闇が狭苦しい空間全体を覆い隠し、光と空気と声を遮る。
口から声を叫び出そう。
だが源石エンジンから伝わってくる高温が喉を塞ぎ、声は出せなかった。
ならば手を叩こう。
だが硬い鋼鉄が四肢を押さえつけ、動ける余地すらないのに、抵抗などもってのほかである。
もしも涙を流せるものならなどれほど良かったものだろうか。幼い頃から母が言っていた、涙が最大の武器になると。
だが目がそれを拒んだ。
数百年来、崩れていく山と枯れていく水をヤツらはあまりにも多く見届けてきた、あまりにも多くの肉親が消えていくところも。
ますます乾燥すらしていったのだ、まるで移動都市が轢き潰していった土地のように。
六着目のパワーアーマー、行動不能を確認。
これで全部か?
そうみたいだ。30分もヤツらに足止めさせられてしまった。
待て――
スキャン結果が出た、まだ七着目が残っている!
――
気を付けろドクター!そっちに向かっているぞ!
(パワーアーマーがドクターの元に駆け寄ってくる)
――
(サリアがドクターとパワーアーマーの間に入り、パワーアーマーを殴る)
私に任せろ。
サリアがどう移動してきたか、あなたにはあまり見えていなかった。あなたの両足が反応できた頃に、彼女はすでにあなたの目の前に現れていたのだ。
クルビアの街中で、彼女は一度たりともライン生命で製造されたあの盾を所持することはない、それをあなたは知っている。
彼女自身がその盾になるのだから。
彼女の交わった両腕に、エナメル質が急速に成長し出し、あなたに代わってパワーアーマーの一撃を防いでくれた。
害虫が。
そう低く呟くサリアの言葉を、あなたは聞こえた。
彼女はずっとそうやって暴走したクルビアのテクノロジーを見下していたのだ。
彼女の表情と態度から、あなたは彼女の次の動作を察知する。
害虫を駆除するのに、サリアは決して時間を浪費したりはしない。
彼女の手がパワーアーマーの胸部に触れる際、そこにすぐさま真っ黒な穴が開き――
打ち壊されるこのパワーアーマーに向かって、あるいは「死ね」と罵ることだろう。
しかし、あなたの脳裏にある考えが過った。
待て、サリア!
サリアはあなたが叫んだ最初の音のみを耳に拾ったのかもしれないが、それでも彼女は的確に手を収めた。
これはあなたたちが長期に渡って共に作戦を遂行してきた際に培った信頼なのである。
彼女の拳はコアを避けたが、それでも攻撃の余波でパワーアーマー上半身部分の装甲が引き剥がされてしまった。
無数に飛び散る金属の破片の中で、あなたはチラチラとある色彩を目にする。
まるで……毛髪のような色彩が。
よせドクター!近づくな――
あれは……
パワーアーマーが倒れていく。
さらに多くの破片が飛び散り、そしてすぐさま、あなたはより多くの毛髪と僅かな人の皮膚と、そして人の片目を目にした。
その目はあなたを見つめている。
怒りか、恐怖か、それとも迷いか……その一瞬であなたは多くの感情を読み取った。
だがそれらの感情が偽りの甲殻と一緒に剥がれ落ちた時、それが助けを求めてるものだったのだと、あなたは初めて気づく。
そこであなたは、手を差し伸べたのだ。
やあ、ミュルジス。
マイヤー、これはどういうことだ?
分からねえ……何も分からねえよ、隊長……
まずはモーア先生を離せ。
先生……
……
いや、それはできない。
俺の命令に逆らうのか?
隊長、なんでまだそいつら側に立っているんだよ?
心をオニにして当たれって言ってたじゃないか?俺たちはそいつらに飼われた、ただの実験動物だって……そう言ってたじゃないか?
俺にこんなことをさせたのは全部あんたなんだぜ。俺だって最初から……モーア先生のことは好きだったのに……
……まさか最初に俺に歯向かった人がお前になるとはな。
サムか、あるいはほかの人かと思っていたんだが……ずっと俺の言うことに従ってきてくれたマイヤー、お前が最初だったとはな。
あんたも言ってただろ、俺は言うことを聞き過ぎだって。
昔は上司の言うことに従って、そんで俺は鉱石病を貰っちまった……ここに来ても、俺はあんたの指図通りだ。
あんたらはみんな実力者だよ、賢いし、本はたくさん読むし。だからあんたらの言うことさえ聞いてれば間違いはないと思った。
でも今はもう……みんなくたばっちまうんだ。
俺たちはもうすぐにこの研究やってる連中に殺されるんだぞ、サニー!なのにこいつらは今でも事態は収拾がつくとかほざいてやがる!
……
信じられないのなら、この女をボディチェックしてみろ、きっと録音用の機械を持ってるはずだ!この女は俺たちとあの銀色のバケモノを監視するために、ずっとついて来たに違いねえ!
……ウビカ博士、もし打開策があるのなら最初からそれを言ってくれないと困る。
エレナ……
オリヴィア、確かに私はキミに実験のことを教えたくはない……
でも、キミを騙そうとすることは絶対にないから。
サニーもマイヤーも、キミたちのことも騙すつもりはないよ。
私……本当にアイツらの対処方法を知らないんだ。
私がアイツらのデータを集め、研究していたのは、全部いま目の前にある問題を解決したかっただけ……言ったでしょ、これは私の責務の一つだって。
うん……
マイヤーさん、エレナがウソをついてるとは思えない。
だからジョイスを私たちに返してくれる?
はっ……ははは……
その開拓者はフィリオプシスを睨みつけ、そして腕を上げた。
サイレンスの喉に叫び声が集束していき、ドローンがその主の意志を受け取るや否や、勢いよく開拓者へ当たりに飛んでいった。
だが彼はただ、フィリオプシスからあるブツを取り出しただけであった。
彼が数時間前に、自らの手でフィリオプシスに付けた緊急メディカルリングだ。
……
俺は……俺はなんてことを……
モーア先生……
なあ、目が覚めたらあんたは俺を責めるのかな?俺をよくしてくれたことを後悔しちまうのかな?
俺みたいな人は……あんたに救われる価値なんかないさ。
白髪の医者が彼女の友人たちのもとへ帰っていった。いつまでも静かで、美しく、無垢なままだった。
だが、誰もここから逃れられないのも事実。この実験棟は彼らのために用意された墓場なのだ。
誰も救われることはない、このリングもこの会社が彼らにハメた首輪なのだから。
誰も自由を得られることはない、一つの方法だけを除いて……
だが突如として、開拓者がそのメディカルリングを自らの口に詰め込んだのだ。
マイヤー!
た、隊長……
なにやってんだお前!はやく吐き出せ!
あのリング……
中にまだ大量の鎮痛剤が残ってる。
一気にあれだけの量を呑み込んだら、心臓が持ちこたえられない、ショック死しちゃうよ!
見たことがあるんだ……こいつをこっそり呑み込んだヤツが……
そいつらなら全員死んだんだぞ!
だからさ……きっと幸せなんだろうな。
クソ、いいからさっさと吐き出せ!
おいサム!俺がこいつの口を塞いでおくから、お前は腹を殴れ!
(殴打音)
おえっ……ゲホッおえッ!
メディカルリングが見えてきた!もっと殴れ!
オリヴィア、私たちも手伝って――
……オリヴィア?
……ジョイス。
……
――プログラム起動。
起きた!?
暗い……
外は……どうしてこんなに暗いの?
く、暗い?廊下の灯りはついてるんだけど。
ジョイス、まさか目が……どうかしたの?
……光。
光が欲しい……光のあるところは……暖かい。
さあ、一緒にそこへ……
何も、恐ろしくはないわ……
ね、ねえ……私たちの言葉が聞こえてる?
聞こえてないよ。
どういうこと?
私にも分からない。でも、ジョイスはこんなことを言わない。
あっ、そういえば病気……
ジョイスのことは私が一番よく分かってる、オペ前後の彼女がこんな言葉遣いを言うはずがない。
……確かに。
ジョイスの身に何が起こったのか理解できないから、驚いてるんだね、エレナ。
ということはつまり、事態はとっくにあなたの予想の範疇を超えてるってことだよ。
エレナ、あの実験のことだけど……いい加減に教えてほしい。
まさかドロシーは本当に……
私、見たくないよ、みんながあの実験に傷つけられるとこなんて見たくない……特にジョイスは。
キミの言う通りだったのかもね、私たちは一緒にこの問題を片付けなければならないのかも……
もういいのよ、エレナ、もう迷う必要はないわ。
ここにみんなを誘ったのは私なんだもの、サイレンス先生だろうと私の知る開拓者たちだろうと、みんなその真実を知る権利があるわ。
お前、ずっと俺たちを……監視していたのか?
ごめんなさい、でも心配だったの。
あなたたちが足を止めて話していた時に、誰かがドアを閉める必要があったから……
お前があの銀色のバケモノを防いでくれたのか?
どうかそんな風に彼らを呼ばないであげて、サニーさん。
彼らにも聞こえちゃってるから。
……
エレナ、私の可愛い助手ちゃん、また一つお願いしたことがあるの。
私のところまでみんなを連れてってあげて。
あなたが説明したくないのなら、私が説明してあげるから。
それに……分かってるんでしょ?私のラボが一番安全だって。
外にもう敵はいませんね。
きっと隊長さんとサイレンス先生たちを追っかけに行ったんでしょう……
……通信、まだ繋がらないや。
たぶんよくある通信システムへのジャミングなんじゃないかな。もしここにMechanistさんがいれば、ほかに方法が思いつくはずなんだけど……
(何者かが近付いてくる)
あれ、誰だろう?
もしかして……隊長さん?
動かないで。
その声は……
マリーさん?
私を憶えてるなんて、いい記憶力ね。
なっ……なんでこんなところにいるんですか?
あいつはどこ?
あいつって……サニーさんのことですか?
さっさとあいつを呼び出してちょうだい。子供の後ろにビクビクと隠れてるなんて、情けないったらありゃしないわ!
あの、マリーさん、ボクはもう子供って年齢じゃ……
そうね、子供じゃなくなったばかりってとこかしら。
それで坊や、あいつらはどこに消えたの?
開拓者さんたちなら近くの小屋に……
あなたがウソをつく時って、いつも耳がピクピク動くのよ、自覚あるかしら?
えっ……え?
ウソよ。
けど、騙されやすいのは事実ね。
さっさと知ってる情報を教えなさい、それが一番穏便に済む方法だから。
さもないと、供給電源を修復させたあなたを業務妨害罪でしょっ引くわよ。
本当の悪い連中をしょっ引く代わりに、あなたをしょっ引いてやったりもできるんだからね。
そ、それは勘弁してください……
ただ、ドクターに迷惑をかけたくないだけで……
なら迷うことなんてないじゃない?いいからさっさと吐きなさい。
マリーさん、信じてくれないとは思いますが……
さっきボクたちは襲われてたんです、見た子こともないような変形する銀色の物体に。
の女はこの中にいるんだな。
そうだよ、ここがドロシーのラボ、実験区域の中心でもある。
ウソじゃないだろうな?
サニーさん、どうかした?顔色が悪いみたいだけど……
……なんでもない。
真実に近づくと、人ってのはいつも緊張してしまうものだからな。
サム、前に言ってたことは憶えてるか?準備しろ。
ああ、分かった。
ウビカ博士、ドアを開けてくれないか?
もちろん。
(エレナ。)
(ん?)
(開拓者たちの目つきがおかしい……)
(でも、今さら引き返せないよ。)
(さっき私を説得したばかりじゃん、みんなで一緒に問題を解決するって、なのに……)
(彼らは一体なにを……)
早くしてくれないか博士、みんな待ってるんだ。
私もよ。
さあ皆さん、どうぞ入って。
エレナの手は指紋認証機器に宛がわれていなかった。
だが本物の主の制御下によって、それでもラボのドアは全員のために開かれていった。
こんにちは。
私がライン生命オリジニウムアーツ応用課の主任、ここ359号実験基地の総責任者よ。
ようこそ、私のラボへ。
……やっと会えた。
サム、殺れ!