお守りするのよ。

私も一緒に行くわ。

了解した。だが、枢機卿……

そちらも感じたはずだろう、あの啓示の石塔から伝わってくるあの力を……

そのことはどうかご内密に、タルヴァトーレ殿。

あれは栄光そのものよ。
(フィアメッタがドアを力任せに開きながら部屋に入ってくる)

レミュアン、あれもあいつがやったことなの!?

……そうかもしれないわ。

じゃあ、なんで今もあいつを庇おうとしているのよ!?

フィアメッタ、ちょっとこっちにおいで。

なによ。

いいからおいで。

……?
(近づいてきたフィアメッタにレミュアンが抱きつく)

……!?

ごめんなさい、フィアメッタ。

この前、あなたにあんなことを言うべきじゃなかったわ。

……とりあえず離れて。

あなたが許してくれたら離れるわ。

確かにあれにはムカついたわ。

……けどそれよりも……

……私はそんな私自身にムカついていたのかも。

一点だけ、これだけは信じて、フィアメッタ。

もし彼が本当にラテラーノに危害を加えようとしてるのなら……私も彼のことは許さないわ。

それであいつは一体なにを企んでいるのよ?

……たぶん、彼は一つだけどうしても尋ねたいことがあるんだと思う。

誰によ?

……教皇猊下に。

……何を?

サンクタが尋ねるべきじゃない問いを。

もっと分かりやすく言ってもらえる?

……私もよく分かってないのよ。あの問いはきっと彼の心の中で長い間埋まっていたものなんでしょうね……一度も彼の口から聞いたことはなかったわ。これは私の単なる憶測ってこともありえる。

けど八年前のあの事件は、確かにその問いと深く関わっていたんだわ。

……ちょっと待って。じゃあモスティマ、あんたも知ってたの?

まさか、私はレミュアンとは違うよ、フィアメッタ。

レミュアンは彼を理解してたからなんじゃないかな、まあ私は……彼にそんな資格はない、って思ってるよ。

私からすれば、彼ってば結構可哀そうな人なんだよね。それと私まだとても大事なことがあるからさ、これぐらいで勘弁してよ。

……あんたってばレミュアン以上にムカつくわね。

私たちは違うからね、フィアメッタ。私は私のできることを全部やった。そして君も……なによりも私であってほしかったと思ってる、そうでしょ?

……

レミュアン、ほかに何か知ってることがあれば、教えて。

てっきり聞きたくないと思いってたんだけど?

聞かなきゃ分からないでしょ。

……

セシリア・ラポルタ、教皇猊下の命により、君を保護しに参った。

わたしが鐘を鳴らしたから……?

鐘が鳴ったことと、わたしにはなにか関係があるの?

それは教えられない。

今すぐ私とともに大聖堂までついてきてもらいたい。

……

エイゼルお兄ちゃん、大丈夫だよ。

行こ。