これで全部か?
はい、包み隠さず。
こういった処分とは……些か予想外だな。
これから如何致しましょう。
如何致すだと?致すもなにもないだろ。
今回の一件は元より君とはなんら無関係だったのだ、今のヤツも少しだけ問題を起こした領地を処分するだけ、君となんの関係があるというのかね?
ごもっともでございます。しかしそれでは、あの感染者たちも引き続きあの区画で暮らすことになります、万が一根も葉もないことを言いふらす恐れも……
それがどうした?感染者の世迷言を信じるヤツがいるとでも思っているのか?
ではこれからは、どう……
これからだと?
焦る必要はない、これよりもまだまだやるべきことは山積みだぞ。
……以上が本件の最終報告にございます。
うむ、ご苦労。
あのツェルニーとやらが今回の一件で書き上げた曲だが、手元に収めておるか?
女帝の声が随時譜面に起こして頂けます、お求めになられるのであれば数時間後には御前で演奏して差し上げられるかと。
譜面に起こす必要はない、録音で十分だ。
……
悪くない曲だ、彼奴が曲を書き上げる際の心の奥底から発せられた怒りの叫びすら聞こえてくるぞ。
中々才のある男だが、如何せんまだまだだな。
結果はどうだった?
まあ、悪くはなってないよ。
アンダンテが言うには、あの一件で感染者の容態に非常に奇妙なことが起こったらしい、なにも大勢の人があれから長い安定期に入ったとか、俺も例外じゃないってよ。
またこの前みたいに、良くなってから悪化することはないだろうな?
アンダンテが言うには、徹底的にこの現象を調べた際、事件で発生した活性源石がほぼ低活性化状態に入ったってよ。
だから言い換えると、俺はもう暫くのらりくらりと過ごすことができるってことだ。
それはよかった……
そうだ、ついでに公爵様がアーベントロートをどうするかについてアンダンテに聞いてみたか?
どうやら女帝の声から公爵様にアーベントロートには触れるなとのお達しが来たらしい、まあ彼女も噂に聞いた程度だが。
おお、なんてありがたいことか!女帝陛下の寛大なるお慈悲に感謝致します――
シーッ!声が大きいって!
……
はぁ、でもこれからどう過ごせばいいんだろう……
少しは口を閉じときな、また事態をしっちゃかめっちゃかにしたいのか?
これからどう過ごせばいいかって?そんなの過ごせばいいだけの話じゃないか。
でも、こっちはもっと長生きがしたいんだ。
だったらなおさら口を閉じとくんだな、そのほうが確実だよ。
……
ハイビスカスさん、私いまやっと分かりましたよ、知らないほうが幸せなこともあるんだって。
この引き継ぎ作業を終えたら、私もほかの場所への異動を申請しよっかな。
もしくは本艦に上がるのもいいかも……
止まれ。
あんたを探すために、こっちは色々と手間がかかったよ。
……
何か言いたいことはあるか?
……君たちだろ、クライデをヴィシェハイムへ行くように仕向けたのは?
……
コンサートの報酬はともかく、色々とあの子に真実を教えてやったな?わしの容態で金稼ぎに焦っていたあの子をあの事件に引きずり込ませるために……
あの子は貴様らとなんら関係はなかったはずだ、なのになぜそんなことをした!?
内情を知ってるのなら、なおさらあんたを逃すわけにはいかなくなったな。
フンッ、構わんさ。どうせもう日も長くない。
いいだろう、同じ密偵仲間だったことに免じて、教えてやる。
シュトレッロ伯がすでにクライデを探し始めていた、見つかるのも時間の問題だったろうな。
それがどうした?クライデはずっとわしの傍にいたんだ、なら貴様の手の内にあるようなものだろ!
あんたは彼女の研究ノートを見たんだから、分かっているはずだ。彼女のメロディエンに対する研究は確かに目を見張るものだよ。
あのノートを手に入れない限り、こっちは彼女がどこまで研究を進めているか分からないもんでね、今はその研究に深い造詣を有しているってことしか把握できていない。
だからあのまま研究させれば、おそらくはメロディエンを利用してもっと恐ろしいことをしでかしていた可能性があった。例えば遠距離から誘発と共鳴を引き起こすとかな、それが起こるのが恐ろしくて堪らなかったさ。
目を覚ましたら、傍にいた孫がバケモノになっていたことになっても、あんたはそれでよかったのかよ?
そんなことになるぐらいなら、さっさとクライデを彼女のもとに引き渡して、待ったなしに、技術がまだ成熟していない段階に計画を敢行させたほうがまだマシだったさ。
どうだ、まだほかに聞きたいことはあるか?
もしエーベンホルツが会場内にあるメガホンに気付かなかったら、どうするつもりだったんだ?
……どうもこうもないだろ。
アーベントロートと一緒に、俺も死ぬだけだ。
……そうか、ならもう聞きたいことはない。
じゃあ、ご同行願おうか。
わしを殺さないのか?
あんたを殺しても何も出ないさ、むしろこっちも萎えちまう。
さあ、俺のカフェでコーヒーをご馳走しよう、一緒にあのバカで尊敬に値する若い二人のことを語り合おうじゃないか。
わしに拒否権は?
あると思うか?
ラヴァちゃん?
なんであんなことをしたんだ?もしアンタに何かあったら、絶対に一生許さなかったんだからな!
え?
あぁ、ヴィシェハイムのこと?でもほら、私は無事だったんだし――
根も葉もないデマを信じる連中と睨み合って、メロディエンの影響を受けるかもしれないのに逃げないで、まともにアーツも使えないのに死ぬつもりで戦ったのはどこのどいつだよ!
どうしてそれを知って……
ツェルニーさんに会ったんだ!そしたら全部教えてくれた!
えぇ……知りたかったら、私に直接聞けばよかったじゃない?
元々リターニアでアタシにピアノを教えてくれたヨハン先生のことについてツェルニーさんに聞こうとしたんだが、まさかそこからアンタがあんなことを……
あんなことを……
……
――言っておくけどな!金輪際あんな無茶なことをするんじゃないぞ!わ……分かったか!
もう、泣かないでよ、こうして無事に生きて帰ってきたじゃない。
でもアンタの感染度合いが――!
確かにメロディエンでかなり進んじゃったけど、それでも抑えられたわ、だから……
抑えられたからいいって問題じゃないだろ!アンタはいつもいつもアタシに健康には気を付けろと口酸っぱく言ってるくせに、なんで自分のことになったらどうでもよくなるんだよ!
もしアンタが……いなくなったら、アタシは……アタシは……
……
ごめんねラヴァちゃん、これからは絶対自分を大事にするってお姉ちゃん約束するから、許してくれない?
本当だろうな?
本当よ。
ウソつくんじゃないぞ!
そんなまさか。ドクターから結構長い休暇を頂いたんだし、これからちゃんと休養に回るからさ。
ほら、そのヨハン先生のことを聞きたかったんじゃなかったの?先生がどうかした?
ツェルニーさんが言うには、一年前にある交流会でヨハン先生を見かけたらしい、元気だったってことだ。
というか、アーツロッドが笛になってるじゃないか。まさかせっかくのリターニアだから、アンタもそこで音楽を少し習ったのか?
ああ、これのこと?
せいぜいアーツロッドとして使ってるだけよ、吹けはしないわ。
本当か?
本当よ。
まさか、恥ずかしがってるのか?
恥ずかしがってるわけないでしょ。
だったら吹いてみろ!そしたら信じてやる!
えっ……じゃあ、本当に吹くよ?
吹け!
(ラヴァが部屋から飛び出す)
下手くそ過ぎんだろ!!!
ご関心を寄せて頂き感謝します、ドクター。お陰様でよくなりました。
それに、アーベントロートまでをも保護して頂いて、今一度感謝を申し上げます。
あなたがロドスを代表して交渉してくれなければ、女帝の声がたかだだかアーベントロートについて言及してはくれませんでしたから。
ご謙遜を。
・感染者を助けることをロドスは旨としているからな。
・エーベンホルツと比べたら、アーベントロートはまだやり易かったよ。
仰る通り、ここに来てますますそれを実感します。
……
それで、私に何かご用ですか?
前線に出たいとの申請だから、本人の意志を確認したくて。
私の意志ならすでに申請書に書いているはずですが。
あなたの容態は目下安定はしているが、それでも感染度合いが深刻だ。
戦場にはどんな可能性だって潜んでいる。
覚悟ならできています。
ハイビスカスにコンサート会場まで支えてもらった時から、すでに死への覚悟はできていましたよ、ドクター。
様々な紆余曲折があり、私の甘い考えとはまったくことなる結末を辿って、私は……生き延びてしまいましたがね。
なんとも不思議な気分です、ただ……言葉だろうと音楽だろうと、それをうまく表現できなくて。
それを表現できる方法を前線から見つけたいなんて贅沢は求めません。ただ、まったく異なる方法で感染者のために戦うことが、私にとってもメリットになるのでは、というのが私の今の考えです。
あなたの気持ちは理解した。
申請結果が出るには時間を有する、しばしの間待って頂きたい。
分かりました。
ところで、エーベンホルツもロドスに入ったはずですよね?
・もちろん。
・どうして急にそれを?
ロドスに入った翌日から、まったく彼の姿を見ないものでして。
たまに、あの黒装束のウルティカ伯は本当に亡くなってしまったのではないかと思えてしまうほどに。
・リターニアの公式見解からすれば、確かに彼は死んだな。
・彼なら元気だ、しばらくは一人にさせてやろう。
・皮肉にも、それが却ってリターニアとの協力を得られた。
……そうですね。
では、ここで失礼させてもらいます、ドクター。
彼のことだが、ちょうど今から彼に会う仕事があったな。
会ってみるかい?
……
いえ、結構です。あの一件で彼はとてつもなく大きなダメージを受けてしまいました、私の口から理解できるなんてことは口が裂けても言えません、想像するほかないぐらいのダメージでしょう。
ですので向こうから私やハイビスカスに会いたいと言ってくれた時に、また会いに行きます。
では失礼します、ドクター。
・お大事に。
・……
・平時でも、また素晴らしい音楽を創ってくれることを期待している。
ドクターか?よくここが分かったな。
・ここはいい風が吹く、ストレス発散にはもってこいだからな。
・……
・あるオペレーターがここで君を見かけたと言っていてね。
発散したいほどのストレスなら抱えこんではいないが。
なんだ、話すこともないのか?
どなたかな?差し支えなければ話をしてみたいものだ。
話を戻そう、少しトランスポーターとして充てられてね。君宛ての手紙がある。
手紙?どこからだ?
リターニアからだ。
内容は想像できた、渡してくれ。
読み上げサービスは如何かな?
……中々面白い人だな、貴殿は。
恐縮だ。
貴殿の作戦指揮に際しての姿がまるで想像つかん……その時も今みたいに変人でいるのか?
・ははは。
・……
・君が任務に出てくれるのならもっと変人になってやらんでもないぞ。
困ったらいつもそう笑って誤魔化しているのか?
フルフェイスマスクを被って一言も発さない人は、中々どうしてかおっかないものだな。
それは期待だな。
邪魔したね、 引き続き一人でいる時間を楽しんでくれ。
(ドクターが立ち去る)
言われなくともそうするさ。
これは……リターニア平民エーベンホルツのパスポートか。
それとクライデと……ウルティカ伯の……死亡証明書。
ん?まだ何か入ってるな?
……手紙?
親愛なるエーベンホルツ様へ。
長らくお求めになられた自由を手に入れられて、心よりお祝いを申し上げます。
私たちの共通の敵であるあのウルティカ伯は、亡くなられました。
彼の貴方や貴方のご友人へ与えた傷を想像すると、誠に心苦しく思います。
そのため、こちらのお手紙、及び付随する書類で、僅かながらでも貴方の心痛を和らげればと思い、送らせて頂きました。
つきましては、ウルティカ伯が死亡されたことをご確認頂きたく存じます。
さもなければ、エーベンホルツ様とご協力頂いて築き上げられた全てが水泡と化してしまいますゆえ。
サインがない……匿名か?
フッ、彼女らしいな。
ロドスのオペレーターであるエーベンホルツはアーツロッドを手紙に宛がうと、すぐさま紙は燃え始めた。
火の苗は徐々にパスポートを始め、ウルティカ伯の死亡証明書と、クライデのそれに移っていった。
紙束の燃える匂いが甲板に広がっていく。
そこでエーベンホルツは、傍に立てていたチェロを抱え込む。
とある友がチェロを弾く情景を思い浮かべながら、彼は目を閉じ、単純だが明快なメロディーを弾き始めた。
双子の女帝が権力を掌握した頃、リターニアには数え切れないほどのその功績を讃える楽曲が生まれた。これもそのうちの一曲である。
今日に至るまで、この歌の後半パートはとうに人々から忘れ去られてしまった。ただ前半パートのみが、その朗らかなメロディーと率直的に人々の愉快な心情を表現した歌詞のおかげで、未だに人々に伝い歌われている。
夕日が眩しく目に差し込んでくる。
(無伴奏チェロ組曲第1番 プレリュードの一節が流れる)
空は青く澄み渡り、
風が優しく囀りゆく。
流れる河は淀みなく、
吾が心に……
吾が心に……
希望を満たしてゆく。