(爆発音)
報告通りだな、これが一体どういう生物なのか興味が湧いてきた。
(警戒する唸り声)
どうどう……何もせぬさ、可愛いヤツめ、どうやら人の言葉も理解できるらしい。
あの恐魚には別のナニかが寄生していた……ですけれど、今まで陸で見たのはこれが初めてですわね。
“溟痕”だ、イベリアではそう呼ばれている。
大静寂の後、イベリアの沿岸に住む者たちは極たまに海が発光する現象を目にする。一番古い目撃情報は十七年前だ。
こちらの科学研究者たちは、ある種のプランクトンが爆発的に増殖した際に起こす現象だと考えている。
せっかく君がここにいるので聞きたいのだが、エーギル人も……この不安を誘う現象を見たことがあるのかね?
エーギルでこのような現象は極稀にしか発生しませんわ。ですけれど蛍光を発する植物かしら?そういった観賞用植物なら科学院の荘厳なガーデンには欠かせませんわよ。
ほう、エーギルも“鑑賞”をするのか。
“溟痕”――言い得て妙な名称だこと。この現象は即ち、海の陸に対する接触そのもの。
この蔓延る“溟痕”、本質的にもわたくしたちがサルヴィエントで見た恐魚とは同じもの。
ほう……つまり、この自然現象もまた、“恐魚”の一種の生物的な形態というのか?
イベリアの生物学者さんたちもまだまだですわね。
……状況は想定してるよりも複雑だ、だが最悪とまでは行かない。
裁判所が目にし、殺し、そして捕らえた恐魚の種類はここ毎月ほとんど変化している。
一番早い発生は第三海岸線で起こった。だが四五日しか経っていないというのに、我々が直面してきた宿敵共はどれも異形な姿と化していた。
海は今まさに陸に侵略してきている。私が言ったように、海は自らの方法で俊略しているのだろう。
ただ今は、ロドスのオペレーターの救助に向かわせて頂きたい。
一緒に向かいますわ。
結構だ、君とハンターたちはなるべく迅速に脅威の排除に取り掛かってくれ、現状それが一番有効だ。
……彼女への待遇ですけれど、イベリアならもっと丁重に扱うのかと思っておりましたわ。
(ケルシーが立ち去る)
無論ケルシーは丁重にもてなすべき対象だとも、だが今はより明確な敵が出現している、優先順位というものだよ。
それで君はどうするつもりかね、エーギルの執政官殿?このまま我々にエーギルの傲慢の相手をさせるつもりかね?
10分だけ時間をくださいな。その間に今ある問題はすべてわたくしが片付けます、その後はほかのハンターたちと合流させてもらいますわ。
どうやって灯台に向かうかは、その後にまた話しましょう。
では私はここに残ろう。この礼拝堂はすでに法を失って久しいが、それでも誰かがキレイに保ってくれている。
この礼拝堂がこの先の戦いの唯一の光となろう。そのためにもイベリア裁判所がここを守る、私一人でな。
おい、何かあったのか?
ティ、ティアゴ!あんたどこに行ってたのよ!?
アビサルの信徒が急に現れたんだよ!それにバケモノもよ、たくさん!
あっ……それと……
それとなんだ?あいつらはなんで町を襲ってるんだ?
アマヤは……アマヤはどこにいる?バケモノにやられたのか?
あいつら……あいつら……
無差別に町民を襲ってはいないわ、戦ってるのは……一人の……審問官だけよ。
――
裁判所へ密告した人ならいないよ!ティアゴ!本当だってば!
あの広場であのバケモノの死体を見つけてからそう間もなく、審問官は現れた。今思い返すと、もしかしたら彼らがやったんじゃないかって……あっ。
どうしたました、ティアゴさん?あっ……こんにちは。
二人とも顔色が……
ジョディ、ついて来い。
ティアゴさん?
静かにしてくれ。
ティ、ティアゴ、本当に私たちがやったんじゃないからね……いくら足が速くても、こんな短時間で裁判所までたどり着けるはずがないもの。
……わかってる。今はジョディの安全が優先だ、こいつにも事態を理解してほしい。
どうせ一週間前に、あるいか一か月前に裁判所へ向かったヤツがいたとか、そういうことなんだろう。邪教徒の噂も結構長い間伝わってたしな。
す、少なくとも私じゃないわよ!私も夫も違うから!
まさかフアンさんでしょうか?裁判所に狙われていたとか?
……あんた……
フアンが深海教会の人間だって……知ってたの?いつからそれを?
ジョディ!行くぞ!
あっ……はい。
(ティアゴとジョディが走り去る)
ティアゴ!
ああ……行っちゃった。
あいつならもう放っておけ、それで町はどうなってるんだ?
さあね。あの審問官とよそ者がバケモノたちと戦ってるわ、私たちじゃどうにもならないわよ。
チッ……もし審問官がバケモノを片付けちまったら、今度は俺たちが裁かれちまう。
そ、そんなことないはずよ……ちょっとあんた、なんかいかがわしいことでも考えてるんじゃないでしょうね?
あの審問官、いっそバケモノと共倒れになっちまえばいいんだ……
そんなこと思っても言うんじゃないわよ!
でもよ、今まで働いてる連中が恐魚に襲われたことなんてほとんど聞いてこなかっただろ……それに比べて裁判所だ、あいつらは俺たちをどれだけ痛めつけてきた?
で、でも……
じゃあ裁判所が来た場合、お前はどうやって自分は深海教会のモンじゃないって証明するんだよ?
……なにか方法はないの?
……あの審問官はかなりのやり手だ……疑いを晴らしたきゃ、あいつらに一番怪しいヤツを差し出せばいい。
例えば、深海教会と関わってそうなエーギル人とかな。
グゲゲ……
……ほかの者たちはみな、無事に脱出できたか。だがアマヤの姿が見えない。
審問官以外にも、狩人までがいる。アマヤの口から聞いたことがあるだけの狩人が。
だがここは陸地だ、審問官ほどの相手ではない。
アマヤを探して、連れてきてくれ。それから狩人たちを足止めするんだ。
さあ、行きなさい。ほかの兄弟と姉妹たちはすでに無残にも殺された、私たちが最後の一派だ、これ以上審問官に同胞たちを殺させるわけにはいかない。
(同調するかのように頭部を捻る)
ジョディ、はやくしろ!
は、はい……
(町があちこち壊されてる……あれも……恐魚の仕業なのかな?)
裁判所さ。
……!
それに大審問官かもしれない。部下も連れずに一人でアビサル教徒の古巣にガサを入れに来やがった、そうなりゃロクな相手でもねえ。
グラン・ファロで恐魚と邪教徒が現れた以上、弁明の余地もない。
ほら、ちゃんと持て。あとお前の親父さんのランタンもだ、ちゃんと持っておけよ。
ボク――
ジョディ・フォンタナローザ、お前はもう大人だ。お前にすべてを打ち明かしたのは、お前に新しい暮らしのチャンスを掴んでほしかったからだ。
俺ァ……ずっとお前に打ち明かしたかったんだ。お前に真実を教え、お前にここから出て行ってほしかった、でも俺ァ……
知ってますよ、ティアゴさん……あなたはボクの父みたいな人、そしてグラン・ファロはボクたちの家。ここを出て行けば……ボクはすべてを失う。
だが遅かれ早かれここを出るんだ。若い連中はみんな出て行きたがってたさ、お前以外はな。
さあ、送るよ。恐魚はおっかないモンだが、対処は知ってる。審問官の目を掻い潜って抜け出すには今しかない……
(ドアを叩くような音)
この音はなんだ?
……ドアのほうみたいですね?
ああ……ん?
……なっ……テメェら!恐魚よりもテメェらのほうがよっぽど人食いだぜ……!
なんとか言え!ペテロ!マヌエル!テメェらだろ、外にいるのは!ワカメみたいな臆病者め――!
て、ティアゴさん、どうしたんですか?
ドアを塞がれちまった。
え?でも、えっ、なんで?
なんでだって?お前がエーギル人だからさ。
きっとほかの窓とかも塞がれちまってる。上に登るぞ、屋上から出よう。
あなた、わたくしを知ってるのですか?
ローレンティーナ……その様子、シスターの装いはどうしたのですか?結構似合っていたのに。
あぁ、あなた……拠り所を見つけたのですね。そしてほかの狩人たちにも見つかって、連れて行こうとしていると?
ローレンティーナ……わたくしの名前。
万物の主の名前でもあります。
万物の主?
海、あるいは海で起こりうる物事を指す存在です。
精神状態があまりよろしくないですね、それではいけませんよ……あぁあなた、もしかして一度目を覚ましたのですか?クイントゥスを殺した時でしょうか?
クイン……トゥス……?
あなた、海に一度触れたというのに、そのままエーギルには戻らなかったのですか?あなたたちは総じてずっと帰りたがっていたと思っていたんだけれど。
それとも……陸にはまだあなたたちに導きを、ゆっくりとあなたたちに企ててもらえる人がいるとか?
ローレンティーナ、私たちはなぜこんなタイミングで出会ってしまったのでしょうね?
あなたの手、とても冷たいですね。
かつての私たちはなんでも話し合える仲だった、本当よ。
でも今は……
(遠くからスカジが呼びかける)
スペクター!
……あなたがまだ私の名を覚えていてくれたら、また私のところに来てくださいね。
私はもう陰ながら決心しました。もしあなたが目覚めて私のもとへやってきたら、すべてを教えましょう。
また会いましょう、ローレンティーナ。
(アマヤが立ち去る)
……あっ。
……
……あの人は誰?
知らない人です……でも彼女は……私を知ってるようでした。
彼女からは匂いがしない、少なくともクイントゥスのようなシーボーンではなさそうね。
そんなことより。
今は恐魚を片付けて、隊長と合流しましょう。
おい、近くに恐魚はいないよな?
い、いないわ……あっても死体だけ、とても静かよ。裁判所が全部片づけてくれたのかしら?
願ってもないことだ、それよりもういっちょ手を貸してくれ。こいつらを中に閉じ込めるんだ。おい、誰か審問官に知らせてくれ!
わ、わかった……これならもうビクともしないはずよ!でも町はこんな有様なのに、どうして町長にこんな仕打ちを?
町の有様が収まったら、審問官は今度俺たちに剣を突きつけてくるからだよ――お前ちょっと礼拝堂まで様子を見に行ってくれ、できたら審問官を呼んできてほしい。
わ、私が行くの?でももしまだバケモノが潜んでいたら……
あれ?屋上に人影が?
なんだと――?
ティアゴとジョディだ!逃げられた!はやく追え、追うんだ!
はやく、逃げるんだジョディ!
わ、わかってます!
町の外まで逃げろ!審問官にバレないようにな、後ろにいるクソ共にも捕まえられるな!
はい!
ハァ……ハァ……そのまま、町の外、北だ、北にトランスポーターの中継点があるから、そこで――
分かりました!
お前のカバンに――ぜぇ、ぜぇ――金を入れておいた!ほかの街へ、国に逃げるんだ!
は、はい!
ジョディ!
聞いてます!
ティアゴの走りが遅くなっていく。
彼はこの茫然としたエーギルの少年の、必死に街中を逃げていく後ろ姿を見ていた。
ふり、振り返るな!逃げろォ!
そうだ……ジョディ。それでいいんだ……振り返るんじゃないぞ。
あいつらを町から逃がすな!あのエーギル人を裁判所に渡すぞ!
……お前の言う通りだ、ジョディ。
ここは俺たちの家。いくら時間をかけても、いくら文句を言ってもそこだけは変わらねえ。
(エーギル語)達者でな、ジョディ!
ティアゴ!あのエーギル人をどうした――
(ティアゴが町民を殴り飛ばす)
こんのぉ腰抜け野郎どもが!
なっ……なんの真似だ!ええいクソ!このままじゃ裁判所に異端として見られちまうぞ!昔のように!
恐魚よりも裁判所がおっかないってか!?クソッタレ!自分らの同胞よりも恐魚のほうを望んでいるって言うのかッ!
俺たちはもう裁判所に一度は痛めつけられた、そういうお前は二度目をご所望だって言うのかよ!
(町民がティアゴを殴る)
ぐはッ……ペッ、ぬるいパンチだぜ……
お前なァ――ま、待て、なんだあれは……あいつら……まだいんのかよ!?
(不気味な蠢き声)
れ、礼拝堂に戻らなきゃ……審問官の傍なら安全――
(ティアゴが町民を殴る)
はっはァ!お返しだ、この腰抜け野郎!
――がはッ、ゲホゲホッ、なにしやがんだテメェ!?恐魚が見えてねえのか!?
恐魚がいるからなんだってんだッ!?
グラン・ファロが食われちまうのが怖いのか?テメェらなんぞ……大いなる静謐よりもよっぽども恐ろしいわ!
私利私欲のために弱者を貪って、自分の弱さを隠して全部エーギル人に濡れ衣を着せやがって、この血も涙もない連中が!
――ば、バケモノが迫ってきた――もうテメェと話してらんねえ!
当然だぜ、弱虫どもが!テメェらはいつだって懲罰軍の腰巾着だったさ、マノーリンが、エーギル人の仲間たちが連れて行かれた時から!
この人殺しが!
(ティアゴが町民を殴る)
――
――テメェがあの朗らかなエーギルの女を愛していたからって、俺たち全員を巻き込むんじゃねえ!
来いや腰抜け野郎!テメェの歯ァ全部叩き折ってやる!
(ティアゴが町民を殴る)
(鋭い呼吸音)
殴り合う二人。血はそこら中に撒き散るが、恐魚はただ二人を横切っていく。目に映っていないかのように。
分かり合えない、相容れない二人だ。
ハァ……ハァ……
ティ……ティアゴさん……?
ハァ……ハァ……
ティアゴさん――?
……ハァ……なんで……
もど……戻らなきゃ……
(エーギル人)止まれ、エーギル人。
あっ、はっ、はいッ!
お前がグラン・ファロにいる最後のエーギル人、ブレオガンの末裔だな。
は……はい?ブレ……なんですか?
恐魚はお前を殺し、そして裁判所はお前を閉じ込める。ついて来い、お前が必要だ。
……あなたも彼らの仲間なんですか?えっと、その、恐魚のボス的な?
違うッ!俺はかつての科学院すら深く興味を示したという失われた伝承を探しているのだ!
彼が残した宝とやらは、灯台でも大きな船でもない。末裔だ。
それがお前という可能性が出た。お前が俺の求めていた最後の手掛かりなのだ。
何を言ってるのかさっぱり分からない……
……お前の両親は何をしていたのだ?そして祖父母は?あのティアゴという親方はお前の実の父ではないのだろ。
ボクの両親は……
二人は……イベリアの眼のために、失踪しました。
……その不幸は理解できるさ、若いの。だがあえて言わせてもらう、その不幸がエーギルを救えるキッカケとなった、お前がエーギルを救うのだ。
ついて来てくれ、同胞に手荒なことはしたくない。
あの、本当に何を言ってるのかさっぱりです。そんな急に言われても頭が……
ついてくるんだ。
……
(爆発音)
なッ!
なに!?なんですか!?
落ち着いて、助けに来たよ。
行こう。
煙幕、小賢しい真似を……そうと知ればあの時に殺っておくべきだった。
そいつを連れてどうするつもりだ?お前は何も理解していないだろ、リーベリ。
その通りだ、エーギル人。ここには多くの謎がある。
……
そして貴様は、法に背いた輩だ。納得できる釈明がなければ、ここから半歩とて動けると思わないことだな。
それを重々理解してくれたまえよ。
……追ってきてない、よかった~、審問官が来てるタイミングで君を連れて行って正解だったよ……もしかしてもうおっぱじめてるのかな?
……
……おーい、もしもーし?
あっ、えっ、ごめんなさい……ボク……町に戻らないと……
町にいる恐魚なら大方片は付いてるけど、雰囲気はおかしいし、ケルシー先生とも連絡が取れないから、今は戻らないほうがいいと思うよ。
それに……町を出るつもりじゃなかったのかい?
……いえ……それは……
審問官が町に来て、ボクが連れて行かれると心配したティアゴさんが……
……裁判所か……
じゃあさっきの人は?なんで君を連れて行こうとしてたの?
……
ごめんごめん、言いたくなかったらいいよ。
ちょっとだけ時間をくれるかな?ボク一人でケルシー先生を探しに町に戻ったほうがいいか、それとも先に君を逃がしたほうがいいか考えておきたいんだ。
一緒に行きます、エリジウムさん。
……いいのかい?そのティアゴさんはやっとの思いで君を逃がしたかったんじゃ?
……こんなに裁判所の人がウロチョロいたら、どの道逃げられませんよ。
それで君は命を差し出すほどの覚悟はできているのかい?
えっ?それはどういう……
君は明確な目的すら持っていない、ただ覚悟という響きに憧れてグラン・ファロに戻ろうとしてるだけなんじゃないかな?
それは勘弁してもらいたいね、それよりも……ほかの町民も連れて、一緒に逃げ出したほうがいいよ。
ボクたちが遭遇してるのは森にいるようなオリジムシなんかじゃないんだ――こんなこと言いたくないけど、君たち一般人がいてもただの足手纏いさ。
ボクはただ逃げてるだけじゃダメだと思って……それに……ボクにはやり遂げるべき使命があるように思えるんです。
ボクは小さい頃からここで、伝承を聞き、海岸線を見て、両親が残した手記を読みながら育ってきました。だからこんな形でお別れしたくないんです……ボクは……
ボクにとって、ここが故郷なんですから……