執念、か。
それが君の執念なんだね……
そうよ、だからなに?
道理がなくったっていい、見返りがなくったっていい、徒労に終わったっていい、私がやると決めたら、絶対にやる!
私たちがそんなもののために戦っていたとでも?
あんたの説教だって、頭が眩むほどの長ったらしい持論だって、自分まで惑わすほどの胡散臭い話だって――あんた自身の執念じゃないの?
あんたも、私も、ほかのヤツらも、誰しもが執念のためにここにいるのよ。
銃声が鳴り響く。
ただアンドーンに狙いを定めていたわけではなかった。
不意の銃撃により、アンドーンは手中から銃が手放されたかのように感じた。
そんな彼はふとに「これでいい」と思った。
私の銃はラテラーノに残る。
彼はこんなことを口に出すとは思えないが、それでも――ラテラーノを愛さないことなどできるものか?
あの穏やかだった日々、喜ばしかったひと時、楽しかった瞬間……
その“愛”のために、彼は悔やみ、疚しく思い、恥じ、そして疑った。
彼は生まれついてのラテラーノ人になることは永遠にできないのかもしれない。
しかしこの時に限って、自分の銃がここに残るんだと、そんなことを思っていたそんな時に限って。
目の前にいる人が自分に怒りの眼差しを向けているこの瞬間に限って。
あの穏やかさが、まるで泡のように水面へと浮き上がり、もはや目に見えないほどの水しぶきとして小さく爆ぜたのだ。
彼はかつて、信仰と懐疑の道を果てしなく歩み続けてきた。
道から道へ、さらにまた別の道へ。
自分は荒野を歩んでいる、もはや己の根本は失ってしまったと、彼はそう思っていた。
しかし違った。
多くにおいて、それは間違っていたのだ。
そこで彼は感謝を一言、呟いた。
過去も未来も、時空に存在したどの歴史も、誰であろうとその感謝の言葉が耳に届くことはない。
しかしそれだけでも、もう十分なのだ。
やっと来た、てっきり寝ちゃったのかと思ったよ。
(無線音)
勘弁してちょうだいよ、適切な狙撃位置なんて探してもめったにないんだからね。
そこまでよ、アンドーン、諦めてお縄に……
(小声)執念のために……私たちはここに……
危ないッ!
(爆発音とアーツ音)
まだアーツを放てる余力が残っていただなんて!
……どうすれば救ってやれるのだろうか。
いや、救いではない、どうすれば人は尊厳を保ちながら生き長らえることができるのだろうか……
君は心にある正義によって私の目の前に立ち、私も心にある正義によってここまでやってきた。
迷い、執着、そして果てしなく続く不安……道というのは、とっくに足元に敷かれていたんだな……
ではなぜ救いに希望なんかを求める?私たちがしてきたすべては、救われるためにやったのではなかった……
救う側になるためにやっていたのだ。
目が覚めた、アンドーン?なら顔を上げてしっかり私の相手をしなさい――さっきまでの戦いはまるで木人を相手にしてるようだったわ。
私は己の道を行く。たとえこの道がアレによって授けられた使命であろうがなかろうが……
だから感謝しているよ、フィアメッタ。
どういたしまして、その悟り開いたものなら、あんたの葬式の時にあんたの仲間たちに伝えておくわ。
けど今は、大人しく――
すまないが、まだ捕まるわけにはいかないんだ、そいつはまだ俺にとっちゃ使えるんでね。
(爆発音)
ここの建物の梁が壊された、フィアメッタ、行こう!
誰……!
(オーロンが近寄ってくる)
今回の爆発行為はちゃんとしたヤツなんだぜ、ついさっき俺が申請を出して、俺がハンコを押したんだからな。
オーロン!
オーロン、あなた何をやってるのかしら?こんなことをするために、私の力になるって言ったわけじゃないでしょうね?
……バレるの早すぎだろ……
(アンドーン、お前は先に行け、後で探す。)
……
フィアメッタ、モスティマ、また会おう……
この先どこで会おうと、お互いにその執念を抱き続けていることを願うよ。
君が言った通り、私たちは執念のために存在しているからね。
(爆発音)
あのーお姉さん、そんなことされちゃこっちも困るんですけどー。
とりあえずウチの建物の看板から降りてくれません?さもないと護衛隊を呼びますからね!
それと、全然関係ない話なんですけど――
どうやって車椅子でそこに登ったんです?
頑張ったら登れるわよ。
遠くに煙が上がってる……また爆発でも起こったのかな?ちょっと最近多すぎじゃない?会議を開くとは言うものの……まるでお祭り騒ぎだよ。
お姉さん、申し訳ないんだけど……一つ手伝ってもらえないかしら?
あはは、登るは簡単、降りるは難しいってよく言うからね。
ふざげるな、ラテラーノの管理能力はどうなっているんだ、説明しろ!あの危険分子どもが起こした爆発で私のコレクションが壊されてしまったじゃないか!
そういえばラテラーノの啓示の鐘が鳴ったのは千年ぶりらしいな?それって教皇猊下が私たちのためにわざわざ鳴らしてくれたってことなのか?
正直に言って、こんな野蛮人たちと同じに空間にいることなんて耐えられませんわ。教皇猊下のメンツに免じていなかったらとっくに……
私たちが戻るまでの間に連れてきたコックたちにディナーを作らせておけ、ラテラーノ側が用意してくれた晩餐はもう二度とゴメンだ。
(ヴィエリーフと教皇が近づいてくる)
本当にこんな連中風情が……ほんの僅かでも変化をもたらしてくれるのでしょうか?ほとんどの連中は自分の利益しか眼中にありませんよ……いくら私たちとウマが合うとは言え。
もたらしてくれるさ。これはラテラーノにしかできないことだし、ラテラーノでなければできないことだ。ラテラーノが奇跡の都であるがゆえに、永遠に許されたラテラーノであるがゆえに、ね。
教皇猊下……どうか私たちに祈りを。
君がガチガチに緊張しているなんて珍しいね、ヴァイエ。
私はもう歳だ、大それたことはもうできない、老人は老人らしく最後まで執着するとしよう。
猊下、ラジオ放送設備の準備が整いました。
ありがとう。
受け継いだこの聖徒の名に恥じぬ行いを。
テラ各国からいらしてくださった使節の皆さん、まずはこのエヴァンジェリスタ11世から感謝を申し上げます。
我々は今とある挑戦と直面しています、ラテラーノだけではありません、テラにあるどの国家もです。
皆さんもご存じの通り、今日のテラ各国は移動都市の城郭の上に成り立っている。これはなにも現実の情景を述べただけではありません。
“現代国家”という概念は、移動都市の誕生と共に生まれてきました。
かつて、“国”とは集落にすぎませんでした、同じ暮らしを持つ人々が虐げてくる天災の下に集って“国”を成し、国の境は即ち人々の視野の境そのものでした。
そして移動都市の誕生は国の在り方を変えたのです。
周知のように、今では国同士の交流はますます密接となり、それに伴って摩擦も増加してきています。
“摩擦”、そんな軽率な言葉で歴史を一括りに述べるべきではないのでしょう。
しかし私はガリアの滅亡をこの目で見てきました。
輝ける“世界の都”は一夜にして滅び、雄叫びを上げる装甲戦艦は沈黙していき、無敵と謳われたあのガリア近衛軍は野火と硝煙に化していきました。
その滅亡によって払われた対価というのはガリアの存在だけではありません、文明そのものも対価として払わされたのです。
あの“ガリアの皇帝”と彼の無敵の軍団でさえ、この大地の中心で繁栄を謳歌した帝国を存続させられなかったのです。
――では誰が、この天災が巻き起こる中で、長きに渡って積み上げてきたテラの人々の文明を守ってくれるのでしょうか?
私たちラテラーノ人はかつてその大陸を席巻する戦争で奔走し、荒野と王宮を行き交うトランスポーターたちによってラテラーノは信頼と名声を得ました。
サンクタの耳にはどの国家からも安寧と平和を渇望する声が届いております。
ところが、色違いな数々の“平和”が都市と宮殿、そして軍の隅で形作られていく様を、世間の人々は目にしてきました。
一部の者たちのみが享受する秘密の企みはそこで結ばれ、そして想定外の時にあっけなく崩壊し、ついには国家の安寧自体を覆してしまう。
大陸を横行する征服と拡張主義はもう久しく目にしておりませんが、様々な黙約と取引が今なお目に届かぬところで国家と人々の命運を握っております。
そんな今日に、啓示が降臨されました。
平和の形成は人々の監視のもとで行わなければならない、少数人にしか享受されない黙約はどの国家においても葬り去らなければならない、それが私の願望です。
もはや過去を顧みず、この大地の前途を憂う人たちはみな、以下に述べる問題を考慮すべきだと私は考えます――
我々の文明はどうすれば存続し続けられるのだろうか?
平和への挑戦とは一体どれだけの人々への挑戦を意味するのだろうか?
一つの国家の安全とはどれだけの国家の安全を意味するのだろうか、と。
この大地において、生存するには文明は必要不可欠です。安寧が他者に及ばないのであれば、その安寧が自身に降りかかることは決してありません。
ゆえにここで皆さんに呼びかけたい、各国の合意に基づき、相互的な安全保障の確立を目的とした共同組織の設立を提言致します。
多くの者たちが想像する以上に、我々の利害と安否における連携ははるかに緊密なものだと私は信じております。
共に生き延びましょう、それが今のテラに必要なことです。
エヴァンジェリスタ11世は1099年3月18日において、俗に後世では“ラテラーノ宣言”と称される演説を行った。その演説で語られた内容は例外なく『万国サミット要領』の1ページ目に記されている。