
ハァハァ……なんなんだ、この気持ち悪い地面は?何が起こってんだ?

これも恐魚の仕業なのか?
(アマヤが近寄ってくる)

ティアゴさん。

……アマヤ。

これは一体どういうことだ?あの深海教徒、お前は現れないって言ってなかったか?アイツら、ここを滅茶苦茶にしやがって……

ティアゴさん、お別れを言いに来ました。

なに?

そろそろ時間なうえ、せっかくの機会と思いまして。

どういうことだよ……

ティアゴさん。

審問官が現れました、それも三人。

――!

ジョディが彼らに拘束されています。

クソッ――!

落ち着いてください、ティアゴさん。ジョディは自分の意志でここに戻ったのです。審問官は三人、あなたに何ができると?

あいつは裁判所に見つかったらどうなるのか理解していないのかよッ!?

あなたから何度も言われているので、彼ならきちんと理解してるはずですよ。

しかし人とはそういうもの、害を避けるのは倫理的に推敲して得られた結論に過ぎません。人は複雑な生き物です、その複雑さは安易に推し量れなるものではない……なにもジョディはバカという意味で言ってるわけではありませんよ。

今はそんなお行儀よく道徳を説いてる暇はねえんだ――!

いま私が話してるのは人の性質であって、道徳ではありません、ティアゴ町長。

人の性とは美しいもの。時間とてそれを否定することはできません。

……結局なにが言いたいんだ?

裁判所が憎いですか?

……

今や町中は恐魚が蔓延っています。しかしティアゴさん、思い出してください。

あの夜、懲罰軍は町へやってきて、家々の扉という扉をこじ開けた。叫び声は絶え間なく、シンシンと降り注ぐ雨の音をかき消して……

やめろ、それを言うんじゃねえ……

――それが今はどうです?

海の痕跡はこの町に広がり――叫び声が、あなたには聞こえているのでしょうか?理不尽な殺戮と狩りが、見えているのでしょうか?

いいえ、あなたは見えても、聞こえてもいません。

……

今のグラン・ファロは――

――ただ、静寂に留まるのみとなってしまったのですから。

海って、こんなに広かったんだ……
海風が吹きすさぶ。
信じられないといった様子で、ジョディは辺りを見渡す。水平線の果てが、空の終わりだと彼は思っていたからだ。
その目で果てのない海を目にした時、ジョディは――このエーギル人は忽然と疑問が生じた。

なぜ人は海を探索するという欲に掻き立てられなかったんだろう……

……星々が規則正しい地図でない限り、二つの月が目印となってくれない限り、私たちはこの広大な海で位置や方角を確認することができないからです。

えっと、星々は規則正しく動かないものなのですか?

それは天文学の専門家にでも聞いてください。

ではもし……本当に海の下にエーギルがあるのなら、エーギルはどれだけ巨大な国なんでしょうか……イベリア以上ですか?

あちらに本物のエーギル人がいますよ、彼女らに聞いてみては?

あの人たち、なんだか怖い顔をしていますね。考え事をしてるようというか。

サメ、どうかしたの?何か聞こえてるのかしら?

……風。

海風に血族からの餞別が混ざっていて……安心できます。

彼女、海に近づくとこうなるの。

サルヴィエントの時はあんなに……

……

原因、分かる?

わたくしが憶測してもあなたの判断を鈍らせてしまうだけですわ、今は戦いに集中しましょう。

陸に上がった後、海に戻った試しは?

あるわ、でも失敗した。

アイツら、次から次へと無尽蔵に出てきて、私を囲ってきた。おかげで少し泳いだだけで体力を消耗しきってしまったわ。

何度も何度も、帰ろうと試したのに……

けどあなたは生き延びたじゃない。

……

わたくしたちの身にどういう変化が生じたか、あなただって理解してるはずよ。

サメはあんな風にされてしまわれたけど、それでも彼女は狩人、そう簡単にやられるようなヤワな人でもない。

あんな姿でも、わたくしたちと一緒ですわ。
(大審問官が近寄ってくる)

“スペクター”、かつてのアビサル教会の被害者。オリジニウムは海に存在しないがため、彼女にもなんらかの影響が及んでしまったか。

なぜ彼女という不確定要素を連れてきた?

わたくしたちは故郷に帰るだけです、あなたとはなんら関係がありませんことよ。

故郷?エーギルの現状とてイベリアと大差ないではないか。

ランタンを掲げなさいな、審問官。まずは敵をお迎えに参りましょう。
(恐魚が現れる)

フンッ、やはり現れたか。

最後に一つ聞く。

貴様ら狩人は、本当に三人しか生き残っていないのか?

ほかに生き残っていたのなら、とっくに見つけているはずでしてよ。

……なぜそれを?

(不気味な蠢く声)
(恐魚が斬撃を受け倒れる)

航行の方角はこれで合ってますの?

問題ない。

……イベリアの眼に近づくにつれ、明らかに恐魚の敵意も明確になってきましたわね。

そこはおそらく、もうヤツらの巣窟と化しているのでしょう、船で戦うなんて時間の無駄ですわ。

スカジ、サメ、この船を守ってちょうだい。ついでにあの原始的なナビゲーション設備もね。

わたくしは海に潜りますわ。

一緒に行く。

海に潜ればあなたは強くなるけど、それは向こうも同じことよ。それに海での流血は絶対にあってはならないこと、危険すぎるわ。

な、なんですか!?またバケモノが襲ってきたんですか?
(グレイディーアが海に飛び込む)

分かりません!水面下で何かが起こってるのかしら?でも……

この悶えるような響く音は……!下で何が起こってるの?まさか戦ってる?

いいえ。

彼女はただ……移動してるだけよ。水の中だからね、陸よりは速い。

……水の中のほうが速く移動できるなんてそんなこと……

慣れってやつね、もしくは身に着けた技ってやつかしら。

恐魚が彼女に引き寄せられた。道が開けたぞ。

アイリーニ、ブレオガンの末裔を監視しながらそのまま舵を取れ。

速度を上げろ、敵に包囲されてしまう。

彼らが出発した、海が騒がしくなるな。

心配なら、こちらもさっさとやるべきことを済ませよう。

グラン・ファロは元より灯台を修復するための前哨基地だ、それを我々は今一度再現するだけのこと。

イベリアはすでに溟痕の侵略を阻めるほど、エーギルの技術を使い慣れているのだな。

ヤツらの進化の速さはどんな科学者の脳よりも速い、勝ちたければ手段を選ばないことだ。

軍を動かしてでも、か。

……ここは目立たない小さな町だ。

ここのほかにも、多くの戦略的な要所が待っているのかもしれん――裁判所による接収を。よりよい作戦拠点を作るために、あるいは高い壁と城塞を建てるために。

しかしだね、時には手元にある仕事から取り掛かることは、なにも悪いことではない。

海と最後まで抗おうとする者たちがイベリアに存在し続ける限り、我々は死なんさ。

さあ、この町を清潔にしょう。

(長引くうめき声)

ねえ……まだ着かないんですか!?

こ、航海図によれば、もう見えてもおかしくないはずなんですけど……

長官!このまま進んでも、恐魚に囲まれる危険性が……
(恐魚が斬撃を受けて倒れる)

いいや。

上を見てみろ。

え?辺りは真っ暗ですけど、何も……

いや違う……あれは……空じゃない、あれは……
(グレイディーアが海から上がってくる)

あそこがヤツらの巣窟ですわ。岸にも近い、どうりで町でわんさか現れたわけね。

そんなのぶった斬ればいいでしょ、昔みたいに。

……そうね、昔のように。

どうしたのサメ?

……

あれが……彼らの眼ですの?どうしてこう……馴染み深く感じるのしょうか?

そうよ、あれが眼。

しかしもう穢されて久しいし、目も盲いてしまっているわ。

私が道を開く。ジョディ、貴様もついて来い。

あっ、はっ、はい……ボクでもお力になれれば……

いいや、力になるんだ。

さもなければ、こちらは戦略を変えざるを得ない。裁判所の技師たちを安全にここへ送り届けなければならないのだ。

今は戦いのさなかだ、ブツブツと独り言を話してるエーギル人ひとりに構ってやれる暇などこちらにはない。心してかかれ。

はい!

焦ってるようですわね。

貴様にこの島へ再上陸する意味など理解できないさ、エーギル人。

意味?

……懲罰軍が残存した灯台からの信号をキャッチしてから今に至るまで、我々はすでに十七回もの上陸を試みてきましたが、成功したのは八回のみです。

それまでの間に数百名の戦士たち、そして審問官が三名、犠牲になってしまいました。

まさか英雄に対する尊敬と偲ぶ心などは忘れよと、あなたたちエーギル人の優越感と道徳心がそう教えているのですか?

……

長官も私も……イベリア人はみな、その海に沈んだ偉大なる魂たちを祀っているというのに。

あなた方の美徳などにいちいち口を差すつもりなど毛頭ありませんわ。しかし、我々が今いるは海の上、この人数では相手になりません。

お説教したいのならどうぞご勝手に、けど我々に余裕などはありませんことよ、それをお忘れなく。
岩礁に足を踏む。
漆黒の風の中に潜む巨大な被造物。首を上げることでしか、この昏い空の中でそれの輪郭を認識することはできない。
それはイベリアの眼。
閉ざされた眼だ。

……なんて高さなの……

あの街にある彫刻、絶対比例の大きさを間違えているわ……

……

……長官。

ああ。

これが、私たちかてつの……

ああ、私も初めて直接見た。
黙りこくってしまった二人は、文献と記録の中にしか存在しないこの大いなる情景を推し量ろうとしていた。
イベリアの強靭な現実は、やはり己が受けた教育のそれをはるかに超えるものであったと、アイリーニは思った。あの狩人たちが我々を軽んじていようとも、国が確かに崩れかけていようとも。
だがこの灯台はまるで象徴でもあった。過去にあった風の音と野心の、欲望と未来への驕りの、象徴であった。

いま何を考えていようが構わないが、心に刻んでおくのだ。

この建築物を、この錆びた剣と灯りを、この岩礁を、そしてこの海を。

人が争いの中で建てたものが何なのか、それを心に刻んでおけ、いついかなる時でも。

犠牲に畏敬を抱かざらば、天秤に意味はなし。

はい!

警戒しながら進むぞ。

はい!
(スペクターが水に触れる)

……

何してるの?

帰られたのですか?

いいえ、まだ。

でもここでケルシーと隊長が探してるものを見つけたら、帰れるかもね。

だからもうちょっとだけ我慢してて……すぐだから。

静かすぎますわ、ここ。

悪臭もひどい。

ええ、岩礁には溟痕のカスだらけ。残った人工物も、どれもほとんどは腐っては崩れてしまっているわ。
グレイディーアはゆっくりと歩き出す。昏い空へと伸びていく塔を仰ぎ見ながら。
イベリアの眼は天へ伸びていく。まるでこの有限な地で、首を長く伸ばしながら未来を望もうとする生命体のように。

陸の諸国が総力を挙げて複製したブレオガンの遺物、いわゆるこの灯台は、所詮エーギルの技術の紛い物に過ぎない。

この空っぽの海の中で、この灯台は何を待っているのですか?

コレはいったい海を、それとも陸を眺めているのでしょうか。

隊長。

分かっているわ。ここは元より恐魚の巣、姿を見せないということは、守りに長けた巣なのでしょう。

そろそろ見えてくるわ。

(不気味な蠢く音)

数は……そんなに多くないわね。

ここは海の真っただ中、もう海岸も見えていないわ。

懐かしい?

ううん……ただ、私たちはここで血を流してはいけない。ここで流したら、危ないから。

ヤツらはまだわたくしたちの肌を刺し貫くには至りませんわ。ステップを止めない限り、この程度の数など、わたくしたちを殺すほどでもないのだから。

(これが灯台……やっぱり町にある彫刻とそっくりだ。)

(じゃあ家にあったあの図版も、両親が残したイベリアの眼に関するものだったんだね……)

(父さんも母さんも……ここにいたんだ……)
ジョディは振り返り、海を眺める。
毎日、彼は思い起こしていた。灰色の海を、生気のない面々を、希望を持たない人々を。
しかし、あぁ、この灯台は。
ティアゴさんの言う通りだった。彼らは英雄だった、偉大であるべきだったのだ。

……狩人たちは近くで態勢を整えているはずだ、すぐにでも戦闘に参加してくれる。

サルヴィエントで見聞きしたことを忘れるな。彼女らの血は特殊だ、ケルシーすら裁判所に彼女らを引き渡さなかったほどに。

しょ、承知しております。ですから彼女らはまだ信頼には置けないと……

アイリーニ、裁判所の地下で何を見た?

――ッ。

“シーボーン”です。

であれば、ヤツの蠢く身体を、その生命力を、そしてヤツの……静けさをまだ憶えているはずだな。

サル・ヴィエントの町で、彼女らはあのようなバケモノと敵対し、勝った。

は……はい。

真実を目の当たりにしたのであれば、お前にはもう一度お前自身の過去とイベリアを見直す必要がある。

脳裏にこびり付いた旧い情景を引き剥がせ!そして今一度、己に決断を下すのだ!

は、はい!

――(岩礁をズルズルと這う音)――

ヤツらもすでに備えていたようだ。巣に戻り、機を窺っている。そして今、外敵の駆除に出てきたか。

ジョディ、そっちはどうだ?

は、はい!まるで奇跡です、外で野晒しにされてるパネルがまだ動いているなんて、どういう理屈で動いているかまでは定かではありませんが……

さ、探してみます!確かバッグに家から持ってきた研究ノートを入れておいたはずです!

……急いでくれ。

はい!これ……じゃない、これでもない……あれ、この本、濡れちゃってる……

長官!ヤツらが来ます!
波が滾る。
傲慢にも大波は十数メートルと高く聳えては、打ち付けられ、岩礁と三つの月に屈していく。
月の一つは明るく、そしてもう一つは仄暗く。はるか古より天に吊るされた、正真正銘の月たちだ。
そして残り一つの月光、それは海の狭間より出で、大波の頂へ昇っていく。
即ちかつて信仰されし彼の呼び名こそが、月光なのだ。

……