……こちら来月の保険料の請求書になります。
こんなに……多いのか?
つい先日、支払ったばかりなんだが……
あれだけでは今月における数日の薬代しかカバーできません。それと規約通り、必ず来月初日に指定された医療機関で身体検査を行ってください。
しかし……まだローンが……
こっちだって頑張ってるんだ、両親が残してくれた惣菜店を抵当に出せば、必ず……
申し訳ありませんが、納入期日は明日でございます。
もし期限通りに費用を納めて頂けないのでしたら、今度継続的に医療サービスの費用を払い続ける能力はないと判断致します。あなたの健康と団地区域の安全を考慮して、来月からは感染者収容区域で生活して頂くことになります。
感染者……収容区域?
はい。
ただご安心を。そこでしたら、さらに割安な公的医療サービスを受けることができますので。
いやだ、そんなとこ行きたくない……
もしそこに入っちまったら……
もう俺の人生に出口がなくなっちまう。

……隊長さん?あの、隊長さん?

……

体調でも悪いんですか?なんだが呼吸が荒いように聞こえまして。

……!

大丈夫ですよ、こちらに敵意はありません。

ボクはサイレンス先生と一緒に基地に入らせて頂いた者です。隊長さんの隊員たちにあらかた検査してもらいました、武器は持っていませんよ。

すまない、つい癖でな……

謝らないでください、ボクも理解できますから。

徐々に広がっていく暗闇はどうしても人を不安にさせてしまいます。

よかったらボクの近くで寝てはどうでしょう?人が集まってる場所は多少なりとも暖かいですから、そうすれば寝落ちしてしまっても、少なくとも凍える心配はありません。

ほかの人はどうしたんだ?

サイレンス先生の医療ドローンが緊急時用のバッテリーを搭載してまして。

ですので施設内でフィリオプシスさんの身体検査を終えた後、エレナさんと一緒にいますよ。

サムは……

サムさんなら隊長さんの指示に従って、身体に不調をきたしてる開拓者さんたちを室内に運んでもらっています。

……そうか。

一つ頼みたいことがあるんだ。サムやほかの人にはこのことを内緒にしてくれ、さっきはつい……

分かってますよ。

あなたは隊長さんですから、こういった肝心な時に弱った姿を見せてしまうと、開拓隊から離反が起こっちゃうかもしれないって、心配してるんですよね?

……

開拓隊といっても一枚岩ではない、なんてことが言いたいわけじゃないんです、ただ……暗闇はいつも人を変えてしまいますから。

……その口ぶり、経験があるんだな。

ボクはボリバル人です。昔暮らしてた都市では、停電はしょっちゅうでしたから。

ボリバル……じゃあ内戦の地域か?

ボクの故郷だと、戦火がいつどこで足を止めてくれるかなんて、誰も分かったもんじゃないですからね。

あんな場所からの脱出は、さぞ大変だったろ。

仲間が助けてくれたんです。

でもボクから見たら、隊長さんやほか開拓隊の皆さんのほうがボクら以上に大したものですよ。

俺が……大したものだと?はは……

わ、笑うところなんかありましたか?

あの企業の広告はもうボリバルのほうまで広がっていたのか。

あっ、いえ、そういうつもりじゃ……

ともかく、あなたは自分の足でここまで辿り着けたんです。それにあなたの先輩方、ヴィクトリアやガリア、それからボリバルから来た移民たちも……

この荒野に光を灯すことができたのは、全部皆さんが切り拓いてくれたおかげですよ。

フッ……中々甘い言葉を言うじゃないか。

え?いや、ボクはただ事実を述べただけですけど。

ここに来る前、実はクルビアで有名な開拓区域がどういう場所なのか、ずっと見たかったんです。

だったら失望させてしまっただろう。ここはお前の故郷よりも殊更に荒涼としているからな。

いえ、それでも色々と学ばせて頂きましたよ、隊長さん。

例えば、あなたたちの電子回路は簡潔かつ効率的に設計されている、Mechanistさんの言う通りだ。

巡査部長、車両の準備が整いました。

防具を装着しなさい。

さきほど確認した、あいつらは手製のクロスボウを所持している。

空がもっと暗くなったら、ドローンを何機か開拓者居住区域に接近させて、人質と誘拐犯それぞれの位置を確認するように。

私たちはその後をついていくよ、攻撃に出るチャンスを伺おう。

あの……サイレンス研究員とあのロドスの者はどうします?

何が言いたいの?

あの両者はまだどちら側の立場にいるか不明瞭です。

……何をしようが、立場ってものを気にするのがライン生命のやり方なわけ?

我々はただいち早く問題を解決したいだけです。

これは警備課の仕事ですので、巡査部長。

なら、私の仕事は人員救助ね。

いい?何をしようが勝手だけど、私の邪魔だけはしないように。

つまり、ロドスがお前を助けたのか?

当時危うく事故で死ぬところだったボクを助けただけでなく、学ぶ機会までボクに与えてくださったんです。

今のボクに成長できたのも、全部ロドスがボクの人生を変えてくれたおかげです。

フッ……いい会社じゃないか。

こんな状況じゃなければ、てっきりなんかの企業説明会かと思ってしまうな。

……もしそのようなお考えがあるのでしたら、試しにロドスへ履歴書を送ってはいかがですか、サニーさん?

……

開拓者にして、今じゃ誘拐犯になりかけの俺が……お前が素晴らしく語る会社に履歴書を?

冗談はよしてくれ。

お前がどれだけ腰を低くしても俺には分かる、お前は高いポテンシャルを持つ優秀なエンジニアだ。

お前のあの三人の仕事仲間なんか尚更だろ……彼女らは感染者でありながらもライン生命に採用された、それがどれだけ難しいことか分かるか?

うっ……確かに彼女らはボクなんかと比べ物にならないほど優秀ですね……

いいや、優秀ってだけじゃない。彼女らは万人に一人の、各分野で突出したエキスパートだ。

毎年大勢の感染者が生まれてしまうが、“赦免”を得られるのはそういった極僅かな天才たちだけだ。

しかしロドスは……

「ロドスが人を救う際にそんな厳しい条件は設けない」って言いたいんだろ。

でもいくら俺がお前を信用しようと、お前が自分を救ってくれた会社に特別な信頼を置いてることを信じようと、その会社が利益を捨ててまで無差別にどんな感染者も救ってくれると信じても……

お前はそれに選ばれたラッキーボーイである事実だけは否定できない。

そんで選ばれなかったアンラッキーな連中は、飼われて泥水に顔が溺れてしまうのを待つか、さらなるリスクを冒してまで一歩を踏み出し、片時ばかりの安らぎを得られる狭い土地を探すしかないんだ。

そいつらは……みんな俺たちと同じさ、誰も俺たちを助けちゃくれない……自分たちでもな。

オリヴィア、本当それ通用するの?

ジョイスの脳波が安定してきている、効いてるよ。

昔はよくこうして彼女に神経を抑制する効果のある薬剤を注射してやってたんだ。でも、今回はあまり効果的ではないかもしれない……

まさか、彼女が発症した原因はほかにあるとか?

じゃあ依然として危険な状態じゃない。

うん、だから発症原因を突き止めるまで、彼女を監視する環境を確保する必要があるね。

それはちょうどよかった……まあ、最初のあれ、ジョイスの容態を聞いてたわけじゃないんだけどね。

グレイをあの開拓者の隊長と一緒に電線を巡視させに行かせたのって……

あれは私の命令で行かせたわけじゃないよ、彼なりの考えがあったようだから、自分でね。

……隊長はサイレンスでしょ。

私はキミたちと比べてロドス本艦に滞在した時間はそんなに長くないけど、でもロドスがどう動くかぐらいは知ってるよ。ねえオリヴィア、別にキミを責めたいわけじゃないんだけど……

でもグレイが危険な目に遭ったり、ジョイスの容態に不手際があったら、絶対に許さないんだからね。

エレナ、あのサニーさんはどっちをより信用してくれると思う?私たち?それともグレイ?

そんなの、違いなんかあるの?

確か君は、ライン生命本部で起こった実験事故で鉱石病をもらってしまったはずだよね。

そうだけど。

じゃあ……この先もう研究はできないって、考えたことはない?

そりゃもちろん。

でもすぐに、上司――フェルディナント主任が私と新しい契約を結んで、三年勤務を十年に延ばしたり、お給料も三割増しにしてくれたからもう心配はないかな。

あの年の君は、ライン生命の年度最優秀スタッフだったっけ。

それは……慰めてくれてるの?

あと、私がロドスで治療を受けてたあの時期、こっちは治療を受けながらも主任のために学会で発表する論文を三つも書いてやったんだからね、もう大変だったよ。

君の考えは理解できるよ、私も同じようなことを考えてたから。

私はどうやっても君みたいに楽観的にはなれない、どうしても将来とかこの先のことで心配になってしまうんだ。だからこそパルヴィス先生とライン生命にはとても感謝してる。

でも私は……一度だって自分の才能を、自分の才能ならライン生命に恩返しができるってのを疑ったことはないよ。

鉱石病は私たちにとって克服すべき挑戦ではあるけど、だからと言ってそれが私たちのすべてを蝕むことはない。

だからこそ……グレイにしかできないことがあるんだよ、私たちじゃできないことがね。

サニーさん、先ほど仰った中に少々摩擦を起こしかねないことがあったので、それを少しだけ指摘させてください。

あったか?

開拓者はリスクを冒して安らげる土地を探してるだけだって、言いましたけど……

ではなぜボクたちのところは一つの出口じゃないって、そう思えるんですか?
(開拓隊隊員が駆け寄ってくる)

隊長、ハウスを見てくれ――電気が戻ったぞ!

どういうことだ!?

あー……

ちょっと待て、もしかしてお前――俺とこうして話してる傍らで、電力を復旧させていたのか?

サニーさん……

もしあの時、ボクが外に広がる暗闇に突っ走っていなかったら、灯りを携えていたロドスの先輩方とは会えませんでした。

ですのでどうか信じてください、もう一歩だけ踏み出したほうがいい時もあるんだって。

たとえ……もう崖っぷちに立っていたとしてもか?

――飛び降りたとしても。

サニーさんたちはボクたちに助けを求めて、ボクたちに手を差し伸べた。

だったら、ボクたちは何が何でもその手を掴んでみせます。

どんな境遇に陥っても、まだまだ諦め時じゃありませんよ。

電気が戻った!

グレイ……やったの?

うぅん……

よかった、ジョイスが光に反応してる。

さすがはサイレンス、こんな時でも集中力を切らさないなんて。
(サニーが近寄ってくる)

……二人とも。

……

どうして一人で戻ってきたの?グレイは?

今のところ電気が戻ったのはこの区域だけだ、グレイならほかの居住区域に向かった。

そんなことを言っても……

信用できない、だろ?

来ないで!

エレナ?

オリヴィア、彼は私たちを信用していないって言ってたでしょ、でもね……

こっちはなおのことこいつを信用できないよ。

私とジョイスを誘拐したのは紛れもなくこいつらだ、それにずっと言いそびれてたけど……こいつらが大勢で実験区域を囲ってるところを、私は見たよ。

しかも全員武器を所持してた!

俺たちはお前が想像してるようなことは……

していないって?自分では恩は忘れてないって言ってるくせに、ドロシーからの恩は忘れるのね!?

私利私欲のためだけにドロシーまで襲って!
(警報音)

警報だと……お前が鳴らしたのか?

こっちは最初から鳴らすつもりでいたよ。警察と警備課はきっとすでにこっちへ向かっているはず、これでもう向こうがドローンをやってこっちの位置を特定せずに済んだね。

これもグレイのおかげだよ。

そうか、あいつはわざとお前たちのために電力を……

誤解しないで。

グレイがキミたちを助けようとしてたのは本心だよ、ドロシーとジョイスみたいに。

だから彼らに免じて、キミを見逃してあげる。

どんな企みを抱いていようが、今のうちに投降したほうが身のためだよ、隊長さん。

……ちょっと、ドローンを飛ばしたの?

いえ、こちらの人間は全員あなたの命令に待機してるので飛ばしてません。

じゃあ……あの基地上空で飛んでる光ってるヤツはなんなの!?

もう少しです、すぐに回復させますから。

あの光……なんて美しいんだぁ。

美しいですか?あはは、ありがとうございます……

はは……あんたと一緒に復旧作業をしてたら、こっちまで身体までポカポカし出してきたよ。

あとは前にある二か所だけだよな?ケッ、大企業の好きにはさせねえよ、俺たちの手がまだ動く限り、電力の遮断なんぞで脅しても屈したりはしねえさ!

何かがおかしい……

待ってください!

どうした?

これ以上進まないでください、あの光はボクのアーツによるものじゃありません!

……サイレンス医師。

なに……

もう一度聞く、本当に開拓者を信じるつもりはあるか?

私は医者であると同時に、研究者だ。

私の同僚たちだって同じ――

……

私たちが信じるのは事実だけだよ。

外が騒がしいけど、どうしたんだろ?

なんかみんな逃げ回ってるよ?もしかしてキミ――

いや、そんな命令は……

クソ、こっちに来るな――!

しまった!

きっと警察が助けに来たんだよ……

よせ、外に出るな!

何よ!外に出るなだなんて――

アレだ、アレが来たんだ……

アレってなに?

最初からお前らに伝えたかった……事実ってやつだよ。

エレナ、ドアから離れて!
(開拓隊隊員が部屋に入ってくる)

た、隊長……

気を……つけ……ろ……
(開拓隊隊員が倒れる)

……

この人のこれは、怪我?それとも……発症?

そいつに近づくな。

でも助けないと!

そいつの背後を見ろ――
そこには、不規則な形をした物体が空中に浮遊していた。
表面は非常に滑らかで、優しい銀光を放ちながら、今もまるで規則正しく呼吸するかのように、微かに揺れ動いている。
倒れた開拓者の背後からよじ登ったあと、この物体は空中に浮かび上がり、三秒ほど停滞した。
そして、ゆっくりと自身の身体を横に回転させ、興味深そうにその場にいる人間たちを観察する。

こ、これは……

逃げろォッ!!!