
チッ、奥に行くにつれ、恐魚の数がどんどん増してきてる。

はやく合流しないと……危険だわ。

……

先生……私はどうすれば……彼女たちみたいに……
(???が飛び降りてくる)

……グゲゲ……

シーボーン……!?

(甲板で見たヤツだわ。あの狩人から一撃食らったのにまったく効いていないだなんて……!?)

……

(……こいつの攻撃手段は?四肢による攻撃?それとも噛みつき?)

(いや、こっちにはハンドキャノンがあるんだから、距離を離して――)

……

……待って。

待って待って!その腰に吊るしてるのは何!?

どうしてコイツが……まさか……!

グオオオオオ――!
(???がアイリーニに襲いかかる)

うぎゃッ!ゲホゲホッ――ゲホゲホッ――

(なんてパワーなの――!防いだからよかったものの――!)

……イィ……

……

何を喋ろうとしてるのよバケモノめ!

私は……こんなところで倒れたりしないんだから!

私はアイリーニ、イベリアの審問官なのよ!

……ゲホッ。

溟痕を焼き払うのに随分と時間を無駄にしてしまったか。

……先行きもよくない。

(群れを成す不気味な声)

(ここなら下の様子が見れる……)

もう何時間経ったんだろう?大審問官さんも……もう限界なのでは?

ボクでも……もしボクでも……いや何を考えてるんだジョディ、今は目の前のことに集中するんだ!

はやく来てくださいよ……裁判所……
(スペクターがシーボーンに襲いかかる)

どうしたの?それでおしまい?

……グゲゲ……アガガ……

聞きなさいな、あなたのお仲間たちもすでに悲鳴を上げてるわよ。サルヴィエントにいたあのお花なら少しは美的センスってものがあったけれど、あなたはどうかしら?

まったく味気ないわね、目覚めてからの最初のダンスレッスンだと言うのに。

グガガガ……!

逃げようとしてる!

わたくしが追いますわ、あなたはあのイベリアの小鳥ちゃんを探しに行ってちょうだい。

もう大丈夫なの?

バッチシよ、記憶も星の海から堕ちてくる滝のように溢れてくるわ。まあ、自分の全てを知るにはもう少しだけ時間が必要ですけれど。

けど、あの頃のことを思い出すとなればそれなりに気力を費やさないといけないようね、なんだか申し訳なく思うわ。

……まだ状態が安定してないんだから、私が追うわ。

なによ、わたくしと獲物を奪うつもり?

海に逃げられてしまう。

そりゃ逃げるでしょうよ。でも、さっきは明らかにわたくしに敵わないから逃げたわけじゃないわ。

何か見つけたのかしらね?

もう時間が――
(爆発音と共に???が現れる)

……

ゲホゲホッ……ゲホゲホッ……!やっぱり、まだハンドキャノンを上手く使いこなせない!

逃がさないわよ、あなたは一体――

――あれ?狩人たち?

ご機嫌よう、アイリーニ。また獲物を一匹連れて来てくれて嬉しいわ~。

……アイリーニって呼びました?じゃあ……記憶が戻ったのですか?

完璧に、とまではいかないけどね。でも今のわたくしは元気溌剌、気分も晴れ晴れとしているわ。

そういうのは後ではいいから。

あれは、甲板にいたシーボーンね。隊長の刺突すら避けられたぐらいの反射神経を持ってる。

まあ、すごいわね。そんな相手をわたくしたちのところまで誘き寄せてくれたなんて、しかもあなたは無傷のまま。えらいじゃないの、アイリーニ。

いいえ、私が誘き寄せたからここに来たわけじゃありません。アイツは一度も襲ってきませんでした――今でもそうです。

そうね……こうして隙を見せてお喋りでもしたら、堪らず襲ってくるのかと思っていたんだけれど……

……

あなたのお友だちならつい先ほどこの場から逃げていったわよ、今から追いかけても間に合うと思うわよ。

それとも、あなたも平和主義者なのかしら?

……

(カジミエーシュ、かつてスカジが足を運んだ国。広大な草原と森を有する、騎士の国。)
(グレイディーアがブレオガンの鍵を見つめる)

(騎士……)
(最後の騎士の事を思い出す)

……まさか偶然?それともナニかが、彼を引きつけたのかしら?

この船もそう……ブレオガン、故郷にナニを残そうとしていたの?答えをどこに隠してしまったのかしら?

……ん?
(グレイディーアが恐魚の死骸を見つめる)

(恐魚の屍?いや、それだけじゃない……)

(キレイな傷痕、おそらくこの恐魚は抵抗の余地もなく殺されたんだわ。匂いも一緒くたに混ざり合ってる、空気が濁っているわね。)

(まだナニかが……この船にいるのかしら?)

……

その腰にかけてる懐中時計は紛れもなく人間の所有物、しかもイベリア様式の!

あなた、一体何者!?

……

彼、時間稼ぎしてるわね。

もう一匹が海に入られたら面倒臭いことになるわよ。

……

まだ襲ってこないだなんて……シャイな人ね。

スカジ、合わせなさい。

わかった。
(スカジとスペクターが???に襲いかかる)

――グゲェアッ!

……ガッ……グゲゲガガァ……グゥ……

こっちから攻撃して傷をつけたっていうのにまだ襲ってこないなんて。もう萎えちゃったわ。

……違う!

仲間のために時間を稼いでいるわけじゃない!
我がイベリアを汚す者は誰だ?無礼な輩共め……
(鐘の音)

か、鐘の音!?一体何が……?

(甲高い叫び声)――!
鐘の音が人気のない黄金色の大広間に木霊する。
大広間の灯りは仄かに、しかし燦燦と輝く。三人が気を取られている間に、シーボーンは玉座のほうへ向かっていた。
玉座。
このイベリアの大船に、なんと玉座が坐っていたのだ。傲慢の結晶、権力の果実、愚昧なる文明の共犯者。

あれは……まるで……
スペクターは言葉を続けなかった、なぜならあまりにも荒唐無稽に思えたからである。
ヤツは王冠を被り、帳と同じ色を纏っていた。静かに玉座の傍らに跪くヤツを見て、ヤツこそがこの玉座の最も親しい対象であることが分かる。
まるで往日の主君とその側近のように、イベリアの黄金に輝く太陽を侍らわせていた。
そこへ玉座から人影が現れる。
その者の姿を目に入れようと、陰影を照らさんとばかりに、アイリーニはランタンを掲げた。

我が船に足を踏み入れて、何の用だ?

ゲホッ……ゲホゲホッ……

……答えよ、答えるのだ、この偉大なる、アルフォンソに。何ゆえここへやってきた?

なぜ、静寂を打ち破って、この数十年も、誰も訪ねてこなかった、“私のイベリア”を探しに来た?

貴様から答えてもらおうか、旧イベリア人よ。

――
アイリーニは信じられずにいた。
そのシーボーンの顔は見たことがある。この若さにして審問官になった彼女は、かなり勉学に励んでいた。経典を熟読し、歴史を銘記し、信条を力へと変えてきた。
このシーボーンはアルフォンソと名乗ったのか?
あのイベリアで最も偉大なる船長の名を?

――あ、あなたがこの船の船長であるわけがない!このバケモノめ!

六十年前であれば、アルフォンソ船長の歳はすでに50を超えている!あの頃の英雄よりもずっと若い姿をしてるあなたがあの船長であるはずがない!
アイリーニは自分が動揺してることを分かっていた。だが決して弱さは見せない。
彼女は条件反射かのようにランタンを掲げた、彼女の師と同じように。

その偽りのベールを外すがいい!シーボーンめ!

……

……
灯火が揺れる。黄金の間の輝きと比べて、審問官の手しているその小さな灯火のほうが、むしろ没落という言葉を表すのに相応しかった。
黄金時代。
“シーボーン”は片時ばかりかアイリーニを凝視した後、蔑むかのように顔を向け、すでに人のそれではなくなった“アルフォンソ”の腕に優しく触れた。
暫くの間、沈黙がかの英雄を覆ったのだ。

……“シーボーン”だと?センスの欠片もない呼称だな。

旧イベリア人よ、名を名乗れ。

イベリア審問官、アイリーニ。

“旧イベリア”ですって?フッ、笑わせてくれるわね。イベリアの名誉を傷つけることは断固として許さない、この私が――

無礼者めッ!誰に向かってその口を利いているのだッ!?

(会話を遮る甲高い叫び声)――

ッ!

我らがヴィクトリアの艦隊を焼き払った時、獅子王の栄冠を湖の底へ投げ捨てた時、貴様はどこで何をしていた?

私がこの手で持ち帰った船を満たさんばかりの黄金でサルヴィエントを埋め尽くした時、貴様はどこで何をしていた?

大軍が黒雲のようにリターニアの朝日を遮った時に、貴様はどこで何をしていたのだ?

なっ――

(激しい咳)ゲホゲホッ――ゲホッゲゲホッ……

私はアルフォンソ、旧イベリアの公爵にして、大艦隊の総司令官、ストゥルティフェラ号の船長、その王である。そういう貴様は何者だと言うのだ?取るに足らない無価値な一審問官風情が、私の存在を疑うというのか?

……(不満げに軽く首を振る)

フッ、無知蒙昧な国教会が大海原を超えて私を探し当てたのだ、褒めて遣わそうか?

疾く帰るがいい、どのようにしてここへ来たかは知らんが、“阿呆船”は貴様らを歓迎しない。ガルシア……私の優秀な副官よ、ヤツらのことなど放っておけ。

お前が流したその血は、すぐにでもヤツらが償ってくれるさ、この海へもな。

アァ……(頷く)

イベリアにおいて、裁判所への侮辱は重罪よ。

……聞こえていなかったのか?さっさと消えろと言ったのだ。この船の乗員なら皆、もうとっくに死に絶えているさ、審問官。

(叫び)私たちはこんなにも多くの代償を払ってきたのは――!!

……

――断じて!あなたの同意を求めにきたわけではない……!

騒々しい小娘だ……これだから国教会の者は好かん……

重罪と言ったか?ハッ!ひ弱な王族にもモノが言えぬ国教会がか?

……

一つ訊ねようか……仮に貴様は旧イベリアからやって来たとなれば、今の国教会の長は誰だ?カルメンか?

……!聖徒様のお名前を知ってるのね……

聖徒?ほう、聖徒か……ククク。

ハハハ、聖徒とな?ガッハッハッハッハ!

な、何がおかしい!?

ヤツは何を恥いておるのだ?大主教になる勇気すらないとは……ワッハッハッハッハ!

どうりでここを探し当てるのに六十年もの歳月がかかったものだ。どうやら災いは旧イベリアを惰弱にしてしまったようだな。

……だが。まあよい。船医がサンゴに成れ果ててしまう前に、旧イベリアの現状を、その可能性を我らは大いに語り合ったさ……とっくにそうだろうとは予想していた。

貴様らが踏んでいるこのフロア、この塵一つない黄金の間こそが、私の記憶にある祖国だ。

こここそがイベリアなのだ!貴様らが口にしている国は狭隘極まれる!貴様が見て、理解しようとしてるのはほんの一部分の小さな世界に過ぎぬのだ!

内陸を跨ごうとしていた国はいつからこんなにも惰弱になってしまったのだ?私を探し当てるのに六十年もかかったほどに。
アルフォンソが階段を降りていく。
それに従って一歩後退るアイリーニ。手にあるランタンの火も揺れ動く。

……それで、なぜ傍らにエーギル人が二人もいるのだ?私のイベリアはエーギル人を歓迎していないのだがな。

お邪魔するつもりはなかったのよ、御免あそばせ、船長さん。わたくしたちはただ吐き気を催すバケモノを追っていただけなの、その中にあなたとあなたの副官殿が混ざってしまっただけでしてよ。

……どうやってそんな長生きできてるの?

的を得た質問だな、エーギルの愚か者め。私とヤツらは長い間狩りのゲームをしていたのだよ。本来なら今日、あるいは明日がその収穫の時期であったのだがな。

それが貴様らのせいで私は獲物を逃してしまったよ、これではまた――

――いや……待て!

……?

貴様……エーギル人ではないな?いや、エーギル人どころではない!貴様ら全員がそうだ!

貴様、名は?

……スカジ。

バカな。バカなバカなバカな!エーギル人、ウソは許さんぞ!いくらこの船に何十年も閉じこもっていたとはいえ、我らとは愚者ではない。

貴様はIshar-mlaだ、そうヤツらから呼ばれているのだろう?

……鐘の音です。聞こえましたか、ウルピアヌスさん?

この船にまだ稼働してる箇所があったとはな、もはや奇跡だ。

ここではですね、鐘の音は狩りを意味しているのですよ。

誰が狩る側で、誰が狩られる側なのだ?

そんなこと、海の子らは気にしませんよ。もし彼らがあのアルフォンソを同胞――虚弱な同胞として認めているのであれば、むしろ自ら血肉を差し出し、強い個体の存続を維持するはずです。

……

狩人さんが一人、こちらへ向かって来ていますね。

グレイディーアだ、ヤツは鼻が利きすぎているからな。陸で学んだ小細工ではあまり長くは通用しない、すぐにでも俺を見つけ出すだろう。

どうするつもりですか?

そういうお前はどうするつもりだ?

私ですか?私は……あなたの選択が見てみたいのです、ウルピアヌスさん。

昔なら、自分はアビサルハンターになんか興味は湧かないと思っていたのですけれどね。ただローレンティーナに夢中になってしまい、今では彼女から可能性を見出したので、それで興味が湧いてしまったのでしょう。

それにあなたは、自ら選択を迫ったのに、まだ理性を保っている。自覚はおありですか?狩人さん、あなた、もうすぐ私たちと区別がつかなくなりますよ?

……

あなたは真実に近づけるのでしょうかね?神勅を投げ捨て、神の身躯を解剖してまで、海にいる神々の真実を理解できるのでしょうか?

あなたが追い求めている答えはあまりにも人を惹きつけるものです、私でさえ知りたくなってしまうほどに。ウフフ、この私がまだ好奇心を抱いているとは。まったく、これでは私もまだまだ人ですね。

神勅は、神の子であれば誰であろうその本能の中に刻み込まれている。最初から俺たちの思考はそれに背いてるのさ。

……まあ。

ではあなた……私よりもよっぽど、シーボーンに近づいているのですね?