
うッ……一体何が……?

目が覚めたんだね!

もう頼むからさ、次からはもっと事前に打ち合わせなりなんなりしてくれない?あのまま演じきってたら、勘違いのまま終わってたよ!

……フンッ。

それで状況は?あの女のバケモノは、全員焼き払ったのか?

さあ、分かんないけど、多分ね。Mon3trが全力を出したとこなんて作戦記録でしか見たことがないから……

……そうか、なら焼け焼け。全部焼いちまえ。

グラン・ファロはもうただの過去になっちまった……もう燃えちまえばいいさ。

……ティアゴさん……

……がはッ、この裏切者め!それとあのイベリア人もだ!貴様らの匂いがするぞ、そこにいるんだな!

逃げていなかったとは僥倖だ――!

――なんでまだ動けるんだ!?

フンッ、あいつはもう目が見えなくなっちまったし、皮膚もボロボロ。バケモノにこんがりと焼かれちまってる、ざまあみろ!

ざまあみろってんだ!聞こえてるんだろ!?

ざまあみろ?ああ、そうだなティアゴ。私は恨みに駆り立てられてる君を信じ、君に幻想を抱いてしまった、確かにざまあないと言える。

だが今は、もう、違う。(骨格がきしむ音)
(恐魚が集まってくる)

――恐魚?いつの間に?

イベリアは滅ばねばならんのだ!我々がこの国を殺し、新たな海の源とする!波はいずれ雲まで届き、連なる山々も声なくして崩れゆくだろう――

我々は――一つになるのだァァ!

――!危ない!ティアゴさん!
(信徒がティアゴに刃を突き立てる)

がはッ!?ぶへッ――!

ティアゴさん!クソッ、あいつはもう理性を失ってバケモノになっちまった!サルヴィエントの記録と同じだ!

まずは貴様からだ、裏切者。

命が永久に続くために、イベリアは、滅ぼす!

イベリアを滅ぼす?
(カルメンが姿を現す)

それは私のことを言っているのかね、異教徒よ?

……大審問官か。ちょうどいい、よく来てくれた。

貴様らの神に祈りを捧げるがいいさ、貴様らの神も滅ぼす、それを証明してみせよう。イベリアは深淵へ落ちていくのだ。

寝言を。

……なに?

我が名はカルメン・イー・イベリア。我ら九人の聖徒はすでに己の名を――信仰を捨てた、この偽りの名を己に被せた時に。

我々は嘘に燃えている、みな分かっていることだ。イベリアは未だかつて神に救われたことはない、ゆえに我々が我々の神にならねばならないのだ。

異端審問の名において、ここで貴様に判決を下す、異教徒め。

――
なぜ空気はこんなにも重苦しいのだ?
私の身体はすでに同胞と一つになり、命も昇華したはずだ。
なのになぜ?なぜ私はヤツのランタンから目が離せないでいる?
警戒しているのか?そうだ、審問官はどれも実力の持ち主、私はきっと警戒しているのだ。

私を殺すことなら可能だろうが、血族諸共を殺すことは断じて不可能だ。血族を殺せば、海は死に、やがて陸も死にゆく。

そして貴様らもついには潮汐の中で我を失い、この大地の未来に目を晦ませるのだ!我々はこの醜く膨れ上がった無秩序な時代の、その中に囚われた家畜に過ぎぬ!

貴様も裁判所も、この私が――
(斬撃音)

……なッ……
彼は不思議そうに自分の身体を、そのキレイな断面を見ていた。
彼らがグラン・ファロに侵略して以来、この礼拝堂に鎮座していた老審問官は一度たりとも本気を出していなかった。
老審問官は剣を、ハンドキャノンすら抜いていなかった。彼はただ己のランタンとアーツのみを使う。とても年老いた印象を抱かせるものだ。
そう、年老いた。彼はもうすでに年老いてしまったのだ。通常の生命なら耐えかねないほどの歳月であった。

陸を這う……畜生風情が……そんなバカな……

貴様如きなら……私でも少しは……足止めが……

できんさ。

産まれたばかりの新たな命が、よもや老いたイベリア人すら殺せぬとは、よくも意気揚々とはしゃげたものだな?

私の目を見たまえ、異教徒。

貴様……ゲボァッ……貴様ァ!

貴様ももとは人、だが視野を狭め、己の種族の可能性を見誤った。

この戦いなら必ず我らが勝利を得よう。この世の不変の理のように、強者が弱者を食らい、そして命は巡る。

貴様や、貴様の哀れな考えも、イベリアが葬る。貴様が息絶える前に、我らの叫びを貴様の血族に伝えたまえよ。

“海が相対するは文明なる老いた敵、貴様らに勝機はない”とな。

何も……ゴフッ……貴様は……何も理解しちゃあいない……
(信徒が倒れる)

……

君、その人はまだ助かるかね?

さっきからずっと救急蘇生法をやってますよ――!でも、傷口が深すぎる!

ケルシー先生だったら……先生のところに連れて行かなきゃ……大審問官様!ケルシー先生はどこですか!

礼拝堂にいる。

ロドスの者よ、まずははっきりと言わせてもらおう。弁解の余地もなく、彼は反逆行為へ走った、懲罰を受けねばならん。

深海教徒を発見しても報告しなかったどころか、あまつさえヤツらを匿った。それゆえに裁判所は好機を取り逃がし、懲罰軍もダリオも苦境へ立たされた。

……チッ、クソジジイめ。

歳はいくつなんだ?百歳ってとこか?なんでテメェはまだそんなに……ゲホッ……お元気そうにしていやがんだ?

責務が私を活かしているのだよ。

じゃあテメェはきっと……ゲホゲホッ……ハァ……色々と知っているんだろうな……

教えろ、審問官。正直に話すんだ、嘘は許さねえぞ、薄汚い人殺しが……

テメェはなんで……ハァ……希望を持って、故郷を建て直そうとした連中を……攫いやがった?

テメェは……テメェらは……

もう喋らないでティアゴさん!血が止まらないよ!

ハァ……ハァ……いいや、ここで聞かなきゃダメなんだ。

おい、裁判所!テメェが攫って行ったグラン・ファロの面々、そいつらの中には本当に深海の異教徒がいたって言うのかよ!

……

教えろよ……テメェらはただ……下らねえちっぽけな猜疑心を盲信して、みんなを、殺したっていうのか?

君たち一般市民が裁判所の機密を知る権限はない。

テメェ……!

君がそうして死なないように踏ん張るほどの真実でもないのだぞ、ティアゴよ。

頼む、頼む……頼むから教えてくれ、俺ァもう死ぬんだ、冥土の土産に……頼む……

せめて……マノーリンのことだけでも……

グラン・ファロにおけるエーギル人の判例資料は機密だ、君如きの一般人に教える法はない。

……てめ……ゲホゲホッ、ゲホゲホッ……

……呪ってやる、ぜってぇに許さねえからなァ!

イベリアは……必ず……
呪いの言葉はついぞ出なかった。
屋根の梁から水滴が、暗い天井を見つめているティアゴに落ちる。
ポタッ。

……

……

……逝ってしまわれた。

それで、実際はどうだったんです?

君ともなんら関係はないはずだ、ロドスの者よ。

ケルシーのもとに帰るとしよう。ここでもたつき過ぎてしまった、イベリアの眼の防衛が突破されるやもしれん。

教えてください。

ボクはロドスの一員でありますから、裁判所には協力します。でもその以前に、ボクだってイベリア人です。

ボクとティアゴさんとはそう長い付き合いではありませんが、それでもさっきので分かったんです……彼は決してイベリアを呪うような人じゃない。だって彼は本心でイベリアを故郷として見ていましたから。

だからこそ、このまま知らないわけには……

カルメン様、こんな故郷の悲劇を見届けてきたのですから、そんな軽々しくお前は関係ないだなんてこと……言わないでくださいよ。

……
カルメンは一瞬だけエリジウムの懐で眠りにつく老人を見やる。彼の目からは先ほどの激情とは微かに異なる情緒が流れ出していた。
そしてしばらくの沈黙の後、大審問官は口を開いた。

グラン・ファロから連行した百三十名余りいるエーギル人の中で、その半数は深海教会と結託していた。ここを守っていた懲罰軍の中からも、多くの裏切者が見つかった。

彼らはイベリアの大航海時代に関する大量の資料を持ち出し、裁判所に妨害工作を行い、あまつさえ海が陸へ侵略する際の糸口として、グラン・ファロを拠点化しようと企んでいた。

その首謀者が“マノーリン”、エーギル人の島民にして、司祭の女であった。

さあ、彼を埋葬してやろう。

強イ、君タチが力を合ワサレバ、血族を率イテラレル。

でも、そうしようとシナイ、なぜダ。

君タチは、血族をドウ見テイルノ?

意志からハ、全てガ生まれる。ボクたちハ、苦難モ乗り越エラレルヨ。

環境ハ、綺麗ニ整ってある、不純物は、必要ナイ。

親が、答えヲ探そうとシテイル、ボクそれマダ分カラナイ、聞ケナイ。
(シーボーンがアルフォンソの攻撃を避ける)

(骨格がきしむ音)

海の赤子というのは、こうも早く言葉を習得するものなのか?

あら、どうかしたの船長さん?まさかシーボーンに声をかけられただけで親しみを覚えてしまうほど、孤独に苛まれているのかしら?

今アレに刻まれている傷の数々は、全部わたくしがつけたものよ?

フンッ。

ヤツならまだピンピンしておるわ、ここからが本番だ。

……その争いニ、意志は感ジラレナイ。

逃げよう、ソレガ正解だ。
(シーボーンが壁に穴を開けて逃げる)

チッ、待たんかァ!

壁をこじ開けて逃げられてしまったわね。なんでイベリア人はこの船の構造をこんなにも複雑に作ってしまったのかしら?目が回ってしまうわ。

これ以上私の船に穴を開けることは許さん!ガルシア!
(ガルシアが駆け寄ってくる)

ちょっと、彼?彼女?を連れて行くのは反則よ。

我々がバケモノに囲まれている中、どうやって長年この船を沈ませずにしてきたか分かるか?ブレオガンの技術だけを頼りにしてきたとでも?

我々は脅威と見なした者を、船を破壊しかねない生物を、すべてこの手で殺めてきたからだ。ヤツらが開けた穴を船員たちが一つ一つ縫い合わせてくれたからだ。

今いるあの一匹は、確かに今までのよりは頭が冴えていると言えよう、だが大して強くはない個体だ。

今は貴様と遊んでる暇はない、お喋りもここまでだ。ヤツが不測の事態を引き起こす前に、私が狩る。
逃げ惑うシーボーンはいとも容易く壁を引き裂いていく。ヤツは嗅ぎ取っていた、この奇妙な箱の外に出れば、同胞と海水が待っているのだと。
だがヤツは怪我を負っている。休まねばならない、さらなる栄養も時間も必要だ。あの鱗無しの同胞が気休め程度のチャンスを作ってくれたが、それでも時間に余裕はない。
まだまだ色々と整っていないのだ。

……!?シーボーン!

……
シーボーンは黙ったままだった。
なぜなら相手は同胞ではない、言葉が話せる同胞ではない、鱗無しの同胞ではないからだ。
目の前にいるこの抗う意志を持つ弱小生物は、ただの命に過ぎない。輪廻を巡る取るに足らない命に過ぎない。
であれば、捕食してよいということだ。
そう判断した後、シーボーンは瞬く間にアイリーニに牙と爪を向けた。

(速いッ――以前とはまるで動きが違う!?)
(シーボーンがアイリー二の攻撃を弾く)

……

しかも硬い!?

(しまった――これじゃ避けられ――)
(ガルシアがシーボーンを押さえつける)

……!

(雄叫び)

(不自然な発声)……立……ッテ……逃ゲテ。

――あ、あなたまだ喋れたのですか!?それはイベリア語?

(不自然な発声)……君……助ケル。彼ニ……知ラレチャ、ダメ。

(不自然な発声)アルフォンソニ……知ラレチャ、ダメ……私マダ……ヒト。

言葉、君も知っているんダネ。

効率が、チョット下ガッタ。情報モナイ、時間も短イ。必要がアレバ、ボク整える。

血族は、一つダ。子供スラモ、互いニ食らい合う。

デモ君たち、ソレガない。

(不自然な発声)アルフォンソ……間ニ……合ワナイ。

(不自然な発声)ダカラ……逃ゲテ。

血族ガ、ナゼ飼い慣らされてる?

血族ナラ、血肉を捧ゲテ。

(悲痛な叫び声)――!
人の言葉を喋るガルシアはシーボーンの牙で身体に穴を開けられた。
油断していたからでも、アイリーニに気を向けていたからでもない。明らかにシーボーンの動きが以前と変わったからだ。

……アナタ……

アルフォンソ……ハヤク……ハヤク……
(アイリー二がシーボーンに攻撃をするも剣を弾かれる)

(もう外殻に刃が通らない!)

(このままじゃ……この人が……)
アイリーニ、ここがどこだか分かっているな。
はい!裁判所の……
地下だ。どの大審問官もここで真実を目の当たりにした。
真実……
一つ考えるのだ、アイリーニ。裁判所は何のために戦っている?
イベリアの潔白と美徳のため、法と経典の聖潔のために戦っています。
ではもし世の人々が真理と掲げた概念が、法の及ばぬ、経典の預言にもなく、かつ万物の美徳すら適さない浅はかな表面だけの物でしかなかったとすれば、お前はどう判断する?
でしたら……私は私の物差しで判断します。
お前がこれまで抱えてきた善と悪の区別を捨ててもか?
はい!
言うのはいつだって簡単なことだ、アイリーニ。この本質を理解するには身を以て知るほかない、ゆえにこれ以上ほかのことは言わないでおこう。
長官……
だがな。

いつの日かお前は、お前が今まで築き上げてきたすべてを崩す者と相対するだろう。信仰も、美徳も、倫理も、すべて蹂躙され、無意味なものと化す。

それでもまだ心に信仰を築けるのであれば、それがどんなものであれ、きっとその者を打ち倒し、お前を支えてくれるはずだ。

真実を見定め、より残酷な歴史を目にするまで、今までしてきたものはすべて、机上の空論に過ぎない。

お前の未来を私の独断で決めるつもりはない。だがその時が来るまで、私の言ったことを憶えてもらいたい、アイリーニ。

イベリア最後の守りに、お前はなれ。
(爆発音)

違ウ……

生き残るハ、君ノ目的ジャナイ。ソレヲ、捨てるダナンテ。
アイリーニはハンドキャノンを掲げる。
シーボーンの刃すら通さなかった外殻に忽然と二つ目の穴が開き、熱流が堅牢な壁を融かしてく。
吹き出された高温によって周りがまるで火の海のように熱い。ガルシアも嗚咽しながら隅へ逃げ、茫然と目の前の光景を見ていた。
シーボーンは未だかつてこのようなアーツを受けたことはない。ヤツはどうすればいいのか分からず狼狽えていたのだ、いくら素早く適応できたとしても。
だが審問官が吹く火花は消えない。ランタンの炎よりも先に、消えることはないのだ。

その人を離しなさい、バケモノめ。源石の匂いを嗅いでみるといいわ。

あなた個人に罪はない、神聖なる経典にもあなたたちの存在は描かれていない。

だが今、私は一人のイベリア人として、あなたに判決を下す。

生きる資格などはない、海もあなたたちも、必ず滅する。

イベリアの名のもとに。