オリジニウムアーツの本質とは何か?
アーツの原理を解明するために、リターニアの塔にいる術師たちやクルビア科学アカデミーの学会員たちはそれぞれ二つの異なる理論に到達した。
理論と言えど、各自の信ずる者たちを丸く収めて納得させるための言わばラッピングでしかないが――双方共に取り入れた用語は大きく異なれど、彼らが描述する関係性には一致と見られる点がある。
オリジニウムアーツとは即ち、人間の意識を媒介に、現実世界の物質等々に影響を加えることである。今日に至るまで、その至極重要とされる媒介は一般的にアーツユニットであると我々は認識していた。
アーツユニットは術者の神経の活動をキャッチした後にこれをコーディングし、外部へ異なる形式のエネルギーとして放出する。このエネルギーがその他物質へ与える影響度合いは、その物体の具体的な全体像から物質の基礎的な粒子に至るまで、幅広くかつ最終的に術者が意識した効果をその物質に与える。
現代のアーツユニットはオリジニウムアーツ理論と応用工学が発展した多重的な産物であり、その核心となるパーツは複雑なエネルギー転換回路で組み立てられている。明らかに、任意の源石製品がアーツユニットとして充てられるわけではないのだ。
だが一つだけ見逃せない点がある。それは感染者がアーツユニットに頼らずともオリジニウムアーツを行使できるという点だ。
彼らの感染器官はアーツユニットと類似した効果を発揮することが分かった。
一部の悍ましい噂話を聞くに、リターニアの塔にいる術師たちは夥しい数の感染者をアーツの媒介として充てているらしい――仮にこの噂が真実だとすれば、その感染器官の効果は、もはや大型のエネルギー転換回路に匹敵するのではないかと容易に想像つくのではないだろうか?
無論だが、ここクルビアにおいて、そのような倫理観に反する行為を容認することはできない。
だがもし仮に、安全で人工的に作られた移植可能なアーツユニットが存在すればどうなるだろうか?
交通事故に遭ったものが義肢を装着して再び走る喜びを知ったように、先天的に失明していたものが他者の角膜を移植して再び光を取り戻したように、オリジニウムアーツを運用する能力に欠けている者たちも日常を変えうる力を手に入れることができるはずだ。
皆さん、どうかそのような驚かれた顔をしなくても結構だ。これはあくまで単なる推測に過ぎない。
私はただ我が母校の招待を受けて舞い戻り、大学に入学されたばかりの若者たちの我々実験室でつい最近行われ始めたとあるプロジェクトを紹介して差し上げてるだけなのだ。
私がまだ学生だった頃にはすでに、オリジニウムアーツがよりクルビアに、この飛躍的に進歩し続ける社会に住まう人々全員に幸せをもたらしてほしいと願っていた。
リターニアが各人のオリジニウムアーツ適性度合を基準に社会的なリソースを分配しているのだとすれば……
クルビアには、ぜひとも産まれながらにしての平等を皆に与えてほしい。
――ローキャン水槽実験室創設者、ローキャン・ウィリアムズがツリーマウンズ理工大学の始業式で行ったスピーチより抜粋
成分の分析に失敗した。
この銀色の液体は、すでに知られているどの化合物とも一致しない。
……これを見てくれ。
白色の結晶がサリアの指先で凝固し、腕部半分に至るまで、すぐさま掌を覆い尽くしていく。
あなたはつい先ほどその一幕を目にしたばかりだ。過去にも、戦場や作戦記録で数えきれないほど目にしたことがある。
・カルシウムの結晶化?
・近くに敵がいるのか!?
サリアは答えなかった。
唐突に手を伸ばし、堅固な拳を瞬時にあなたの鼻先に突き出す。
岩と金属がぶつかり合った甲高い音がした後、あなたはMechanistのマシンアームが彼女の一撃を防いでくれたことに気が付く。
(Mechanistがドクターを狙うサリアの拳を防ぐ)
だが文字通り固唾を呑み込む暇もなく、白い光がすでにあなたの喉元に当たられているのであった。
サリアの片腕は確かにMechanistに防がれた。彼女のもう片方の腕だって微動だにしていない。
しかし、カルシウムで出来た鋭い刃は確かにあなたの首に当てられているのだ。
そしてあなたは無意識に息を止めてしまっていた。
……今の行為について説明してもらおうか、サリア。
このほうが直感的に分かりやすいと思ってな。
私のアーツは周囲のカルシウムを含む物質を粒子レベルで再構築することができる――これがお前たちの呼称するカルシウムの結晶化だ。
これらを結合して創り上げられたエナメル質は直接私の意識でコントロールすることができる、私の動きに従う必要はまったくない。
これらを操るのに、私は無線ラジコンも自動制御プログラムも使う必要すらないということだ。
手足の一部と思ってくれれば分かりやすいだろう。
じゃあこのパワーアーマーも――
パワーアーマー自体はただのパワーアーマーに過ぎない。
このチューブに流れてる銀色の液体こそが正体だ。
この液体はパワーアーマーの神経伝達物質の役割を担っている、操縦士の神経活動とこの機械を繋げるための媒介だ。
アーツユニットのように……ということか?
アーツユニットという概念すらも超えるものかもしれないな。
・分かりやすい説明だ。
・少し、息継ぎをさせてくれ……
もし先ほどの行為で不快感を募らせてしまったのなら謝罪しよう、ドクター。
……先ほどドクターが私に手をかざさなかったら、私の攻撃目標はお前の拳には留まらなかったぞ。
多少なりとも互いを理解していたことに感謝しないとな。
ドクター、私はこれからある人と会いに行く。
私が知るに、彼はこの試作パワーアーマー最初の使用者だ。
だからMechanist殿と一緒に、私と同行してもらいたい。
あの人たち、大学付近にあるバーに向かったわよね?
イエスマム。三人とも向かいました。
サリアが会いに行こうとしてる人が誰なのか分かった気がするわ。
私たちが先週会ったばかりの彼でしょうね。
アイツですか?でもアイツ、あなたの目の前でいかなるライン生命の関係者とも会わないと誓ったはずじゃ!?
今のサリアは……まだライン生命の関係者だとでも?
でもまあ、きっと彼女自身でもはっかりと分からないでいるんでしょうね。
アイツらを阻止しますか?
必要ないわ。
サリアが一体どこまで情報を握ってるのか気になってきたわ……
そろそろ彼女とも話をしに行きましょうか。
あっ、そう言えば……ローキャン・ウィリアムズはツリーマウンズ理工大学卒だったわね。
ローキャン・ウィリアムズ……って誰ですか?
……ホント、光陰矢の如しね。
学界に誕生した新星を、誰も知る由もないほどに叩き落すには、一度の実験の失敗だけでもう十分ってことか。
まあ、何はともあれ、サリアとライン生命の総括もその大学の卒業生。
だからクルビアの科学技術界隈の社交パーティーはもはや彼女らの同窓会みたいなものね。
はぁ、そんな賑やかなものだと知っていれば、私もその大学にしばらく入っておけばよかったわ。
さあ、行きましょう。もしかすれば……今のうちに賑やかしに行っても遅くはないはずよ。
火炎瓶も残り一個だ!
投げろ!できるだけ遠くにだ!
そらっ――
(火炎瓶が爆発する)
逃げるぞ!俺についてこい、奥に逃げ込むんだ!
(サニーが走り去る)
みんな無事か?ちゃんとついて来ているか?
ハァ、ハァ……みんなついて来てるぜ、隊長。
あのバケモノはついて来ているか?
今はまだ。炎がまだ消えていないから、そっちに引き寄せられてる。
皆さん、本当にありがとう。
負傷者も全員揃ってるよ。
サイレンス先生、これからどうする?
隊長、外に出るドアが――!
クソ、開かない!この※スラング※一体どういうことだ?
先生、ドアを閉めたのか?
……この実験基地に入るのは初めてだよ、ドアの開閉ボタンがどこにあるかなんて……
じゃあウビカ博士か?
自動ドアだよ、ここは。
ロックされてるぞ!
……
博士……
ロックされてるならちょうどいいじゃん、外にいる銀色の物体が入ってくるのが怖いんでしょ?
アイツらを外に締め出すのか、俺たちをここに閉じ込めたいのどっちかなんて分かるわけねえだろ!?
これも全部そっちの計画通りだって可能性も考えられるんだぞ!
……計画通りだって?
フッ、じゃあなに、今は私がキミたちを誘拐したってわけ?
調子に乗んじゃねえぞクソアマ、てめぇは今だって俺たちに誘拐されてる体なんだぞ!
サム!
どうしてくれるんだ隊長、今じゃこの実験野郎どもに逆にハメられちまったじゃねえか!
そうじゃなくて、少し黙ってろ――
サイレンス先生、声……聞こえないか?モゾモゾと、ナニかが地面を滑ってるような……
……
皆さん、足を止めたり、振り向いたりしないでそのまま先を進んでちょうだい。
あなたたちの右手側にある三番目のドアを開けるのよ。
(ドアが開く)
隊長、ドアが開いてる!
心配しないで、私がちゃんと皆さんを守ってあげるから。
……いつものようにね。
……これが伝達物質の最新結果か?
はい。
ただ、また理論値の結果でして……
伝達効率が17%も上昇している。
一か月も過ぎた末からしてみれば大した結果じゃないか。
君たちもよくやってくれた。それで、もっと時間が欲しいのか?十日か、あるいは二十日か?
も、申し訳ございません!あ、あの……
これこれ、相手が怖気づいてしまっているではないか。
エネルギー課主任のお褒めの言葉は叱りよりもよっぽど堪えると、よく言ったものだね。
(???が近付いてくる)
フッ、わざわざ自分の人徳を見せびらかしに来たのか、パルヴィス?
私はたまたま通り過ぎただけだよ。
可哀そうに、君はもう自分の実験室に戻りたまえ。私が代わりに主任の話し相手になってやろう。
あっ、ありがとうございます!
では、失礼致します……
(研究員が走り去る)
はは、やはりまだ若いな、もう見えなくなってしまった。
主任会議を除いて、君がこうして実験室から顔を出すことは珍しい。
気兼ねなく言ってくれ、一体どんな情報を掴んで私のところにやってきたのかな?
ふむ……そうだな、どこから話したものか……いや~すまんすまん、年を食うと頭を回転させるだけでも一苦労だ。
冗談はよしてくれ、その白髪は生まれつきのものだろ、キャプリニー。
フフッ、そうだった。
聞きたいことを思い出したよ――君、ミュルジスの行方を知っているね?
……
彼女は私と賭けをしていてね。もし彼女が負ければ、生態課の実験農場から出品している黒豆茶十箱の借りを私に返してくれるとのことだ。
賭けだと?
二日前に彼女から教えてもらったよ。君は今月以内に、フェルディナント・クルーニーから主任という肩書きを取り下げようと計画しているそうじゃないか。
……サニーさん?
……
足が止まってるけど、どうかした?
ダメだ。
ダメって、何が?
この声に従って進んじゃダメだ。
声って……フランクス主任の声のこと?
サニーさん、フランクス主任はこの実験棟の主人なんだ。彼女のほうが私やエレナよりもここの構造をよく知ってる、どこの部屋のほうが安全だ、とかね。
だからこそ、信じられないんだ!
まだ気付いていないのか?あいつはずっとこうして俺たちを操ってきたんだよ!少しずつ俺たちを導いて、俺たちの考えを塗り替えて……
そんで俺たち全員をあいつが設けた檻に閉じ込めようとしているんだ!
……サニーさん、落ち着いて。感情的になっても身体によくないよ。
俺に近づくな!
(サニーがサイレンスを突き飛ばす)
うッ……
オリヴィア!大丈夫?
平気。
キミたち、よくもやってくれたわね……
オリヴィアが助けていなかったら、最初から外に放り出しておけばよかったのに!
ハッ、誰がてめぇらなんかと一緒に居たがるかよ!
分かんない……全然分かんないよ。
あんなにドロシーによくしてもらえてるのに、なんで……
(回想)
……ディックさん、息子さんの容態はよくなった?
いや、相変わらずだ……医者からなるべく早く手術したほうがいいって言われたよ。
でも……
お金の心配?
いや~、博士にゃ誤魔化せられねえな。息子の治療代のために俺は開拓隊に入ったんだが、これがまた建設に関するプロジェクトに参加するのは初めてでね。
家にある財産はもうとっくに素寒貧でさ……うちのガキに心臓病があるって知ってりゃ、鉱石病の薬代なんざに金を無駄使いするんじゃなかったぜ!
もうお先真っ暗だよ、ガキはまだあんな幼いってのに……うっ、うぅ……
大丈夫、心配しないでディックさん、私に任せてちょうだい。
ほらこれ、私の知る一番腕のいい心臓血管外科の先生の連絡先よ。今すぐ彼女のところにお子さんを連れてってあげて。
……一番腕のいい先生って、ツリーマウンズでか?
でも、それじゃあ費用だってバカ高いはずじゃ……
先生は私の大学の同級生なの。自分はドロシー・フランクスの友だちだって彼女に伝えておいて。私に免じて、きっと安くしてくれるはずだから。
ほ、ホントか?
でも内密にお願いね?手術費用を下げたって世間に知られちゃったら、優しい先生たちの市場価値にも影響が及んじゃうの。
安心してくれ!この秘密は墓まで持っていくよ!
じゃ、じゃあ早速行ってくるよ……ありがとう博士!俺の代わりにその先生に感謝を伝えといてくれ!
(隊員が立ち去り、エレナが近寄ってくる)
……
一人でボーっとそこに突っ立ってどうしたの?コーヒーが冷めちゃうわよ?
冷めてたほうがいいよ。
主任の目を覚まさせるためにぶっかけても、こっちは心を痛まなくて済むから。
心を痛んでるってどっちに?コーヒー?それとも私?
……
私にニヤニヤにしても無駄、フランクス主任。もうどれだけ可哀そうなフリをしても、二度とご飯を奢ってあげたりないんだからね。
仕方ないわね、じゃあ来月はレトルトご飯で我慢するとしますか。
あのね……キミはライン生命の主任なんだよ、事あるごとに私みたいな下の研究員にご飯をせがんでることを周りに知られたら、笑われるの分かってるの?
でも、オリジニウムアーツ応用課は五つの研究科で一番貧乏だから……
フェルディナントみたいに、いつもたくさんのスポンサーの引っ張ってきたり、耳から尻尾まで自分をキラキラとオシャレさせることなんて、私にはできないよ。
……あの人のセンスはまだいいほうでしょ。
いやいや、話題を逸らさないで!キミのあの同級生なら私だって知ってるよ、もしキミの紹介だって知ったら、絶対手術代をもう1割ほどかさ増しして請求しに来るはずだよ。
自分の開拓者のためなら、喜んで財布を空にするような人だからね。こんないいカモ、キミをイジメないで誰をイジメるってのよ!?
あはは……
あははじゃない!もうホント救いようがないんだから。
もういいや、私はもう自分の実験室に戻るから。
自分の財布を救うために、早めにその実験を終わらせることね。
(回想終了)
彼女はあんなにキミたちのためにやってきたのに、私もずっとそれを黙ってあげてきたっていうのに……
自分たちは悪いことをしてるって思わないわけ!?
ウビカ博士、お前はドロシー・フランクスと仲がいい。
だからアイツは、見せたいところだけをお前に見せてるだけなんだ。
アイツの本当の目的がどれほど恐ろしいか……お前はまだ分かっちゃいない。
(回想)
フランクス主任、本当にありがとう!うちのせがれの手術は大成功だ、先生も来週には退院できるって!
よかったじゃない~!それでディックさん、家に戻ってお子さんに会いたいとは思わない?
い、家に戻るって……都市に戻るってことか?
でも俺……感染者だし、勝手に都市には入れないって決まりがあるし……
あの保険費用を払い続けられる新しい仕事を貰えば、話は違ってくるでしょ?
ディックさん、これはチャンスよ――定められた運命から脱するチャンスなの。
この同意書にサインをしてくれれば、あなたは家に戻れるわ。
そりゃもちろんサインして……
いや、そんな焦らなくていいの。一日ぐらいはじっくり考えておいて。
あなたたちを騙したり、隠し事もしたくないから――
書類の一番重要な注意事項のところを丸で囲ってあげるわね、ちゃんとそこに書かれてるリスクなどに目に入れておいてほしいかな~。
分からないところがあったら、いつでも私に聞きにきてね。
(隊員がドロシーの元を立ち去り、サニーに出会う)
ディック!
た、隊長?どうしてあんたもここに?もしかしてあんたもこれにサインを……
……その同意書を渡してくれ。
いや、なんでだよ?イヤに決まってるだろ!
分からないのか?アイツはお前を檻に閉じ込めて実験動物にしようとしてるんだぞ!
だ、だからなんだってんだよ……?
フランクス主任が言ってたんだ、俺にもまだチャンスがあるって……
“チャンス”だぞ“チャンス”、もうどれぐらいこいつを耳にしてこなかった?
……
一日もじっくり考える必要はないさ。
あの子に会えるんなら、一分たりとも待ってられるか!
(回想終了)
そんであの女は、ディックを連れて行った。
ディックだけじゃない、エレンも、ゲールも、ソフィアもだ……
あの女は俺たちの弱みを握っていた、だから俺たちはみんなノーを言えなかったさ。
あれがドロシー・フランクスって女の企みだ!
あの銀色の生物だってあの女が……
銀色の被造物のこと?
アイツらは……ゲホゲホッ、何も分かってないくせに適当なことを言わないで!
……
二人とも、私たちを追いかけてるあの物体のことだけど、お互いどれだけ知ってるの?
……
……
方や生物、片や被造物。
確かにそれぞれそう言ったよ、間違いない。だってリーベリの中でも、とりわけ私たちの種族は聴力が優れているからね。
ただの予想だ。
同じく。
……
こういう時だけは意見が一致するんだね。
ともかく、二人のドロシー像がどうであれ、今の彼女は少なくとも私たちを助けようとしているのは確か。
彼女の指示通りに場所を移動しよう。
それか、廊下の向こうにいる追っ手なら、あなたたちの思考を整理してくれるのかもしれないね。