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【明日方舟】塵影と余韻 LE-ST-2「春の祭典」 翻訳

軽はずみな貴族
あれこれ心配する貴族

陛下と血の繋がりがある人は……これだけしか残っていないのか?

物怖じしない術師
物怖じしない術師

ああそうだ、救えたのはここにいる者たちだけだ。まったくあの女二人は、まるで容赦しない。

軽はずみな貴族
あれこれ心配する貴族

しかし、こうもぞんざいに陛下の旋律を流し込んでは貴重な人材が――

物怖じしない術師
物怖じしない術師

ではどうするつもりだ?

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

もっと慎重に動いたほうが……

物怖じしない術師
物怖じしない術師

慎重にだと?毎日こちらの人が殺されてるというのに、よくもまだそんなことが言えたな!もうこれが最後のチャンスなんだぞ!

物怖じしない術師
物怖じしない術師

陛下のお力を完璧に引き出せなくてもいい、だがせめて先の陛下の血と旋律を合わせれば少なくとも……

私は……今何歳だ?二歳か?それとも三歳?
そんな今、私は見ずぼらしく荒れ果てた建物の中で立ち尽くし、茫然と周囲を見渡している。
お前の両親はもうすでに私刑に処されたと、私を連れて来た人たちからそう言われた。何が私刑で、何が死なのか、その時はまったく理解できていなかった。
そしてこれからはここがお前の住む場所だと、いずれ偉大なる計画の一部となり、運が良ければリターニアの次なる統治者にもなり得るかもしれないと、その人は続けた。
分からない、何を言っているのかさっぱりだ。
そんな私はぼんやりとではあるが、気付いてしまったのだ。私のいる部屋、毎日午前には日差しが差し込んでくるこの部屋からは、もう二度と出ることは叶わないのだと。

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

だから言ったではないか、生きた人間をヴェルトリッヒ・メロディエンの器にするのは不可能だ、成功するはずが……

物怖じしない術師
物怖じしない術師

当初はお前も成功すると、計画に賛同すると言っていたではないか!今さら掌を返したってもう遅い!

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

いや、そんなつもりじゃ……

物怖じしない術師
物怖じしない術師

言っておくが、これは浪費しているわけではないぞ、対価を支払っているのだ、成功するためのな。

物怖じしない術師
物怖じしない術師

この者たちの中から一人でも生き残った者がいれば、我々もこんな賊のように逃げ隠れする必要もなくなる、この僻地からもおさらばできるんだ!

物怖じしない術師
物怖じしない術師

ヴィクトリアも、ウルサスも、カジミエーシュも……我々の計画に興味を示してくれてる者はごまんといる!我々が成功すれば、ヤツらの軍を借りることができる、そうすればあの女二人にも復讐してやれるではないか!

その日、ここに来てずっと私たちの世話をしてくれていた年上のお姉さんがいなくなってしまった。
それからして、私たちに食事を運んではくれるが一緒には住んでくれない人たちが言い争うようになった。
何で争っているかまったく分からなかったが、私たちに鼻歌を歌ってくれていたあのお姉さんはもう戻ってはこないことだけは分かった。
あの鼻歌は確かこんな風に……
空は青く澄み渡り、
風が優しく囀りゆく。
流れる河は淀みなく、
吾が心に希望を満たしゆく。
後半にも歌詞はあったようなのだが、それをお姉さんは一度も歌ってはくれなかったから、この歌もここで途絶えてしまった。

物怖じしない術師
物怖じしない術師

どうだ、見たか!どうなったか言ってみろ!

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

また一人死んでしまった……

物怖じしない術師
物怖じしない術師

そうじゃないだろ!死にはしたが、我々は確実に一歩ずつ進んでいる!

物怖じしない術師
物怖じしない術師

次からは手術室をもっと遠い場所に設けよう、そして防音材で補修すれば……今度こそきっと成功する!

寒さと暖かさが繰り返す季節になった。
最初、誰かが消えれば、あの人たちは必ず言い争っていた。
だが、それも徐々に減っていった。私たちの食事も段々と悪くなっていく一方だが、口数も減っていったので、辛うじて腹を満たすことぐらいはできた。
きっと人とはそういう生き物なのだろう、ふとした瞬間にはもういなくなってしまう。
物だってそうだ。
老婆の杖も、年上のお兄さんのオルゴールも、あのおじさんが決して手放さなかったアーツロッドと源石で出来たサイコロも……
だが消えない物もあった、あのお姉さんが歌ってた歌がそうだ。
それからはある子供がよくその歌を口ずさむようになった。

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

もういい――私たちは一体何をしてきたんだ!?

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

陛下の血脈たちを保護してやったのに、結局は……私たちの手で死なせているだけではないか!

物怖じしない術師
物怖じしない術師

何度言えば分かる、これは必要な対価なのだ!陛下の血脈たちに相応の力を持たせるためには、これぐらいの犠牲は付き物だろ!

物怖じしない術師
物怖じしない術師

我々も段々とメロディエンへの理解も深まってきているではないか、きっともうすぐ成功する!

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

だが死んだ者たちは……

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

……もうこのイカレた実験はやめよう……これからは名前を伏せて、残ったこの者たちの教育に専念するんだ、そうすればこの者たちが次なる陛下になってくれるかもしれん……

物怖じしない術師
物怖じしない術師

そんなことがあるわけないだろ、ここでメロディエンを途絶えてしまえばそれこそ終わりだ!

それから一年、あるいは二年経ったか、もうはっきりとは憶えていない。
その頃にはもう、残っている子供は私ともう一人だけとなった。
ヤツらが部屋に入ってくるたびに、私は全身が震わせて怯えるだけだった。
だが、いつも大丈夫だと、もう一人の子供が私を慰めて、大人たちから私を庇ってくれる。
そして大人たちが去った後、よくあの歌を歌ってくれていた。
“吾が心に希望を満たしゆく”。

物怖じしない術師
物怖じしない術師

いくら子供だからとは言え、ここに何年もいたら大体は察しがつくだろう。

物怖じしない術師
物怖じしない術師

お前たちは先の陛下が残された唯一の血筋たちだ、だから私も惨めなことはしたくない。誰が次の番になるか、お前たち二人で決めろ。

物怖じしない術師
物怖じしない術師

我々の技術も大きく進歩した……きっと今回は成功する……かもしれない。だから今回の実験を受けた人は……とてもすごい術師になれるかもしれないぞ。

いくらなんでも、私たちとてバカではなかった。
前にもあの貴族の恰好をした人はそれを言っていたが、誰一人戻ってはこなかったではないか。
両足がひどく震える。こっそり傍にいるあの子を見れば、彼もまた唇を青ざめていた。
イヤだ、消えたくない、この子のことも消したくない、でもどっちか選ばなきゃ……
そしてついに、その子と目が合ってしまった。彼は私に顔を向け、口角を上げる、そして……
「ボクがやるよ。」
そう彼が言葉を発して、私はとうとう足に力が入らなくなり、地面に倒れ込んでしまった。

それから私は独り、がらんと寂れた部屋の中で二か月過ごした。
そんな雨が降っていたある晩、あの子が帰ってきたんだ。両目はきつく閉じられていて、苦しそうに唇を噛んでいるが、生きている。
奇跡が起こったと思った。だが数日後、彼はまた部屋から連れ出され、それからほかの子供たちと同じように、二度と戻ってくることはなかった。
再び連れて行かれるまで、まだあの歌を歌っていたというのに。
“吾が心に希望を満たしゆく。”

数日後、とうとう私の番になってしまった。
ひたすらあの二人に連れて行かれる途中、見たことがない部屋がずらりと並んでいて、中には数々の装置と機械が置かれていた。
それから私たちはとある小さな部屋に中に入っていった、部屋の中は真っ白だった。
塔の術師の装いをした人が私をベッドに横たわらせる。真っ白なマスクと手袋を着けた彼女は、まるで不気味だった。
そして顔に布を被せられてから、私の記憶はそこで途絶えた。

それからして、私はあの二人の歓声で目が覚めた。
目が覚めた時、まるで自分の脳内に溶岩が煮え滾っているのかと錯覚するぐらい、目が焼けるように熱かった。
あの痛みは……どれぐらい続いていただろうか?数日?数週間?あるいは数か月?


ともあれ、時間が経つにつれ、痛みも徐々に和らいでいき、ついには時折激しい発作を起こすも、またすぐに回復する頭痛で落ち着いた。
私はほかの子供たちのように、あの二人に連れ出されることを待っていたが、連れ出されなかった。
むしろ私に対して懇ろになり、食事も豪勢になり、庭で自由にしていいとまで言い始めた。
それだけじゃない、私に文字の読み書きとアーツを教えるようにもなった。
あのおじさんが持っていたアーツロッドと源石のサイコロを大事そうに私に渡してこう言った、これは先の陛下が集められたものだから、決してぞんざいに扱わないように、とのことだ。
それから、私がアーツの才能を見出すたびに、周りから歯が浮くほどの称賛の声が上がるようになった。
だが、そんな日も長く続くはずもない。

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

やはり……これが限界か……

物怖じしない術師
物怖じしない術師

いくら彼を限界に追い込んだところで、せいぜい女帝の声の落ちぶれとやり合えるぐらいか……

物怖じしない術師
物怖じしない術師

また前の子供のように、“ヴェルトリッヒ・メロディエン”のエネルギーを調整してみるのは……

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

いや、もうよそう。

物怖じしない術師
物怖じしない術師

また怖気づいたのか?心配はいらない、もう一度改良すれば――

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

もういいんだ!!!

物怖じしない術師
物怖じしない術師

なんだと貴様!私に口答えするつもりか!?

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

あんなにあった“メロディエン”も、今じゃもうあの一段しか残っていないんだぞ!十五人もの陛下の血筋がいたというのに、もうあの子一人しか残っていないんだぞ!

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

今一番重要なのは、陛下の血を絶やさないことだ!心配はいらない、この子を育てれば、少なくともほかの国でまだまともな職にありつける!

あれこれ心配する貴族
あれこれ心配する貴族

もしどうしてもすると言うのならするといいさ!をだがその代わり、失敗したら我々が陛下に自らの首を捧げることになるぞ!

物怖じしない術師
物怖じしない術師

……

(火が燃え盛る音)

翌日、あの二人までとうとう消えてしまった。
自殺したわけではない、ヤツらが常日頃から口にしていた女帝の声たちがやってきたために消されてしまったのだ。
私はがらんと寂れた部屋の中で座り、外で繰り広げられてる殺戮の悲鳴に耳を傾けていた。その時ばかりは心底愉快だったよ。
ヤツらはいつも口々に“先の陛下の血筋”を呟いていたが……
そんな呪われた血筋もようやくここで途絶えることになる。ヤツらが一番恐れていたことが起こってしまったのさ、ざまあ見ろ。

(ドアが壊される音)

そうこうしてるうちに、とても豪華な装いを纏った人がドアを蹴破って入ってきた。
あれがいわゆる女帝の声と呼ばれる者なのだろう。
女帝の声は私を見て、武器を下ろすことはなかったが、殺そうとはしなかった。どうやら戸惑っているのだろう。
肝心な時に戸惑わないでくれよ。
私はアーツロッドを女帝の声に向ける、源石サイコロもぐるぐると私の傍を回り始めた。
そしてやはりと言うべきか、女帝の声が想像もつかない速さで私に迫り、そして手に持っている管楽器を力いっぱい私の脳天に振り下ろした。

(打撃音)

あの一撃を境に、私のそれまでの記憶を失ってしまった。
ウルティカ伯はどうやって手錠をかけられた椅子に座っていたのかということを忘れてしまっていた。ただ時折起こる頭痛が、彼の脳内には巫王が俗世に残した最後の旋律がこびり付いていることを教えてくれるだけであった。
それは“名前を呼んではいけないあのお方”の遺物であり、すでにお前の身体から切り離せなくなっているのだと、彼の伯爵代理人が憎たらしそうに教えてくれた。
だがまだその時、自分が一体どんなモノと一つになってしまったのか、ウルティカ伯は分からないでいたのだった。
そして今、彼はようやく思い出したのだ。
私は何をすべきなのかを。
私に何ができるのかを。

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