ふぅ――あれ、もう朝?
オペレーターたちの装備の消耗、想像よりもひどいなあ……でも、天災からあんなに大勢の人たちを助け出せるなんて、やっぱりすごいよ。
よし、私も頑張らないと。
マリアさーん、エンジニア部の発注書をもらいに来たよー。
あっ、グラニさん!ちょっと待ってて、どこに置いたっけな……ごめんなさい、何日も片付けていないから、色々とゴチャゴチャで……
あはは……前来た時よりも随分とカジミエーシュ風の工房に仕上がってるようだね……あれ?これは?
……本?
『最後の騎士』だぁ!どうしてここに?まさか昨日、部屋中をかき回してた時に設計図の下に隠れちゃってたのかな……どうりで見つからないわけだよ~もう~。
『最後の騎士』って?
まだ小さい頃にお姉ちゃんからもらった小説なの、前まで一番読んでた本なんだ。
カジミエーシュの小説かぁ……
ちょっと借りてもいいかな?
いいよいいよ、持っていて!
げっ、アーツユニットの理論教本ここに置いてあったのか~……ごめんグラニさん、今ちょっと手空いてないから、あとで持って行くね。
ううん、待ってるから大丈夫だよ。今回はロドスに長めに居られるし。
なんならここで読んじゃってもいいかな?
本当にごめんね~、手を煩わせちゃって……
……
『最後の騎士』。
大それた名前だけど、珍しくもなく、よく見かける名前だ。最後の騎士も、最速の騎士も、最強の騎士も、カジミエーシュでは数百人はいることだろうね。
でも耀騎士が自分の妹にあげた本だから、やっぱり特別なものなのかな?
そう思ってグラニは、ページを捲る。その中にはしおりが挟まれていた。
そこには歪なカジミエーシュ語が書かれている、どうやら本に書かれてるセリフのようだ。
“波が騒々しくば、海を鎮められよ”……?
伝説によれば、最後の騎士はイベリアへと戻ったという。騎士の目に映る敵は生きる命にあらず、山々と都市、そして海だけであった。
最後の騎士は大波と抗うもついには姿を消してしまった。騎士が残した遺物は彼の家族が見つけ、騎士の国へ持ち帰り、深い山の奥へと埋められた。
彼、あるいは彼女の物語はその後、ある詩人に知られ、脚色し、歌に伝えられ、文字と記号に表された。そのような形で、騎士は騎士の国へ戻ったが、真偽と是非の論争は絶えなかった……
しかし……
……その狂った騎士は海に、時と死に勝ったのだと、信じる者たちがいつしか現れた。万物の終焉まで、騎士の歩みは物語として永遠に止められることがなくなったのだ。
……
…………
あなた……何者ですの?
……
騎士は答えない。しかし片時もグレイディーアから目を離さずにいる。
しかしグレイディーアはすぐさま知覚した、ヤツは私を見ているのではないと。
ヤツはただ……私の懐に眠る、鍵を見つめていたのだ。
ガァ……ゲホッゲホッ……ヒュー……ヒュー……
騎士は口を開け、声を発せようとした。肉を引き裂くかのように、干からびた空気の抜ける音が喉を通っていく。
そして騎士は動き出した。
君はどこであの鍵を手に入れたのだね?
……
案ずるな、私は何も……ロドスの内を探るつもりはない。
しかしあれはブレオガンの遺物、四匹の大いなる獣から、あの狩人の手に渡ったものなのだよ。
ほんの偶然によって、先ほどのハンターのうちの一人がカジミエーシュでソレを見つけたんだ。
……カジミエーシュでか?なんとも遥か遠い国だな……思い出すよ、私がまだ若かった頃、師と共に騎士の国からきた使者を迎え、銀の槍を持った征戦騎士から彼らの理想を聞かされたことだ……
聞く話によると、かの国は色々と様変わりしたようじゃないか。
良し悪しはともあれ、この時代で起こった一政治的実体の変化はイベリアとは無縁のはずだが。
我々は言うなれば、罠にかかった獣だ。藻掻き、痛み、血を流す。諦めれば、そこには死が待ち受けている。
我々があの人としての裏切者を引きずり出す前に、新たな疑問が生じてしまったよ、ケルシー。
あの少年はブレオガンの末裔ではない、それに気付いていない君でもないだろう。そんな重要な手がかりを見過ごす裁判所でもない。
それを知ってなお、なぜ彼を無駄死にするような真似を、彼を海に送り出したのかね?
(仲間を呼ぶ不気味な声)
長官!
……数が増している。我々が灯台に辿りついてから姿を見せたということか。
し、審問官さん!門を開ける方法を見つけました!
でもエレベーター設備は起動できません!イベリアの眼はとてつもなく高い塔ですが――徒歩で登りましょう!
(不気味に蠢く声)
(恐魚が斬られ倒れる)
――長官!もう少し粘ってみましょう!
(恐魚が斬られ倒れる)
いいや、お前はそのエーギル人を連れて上に上がれ。
時間は有限なのだ、アイリーニ。
分かりました!さあ、行きますよ!
あっ、ちょっと!
(アイリー二がジョディを引き連れ立ち去る)
(興奮した不気味な声)
――!
(爆発音と斬撃音)
……む、狩人たちか?いや、ランタンが揺れている。何者かが私のアーツの領域へ足を踏み入れたのか。
(畏縮する不気味な声)
(恐魚たちが怯えている?いや、ヤツらが恐怖を感じることなど……)
(混乱しているのか?ナニかがコイツらを戸惑わせている……?)
(混乱してる不気味な声)
……
大審問官ダリオはランタンを高く掲げる、恐魚たちは岩礁の影へ逃げていく。
ダリオが辺りを見渡した後、彼は気付いた。すでにバケモノの血によって赤く染まった岩礁には、朽ち果てた武器が散在していたのだ。
あれは審問官の得物たちだ。彼の師であるカルメンが言うには、裁判所はこの過去に取り残された灯台を接収しようと考慮していたのだ。
大いなる静謐はここまで波及してこなかったため、ここは原形を保たれたというわけか。
しかし大いなる静謐以来、裁判所は己の眼を失った。
ここも本来ならば高い丘だったはずだ。町を見下ろせる、風光明媚な場所だった。
イベリア人たちもここで灯台を守り、日々を暮らしていた。
(警戒する不気味な声)
だが貴様らは、ここを採餌の場所として貪るのみならず、あまつさえ巣を作った。
……
怒り。
久々の怒り。
一兵卒から審問官に至るまで、多くの真実を目の当たりにしてきた。数百数千もの喪失と、数百数千もの会得を経て、ダリオは指折りのイベリア大審問官へと成り上がった。
審問官と大審問官。一文字の差、しかしそれは天と地ほどの差だ。
私の意志は鉄のように固く、イベリアの大敵の前でも、灯りを灯し、剣を磨き、経典の一字一句を篤く守り抜けると、彼はそう思っていた。
しかし今、そんな彼は胸中に力強い感情が湧き上がった。その感情は法や鼓吹した正義から来たものではない。
その感情の合理性を認めた後、大審問官ダリオはすんなりと今感じている悲憤な現実を受け入れた。手に握るハンドキャノンを恐魚に向け、彼は海に目をやる。
(ダリオがハンドキャノンを放つ)
貴様らの死か、人類の生か。
我々が信ずるは法と経典ではあるが、今はそれを貴様らの信ずる“弱肉強食”で示そうではないか。
……ここです!
やっぱり手記の記録通りだ、この灯台は下層からエネルギーを受け取っている。心柱も縦に何か所かの層に分かれているし、この層にある制御台が制御してるのは――
……何を制御してるのです?
――し、信号の記録です。
いつか使える場面が来そうですね……しかし今は灯台全体を動かすのが先決です、このまま上へ登りましょう。
増援も無事に到着してくれればいいのですが。
ッ――!
ど、どうしました?アイリーニさん?
……いえ、ただの錯覚かしら。先生が……長官が外を守ってくれているので、なにも問題はないはずです。
そ、そうですか……灯台を稼働させれば、エレベーターも動くと思いますので、その時は皆さんも駆けつけてくれるといいですね。
ボクたちも急ぎましょう!
……
(最後の騎士がスカジに襲いかかる)
……
あいつ変だわ、それに……匂いだってする。
匂い?
陸のとある国の匂い、興味ないでしょうけれど。
あれはシーボーンですわ、紛れもなく。しかしクイントゥスとは違う。
なぜこんなにも陸の生き物が次から次へとシーボーンになってしまいますの?頻繁に海に触れてるわけでもないのに。
……
(最後の騎士がゆっくりと近寄ってくる)
言葉が通じないわね、であれば動けなくするしかない。
来る!
騎士はその場から忽然と姿を消した――だが狩人の目が、彼を捕らえることはそう難しくはない。
あれほどの速さを見せたというのに、騎士は狩人に仕掛けなかった。ただ高く跳ね、巨大な灯台に向かって雄叫びを上げる。
グオオオオオオオ――!!!
うわあああ!――な、なにが?
慌てないで!そのまま上がりなさい!
私たちの任務を――灯台に火を点ける任務を忘れないで!
は……はい!
(さっきの揺れ、外壁に何かが衝突したのかしら?いやまさか、ここは地上数十メートルよ、砲弾を吐くような恐魚じゃないとあり得ないわ。)
(まさか……大型生物によるもの?でも、さっきの揺れ以外に動きがない……)
(先生……!)
……
騎士は仰ぎ見るも、灯台は微動だにせず。
不満げに得物を振り回す騎士。かつて偉大な武器職人が鍛え上げたこの長槍も、今では深海の匂いがこびり付いている。
邪魔をする標的はまだ姿を見せていない。騎士は両膝を曲げ、もう一度試そうとしたが……
(大審問官が最後の騎士に襲いかかる)
――!
なんの真似だ?
……
貴様は軽率にもイベリアに挑み、禁足地に足を踏み入れ、あまつさえ遺物に傷をつけようとした。
己の有り様を見るがいい、人としての尊厳すら跡形もなく失ってしまったのか?
……
……そん……げん?
どうやらまだ声は発せるようだな。
(不明瞭な声)……海……必要ない。
波は……打ち砕く。白昼を踏み、苦を苛む。
理は、原形を、保つべからず。大樹は、地に根差す。
……その姿、その甲冑、その矛。
カジミエーシュの者だな?
私は……ワタシハ……
……
騎士だ!
……鋼は蠢き……波は……
(最後の騎士が大審問官に襲いかかる)
(ランタンが効いていない。ほかの船舶が停泊した痕跡もない。)
(溟痕もヤツを避けている。ヤツが恐魚たちの怯えている原因だな。)
(であればヤツは……人の形に偽ったシーボーンか?)
イベリアの眼を破壊するつもりか?そんなことは裁判所が許さん。
(大審問官が最後の騎士にハンドキャノンを放つ)
ああああ!地よ――!
今だ!
……こんばんは、騎士の方。
――!?
(スペクターが最後の騎士に斬りかかり、最後の騎士が倒れる)
ほかの二人はどうした?
二人?二人なら……騎士の方の同伴者と交流をしてるところよ。
近くで戦いが起こっているのか。フッ、文明的な交流だな。
だから暇で、ここへ来た次第よ。
……貴様……サルヴィエントの時とは様子が違うな。
グラン・ファロにいた時ともまた違う。貴様、徐々に変わりつつあるのか。
海は人の目を覚ます。海風が運ぶほんの僅かな潮の匂いでもね。
ただ……海の抱擁を得ようとも、スカジに止められてしまったわ。
私の可愛いスカジちゃん、一体何を……恐れているのかしら?
……
……
今の状況、グレイディーアの説明が必要だ。
(エーギル語)ああ、騎士の方、騎士の方、どうか微睡む深淵へとお帰り下さい。
(エーギル語)私たちは敵ではありません。
歌うかのように呟くローレンティーナであるが、騎士は見向きもしない。
“敵”に重い一撃を食らわせられるも、騎士はただ微かに首を傾げ推し量り、すぐにまた目線をあの雲へ突き抜ける灯台へ向けた。
まあ、なんて悲しいことなのでしょう。もはや言葉すらあなたの耳に届かずにいるとは、あなたの瞳も暗雲に覆われてしまったのね。
しかし狂っていようと、あなたの意志はゼンマイのように、あなたの肉体を突き動かしているのかしら?
……
さあ、来なさい、嵐よ。
共に一曲、踊りましょう。
ありました!メイン制御パネルです!
どういった具合ですか?
それが、よく分からなくて……図版で描かれてるよりもかなり複雑でして、それにボク、実際に触ったことなんて一度も……
(地面が僅かに揺れる)
まただ……外で何が起こってるんですか?
ここで危険度を見くびっていたようですね。このままでは、懲罰軍の技師たちが来るまで持つかどうか……
いや、このような状況で援軍が灯台を修復しに来たとしても、高速戦艦の砲火の下で陣地を維持する時以上の犠牲を出してしまいます。
……グラン・ファロのジョディ、今のあなたはイベリアの一員です。種族やグラン・ファロでの過去をとやかく追及するつもりはありません。
一分一秒とて貴重です。今は直ちに、持てる全てをもってイベリアの眼を稼働させなさい。私と先生が灯台を守りますので――
わ、分かりました……手記はすでに確認済み……パネルもまだ反応あり、灯台下層にあるエネルギー供給区画の稼働も確認できてる……
……手が早いですね、その調子です。
それで?あとどのくらいで灯台を稼働できるのですか?
じ、尽力してますのでもう少しだけ待っててください!
でもその前に……皆さんが外で海のバケモノを食い止めてくれてるのは分かっています、それでも言わせてください!
パネルはまだ反応してるので、起動はそう難しくないはずです。ボクも両親が残してくれた手記から確認しましたけど……でも、初めての操作ですので……今はイチかバチかで確証が得てません!
確実に稼働するためにもまだまだ時間が必要です!ですのでここを――
(爆発音)
うわッ――
守り抜く、ですよね。
下は見ないように。あなたはそのまま続けててください。