10:20a.m. 天気/曇り
ロンデニウムから527km離れた距離にある、廃棄採掘所の作業プラットフォーム

停泊完了だ。

現時点で異常はなし……ふぅ、これでそなたもようやく休めるのではないか?

それとも、今すぐに……

……静かに。

……ケルシー士爵、久しいな。

こここ、この腐った臭いは……

ブラッドブルード。まさかお主が医者の恰好をするとは……奇妙なこともあるものだ。

ッ……

その牙は収められよ。

たとえ古きアルゴス(紅眼魔)とてわしの血肉に触れはしないさ、彼奴らはみな臆病者でな、この滾る怨嗟と怒りが自分たちの牙を腐らせてしまうと思っているのだよ。

ケルシー、妾が本能を押さえつけられなくなるようなサルカズは……何人いる?

少なくとも目の前にいるこの者は入るだろう。

サルカズの古き英雄が大地を歩んでいるのを見たのは久方ぶりだ。何故このような荒地までお越しになられたのだ、ナハツェーラーの王よ?

ふむ、古い馴染に会いにきた、今はそう考えてもらって構わんよ。

私たちは確か過去に二度は会ったな。

初めて会った頃、お主は今と違った姿をしておったな。

二度目に関しては……

彼女が殺されたあの日、艦の外である人影を見たのだが……やはりあれは君だったか。

あのような卑劣な暗殺に見て見ぬフリをしていたものだから、てっきりナハツェーラーの王宮はすでに決心したものだと思っていたぞ。

あの時だろうと今だろうと、ナハツェーラーの決心はただ一つのみよ。わしらはサルカズ、ゆえにサルカズにのみ忠を誓う、王位や王冠、ましてや古い巫術なんぞにではない。

過去の数世紀、わしは無数の敵の血肉を啜ってきたが、サルカズの英雄が堕落していく場面も幾度となく見届けてきた。

強敵の剣に死した者もいれば、敵の暗殺によって忽然と目の前から消えていった者もおった。

ゆえに、わしはここに来た、ある答えを求めにな。

教えてくれ――

最後の純血なるウェンディゴを殺したのは、何故だ?

……

答えよ、士爵ッ!

ケルシー、ささささっさとMon3trを呼び出せ!!向こうはやる気だぞ!

本艦はすぐ傍にいるんだ、ヤツの好きには……

……ナハツェーラーの王よ。

ここで君と戦うつもりはない。

ボジョカスティはようやく彼自身の生涯の檻籠から抜け出せたのだ、結果を伴わない暴力で彼の最後の決心を汚したくはない。

それが貴様のサルカズの英雄への弔い方というのかッ!?こんな醜く……逃げ回るようなやり方で!

……

私は逃げてなどいない。

答えは出した。あの時、あのウェンディゴが戦いで答えを示したように。

もう一度言う。ナハツェーラーの王よ、ここで君と戦うのを断固として拒否する。

君たちは敵の血肉を啜り、その者たちの悲哀と怨恨を己の身体へと受け入れてきた、次なる戦いの糧として。

だが私たちは敵ではない。一時的な立場の違いによって剣を交えざるを得なくなった時もあったが、共に日々を過ごしこともある。

これはあの時のロドスとレユニオンに所属していたボジョカスティとの関係にも言えたことだ――

君が彼女の死を目の当たりしたように、私もあのウェンディゴの魂がカズデルへ帰した場面を見届けた。

己はその見届け人だ、と言いたいのか?

事実としてそうだ。

彼奴が貴様を選んだと?

ボジョカスティは……最期に、自分に釣り合う相手を、そして話し合える戦友を欲していた。

ふっ……フハハハハハ!

結構だ。その答え、受け取っておこう。

……お主もいい加減出てきたまえ、聴罪師。

……

先ほど、仮にわしが手を出したら……あの漆黒の化け物が現れなくとも、お主はわしに剣を振るったはずだな。

いくらわしとて聴罪師の剣撃は防がざるを得まい……フッ、お主が剣を鞘から抜け出せればの話ではあるが。

……

知っていたのですね……

わしはもうお主らを知って数百年にはなるわい。

むしろ、お主があの異族の継承者の傍に立ったことに、些か驚きはしたよ。

……

お主は真に、不義の結末を背負いきれるのかね?

……背負いきれるかどうかは関係ありません。あの罪は、生まれついてのものですから。

素晴らしい!お主はあのシャイニングで仮面を被ってるヤツよりはよっぽど趣がある。

して、あの若きバンシィだが、彼はここにおらぬのかね?

まだまだ若造ではあるが、それでもよく母親に教え込まれておる。彼がここにおれば、お主の勝機も幾分かは上がっていただろうよ。

怒りは鎮まったのだな、ナハツェーラーの王よ。

だからとてお主を殺さないわけにはならないぞ。

聞くが、この巨大な古の遺骨の上に建てられた舟は、今でも彷徨う魔王の兵営として機能しているのかね?

……誇りには思っていない、彼女がまだいたあの時も同じだ。

あの異族の継承者はすでに臣下たちを引き連れてロンディニウムへ向かっているというのに、それでも認めるつもりはないのか?

アーミヤは終始、自分の責務をはっきりと理解している。

どんな戦争であれ、我々は望んでなどいない。謂れのない犠牲はもうこれ以上起こすべきではないのだ……ヴィクトリア人であれ、サルカズであれ、血は十二分に流れた。

笑わせてくれる!自らを王とも称せぬ惰弱な異族の稚児風情が、サルカズを救うなどと!

ここでサルカズ王宮の主を納得させようなんてことは一度も考えたことはないさ。

自分でも分かっているじゃないか。諸王宮に認められたくば、お主の戯言だけでは到底及ばぬわ。

あの異族の継承者だが、彼女はいずれあの鉄の城塞の中で未曽有の試練を受けることだろう。

それで君がアーミヤをロンディニウムへ入らせたのか?

ナハツェーラー、腐れ喰いたちは戦争から養分を吸い取るというが、失敗すれば無用な腐敗をもたらすことになるぞ。

君の軍事委員会に対する意思決定だが、それがサルカズのために勝利をもたらしてくれるかどうか甚だ疑問に思うな。

出鱈目をッ!

(警戒するかのような低い唸り声)

……Mon3tr、まだだ、今は控えろ。

ナハツェーラーの王よ、私は別にサルカズ軍の統率者を疑っているわけではない。君が言ったように、私はただ旧友として君と話し合いたいだけなんだ。

ヴィクトリアの公爵たちはもうすでにハエ一匹すら通さぬほどロンディニウムを囲っている、だがそれでもテレシスは市内で諸王を召集することができた。

ということは、君と君の軍勢はロンディニウムへの秘密通路を守っているという説明ができる、それに君は私たちの接近を阻止してこなかった。

ここに至るまで、君はいくらでも私を殺し、ロドスを破壊することができたはずだ。

だがそうしなかった。

それもすべては……アーミヤがいたからだろう。

フッ……

わしがこの目でその黒き冠を目にするまで、新生は滅びか、その二つのどちらを彼女がもたらすのか知る由もないではないか。

いずれ目にするさ。

彼女はきっと君の……いや、私たち全員の想像を超えることをしてくれるはずだ。

……友との談話もここまでにしょう。

不老の士爵、世俗を外れたブラッドブルード、そして……はぐれ者の聞罪師よ。

ロンディニウムで会おう。
(奇妙な格好をした老人が音もなく立ち去る)

ふぅ……ケルシー、ようやく消えてくれたな。

正直に言うが、血液が逆流するんじゃないかってぐらいおぞましかった、これでも妾はまだまだやりたいことが残っているのだ、あんなところで死ぬのはゴメンだぞ。

……彼から見れば、本当の戦場は別のところにあるようですね。

だから彼はロドスを見逃してくれたんじゃないかと

カズデルに戻りたくはないって言った傍からこれだ……自分から首を突っ込まずとも、向こうから疫病神が寄ってくる!

ケルシーよ、さきほどのような状況はもう二度と起こさないでくれ。さもなければ、そなたらが艦を出たあと、妾だけではロドスの安全を保障しかねるぞ。

……

私たちもそろそろ出発の頃合いだ。

シャイニング、君はどうする?

……私もリズもすでに準備はできています、すぐにでも動きましょう。

ところで、さきほどナハツェーラーの王が君に対してあれこれ言っていたが、君は否定しなかったな。

否定しても……意味はありませんからね。

この三年間、私たちはロドスで平穏な日々を過ごしてきました。この平穏は……私にとってもリズにとっても、とても得難いものです。

では、その平穏ともお別れの時か?

先生もご存じの通り、私たちが同行すれば、あなたもアーミヤも必要ない危険に晒されます。

それでも……ロドスが私たちを必要とするのであれば、共に向かいましょう。

首領、S-309号防衛砲台が正常に稼働したことをご報告します――

どうやらマンフレッドは少しだけ成果を上げたようですね。

摂政王殿下にもご報告致しますか?

結構です。殿下はすべてを把握されておりますので。

王宮の信頼を得るには、まだまだ実質的な成果を上げる必要がありますね、マンフレッド。残兵や密偵の数人を捕らえただけではまだまだ足りませんよ。

副砲の稼働はただの第一歩に過ぎません。重要でもない区画など殿下はお求めではない、そう彼に伝えておいてください。

もし必要とあらば、そのような区画は丸ごと放棄したって構わないでしょうね……

……

如何されましたか?

その場から一歩も動かないでください

……敵が潜りこんできただと!?

首を斬られたくなければ、動かないように。

……

……

これはこれは、珍しいお客人がいらっしゃいました。

……驚きはしないのだな。

ふむ……では言い方を変えましょう、ずっとお待ちしておりましたよ。

あの舟は今のところ、ロンディニウムの外にある荒野に停泊しておりますよね。ですのであなた方は今頃、城壁に辿りたばかりだと思っておりました。

……

しかしまあ、驚くこともありません。なんせ、アサシンの足取りはいつだって早いものですから、違いますか?

相変わらず無駄口が多い。

あなたが私に無駄口を叩く合間を与えてくださるからじゃないですか。

しかしなぜ殺さなかったのです?あなたならできたはずでしょう。私ですら気付けないほど、あなたは影を見事に操ることができるのですから。それとあなた、その呼吸の仕方……

どうやら殿下の元から離れた後も、怠らず鍛錬を重ねてきたようですね、あのお方からあなたに授けた技を。それを知れば、殿下も喜ばれるでしょう。

……黙れ。

アサシンが情緒に突き動かされるべきではありませんよ。
(???が聴罪師に斬りかかる)

……

ほう……静かに素早く、お見事です。

お前はほかの連中よりも……中々腕がある。

だから即座に殺そうとしなかったのですか?

聴罪師の命など、ご自分の命と引き換えに刈り取るほどの価値はないとお思いだったとは……なるほど、城に入るまで、まだ殿下とお会いできていないのですね。
それを言われた影はなんの変化も起こらなかった。影が動くことも、ましてや返事をすることもない。
聴罪師の視線はそこの空白を横切り、窓の外へと向けられた。そこも同様に空白しかなかった。
そこへある黄金色の光が彼の微動だにしない両腕からひらりと舞い上がり、窓の外から差し込む日差しへ溶け込んでいった。

謁見の間へいらしたら……相見えるのが殿下お一人だけではないのかもしれませんよ。

その時あなたがどんな表情をするのかが楽しみですね、アスカロン。

つまり、ヤツらも到着したのだな。

はい、摂政王殿下。我らの首領がすでに議事堂でヤツらのうちの一人と対面しております。

どういった顔ぶれが来たか、調べるようにマンフレッドに知らせろ。

あの若い将軍ならすでにこちらのトランスポーターと会ってるいると思われます。ただ……

あれぐらいのことなら彼にもできるはずだ。

マンフレッドをご信頼してるのは重々承知しております、殿下。

しかしお言葉ですが、今の彼は諦めの悪い各方面からの抵抗で手が回らない状態にあります、それに結論から申し上げますと、ロドスが接近してきた直後の段階においても、彼はその接近には気づいておりませんでした。

ではお前の意見を聞こうか、任せる人選を。

諸王は前々からあの贋作に興味を示しております、すでに行動に出たあのお二方を除いて、ブラッドブルードの大君は今や市内にいる貴族とのやりとりにうんざりしてると仰っておりました。

ですのであのお方なら、喜んでマンフレッドへのご助力としてサディオン区にお越し頂けるかと思います。

では彼に伝えろ。

“魔王”とドクターを見つけたら、直ちに私のところに連れてくるように。

あの士爵は如何致しますか?もちろんではございますが、ナハツェーラーの王が彼女を見張ってくださっております。ただこちらもそれなりの準備が必要でして。

ブラッドブルードにやらせておけ。

承知致しました、殿下。大君もそれをお聞きして喜ばれるでしょう。

それと、私たちの首領からなのですが、殿下の周りにもっと衛兵を配置致しましょうか?

必要ない。私に用があるのなら、好きなだけ来させればいい。

それともう一つ……もし仮に“彼女”があの者たちと会いたいとお考えになった場合、こちらから干渉したほうがよろしいでしょうか?

……

会わせてやれ。

しかし、“彼女”をあのロドスの者たちと会わせては……些かリスクが生じるのでは?

聴罪師の巫術は頼りにならないと、今更私に言うつもりなのか。

申し訳ございません、どうかお許しを。

殿下もご存じのように、“彼女”の思想と行動はサルカズの意志そのものです、そのご意志は……過去に残した情を、きっと打ち破ってくれるでしょう。

ただサルカズの未来から潜在的な病根を排除するのが、聴罪師の存在意義にございます。首領も起こりうるすべての可能性を考慮する必要がありまして……

意義などない。

檻籠に閉じ込められた傀儡が、戦場でサルカズたちに命令することなどできるはずもない。

聴罪師に伝えろ、三度目はない。

そのような言い回しでテレジアを侮辱することは許さん……私への侮辱も含めてな。

さあみんな、ここまで来ればもうそろそろだ。

……合図だわ。

あの合図は……えっ、緊急会議?

異常事態でも発生したのか!?ロックロック、急いで戻るぞ。

この人たちはどうするの?

指揮官はこいつらをここまで連れて来いって言っただけだ、まあ今じゃ彼女もこいつらに会えそうにはないが。

じゃあここに居てもらおう。

それはちょっと可哀想すぎないか?なんならオレが直接こいつらを指揮官のところまで……

ダメ!

えっ?

このよそ者たちがあの人たちだって断定はまだできないでしょ。

……でもこいつら以外に誰がいんだよ?

とにかく、この人たちのことは指揮官と大隊長たちの判断に任せよ。

キミは勝手にこの人たちを通路に、しかもこんなにも奥まで連れてたんだよ、それだけでも超危険な行為だったんだから、自覚してよね。

探りなら入れただろ……

それは賢い選択だったよ、そう思う、けどそれでもキミは人を信用し過ぎ。

さっき知り合ったばかりのこのお友だちをよく見て、特にそのドローンを操ってる人。

ええ?アタシ?

彼女……サルカズじゃん。

そそ、アタシはサルカズ、でもそれがどうしたの?言っとくけど、ウチにはアタシ以外にもサルカズがたくさんいるからね、ほかにも……むぐぐ!あ、アーミヤ?

……

ロックロックさん、あなたの言う通り、この人たちはみんなサルカズですけど、私たちの信頼できる仲間でもあります。

私たちは決して……上であなたたちの故郷を占領したサルカズではありません。

違うかどうかは、キミたちが決められることじゃないよ。

どういう意味だそれ?

俺たちと一緒にいるのがイヤなら最初から言え、そしたら俺たちも好き好んでこんな真っ暗な配管に潜っちゃいねぇよ!

キミたちはネイティブなんでしょ。ここに残りたいっていうのなら、アタシたちの戦友と同じようにキミたちのことも歓迎してあげる。

……けどこいつらはどうしても信用ならないの。

チッ……テメェがなにを言おうが俺たちは……

私たちは仲間だ。

・みんなロドスのオペレーターだ。
・みんな信頼できる私たちの仲間だ。

そうです、ドクターが言ったように……

ロックロックさん……先ほどから私たちはたくさんの情報を交換してきましたよね。

けどそれでも、私たちを信用されていない、であればこちらも無理して一緒にいるつもりはありません。

フェストさん、さきほどは助けて頂きありがとうございました。

今後は、別の侵入ルートを探ってみますので……

……ちょ待てよ!

その、別にロックロックはそういう意味で言ったわけじゃ……

ロックロックさんがどう思われているのかなら、多少は感じ取れるので分かりますよ。理由なき恨みなどは存在しない、ただそれで彼女を責めるつもりもありません。

昔からずっと、ロドスは同じような扱いを受けてきました。

私たちが感染者だから信用できない、あるいはサルカズと一緒にいるから疑われる、どれもロドスにとっては同じことです。

ロドスの立場なら、私たちで必ず行動で示してみせます。

でも……それでも私たちはその異様を見る目には耐えられないんです、その点だけはどうかご理解ください。

……

いいことを言うわね、コータスさん、キミはいいリーダーだよ。それでも考えを変えるつもりはないから。アタシだって守るべき自分の仲間たちがいるんだよ。

フェスト……隊長、みんなに準備するよう伝えるから、先に行くね。この人たちを指揮官のところに連れていくのなら、ちゃんと考えてからにするんだよ。

どうするかは指揮官が決めてくれる、その時になったら、どんな命令であろうと、アタシは従うから。

おい、ロックロック!

アーミヤちゃん、せっかく仲良くなれたと思ったんだけど、もしかしてアタシなんか言っちゃった……?

クロージャさんはなにも悪くありませんよ、ただ、これから仲良くなれるかどうかは、フェストさん次第です。

……

分かった、ついて来てくれ。オレの判断が間違ってなきゃいいんだけどなぁ……じゃないと絶対副隊長に殺されるし、指揮官に会うツラもねぇ。

分かりました、フェストさん。ちょうど私もそちらの指揮官とお会いしてみたいと思っていましたから。