9:09 a.m. 天気/曇り
ロンディニウム、サディオン区、第309号検問所

この先が……入口ですね。

何か心配事か?

はい……今のところはすべて順調に進んでいるのですが……

――あることを除いて。

ドクター、あなたとケルシー先生にずっと連絡を繋げていた例のトランスポーターですが、本来なら私たちがこの付属区画に到着した後、すぐさまこちらに連絡を入れるはずだったんです。

・あったな、そういう約束が。
・……
・何かあったのでは?

ずっと待ってはいるんですけど……待つしかないと言ったほうがいいですね。

当初の予定なら直で彼女と会うはずでした、そうじゃなくても何かしらの方法で連絡が入るはずです。

ドクター、今の状況下では、ほかのオペレーターに余計なことを言えば却って士気が下がってしまいます。

ここに辿りついた以上、先へ進むしかありません。

連絡が繋がらない以上、確認のしようがありません。

無事でいてくれたらいいのですが……

予定通り、このまま入城しましょう。

わっ、この先すごい人だかりですね、皆さん市内のほうから出てきてるようですが……

……本当にこれで逃げ出せるのか?

ここの道は安全よ、うちのお隣さんも先週この道から逃げ出したの。

出国証明さえ申請できれば、兵隊からつつかれることもないわ。

いや……そういう意味じゃなくてだな。

分かってるわよ。私とあなたと同じことを考えてるわ。

初めてサルカズ軍を新聞で見たのが確か四年前だったわね。あの時はあんまり深く考えていなかったけど。

そうだな、俺もそうだった。陛下がご不在になった後、世の中は混乱するばかりだ、おまけにどっかの大公爵が意気になって、魔族共を軍に組み込みやがった。

その二年後、サルカズの軍がロンデニウムの街中を闊歩するようになったわね。あれから仕事終わりはいつも同僚とその話で持ちきりよ。

俺も憶えている……まるで一夜にして、こっそりとナニかが変ってしまったようだったよ。まあその変化とやらも、カーデン区の公爵事務所付近に住んでる俺たちのところにはちょいと遅れてからやってきたが。

それから半年前、サルカズの軍が私の勤めている銀行の入口にやってきたのよ。旦那さんが都市防衛軍での要職に就いているからと言って、そこの頭取が連れていかれたわ。

はぁ、そんでその後、そいつらとは会えていないんだよな?俺たちが住んでる地区にいる警備員たちも、まるっきり顔ぶれが変っちまった、ほとんどはおっかねぇ角を生やすようになっちまったよ。

それから……昨日。私の家の向かいにある街角でサルカズを見かけたんだけど、あの人たち……目についた家を片っ端からガサ入れしていたわ。

それで逃げ出してきたのか?

うちの両親は一先ず先に逃げ出していたんだけど、私は……どうしても銀行員の収入を手放したくなくて。

誰だってそうさ。ロンディニウム……本当にこの都市から出て行っちまったら、もう二度と元の暮らしには戻れないもんな?

この話はもうやめやめ。ほら、行きましょ、金稼ぎよりも生きることよ。

……

ここって毎日こんな感じなんですか?

……ある日からこうなった、いつもこんな感じではあるな。

テレシスの軍は……一般人の脱出を許しているんですか?

どうやらロンディニウムの外にいる者たちに、今のロンディニウムを真に支配しているのが誰なのかを知られても、ヤツはあまり意に介していないようだ。

・外にいる貴族たちはなんとも思っていないのか?
・ヴィクトリア議会の現状はどうなっているんだ?

ヤツらなら今でもきっとロンディニウムの動向に注目しているはずだ。市外で屯っている兵たちがそれを説明している。

だがそれ以上にヤツらは互いの動向のほうに気を配っているのだろう。

ロンディニウムの主権を狙ってる各々の大公爵からすれば、市内のサルカズに進攻を仕掛けた者が、この二十数年も続く競争の機先を制すると考えている。

自分のものとなるはずだった王座が他人に奪われるかもしれない、そんなことを望むヤツなどいると思うか?

そんな状況下でもし進攻する意向を示すものなら、その人はたちまち通告を突きつけられ、パーティに招待されては自分の領土に流布された都合の悪い情報によって進攻は中断される。

仮に進軍を敢行したとしても、その先には必ず失敗が待っている、サルカズの摂政王が一兵卒すら動かす必要がないほどの失敗がな。

……私にも分からん。

我々がロンディニウムから逃げ出した日、その日のロンディニウムは至っていつもと変わりはなかった。

なにより、あの時の私の考えが甘かった、議会が動いている限り、ロンディニウムが混乱に陥ることはない、とな。そう考えていた。

市内の具体的な状況についてだが、こればかりは入った後でないと確認はできない。

みんな、ここまで案内してやったが……その、あとは、自分たちで行ってくれないか?

はい。ありがとうございました、トーマスさん、本当に助かりました。

各隊に告ぐ、以前に決めた段取りに従い、それぞれ目の前にある人混みに混じっていってください――

先行はクロージャ隊です、前方の進路を確保したら、シージ隊が後に続いてください。私とドクターが殿を務めます。

偵察隊は引き続き周囲の状況に目を張ってください、異常が発生した場合は、すぐ連絡を入れるように。

ホワイトホールさん、あなたには来た道を戻ってトーマスさんを送り返して――

アーミヤさん!

どうしました?

前方で騒動を確認、サルカズ兵が向かって来ている模様!

……!

総員、潜入行動を一時中止、身を潜めてください!

――

前にいるその人を捕まえろ!

そんな……なんでこんなことが?なんでこんなところにサルカズ兵がいるんだよ?

お前さっきこの道は安全だって言ったよな!?

お前のことを言っているんだ、逃げるんじゃない!

はやく……はやく行くんだ、あともう少しで都市から……都市から出られる……

うわああああ――!
(ロンディニウム市民が倒される)

……

こいつではない。

へ、兵士さん、どうか……どうか痛い目だけはお許しください、ついていきますから……一体私が何をしたって言うんですか?

ここでボーっと突っ立ってないでどこへなりにでも消えろ、邪魔をするな。

いいかよく聞け、全員この場から動くな!

その場で大人しくしているんだ。お前、お前、それとお前、顔をこっちに向けろ!

おいお前、その包みに何を入れている?武器の類じゃあるまいな?ここで中身を出せ、全部だ!

お前は顔に火傷の痕が残っているな?それにまだ新しい……お前で間違いないな、隊列から出てこい!

……パンを焼く際にできた火傷だと?バカにしているのか!

チッ……どうやら本当にこちらの武器でやられた痕ではなさそうだ。お前、本当にレジスタンスではないんだな?

ビビッて気絶してしまったか。まあいい、こいつはとりあえず連れていけ。

……

中尉、これでは先へ進めませんね。

……私のせいだわ。あなたたちをここに送る前に、追っ手がいないか注意するべきだった。

そんなこと仰らないでください。

ダブリンに捕らえられた私たちや、サルカズ共にいたぶられてきたトムたち、みんなあなたに助け出される以前は、ただの屍同然でした。

思い出しただけでもあの絶望感が蘇ってくる……いっそのこと戦場で死ぬほうがマシでした、あんな訳も分からないまま敵に閉じ込められているよりは。

ロンディニウムの陥落はあなたたちのせいじゃないわ。

ならなおさら中尉のせいでもありませんよ。

我々を絶望の淵から救い出してくれたのは中尉です。少なくとも、そのおかげで私は自分の足でここまで辿り着き、一時間は生き延びられたのですから。

それに私はもう戦えないと言ったにも関わらず、中尉は私を責めなかったどころか、危険を犯してまで私たちをここまで送り届けてくださった。

ですから中尉、あなただけでも行ってください。中尉一人だけなら、まだなんとか隠れられます、どうかあのサルカズ共の目から離れて、安全な場所に隠れてください。

負傷した我々では、あなたの足手纏いにしかなりません。

あなたたちを見捨てろって言うの?そんなこと私にはできないわ。

ハッ……もしあの時、私の長官も同じようなことを言ってくれれば、今頃私は……こんな惨めに負けることもなかったと思います。

あなたと出会って気付かされましたよ、私も中尉みたいに何かの役に立ちたいと……

まさかあなた……ダメよ、それは許可できない!

私たち何人かで突っ込んだら、少しはサルカズ共を巻き込めると思います。

……よく聞きなさい。

誰だろうと突撃は許可できない。これは命令よ。

命令……

分かりました。今の長官はあなたです、命令に従いましょう。

ここからサルカズのところまで行くには、あと数分間の猶予がある。

全員頭を低くしなさい。私が教えたことを思い出して、今のあなたたちは近くの市街地から来た無職、身体にできた傷は一切れのパンの奪い合いで殴られてできた傷よ。

それでサルカズに……通用するんですか?

今のサディオン区の混乱なら、彼らもきっと目にしてると思う。

通用しようがしまいが、たとえ尋問されたとしても……今はなるべく耐えて。

もし耐えられない人がいたのなら……

分かってます。サルカズにバレたとしても、ほかの者たちは決して巻き込みません。

もし耐えられない人がいたのなら、私がヤる。

そんな、中尉……!?

だから今は様子見しておきましょ。

こっちにはいないな。

あっちはどうだ?向こうにまだ何人か残ってる、それにエレベーターの後ろもだ、あそこの構造は隠れられやすいからな!

おいお前たち、よーく調べてこい!

あの兵士たちはどうやら人を探してるようですね。

各隊、現在位置を報告してください。

……確認しました。
(無線音)

・どうやらこちらを探してるようではなさそうだ。
・こっちはまだバレていないようだな。

そうですね。

ドクター、出発する前にケルシー先生と行ったシチュエーション演算テストを憶えていますか?

そこで一つの可能性ですけど、ロンディニウムとヴィクトリアの各地に配置したこちらの隠密トランスポーターは失敗に終わってしまった。

彼らから正確な情報が届くことはなく、ロドスの動向はすべてテレシスによって掌握された、そういった可能性が見えてきました。

であれば、私たちがロンディニウムに入った途端、テレシスの親衛隊は私たちの目の前に現れるはずです。

ただ今の状況はそれとは違うようで……

・てっきり私たちを待っているのは聴罪師のほうだと思っていた。
・……
・そこまでズボラじゃないだろ、私たちは?

私もドクターと同じ考えです。

テレシスはまだ私たちがここに辿りついたことを知らない。でなければ、ここまで順調に来ることはありえません。

となれば、目の前にいるあのサルカズ兵たちが探しているのは、おそらくたまたまここで私たちと一緒にいる人たち……

――!

えっ、トーマスさん……?

アーミヤさん、トーマスさんが急に走り出した、あとちょっとで逃げられるところでしたよ!

は、離してくれ、ここに居ちゃまずい……

トーマスさん、勝手な行動はおやめください!とても危険ですので!

オペレーターに頼んでここから護送するとは約束しましたけど、ただ申し訳ありません、当面はまだ……

いってッ!

ま、待ってください、オペレーターの武器を奪っては――!

すまねぇ、だが俺は、まだ死にたくないんだ!
(ロンディニウム市民が走り去る)

一体なにが……

・答えは明らかだ。
・兵士が自分を探していると思っているんだ。

……

俺だってこんなことはしたくないさ……俺はただ半年もの間サルカズのために道案内しただけの運転手なのに!

俺のキャンディ工場を奪った上に、モノを運ぶように無理強いしやがって、おまけに都市の外にはまだ養わなきゃならねぇ両親と子供がいる……それでどうしろって言うんだよ!?

あの日チラッと、チラッと見たんだ、それがさまかアイツら、あんなものを俺の工場で作りやがって……

そっから俺は追われる身だ、俺には分かるよ、アイツらに捕まったら絶対に殺されるってな!

なんでどいつもこいつも俺目当てなんだよ……そんなんじゃ俺はどこに行こうが死ぬしかねぇじゃねぇかよ!

俺はもう……このままジッとしてるわけにはいかないんだ……

トーマスさん!

やめてくださいホワイトホールさん!追いかけたら私たちもバレてしまいます。

は……ハハ……

そうだ……ロンデニウムから抜け出せば……もうこの際だ、外にいるダブリンの連中なんかも放っておけばいい……

へぇ~?

ぐあッ――!

……

なッ……そんなまさか……お前たちは……

ダブリンはね、あんたが好き勝手放っておいていいもんじゃないのよ。

――そいつを捉えなさい。