……
認めよう、まったくもって予想外だ。
・私もだ。
・サリアが手を出すまではな……
安心しろ、私も監獄に入るのは二度とゴメンだ。
なら、ちゃっちゃとこの現場を片付けてしまおう。
私はメカニストだ、マシンの解体であれば時間は取らない。
しかし……なぜこいつは中身が空っきしだって分かったんだ?
このパワーアーマーとは何度か腕を交えたことがあるからな。
まさか、お前も追われているのか?
そんなところだ。
・サリアの相手にはならないな。
・……
・むしろその逆のほうが……
こいつが現れたとなれば、何者かが我々のミュルジスの行方調査を邪魔立てしてるということになる。
一体何者なんだろうな?
色んな可能性が考えられる。
私とミュルジスはあまり関わり深くないが、失踪するまで彼女はライン生命が主導しているとある秘密の実験に参与していた。
私がすでにライン生命から抜けたことを考慮するば、彼女が私にああいった情報をバラしたことは守秘義務に反していることになる。
そのバラした研究員を最先端の兵器で抹消するのも警備課の仕事なのか?
……
分かった、それも守秘義務ってやつだな。
まったくロドスは良心的な会社だよ、そうだろ、ドクター?
:ただの会社ではない。
・……
・でないと君たちを取り入れられなかったさ。
ミュルジスは一般の研究員ではない。
あれ程まで彼女を追い詰められるということは、相手も私に劣らないほどのプロフェッショナルなのだろう。
このタイプのパワーアーマーはおよそ半年前に、とある傭兵集団から現れた。
この装備に使われていた防御素材も装着されていた兵装もそれほど強力とは言えなかった、せいぜい五年前の軍が量産していたパワーアーマーと同程度だ。
だが一つだけ利点があった――誰でも使えたという利点だ。
誰でも使えた……使用者の要求スペックが低いってことか?
生理的な指数が一般的に身体を動かせる状態の範疇に収まっている人なら、誰でも。
私も可能だし、Mechanist殿も可能だ、なんならドクターでさえも。
……
・十分低い要求だな。
・……
・試してみたくなったぞ。
きっと気に入らないはずだ、ドクター、私が保証する。
以前まで、こういったパワーアーマーを着れるのはどれもエリート兵だけだった。
少し動かしただけで自分の吐瀉物に溺れてそのままご臨終するんじゃなく、このデカブツを長時間戦場で稼働させて殺戮を行う必要があるんだ――訓練を受けてない並大抵の一般人には到底扱えない品物だよ。
ジュナーに聞いてみるといい、当時一度着ただけでも退役を考えたってぐらいだ。
数年もの時間があれば、この技術を何世代もバージョンアップさせることならできるさ、退役軍人なら困らないからな、傭兵にごまんといる……
だが、誰でも着れるだと?
こりゃ戦争の概念を覆しかねないほどの発明だぞ。
現時点で類似したパワーアーマーが外に流通した例は極めて少ない、つまりこの技術はまだプロトタイプの段階に留まっていると説明がつく。
私はその出どころを調査しているんだ。だがほか多くのテストウェポン同様、手がかりを得るには困難を極めている。
・クルビアの傭兵はそんなに金持ちなのか?
・この装備の技術はとても先進的なはずだろ?
傭兵たちだけが顧客ってわけじゃない。
こいつを購入しようとしてる連中から見れば、傭兵もこのパワーアーマーも違いはないさ――
――どちらもただの実験台だからな。
移動都市の陰が落ちてる辺境地帯は、往々にして文明が適用されるかどうかの境界線でもある。
荒野で活躍してる傭兵もあの開拓者たち同様、どれもただの便利な実験台だ。
実験が失敗して、消耗品として捨てられても、彼らの行方を追求しようとする人間はめったにいない。
そしてすぐさま、次の実験台が補充されるだけのループだ。
・誰も咎めたりしないのか?
咎めても意味はない。
傭兵たちでさえ理解しているんだ、手に取ったこの新型武器はどこかで爆発するかもしれないが、相手の武器よりも威力が高いかもしれないと。
法律の観点からすれば、こういった相互ともに合意を得ている取引はほぼほぼ合法的だと言える。
……
Mechanist殿、なにか見つけたか?
おかしい……
さっきから、何かがおかしい。
このパワーアーマーに人が乗っていないぞ――なぜ最初から分からなかったんだ?
いくら遠距離からリモートで操縦していたとても、あるいは自動制御プログラムを書き込んでいても、必ずそれらが作動していたパターンの痕跡が残るはずだ。
・まるでクロージャのドローンみたいだな。
・まるでLancet-2とCastle-3みたいだな。
あいつらなら、こんな機敏に動けたりはしないさ。
ロドスで開発された新型武装で最高ランクに自動化されたものがあったとしても、私の目から逃れることはできない――それが軍に飼い慣らされたギーク共にできると思うか?
(サリアがパワーアーマーを引きちぎる)
――
なにをしている?
パワーアーマーの“中枢神経”を切った。
切断したパイプから……銀色の液体が流れ出てるぞ。
なんなんだこれは?
こいつがその疑問の正体かもな。
(サニー達の走る足音)
逃げ切れた……のか?
ハァ、ハァ……こんなに走ったのは……久しぶりだよ……
あれは……一体……
――
追ってきたよ!?
伏せろ!
(奇妙な形をした物体が暴れまわる)
あれってさっきの……
少なくとも十数体、いやもっとあるかも。居住区域がそいつらに囲まれてる。
クソ……数が増えてやがる。
数が増えてる?あれを前にも見たことがあるの?ちゃんと説明してちょうだい!
……説明するのはそっちのほうじゃないのか、ウビカ博士?
何を言ってるの……?
避けて――!
(奇妙な形をした物体が暴れまわる)
――こいつらすばしっこ過ぎる!
あんな高速移動してる物体と衝突したら目も当てられないよ――室内に戻ったほうがいいんじゃないの?
やめといたほうがいい。
なんでよ?
(奇妙な形をした物体が小屋にぶつかる)
私たちがいた……小屋が……
目に見えない巨大な衝撃により、開拓者の小屋は激しく揺れ、あまり頑丈とは言えない窓が次々と割れていく。
それとほぼ同時に、本来空中に浮遊していた奇妙な物体たちが一斉にその小屋へ押し込んでいった。
まるで血の匂いを嗅ぎ取った微小な生物が我先にと獲物の傷口に潜り込むように、たちまち銀色の液体が割れた窓に飛び散って染み込む。
そして次の瞬間、その場にいた科学者たち全員が目を丸くするような不可解な出来事が起こった。
小屋が……消えた?
いや、消えたんじゃない――分解されたんだ。
分解された?
空中にいるアレ……浮いてる物体が見える?
それって、アレが小屋の一部だったものってこと?
あれが元々小屋だったものだと思うよ。
話を終えるや否や、空中に静止していた破片がぼろぼろと落下してきた。
大きな音を鳴らし、土煙を起こし、そこら中が残骸だからだ。まるで強制的に止められた時が再び動き出したかのように、本来そこに存在していたはずのものがすべて戻ってきた。
私……なんかの精神を操るアーツにでも受けたのかな?
じゃないと、目の前に起ったアレ……どう考えても私の知る物理法則に当てはまらないもの。
……あの銀色の液体の仕業だね。
あいつらは……無数個の微細な個体に分裂して、本来小屋であったものを分解していき……
そしてもう一度融合した。
まるで見えない手が……何十本もあるかのように?
そりゃまるで幽霊だな……
待って、フィリオプシスは――
しまった、ジョイスを小屋に忘れてた!
もしかしたらもう……
(開拓隊隊員がフィリオぷすをおぶって駆け寄ってくる)
ぜぇ……ハァ……
マイヤー!お前も逃げてきたのか?
た、隊長……モーア先生を……連れ出してきたぜ……
……
ジョイス!
よ、よかった……無事みたいだな……
(開拓隊隊員が倒れる)
……彼の傷はまだ軽いけど、ほとんど体力を消耗しきってる、急いで休ませてあげないと。
この場に留まっちゃまずい、今はもう住宅地全域が危険だ。
全部見た?
なんのことでしょうか?
とぼけないで、さっきの震動が分からなかったの?
あのユラユラと浮いてるものは何?ライン生命が新しく開発したドローン?
あなたの命令に違反し、基地に攻撃を仕掛けたことは断じてありません、これだけは保証します。
あなたたちのボスはなんてヤツだった?フェルディナント?
ライン生命エネルギー課主任のフェルディナント・クルーニーです。
あなたたちの会社の組織構造なんかどうだっていい。
通信機を貸して、そいつと話がしたい。
フェルディナント主任は現在多忙を極めてまして……
ならそいつにこうメッセージを入れておきなさい――
自分がどんなクソ野郎なのか自覚してんのかってねッ!
主任、メッセージが届いてます、基地の監視所からです。
……
フフッ……
それと、ご子息が主任に用があると、繋げますか?
いつも通り、忙しいと伝えておけ。
そうだ、エレナが直近に送ってくれた報告を私の端末に送っておいてくれ。
分かりました、主任。
何度言えば分かるんだ?主任はよせ。
あっ!申し訳ありません、フェルディナントさん。
ところでエレナなんだが……
君は彼女と仲が良さそうじゃないか。
彼女の好きなものを、代わりに考えててくれないか?
……オリヴィア。
ごめん、今ちょっと開拓者たちの治療で忙しいから後でね…
あなたは怪我してない?
私は……まだ平気。
私はキミみたいな外勤経験はないけど、それでもこれぐらいなら自分でもよく分かるよ。
私たち……はやくここから避難したほうがいいんじゃないの?
今はもう基地がめちゃくちゃだし……開拓者たちも自分のことで精一杯だし、逃げ出すには今しかないよ。
主任もきっと情報をキャッチしてる、すぐに救援を送ってくれてるはずだよ。
それで警備課と合流すれば、きっと基地の脅威も排除できる、そうすればドロシーだって……
確かに、あなたの言う通りかもね。
かも?
でもごめん、私にはできない。ここの人たちを放ってはおけない。
あなたも見たでしょ……彼らだってジョイスを見捨てなかった。
サイレンス先生、ここにも何人か負傷者がいる!
行って、ドローン――!
このままじゃじり貧だ。
色んな攻撃手段を試してみたが、無駄だった。あのバケモノに傷をつけることも、破壊もできなかった。
それにもう……俺たちに隠れられる場所なんてない。
隊長、それを彼女らに言ってどうするんだ?
どうせ喜ばれるだけに違いねえ!
俺たちの頭上に浮いてるあの秘密兵器は警察と大企業が送ってきやがったモンだ!俺たちが死ぬまでこの基地から出さないつもりで――
サム、よせ。
(グレイが駆け寄ってくる)
ゲホッゲホッ……
皆さん、あの……ボクに考えが……あります……
グレイ……考えって?
ハァ……ハァ……ゲホゲホッ……
慌てないで、まずは息を整えて、走り過ぎだよ。
あの物体はおそらく光と人の声を拾って追跡してるはずです、そう観察しました。
ほら……
(グレイがアーツを放ち、奇妙な物体がアーツを追いかけていく)
……あなたが出したアーツの光を追っていったね。
はは……まあずっとではないんですけどね。
生憎ボクのアーツじゃあいつらを長時間は誤魔化せられません。
ううん、充分だよ、それによくやった。
走光性か……ありがとう、いいヒントだったよ。
グレイ、付近にいる開拓者たちの避難を誘導してくれない?彼らはあなたを信用してるから。
暗いところに隠れて声を出さないようにお願いして。
なるほど、分かりました。
似たようなことなら先輩たちと一緒に何度もやってきましたから多分大丈夫だと思います……
サイレンス先生もエレナさん、くれぐれも気を付けてくださいね。
(グレイが走り去る)
私たちはどうするの?
騒ぎを起こそう、デカければデカいほどいい、ほかの人たちの足音をかき消すぐらいには。
……わかった。
サム、あともう五六人ここに呼んできてくれ、一番騒音を出せるような工具を持ってこいって伝えるんだ。
本当にこいつらに手を貸すのか?
じゃあもっといいアイデアでもあるのか?
……分かったよ、ボス。
銀色の物体を全部こっちに引き寄せるよ。
私たちが誘き寄せる餌になるのはいいとして――その後はどうするの?
とりあえず出来る限り引き寄せよう……
それから実験区域に向かってちょうだい。
この声は……
ドロシー!?
はーい、私でーす、エレナ。
実験室の放送設備をちょっと改造したんだけど――ビックリさせてないかしら。
そっちは無事なの?
全然平気よ、心配しないで。
実験区域の建築物は頑丈だから、そこなら避難できると思うわ。
皆さん――開拓者の方々にしろ、ライン生命の同僚にしろ、実験区域の門は皆さんのために開けておくわね。