……ロンディニウムに戻ってから186日目。
また三名の兵士が私たちに加わってくれた。二名は重傷。戦えるのはロッベンだけだった。
ここの区域だけでも、少なくとも何十名の兵士が敵に囚われている。
すでに陥落したロンディニウムにいる捕虜にされた兵士の数は計り知れない。
生きてるのかすら分からない。
生きてたとしても、私は素直に喜ぶべきなのだろうか。
毎日、せっかく生き延びれた人たちが一人一人と永遠の別れを告げる。一人一人の名前はできれば憶えておきたかった、でも実際、兵士たちが私を会いにきた時はすでに、口を開くことはなかった。
少しでも多くの人に彼らの声を聴かせてあげたかった。そして誰でもいいから……私の声も聴いてほしかった。
いつかこの記録が誰かに見つかりますように。
あなたたちの任務が無事に遂行されますように。
そしてどうか、またすぐロンディニウムに戻ってくることがありませんように……
ホルンさん、新入りの兵士たちを配置しておきました。
ありがとう、ブレイク。しばらくは彼らに任務を割り当てないようにしましょう、まずは二日ぐらい慣れさせてあげたいから。
ホルンさん、私なら慣れなど必要ありません!今すぐにでも敵を倒して差し上げます!
……わかった。じゃあブレイク、ロッベンを四番隊に編入させて、交代しながら偵察に当たらせなさい。
分かりました、ホルンさん。最近ダブリンがまた活発になり始めてきましたからね、ちょうど人手が足りていなかったんですよ。
三番隊はまだ帰ってきていなかったわね。ロッベン、あなたは少しの間でも休んでおきなさい。
私なら何かほかのことも……
いいから座ってて。私たちには多くても30分程度の時間しかないの、無駄にしないで。
……分かりました。
あと、あなたの気持ちはよく分かるわ。
敵を殺してやりたいんでしょ?朝に起こったあの戦いだけじゃ物足りなかったかしら。
そうです、こっちはまだ手が震えるばかりです!一矢でも多く撃ちたそうに!
……ロッベン、一つだけよく憶えといて。
私たちはなにも、ダブリンを、ましてやサルカズを消し去るためにここにいるわけじゃない。
生き残る、それが私たちの第一目標よ。
私たちだけじゃなく……ほかの人たちも、ね。
ホルンさん……しかし私は……
分かりました。
分かればよし。ほら、ちゃんと休んでおきなさい。
……ホルンさん、その手に持っているのは?
備忘録よ。
適当に書いてるだけだから、気にしないで。
確か、長い間ずっと独りで行動していたと、前に言っていましたよね。
道理でそのような習慣が身に付くわけです……
あはは……それかもしくは、ずっとほかの人たちの隊長をやっていたからなのかな。
何を喋っても、誰も私に返事してくれなかったから、ずっと何かがぽっかり穴が開いた気がしていたの。
ただブレイクたちがダブリンからこのペンを奪ってきてくれて助かったわ、じゃないと今頃ナイフで下水管に文字を刻んでいたわよ。
刻んで、いたんですか?
一番外側にある排水階層に行って探してみるといいわ、もしかしたら私が刻んだ『ヴィクトリアの歴史の一部』が見つかるかもしれないわね。
それって……かなりの時間、刻んだことになるんじゃ?
……冗談よ。
こういう話はまた今度にしましょ。いつでも近くにダブリンが戻ってくるかもしれないから、私はちょっと目を休むことにするわ、あなたもそうしておきなさい。
将軍、ダブリンのあのフェリーンが来ました、将軍にお会いしたいと。
一人でか?
はい、ほかの者は連れてきていません。
連れてこい。
ただ将軍、ヤツのアーツは厄介でして……
私はその程度のアーツも相手にできない、お前の目にはそう映っているのか?
いいえ、決してそのようなことは!将軍、あなたはテレジス様と同じく、私が最も敬服する戦士でございます!
ならさっさとやるべきことを済ませろ。
はっ!
……
ヘドリー、お前は残れ。
聴罪師のトランスポーターに会ってから、お前も覚悟はできているはずだ。お前に任せたい仕事がある。
あの舟からターゲットとなる人物を連れ出す仕事か?
お前はヤツらとつるんだことがあるんだろ。
傭兵だからな。だが傭兵はいちいちつるんだ相手の顔を憶えたりしないさ。特別に値がつくクビじゃなければな。
知り合いはいつだって相手しやすい、そういうものだろ?
……そうかもな。
あのバベルのアサシンはすでに中央にいる。今は聴罪師が彼女を食い止めてくれているはずだ。
そこでだ、ヘドリー……ほかにどんなメンツがいたか、当ててみないか?
市内の傭兵はまだそのメンツの痕跡を見つけていないはずだが。
向こうならいずれ動き出すさ。
この半年間、我々はヴィクトリアでずっとあの舟の位置を追跡し続けてきた。だがヤツらはいつだって我々の一手先を進む、挙句の果てにいつの間にかロンディニウムへ接近してきた。
何故だと思う?
……
可能性なら一つだけ思い浮かぶ。ロンディニウムにあいつらの協力者がいることだ。
協力者……そうだな、協力者。
おそらくその協力者なんだが、すでに何年も前に配置されていたのだろう。それにかなり深く潜り込んでいるはずだ。さもなくば我々の目から逃れられるものか。
……理にかなった推測だ。俺がすれば、あの士爵……あの医者の手段は予想し難いものだからな。
ヘドリー、最近捕らえた抵抗者の身元詳細をもう一度隈なく調べ上げるんだ。
我々はその協力者をすでに捕らえていると?
仮にロドスの人間がまだこの付近をうろちょろしているのであれば、そうせざるを得ない理由があるはずだ。
1:15p.m. 天気/曇り
ロンディニウム、サディオン区、地下構造空間
ついたぜ。
なにモンだ!?
ビルさん、オレだ、戻ったんだよ。
なんだお前かよ。さっきロックロックを見かけたぞ、一緒に任務に出たはずなんじゃ?
あー、あいつは別件で先に戻ったんだ。
お前の後ろにいる人たちは……おい待て、サルカズがいるぞ!?
ちょちょちょちょ落ち着け――
……
この人たちは指揮官が待ってるあの人たちかもしれないんだって!
……指揮官は協力者を待っているはずだろ?協力者なら、なんでこんな魔族ばっかなんだ!
ビルさん、もう勘弁してくれよ、指揮官はどこにいるんだ?今すぐ会わせてくれ。
……
頼むぜビルさん。オレがこれっぽっちも裏切るとでも?
それはない。ここはみんなお前を本当の兄弟として見ているからな。
じゃあロックロックからここを守れって言われたんだろ?それならもう何人か呼んで見張ってもらったっていい、そいつらと一緒に行くよ。
……わかった、そうしよう。
それとお前ら、下手なマネはするんじゃないぞ。見ているからな、サルカズめ。
んー……アーミヤちゃん、アタシ達なんか今まで以上に歓迎されていないようだね。
・私もそう思う。
・……
・こりゃ協力を結ぶのに苦労しそうだな。
いや~ごめんな。いつもこんなんじゃないんだよ、ちょっと何人かしら……サルカズに敏感でさ。
指揮官が説明してくれたらきっとよくなるからよ。さあ、ついてきてくれ、すぐこの先で会議してんだ。
聞こえていなかったのか?あいつら、都市防衛砲台で検問所を吹っ飛ばしたんだぞ!これ以上ここにいるのは危険だ!
でもサディオン区を離脱すれば、人員救助は難しくなるわよ。
俺だってみんな助けたいさ、したくないとでも?だがそんな俺たちの仲間が今どこに閉じ込められているのか知ってんのかよ?まさかサルカズの目の前で一軒一軒部屋を探すつもりか?
それについてはフェストとロックロックがずっと消息を探してくれているわ。
それじゃあ遅いんだよ!状況が変われば、俺たちが苦労して作った拠点もいつだってサルカズ共に破壊されちまうんだぞ!
基地は死んでも、人は残る。
軽々しく言えたもんだぜ!そりゃそうさ、少しずつここを作り上げたのはお前ら商売人じゃないんだからよ!
・言い争っているな。
・ちょうどいいタイミングに来たんじゃないのか?
あはは、まあちょっとな。
大丈夫だ、指揮官は気にしちゃいないさ。
オレたちは色んなところから人が集まってきてるから、時々こうして意見が合わなくなる時もあるんだ、でも安心してくれ、みんな心は一つだ。
いくら言い争っても、指揮官さえいれば、最後は全部まとまっちまう。
・みんな彼女を信頼しているんだな。
・そんなにすごいお方なのか?
ああ……オレたちのほとんどは彼女に助けられた人なんだ。指揮官がいなきゃ、とっくにサルカズやダブリンに殺されちまってたよ。
たとえばロックロック、あいつの親父さんは都市防衛軍の情報を頑なに吐かなかったから、傭兵たちにリンチされて殺された。
そんでオレはサルカズに手を貸したくなかったからなんだ。最初は何人かの仲間と一緒に西のハイバリー区からずっと逃げてきたんだが、配管の中で餓死しそうになったことがあってな……
けど結局、指揮官がオレたちを見つけくれたってわけ。
オレたち一人一人を絶望から救い出し、そして繋ぎ合わせてくれたのが彼女なんだ。
みんな尊敬してるんだぜ、なにより彼女ならオレたちをどんな苦境をも乗り越えさせてくれるって信じてるんだ。
指揮官、あなたはどっちですか、移転するのかしないのか。
指揮官、今すぐ救助活動を展開したほうがよろしいかと。
指揮官……
ハンマー、テイラー、二人共落ち着いて。
時間は刻一刻と迫ってきている、ここでの言い争いは何も生まれないよ。
この声は……
ヴィーナ、どうしたんだ?
いや、なんでもない、ただの聞き違いだろう。
フェストさん、最後に話されたあの方が指揮官でいらっしゃるのですか?なんだか……すごく若いですね。
驚いただろ?オレが最初指揮官に会った頃も、お前と同じことを思ったさ。
なあコータスのお嬢ちゃん、さっき初めてお前に会った時、お前がリーダーだって俺が言ったのを憶えているか?その理由が直にわかるよ。
さあ、オレたちの指揮官とご対面だ。
諸君、各々の気持ちはよく理解しているわ。ただし、言い争う必要のない論点が一個だけある。
それは私たちの仲間であれば、必ず救い出すことよ。
私たちが戦士たちを放っておいてしまったら、この先誰が我々と共に戦ってくれるというの?
私たちが仲間を見捨ててしまったら、この先誰が我々に救いの手を差し伸べてくれるっていうの?
私たちはロンディニウム市民自救軍。我々はロンディニウムを救う前に、まずは私たちの知ってる人たちを、生きている人たちを救い出さなければならない。
掲げ上げられたその手はとても細く、小さく、幼かった。しかし沸き立たんとする怒りと焦りを抑え込むほどのパワーを有していた。
会議の現場が静まり返る。
みな、自分たちの指揮官に目を向ける。とても自然に、あたかもこの痩せ細い肩がはたして重苦しい希望を背負いきれるのかどうか、誰も最初から疑ったことがないかったかのように。
見覚えのある場面だ。
多くのロドスオペレーターたちがそう思った。彼らも期せずして同じように、自分たちの目の前に立つこのコータスに目を向けたのだ。
フェストの言ってたことが理解できましたよ。
うんうん、確かに似てる~、そうだよね?
・そうだな。
・……
・それでも違うところもあるさ。
……
皆さん……静かにしましょう、会議の邪魔になっちゃいますよ。
どうやら具体的な救援方法を考える前に、何名かの友人と会わなくてならないようね。
フェスト、こちらまで案内してちょうだい。
あっ……はい、指揮官!
初めまして、ロドスの皆さん、ずっとお待ちしていました。
私はクロウェシア、ロンディニウム自救軍の指揮官を務めています。
将軍、ダブリンの指揮官が見えました。
……マンドラゴラ殿。
……
マンフレッド……将軍。
ここへ来たということは、何か私と重要なことを話し合いたいからなのだろうな。
フンッ……何もかも知ってるくせに……
あんたホントにサルカズなの?ほかのサルカズとはてんで違うわね……人をおちょくらないところとか。
マンドラゴラ殿、今のはサルカズたちにとって一種の侮辱とも捉えられる発言だぞ。
……どうとでも解釈なさい。
どうせこっちは……謝罪しに来たんだから。
ほう、謝罪?
さっき下の検問所で起こったことよ、うちの人とそちらの人との間でちょっとした誤解が生じたみたい。
……誤解。
だから……ここで、もう一度確認したいの……私たちとの間で結ばれている協力関係を。
もう一度言わせて頂こうか、マンドラゴラ殿。我々の間には別に必ずこれを遵守せよという事項は存在しない。
ダブリンがサルカズのロンディニウムにおける行動を一切阻害しない限り、貴殿らはいくらでもここら一帯に停留しても構わん。
だから貴殿としては……これを一つの暗黙の了解として見なしてくれればそれでいい。
……それは、憶えているわ。
ふむ、だが忘れていても気にすることはないさ。先ほど起こったあの些細な騒動だが、一先ずは貴殿への警告としておこう。
……
感謝……するわ。
まあそう急いで詫びに入るな。サルカズは貴殿らと違って根に持つタイプでな。
見返りはなに?まさかアタシの命かしら?そうしたいのなら……
そうしたいのなら、貴殿はここには来れていないさ。
いや……貴殿が数か月前に赴いた西方大聖堂の階段に、足を踏むことすら叶わなかっただろうな。
ッ……
ダブリンの細やかな誠意、我々はそれが見たいのだよ。
だが、我々から奪ったヴィクトリア兵を返すような、あるいは脱走したヴィクトリア市民を一人二人誘拐するような“誠意”ではないぞ。
我々もそろそろ……真っ当な協力関係を結ぼうじゃないか。
ホルンさん!
どうしたの?
お邪魔してすいません、でもサリーが……もうもたないんです!あいつの負傷した足がパンパンに腫れて、もう膿も……
……
三番隊は?
まだ戻ってきていません、今朝は外が混乱していましたから、帰還に時間を取られているんじゃないかと。
ここにはあと何人残ってる?
新入りも加えて、戦えるヤツは全部で十七人です。
二番隊はここに残ってて、あなたたちも引き続き偵察にあたりなさい。
それ以外の五人ほど人を借りるわよ、もう一度ダブリンの住処に行ってみる。
しかし……それでまたマンドラゴラとばったり会ったらどうするんです?
……もうサリーは待てないのよ。
彼は今すぐ応急薬が必要だわ。鎮痛剤と解熱剤がなければ、おそらく今日の午後にも……
みんなまだ何か金目になる物は持ってるの?ん?毎日必要分の食料を交換するだけで、手一杯?
じゃあダブリンとじゃなくて、まさかサルカズと交渉するつもり?
それとも……一般人に助けを求めるのかしら?もし彼らが私たちに手を貸したら、敵にどんな仕打ちを受けるか、知らないあなたたちじゃないわよね?
はぁ……
ため息したところで戦友の命は戻ってこないわよ。
ほらほら、さっさと片付ける、使える武器もはやく持ちなさい、今すぐ出発するわよ。
ロッベン、さっき殺し足りないって言ってたでしょ?ラッキーだったわね、だってほら、もうそのチャンスがやってきたんだもの。