ボス、言ってた通り、逃げられてしまいました。
レジスタンスめ……どいつもこいつも砂地にいる獣みたいにコソコソしやがる。少し目を離したらこれだ、砂地に潜って完璧に姿を消しちまう。
……そうだな。だから、徒に体力を消耗させられるな。
ヤツらがまた顔を出す際に備えて、自分たちのいる場所をしっかり守っておけ。
分かりました、ボス。
言うことを聞くいい部下を手に入れたようね、“ボス”。
ここならよく稼げるからな、みんなやる気があるんだろう。
それに信頼されているわね、あなた。分かるわよ、その信頼はもはや傭兵から傭兵に向けられるものよりもはるかに上だって。
マンフレッドの計画は上手いこといってくれてるおかげだな。
彼のこと結構評価してるのね。ああ、あなたたちってばもうお互い腹を割るほどの仲良しさんだったわね、忘れてたわ。そりゃあなたに新しい住居を、書斎だけでも前住んでいた屋敷よりも広大な住居を与えてくれたらイヤでも評価しちゃうものね。
……あの伯爵の屋敷か、その持ち主は俺が殺してしまった。
良心が痛むなんてことは言わないでよね?
あの時、彼はちょうど午後のティータイムだった……妻と三人の子供と一緒に。
……確かに、あれは私たちが今まで請け負ってきた仕事とは違っていたわね。けどあれはあなたが選んだ仕事よ、だから死んで久しい良心を悼む資格なんて、私たちにはないわよ。
ならそんなことを俺に聞くな。確認したいことがあれば、直接自分で見ればいいだろ。見えるくせに。
プレッシャーに苛まれてるわね、それはそれで見てられないけど。
まあいいわ、この話は終わり。今はまだお互い慰め合う場合じゃないからね。あなたに会いに来たのは、一つ忠告しておきたかったからよ――足元を掬われないように、ね。
それはつまり……
傭兵なんて信頼できないわよ、いつの時代だってね。
道を歩く時は、影の動きにも目を配っておきなさい、でないとせっかく積み上げてきたものがすべて崩れてしまう。
……それを伝えにきたのか?
いいえ、まだあるわ。
――色々なごたごたで回り道してきたみたいだけど、彼女、こっちに向かって来ているわよ。
うちのメンツはもう配置についたのかしら?
はい、サルカズの指示通り、すでに例の場所へ……
バカね、サルカズから言われたことを指してるんじゃないわよ。
では長官、本当に今夜に遂行するのですか?もしマンフレッドの……
……マンフレッドにハメられてるんじゃないかって、そう言いたいんでしょ?
あいつの企みを知らない私とでも思ってるのかしら?
いえ、そんなことは……
あいつはこっちを試そうとしてるのよ、ならこっちも同じことをしてやろうじゃない。
あいつの指示なら従っておいてやるわ……ただ、向こうはこっちが何人いるのか把握できないでしょうね。
つまり、サルカズのために門番を続ける、と?
……それやめて。
門番なんて言うんじゃないわよ、それじゃあまるで私たちはサルカズの……サルカズの……
チッ、もういい。今日を凌げればそれでいいんだから。最後の仕事を終えたら、いよいよロンディニウムから出るわよ。
ほ、ホントですか?嬉しいです、長官!
私……幼い頃からずっとロンディニウムが大嫌いだったんですよ、うちの両親もここに行ったっきり戻ってこなくなって……
この都市は、きっと人を食っちまうんですよ!
……そうね、私もここが嫌いよ。ここはほかの都市と違って、区画だらけ、ビルだらけ、おまけに排水溝だらけ。
毎回あの匂いを……貴族のテーブルから匂ってくるあの脂っこい匂いを嗅いだだけで、吐きそうになるわ。
ただそれも今日で終わり、ようやくここをおさらばできるんだから。
夜は“しっかり働くように”、みんなに伝えといて。絶対マンフレッドに弱みを掴まれるんじゃないわよ。
あと、実力に自信があるヤツを十人引っこ抜いてちょうだい、私と一緒に行動させるから。
あんた、マンフレッドの後をつけさせておいたんだけど……あいつがどこに向かったか、分かったのよね?
はい、長官。
なら結構。
今晩……必ず私たちの“スパイ”を救出するわよ。
ずっとロンディニウムにいたもんだから、しっかり仕事を終えないとね?じゃないと安心して家にも帰れないわ。
絶対に……絶対にリーダーを失望させたりなんかしないんだから。
ホルンさん、戻られましたか!
ええ、ロッベンたちは?
もうとっくに戻ってきてますよ。
よかった。それで薬は見つかった?サリーに会いたいんだかれど。
それなら……もう会わなくてもよろしいかと。
それってどういう意味!?まさかサリー……
……
それでも会わせてちょうだい。
ヴィクトリアはまた優秀な兵士を一人失った。
また一人、可愛らしい娘が立派な父親を失った。
私たちは一体あとどれぐらい失えば、この悲劇の幕引きを見られるのだろうか?
……
サリーの娘さん、名前はなんて言うんだったっけ?エリン、それともエルザだったかしら?確か一家はアスカラ郡に住んでいたはずよね。
ブレイク、サリーの遺品をまとめてくれないかしら?戦争が終わったら、みんなで一緒に彼のお住まいに行ってみましょう。
でもあいつ……何も残してませんよ。
……なにも残してない?
それは違うわ、ブレイク。少なくとも彼は……物語を残してくれた。だから行きましょう、娘さんもきっと聞きたがってると思う……
先の見えない暗黒時代に、お父さんは決して苦難に屈しなかったって、そう伝えるわ。
……分かりました、ではその時はお供します、戦争が終わった時に。
あと、サリーから遺言を預かってました。
えっ……彼、なんて言ったの?
――“申し訳ありませんでした中尉、どうかあなたは生きてください”、と。
……私に謝ることなんてないのに。
ええ。ただ分かりますよ、みんな、あいつの言いたいことは分かります。
兵士であるのなら、いつかはどこかで死ぬ、それぐらいのことはみんな分かっています。
ただ今までの色んなことを経て、サリーは……いや、俺たちはナニが一番恐ろしいのかが、分かってきたんです。
本来なら我が家だったはずのロンディニウムは、今や監獄と化してしまった。
だから栄誉ある死を遂げることは、もはやただの贅沢になっちまった、そう思いませんか?
……贅沢、であるべきじゃないのにね。
ええ、しかし事実そうなってしまいました。
そんなこと、俺たちは重々承知してますよ、でもそれでも……あなたにはどうかこのまま突き進んでほしい、ホルンさんは俺たちに希望を与えてくれたんですから。
だからホルンさん……俺たち全員の希望なんか、背負わなくったっていいんです。あなた一人じゃあまりにも重すぎる。
……
生きるのは……死ぬよりも難しい、そうなのね?
ふっ……これで彼女に謝らなければならなくなったわ。
彼女とは?
あなたたちと同じ、優秀なヴィクトリア兵よ。
彼女は……いや、この話はやめましょう。
さあみんな、シャキッとして、今は悼んでる場合じゃないわよ。
――!
ホルンさん、もしかして収監されてるほかの兵士の居場所が分かったんですか?
ええ、可能性は大いにあるわ。
もし吐かせた情報が正しければ、サルカズは明日の午前にでもその人たちを移送するはずよ。
だから……あなたたちの意見を確認したい。
ホルンさん、確認なんていりませんよ、そのまま命令を出してください!
わかった。では日没後、直ちに行動に移るわよ。
一番収監されてる可能性がある場所はすでに地図で明記しておいた、ここで何か質問はあるかしら?
判明した場所は……八つもあるんですか?
私たちのオペレーターを加えたとしても、二日以内に全部調べ上げるのはとても困難に思えますが。
この八つの場所はすべて臨時監獄としての条件を満たしているわ、残念だけど一個一個調べていくしかないわね。
監獄付近には住民の居住区域が設けられていない、つまり情報はめったに流通しないってことを意味するわ。
それと同時に、すべて中央に通じる幹線道路の近くに建てられている、サルカズ兵がスムーズに市内と市外を往来できるようにするためね。
そして何より……どこも今私たちがいるこの区画とは連結していない。
まさかもう自救軍の地下活動がすでにサルカズの指揮官にバレているのでは?
彼は賢いわ、絶対に甘く見ちゃいけない。
では……捕虜を収監する施設ですから、厳重に守りが固められているはずですよね?
その可能性はあるわ。
こちらの偵察員がサルカズ兵の各区域における移動ルートを追跡してみたんだけど、まったくつけ入る隙がなかったわ、残念なことに。
ここはどこなんだ?
廃棄された工場よ。以前はキャンディを作っていたんだけど……そうだ、キャンディっていうのはここの工場付近一帯で言われている俗称なの、だから誤解しないでね。
前までは合成コールという有機化合物を精製していた工場なの、ただ子供たちの好きなキャンディと包装が似ていたから、みんなそこは“キャンディを作ってる”って言い始めたわけ。
キャンディ工場ですか?どこかで聞いたような……
・じゃあここを最優先調査目標に指定しよう。
・どうやら答えに近づいたようだな。
どうしてかの理由をお聞きしても?
このキャンディ工場の所有者を知ってるかもしれないからだ。
あっ……思い出した。それって……トーマスさんのことですよね?
確かトーマスさんはずっとサルカズについていたって言ってませんでしたっけ?サルカズが自分の工場でナニかをしていた、それを覗き見したせいで殺されそうになったとかも言ってた気がします。
それにダブリンも……トーマスさんが持ってる情報を欲しがっていましたよね。
・サルカズと相対してる勢力なら誰だって欲しがる情報だ……
・……サルカズからすれば誰にも知られたくない情報なんだろう。
なるほど。
フェストに知らせて、我々の第一目標がコール精製工場に決まったわ。
ハマー、そちらは引き続き移転作業に集中してちょうだい、保険はあるに越したことはないからね……
クロウェシア指揮官!
どうしたの、ローレンス?
]偵察隊が帰投しました、地上でサルカズの傭兵と接触したと……
……死傷者は?
四名が負傷、一人は……連れて行かれました。
皆さん、申し訳ないけど、会議は一時中止にさせてもらうわね、様子を見にいかないと……
……クロウェシア指揮官。
ロックロック、何しに来たんだ?まだ傷を応急処置したばっかだろ!
ダメ……これは、アタシから直々に指揮官に伝えないと。
まさか見つかったの……?
はい、ゴールディングさんの情報が届きました。彼女ならまだ北部にある居住区の学校にいるので、とても安全とのことでして……
ただ二日前のある集会で、サルカズの奇襲を受けたと。
それであの女性のトランスポーターが……捕まえられてしまいました。
……
待ってください――
その女性のトランスポーターって、自救軍にロドスを迎え入るようにお願いしてきた方ですか?
・ロドスをヴィクトリアに入らせてくれた女性だ。
・ヴィクトリアに関する情報をたくさん収集してくれた女性だ。
・ケルシーの古い友人なんだ。
ええ……その人よ。
アーミヤ、ドクター、救助任務を前倒ししなくてはならなくなったようね。
彼女は自救軍にとってとても重要な人物なの。たくさんの情報を握ってるし、何よりも彼女がいるかいないかで、私たちの撤退行動の成否が大きく左右される。
はい、分かりますよ……
ロドスにとっても、彼女は必要不可欠な方ですから。
初めての協力になるな。
ええ。だから信じているわ、ロドスならきっとそのサルカズに囚われたトランスポーターの救出作戦に力を貸しくれるって――
私たちの一番の戦士、一番の仲間、一番の友、ハイディ・トムソンさんを救出するために、ね。