
バカな子だ、本当にバカな子だ……

君がそんなことをしなくたっていいのに……

この大地はまだ君にたくさんの借りを返しきれていないのに、なぜそんなことを……

お爺さん!?

はやくここから離れてください!ここにある源石の活性度がどんどん上昇してますよ!

最後ぐらい孫の顔を見させてやってくれ。

あともう少しだ!ハイビスカス、彼の注意を逸らして――

クライデ、お爺ちゃんならここだよ。

なにを!?

クライデ、わしのかわいい孫よ。

もしこの世を恨んでいるのなら、その恨みをわしにぶつけなさい。

何もかもを破壊してやりたいのであれば、その衝動をわしにぶつけるといいさ!

わしはずっと君にウソをついてきた、何年も何年も……君のために死のうとは思っていたが、まさか君をこんな目に遭わせてしまったとは!

君がほかの人たちを活かすと選んだのなら、先の長くないわしが君と連れ添おう。

さあ、一緒に逝こう、わしの可愛いクライデよ!
源石結晶に覆われたバケモノはもはや老人の言葉を理解できていない。
先ほどの目覚めだけでも奇跡中の奇跡だったのだ。今のバケモノはただチェロの音色を伴い、周りを永劫なる虚無へと引きずり込もうとしているだけ。
そしてバケモノは、声が伝わってくるほうを向き、勢いよく死の旋律を奏でた。
(アーツ音と爆発音)

爺さん!?
(ハイビスカスが膝をつく)

お嬢さん、なぜそんなことを――

――エーベンホルツさん、ここは私が防ぎますから、今のうちに!

はあああああああ!!!

そんなバカな!?

友情も犠牲も献身も――そんな幼稚な信念など、現実の中でズタズタに砕け散って当然なのに、なぜ、なぜだ!?

いや、まだ終わってはいない!

確かにクライデは二つのメロディエンを無理やり自分の内側に閉じ込めたが、それでもメロディエンたちが重なった際の狂気と無秩序に耐えられまい!

私の耳には届いているぞ、クライデの旋律は消えたが、それでもエーベンホルツのメロディエンはまだ存在している、私にはまだ――
(ベルクがゲルトルートに切り裂く)

がはッ!

もういい、シュトレッロ伯。
ゲルトルートのハープの弦に携えられた腕がガクリと枝垂れる。
ベルクは匕首をゲルトルートの背後から抜き取り、血が彼の衣装を染めた。
源石の外殻が次々と剥がれ落ちていく。
広場にはなんら声はなかった、ただ活性した源石の外殻が地面に落ちた際のくぐもった音だけが木霊する。
そして外殻がすべて剥がれ落ちた後、その場に倒れていたのは、息絶え絶えなクライデと、彼のチェロだけであった。

クライデ!待ってろ……待っていろ!!

待ってください!今の彼は危険です、まずは末期感染者対処センターを呼んで……

まだそんなことを言ってるのか!?

クライデが死ぬはずがないだろ!
(エーベンホルツがクライデに駆け寄る)

がはッ……

クライデ、しっかりしろ!

見たか!クライデは助かったんだ!

……

エーベン……?

ここだ、私ならここにいるぞ!

そんなこと……しなくていいのに、もうボクは……

……

(深く息を吸いこむ)

なんだか……身体が軽いや……

ずっとあった痛みも、今はもうすっかり……

ああ、治るさ、きっと治るさ……

ねえ、エーベン、よく聞いてね……これが最後の会話だから。

ボクの話を……しっかり聞いてね。

生きて、エーベン……君はこの長い夜を、走り抜けるんだ。

この理不尽な運命に抗って、ほかの人のためになることをするんだ。

そうすれば、君が休んだ時に、ボクを思い出すことができるからね。

それでボクは君にこう訊ねるんだ、今日はどうだったって。

そして、君は胸を張ってボクにこう答えるんだよ、今日も充実な一日を過ごせたって。

その時はきっとボクに、それまでに遭った障碍や、いつまでも自分に振り向いてくれない運命に対して色々と文句を言うかもしれないけど……

でもいいんだよ、ボクは全部聞いてあげるから。

だって君は、こんなにも頑張ってきたじゃないか……文句の一言や二言吐いたってバチは当たらないよ。

そうしないと、君はこの大地にある苦痛に埋もれてしまうんだ、自分の暮らしから安寧が消え去ってしまうんだ。

いいかい、憶えておくんだよ、エーベン……かつてボクたちは一緒に理不尽な運命に抗った、そして勝ったってことを!

だから、ボクを思い出す時は、笑ってね、泣いちゃダメだよ?

ああ……ああ!

それと、ごめんね、エーベン。

まだ君に……何を贈ればいいか……思いつか……な……

なんだっていい!だから頼む、死なないでくれ……頼む……

……

クライデ?おいクライデ……

クライデェェェェェェェ!!!!!!

彼らならきっといつかはズタズタに砕け散るさ、だが今じゃない。

友情と犠牲と献身か……

確かに、彼らはまだ幼稚かもしれない、だが少なくとも誰かが彼らに対して同情の涙を流してくれる。

それに比べてあんたはどうだ、シュトレッロ伯。

あんたは自らの手で自分とツェルニーとの間に芽生えた友情を摘み取ってしまった。

あんたは自分の兄を殺しただけでなく、その兄を無能だと嘲った。

それに他者を自分のために献身させようとしたが、あんたは他者のために何をしてやった?
もはやゲルトルートは動かなくなかったが、唇だけが微かに震えていた。
「呪ってやる」と。
ベルクがゲルトルートの唇を読む。
「死の淵まで呪ってやる。」
「エーベンホルツよ、永遠に血筋の狂気に囚われ続けるがいい。」
「アーベントロートよ、汝は滅びに向かうがよい。」
「リターニアよ、永遠に巫王の陰に怯え震えるがいい。」
「そして巫王よ、永久に死しても安らぐことなかれ。」

……醜いな。

さっきの自分は些か衝動的だったことは認めよう、だが大衆の安全を脅かす要素を速やかに排除するのも、俺の仕事のうちなんでね。

あんたには詳細な報告を書いておいてやるよ、シュトレッロ伯。

Gute Nacht、他者を呪わずに済む夢を。

手から血が流れていますよ、エーベンホルツさん!まさか源石に刺されたんですか?

あぁ、そうみたいだな……血が出てる。

ならすぐに相応の治療を――

治療か?なら真っ先にクライデのほうを治療しろ!

エーベンホルツさん、彼はもう……

……

やめろ。

それを言うな、ハイビスカス、頼む……

……はい。

しかしクライデさんは……感染者です、もし末期感染者対処センターに連れて行きたくなくとも、せめて密閉性が高い部屋を探してあげてください、彼のためにも……

ああ、分かった……

じゃあ……ザールの休憩室にしよう。

分かりました、ではクライデさんを送りますね。

私も行く。

さあ、クライデ、一緒にいこう。
丁寧にクライデを抱え上げるエーベンホルツだが、源石に何度傷を付けられても、彼はまったく意に介さなかった。
彼は徐々に暖かさを失っていく友の身体を抱えていく、まるで短くも美しかった夢を抱くように。

もうすぐだ、クライデ。

もうすぐ、もうすぐだからな。

ありがとう。

なっ――まだ生きてたのか!?

なら今すぐハイビスカスのところに――

ううん、ここでいい。ボクをこの建物に安置させてくれ。

もし君がまたアーベントロートに戻ってきたら、きっとすごくすごく仲が良かった友人を思い出すはずだ。ここで喧嘩したことも、一緒に笑ってやったことも……

そして、一緒に見事なまでの合奏を仕上げたことも。

いや違う、貴様はクライデじゃない、貴様は――

どうした、これを求めていたのではないのか?

黙れクソジジイ、クライデを汚すことは断じて許さんぞ。

クライデは命を投げ打ってまでメロディエンを取り除いてくれたのに、なぜ……まだ私の脳内にいるんだ!?

……

警告だ、これ以上クライデの真似事などをしようものなら、ここで自分の頭をかち割ってやらんでもないぞ?

(ため息の声)

余の血脈はなんと愚かなものだろうか。
それからして、再びエーベンホルツの耳に声が伝わってくることはなかった。
そしてますます重くなっていくクライデの身体を抱えながら、一歩一歩アーベントロートザールの休憩室へと向かっていく。

ついたぞ。

私は部屋をしっかり密閉しておくから、貴殿はソファーでしばらく横になってくれ。

ここのソファーはふかふかだからな、きっと気持ちがいいはず――

ふかふかな、ソファーか……

貴殿は我が家にいても、ベッドで寝たことさえ……

……

……きっと、私もすでに感染してしまっているのだろうな。

以前までは少し力まないとアーツを出せなかったのだが、今はもうそれすら必要なくなった。感染することも、悪くはないのかもしれないな。

よし、こんなものだろう。あとは私が外に出てドアを閉めれば……

ほかに……何かやり残したことは……

そうだ……贈り物。

このチェロ、貰っていくぞ。

貴殿のために買ってやったというのに、今や私が貰うことになるとは、まったく……
それから唇を微かに震わせただけで、エーベンホルツは口を噤んだ。
そして静かに佇んでしばらくして、腰を曲げ、静かに自分の使い慣れたフルートをクライデの傍に置く。

以前穴を開けたコインを欲しいと言っていたが、すまない、今はこのフルートしか手元になくてな……

本当に、すまない……

すまなかった……