具合はどう?大丈夫?
ああ……
ああそうさ、大丈夫だ。私も貴殿も、きっと大丈夫だ。
少し出かける、貴殿は家に残ってくれ。
さっきまで具合が悪かったのに、どこに行くのさ?
……やることがある。
やることがあっても、治ってからにしなよ。
心配はいらない。
目が覚めてもまたすぐに容態が急変するかもしれないから、少しは休憩したほうがいいって、ハイビスカスさんも言ってたけど……
急用なんだ、それも大至急の。だから行かせてくれないか?
でも、もうすぐコンサートだよ?だからやっぱり今は身体を休めたほうが……練習もしないといけないじゃん?君だってコンサートを台無しにはしたくないでしょ?
コンサートを持ち出して私を煩わせないでくれるか?
煩わせるって……
……すまない、そんなつもりで言ったわけじゃないんだ。
だが本当にどうしても行かないとダメなんだ、だから止めないでくれ。すぐに戻るよ。
じゃあせめて……どこに行くのかだけ教えてくれない?
……上手くいったらな。
そうだ、服。
服?
今日午後にコンサート用の服が仕上がるだろ。一緒に行ってやれないから、すまないが一人で受け取りに行ってくれ。
受け取りに行く際はチェロも持って行くんだぞ。弾く時に合うかどうか確認しておくんだ。
じゃあ、行ってくる
(エーベンホルツが立ち去る)
またあなたですか。
……はい。
コンサートの中止をお願いしに来ました、少なくともエーベンホルツさんとクライデさんを舞台に上がらせてはダメです。
なんだと?
もしエーベンホルツさんとクライデさんに演奏させてしまえば、アーベントロートが大変なことになってしまいます!
つまり、私が最近調子よくなったのも、エーベンホルツとクライデが引き起こしてるその“潜伏期間”によるものということですか?その潜伏期間が過ぎれば、私はすぐさま急性患者になってしまい、命を落とすかもしれないと。
そうです、ツェルニーさんはあの二人とかなり接触していますから、発症した際の症状もそれに応じて重篤になるかと。
彼らとあまり接触していない人たちにもなんらかの影響が及ぶため、もし彼らに演奏をさせてしまえば、命を落としてしまう人も出てくると……
はい。原因はまだ突き止めていませんが、あの二人に演奏させてしまえば、きっと周囲に対する影響を増幅してしまうかもしれません。
それが起こる可能性は?
今はまだ明確な数字は……
私を除いて、ほかにも危機に晒されてしまう人がいるのですか?
……アーベントロートにいた十数人がすでにホッホガルテン区の病院に搬送されています。
ホッホガルテン区か……ではその者たちは、エーベンホルツさんとクライデの影響が及ぶ範囲から出た、ということに?
ではないかと。
そうですか、仰りたいことは分かりました。
ではコンサートは……
それはできません。
どうしてですか!?
コンサートそのものを中止してくださいとまでは言いません!でもせめてエーベンホルツさんとクライデさんの曲をプログラムから下ろすなり、あるいは代役に行かせたりしないと大惨事になってしまうんですよ!
もし彼らの演奏が必ず私を除く他者にも危害を加えてしまう確証があるのでしたら、今すぐにでもコンサートを中止しましょう。
だが今のあなたは、演奏した際に起こることすら把握されていないではありませんか。ですので私はそんな“憶測”で、アーベントロートの努力と希望を無駄にしたくはありません。
アーベントロートの努力と希望って……
お気持ちは大変理解できますが、しかし……
いいや、あなたは何も分かってはいない。
もし本当に理解しているのなら、そんな軽々しく“しかし”など口にすることはないはずです。
申し訳ありませんが、確証がない限りコンサートを中止することはできません。
では教えてくださいツェルニーさん、今回のコンサートと感染者たちの命、どちらを重く見てらっしゃるのですか?
……それはどういう意味だ?
私が他者の命を蔑ろにしていると言いたいのか?
ちがっ、そんなつもりじゃ――
(ウルスラが近寄ってくる)
ハイビスカスちゃん、ハイビスカスちゃん!
ウルスラさん?
ささ、ちょっと風にでも当たりに行きましょうか、ね?
でも――
いいからいいから、ほら行きましょう。
風に当たれば頭も冷えてきます、話はそれからでもいいじゃないですか。
(もしゲルトルートの言ってたことが全部本当だとしたら、クライデは死んでしまう……)
(いいや、きっとほかに何かあるはずだ……両者ともに上手くいく方法が……)
(そうだツェルニー、ツェルニー殿なら何か分かるかもしれない……)
(いやいや、何を考えているんだ。彼はただの音楽家だぞ、役に立つはずがない。)
(いっそのことクライデにこのことを教えるのは――)
(いや、教えたところで何になる……)
(あるいはロドスなら……)
(いやそれもダメだ、ハイビスカスの言うことに従えば、私はまたあのウルティカに戻って閉じ込められるだけだ!)
(女帝の声に頼むのは?)
(バカかエーベンホルツ!自分の首を絞めてどうするんだ!?)
(住民たちがエーボンホルツをチラチラ見ながら通り過ぎる)
(ダメだ、ずっとここでぐるぐる回っても埒が明かない、それに何だか周りから怪しまれているし、場所を変えないと……)
(エーボンホルツが立ち去る)
(ん?あの人……どこかで会ったような……)
……慎重に……
……人が集まっ……問題ない。
(そうだ、噂!噂があったじゃないか!)
(あの噂を明らかにすれば、きっと何か手がかりが手に入るかもしれない、あるいは噂の正体も突き止められるはずだ!)
(だが私一人でできるものだろうか……)
それは本当か?
ええ、今が絶好のチャンスです。
このまま引き摺っても時間を無駄にしてるだけです、その時は面倒になりますよ。
そうか、ならお前に任せる、私は上に報告しよう。もうひと踏ん張りだ、頑張ってくれたまえ、ラッヘマン殿。
(貴族が立ち去る)
はぁ、手間もかかるし、気苦労する仕事だなぁ。
デマを流すだけならまだしも、なんであんな場所にも行かなきゃならないんだ……
(なんだあいつ?下水道に入るつもりか?)
(下水道に入るなんてまっぴらごめんだ……やるなら今しかない。)
おい貴様、止まれ。
誰だ!?
振り向くんじゃない。
言え、アーベントロートにデマをまき散らしたのは誰の指示だ?
そんなの知るわけがないだろ!俺だってそこら辺で耳にしただけなんだ……
そんなウソをついても無駄だぞ、ラッヘマン殿、ずっと尾行していたからな。
それについさっき分かったんだが、以前ハイビスカスのデマを流した時、貴様がその場にいた人たちを煽動していたな?
フンッ、よく憶えているじゃないか。
さあ言え、誰の指図だ?下水道に入ってなにをするつもりだ?
ちょうどいい、俺も気になってたところなんだ。どうして下水道なんかに入ろうとしているんだい、ラッヘマンさんよ?
誰だ!?
おっと、振り向かないでくださいよ、さもないと……
逃がしちまいますからね。