……ミュルジス!
うっ……うぅ……
お前があの中に入っていたとは思いもしなかった。
すまない。
すまないって……何が?
ドクターに気付かされていなかったら、危うくお前を殺してしまうところだった。
それが敵の策略だったんじゃないのか?あんたを同僚殺しの殺人犯に仕立てようと。
いや、そうとは限らない。
私が手を収められたのは、ドクターが咄嗟に気付かせてくれおかげでもあるが、あの女が言っていたおかげでもある。
「誰とも敵に回すな」――あれはわざとミュルジスが現れることを示唆していたんだ。
・これで彼女の一連の動きの説明がつくな。
・ミュルジスのところまで私たちを誘き寄せていたんだな。
ミュルジスをこちらに返したということか?
だがさっきの状況は明らかに危なかったぞ、あれでミュルジスが死なない保証なんて……
そうか、あの女からすればミュルジスの生死はどうでもよかったんだな。
・彼女からすればこれはテストなんだろう。
・彼女はもっとサリアに早く動いてもらいたかった。
……パワーアーマーの技術と、私とロドスの反応を窺うテストか。
つまり、バーで私に話しかけてきたのは探りを入れるためだったのだな。
依然として自分が有利になる方向に私たちを誘き寄せているということか。
うううッ……!
ミュルジス、気分はどうだ?
ヤツらは数時間も前にお前に鎮静剤を注射したが、パワーアーマーに閉じ込められていた時にはすでに、お前はほぼ意識を回復していた。
今起こってる眩暈と身体の麻痺症状は、主に酸素不足と精神的な恐怖から来る後遺症だ。
すでに応急処置は済ませてあるが、全快するにはもう30分ほどかかるだろう、辛抱してくれ。
止め……て……
止める?
止める……人のことか?
お前をパワーアーマーに閉じ込めた人たちを止めろという意味なのか?
あのリーベリか?
違う……
焦るがあまり、ミュルジスの額と手の甲から小粒な汗が湧いてきた。
突如と彼女はあなたの腕を掴む。その動作に伴い、水滴が浮かび上がってはあなたの衣服に勢いよく被さった。
そして水は深い色味の布地に素早く染み込んでは広がっていき、あるメッセージを浮かび上がらせる。
それはリーベリでも、フェルディナントの名前でもない、それは……
……359。
359号基地か。
君がここに来るとは珍しいな。
ゲスト用IDカードを作って頂きましたからね。
“文献学顧問”――本当にそんな役職、ライン生命みたいな科学技術を扱う企業には必要なんですか?
それに結構ご機嫌なご様子で……実験が上手く進んだとか?
今は実験の話はやめろ。
10分だ。私みたいな人にもなれば、自分に与えられる時間は一日でもせいぜい10分間しかない。
子供とテレビ電話をしたり、あるいは短い時間ながらもエレナたちと一緒にディナーに興じたり、好きに使える。
だが何もしないで、ここに立って外の景色を眺めるのが一番いい。
街の景色しか広がっていませんよ?
(路地を歩く人々をフェルディナントが見下ろす)
そうだな、だがそれでいいんだ。
一日も仕事に勤しめば、彼らも疲れ果てていることだろう。だがなぜ下にいる人たちはまったくやつれた顔をせずに、足取りもあんなに軽快なのだろうか?
それは“チャンス”があるからだよ。
自分が苦労をすれば、いつかは一家により良い暮らしをもたらしてくれるチャンスが降りてくると、彼らは信じて止まないからだよ。
……都市の外にいる開拓者たちのようにな。
そう、開拓者のように。
ツリーマウンズ、スリーバーデン町。
かつて三匹の駄獣を侍らせていた七人の開拓者たちは、見ずぼらしくもこの土地に最初の拠点を築き上げた。
それから今はどうなった?足元にある街並みを見てみろ。
ここには一番活力のある開拓者とその末裔たちが集まってきている。このクルビア以上の開拓精神を持つ国家など、どこにもいないさ。
クルビアは人々に自信を付けさせ、その人々は日々歩みを進めてはクルビアに活力をもたらしてくれている。
クルビアが今のまま突き進めば、そこに住まう人々の暮らしもまた上へ上へと突き進んでいく。
クリステン、それにサリア、君たちが私をどういう風に見ているかは分かっているさ…… “スペキュレイター”、そう呼ばれている時点で察するよ。
チャンスを掴める人というのは、総じて賢い人です。
フッ、どうも。
正直に言って、私は下じゃなくて高い位置に立ってるほうが好きでね、そこは否定できない。
だからこそ、私は得られるチャンスに相応しいのだよ。
私のプロジェクトは富をもたらし、富はまた次のプロジェクトを動かし、そしてそこで生まれたテクノロジーは次々と進歩していく――
やがて我々はほかの国々を背にして、このテラを新時代へと導いていく。
その時になれば、後代の人々は不朽の石碑を立て、そこに我々の名前を刻んでいくことだろう。
我々?
勝利は開拓者一人ひとりのものだからな。
――
そろそろ10分だ。
私の話す時間がまったくなかったんですけれど。
君がここに来た理由ならもう分かっているさ、ホルハイヤ。
あら、そうですか?
許そう。
……
クリステンも、ミュルジスも、サリアもパルヴィスも……それと君もだ。君たち一人ひとりに割ける時間なんて私にはない。
ドロシーの実験もあと一歩で成功するところまで来た――
その最終結果だけを持ってこい。
さ、サニー……
何してるの?ここは危なくないって、ドロシー言ってたじゃん……なんでクロスボウなんか取り出したの?
危なくないだと?
それは違うな、ウビカ博士。
今俺たちの目の前にいるこいつが一番危ない存在だ。
それって……ドロシーのこと?
なんでそんなこと……納得してくれたんじゃ……
……すまない。
お前も先生方も下がっていてくれ、巻き込みたくはない。
でも……
エレナ、私たちハメられたんだ、あの隊長に。
あのジョイスの襲撃を止めたのは、ただの演技だった。
彼が私たちに自分の怒りと、迷いと弱みを見せたのは、全部これを隠すためだったんだ――
最初から彼は、罪を犯すつもりでいたんだよ。
……
マイヤーが動くのは予想外だったよ。お前らの……特にウビカ博士の信頼を得るために、サムにはあれよりももっと過激なやり方を用意させていたんだがな。
だが今となってはもうどうだっていい。
長らく求めていたこの場所に、すべての元凶のもとに辿りついたんだからな――
……それが私?
あの誘拐を画策してまでここにやって来たのは、すべて私を殺そうとしていたからなの?
なら、一つだけ聞いてもいいかしら……どうして?
相変わらず、閉ざされた心にすら染み渡るようなとても優しい声のままだった。
それとあの目。うるうると、微かに見開いた目。
無実で、訝しく、僅かな悲しみを含んだ目。
これではまるで、武器を取り出して自衛する彼らのほうに非があるようではないか。
どうして……どうしてだと?
俺は見たからだよ。
あのバケモノを作り出して俺たちを追わせて、俺の仲間たちの血をあのバケモノの餌にしているお前の姿が……
この……血も涙のないような……
バケモノなんていないよ!
あれはただの実験の副産物なの、神経シグナルを敏感にキャッチする特殊な物質で構成された……
……いや、サニーは間違っていないかも、エレナ。
きっと彼はこう言いたいはず、この物体のことは見たことがあるって……
たくさん見たことがあるってね。
……そうだ。
三日前、俺はお前に会いに……こっそりこの実験区域に潜り込んだ。
俺も、その……被験者になれないか、聞きたかったから。
隊長、被験者になったらリスクがあるって、大企業に騙されてるだけかもしれないって、あんたそう言ってたじゃないか?
リスクか……フッ……ははは!
すまないな、サム。俺はとんだ言動不一致なバカ野郎だよ……
俺は昔に犯した過ちを正したかっただけなのさ。
いいか、よく聞けみんな――
あの夜、俺は見たんだ。銀色のバケモノがこの女の周りで形を変えているところを、この女がまるでペットのように銀色のバケモノに話しかけていたところを。
この災難を作り上げた張本人は、そこにいるドロシー・フランクスだ。
マリーさん、ボクが伝えたことですけど、受け入れづらいですよね?
……SFは好きじゃないの。
だったらこの手紙を読んでみてください。
手紙?
サニーさんがボクと一緒に電線のチェックを済ませた後、今度危険な目に遭うかもしれなからと、この手紙をボクに渡してくれたんです。
――「万が一俺に何かあったら、この手紙をマリー・バナーに渡してくれ」って。
先に手紙を読まれても大丈夫ですよね……サニーさん、気にしないですよね?
……貸して。
…………
あの、なんて書かれてましたか……?
あいつ、一体どこをほっつき歩いてるのよ!?
えっ……
グレイ、あなたはまったくサニー・ロマーノっていう男のことを理解していないわ。
あいつはもう内心憎しみまみれよ、あのクソッタレの保険のせいでね……
保険ですか……
そう、クルビアじゃその言葉が脳裏に刻まれていない感染者はまずいないわ。
多くのよそ者たちからすれば……クルビアはもう十二分に感染者に対して優しいとか、きっとそう思ってるでしょうね。
「充分な医療保険料を支払えれば、その分だけ真っ当な暮らしが保障される」って――聞いただけならまだ公正に思うでしょ?
病気をもらったばっかりだったあいつも、そうやって私に言い聞かせてきたわ。
でも、その結果どうなったと思う?
やっぱり、アレですよね……巨額な費用が?
私が一生警察として働いて、飲まず食わずだった場合でも払いきれない額だった。
アレは感染者の暮らしを保障してくれるもんじゃない……巨額な費用の代わりに得られる薬品がまったく釣り合わないもの。
あれはただの罰金よ。敷かれた道を感染者に歩かせるために作られた卑劣な手口、暗黙の規則ってもんよ。
サニーは……ロマーノはいつまでも現実を見ないヤツだった。
だからあいつを止めないと、本当に取り返しのつかない罪を犯してしまうわ。
サニーさん、あなたが見たのはバケモノでも、私のペットでもないわ。
私の実験と関わってるのは事実だけれど。
……認めたな。
でもこの事実は、あなたたちにとってなんのメリットもないの。
知れば知るほど、あなたたちを危険に陥れてしまうものだから。
……お前ら上に座ってる連中ってのは、どいつもこいつも勝手に決めつけることが好きなのか?
とりあえず、武器を下ろしてくれない?ここにある測定器はどれも壊れやすいから。
もし狙うのだったら、私を狙ってちょうだい。
私のことは……好きにしていいから。
ドロシーが開拓者たちに歩み寄る。クロスボウが彼女の身体に触れるほどの間合いだ。
サニーの手が僅かに震えている。彼は無理やり自分の視線をあの優しい目つきから離そうとしていた。
これも邪な小芝居だ、俺たちを屈服させるためのアーツに違いない。
死ぬぞ、怖くないのか?
怖い。
でも、あなたたちを傷つけてしまうことのほうがもっと怖い。
サニーさん、あなたもあなたの仲間たちも、みんな何も悪くはないわ。あなたたちだってただ普通の暮らしを過ごしたい一般人なだけなんだもの。
それに、私の実験にも参加したいって言ってたでしょ?
今ならまだチャンスはあるわ。私たちに加われば、きっとあなたたちが一番望んでいたモノが手に入る。
絶対よ、約束するわ。
開拓者たちに握ってもらいたそうに、ドロシーは手を差し伸べる。
俺たちはお前を殺しに来たんだぞ、この女はそれを分かっていないのか?
見るな。こいつの目も、手も、全部だ。優しすぎる。
荒野に入らざるを得なくなってしまった時から、都市も都市に住まう者たちも、全員から冷ややかに拒まれ続けてきた。
この女だって今こうして俺たちをコントロールしようとしてるに違いない。この女はこうやって意志の弱い仲間たちをコントロールしてきたんだ。
でも“チャンス”が……
もうどれぐらい、そいつを耳にしてこなかった?
……
ひッ……
(サニーがクロスボウを放ち奇妙な形をした物体に当たる)
――
あの銀色の物体だ!
いつからここに……?全然気付かなかった……
……サニーの言ってたことは間違っていない。
ここのラボがあの物体の産まれた場所なんだ……それに、変だとは思わない?
あの物体たち……まるでドロシーを守ってるみたい。
待って!お互いを傷つけるようなことは……
(奇妙な形をした物体が反応を示す)
――!
来るぞ!
(奇妙な形をした物体が大量に部屋に入ってくる)
隊長、向こうにもっとヤバイぐらいの数が!
避けるんだ!
ドロシー・フランクを捕まえ――いや、まずはこのラボを破壊しろ!
この忌々しい温床を潰さない限り、いくらでもあのバケモノが産まれちまう!
(サニーがクロスボウでラボを破壊し始める)
ダメ!やめてェ!
サニーさん、それだけはやめて……お願い……
実験は必ずやり遂げなければならないの――
それが私からあなたたちへの……彼らへの約束なんだから。