(回想)

ウース、準備はもう済ませてるか?

ヴィクトリアはイェラグとは違うぞ。今回の協同を結ぶにあたってはこちら側が下座だ、向こうはきっと隙を伺っては威圧してくるだろう。

いくら私とて相手の具体的な動きは読めない、だからアドバイスだけをやる。今回は自分で色々と判断するんだよ、分かったか?

はいはい、分かったわよ!耳にタコができるっての!

そんなにあたしが信用ならないのなら、なんで自分で行かないのよ!

一度も封を切っていない自分の脳みそで考えることだな。

あんたねぇ……!

さあ、こっちはあんたと口論してる暇はないんだ。いいかい、よく覚えておくんだよ、今回はタダで旅行しに行くわけじゃない、あんたは私らブラウンテイル家を代表してヴィクトリアへ向かうんだ。

ユカタン、嫁をしっかりと見ておけ、外でバカな真似をしてブラウンテイル家に恥をかかせないようにするんだぞ。

あはは……

頷くんじゃない!ユカタン、あなたどっちを味方してるのよ!?

話を逸らすな。

ともかく今回は何事にも気を配っておけ。よく見てよく聞いて、口数は少なめに、この前みたく喋り出したら止まらないようなヘマをするんじゃないぞ。

あんたもそろそろ見識を広めないとな。イェラグの外を、ヴィクトリアがどういう国なのか見ておくといい。

フンッ、言われなくても……

……

ねえ、あのさ……ラタトス。

なに?

本当は自分も行きたかったんじゃないの?

……

ウース、ちょっとこっち来な。

なによ?……なっ、何するんのよ、クソ女!手をどけなさい、熱なんかしてないわよ!

だったらなに訳の分からんことを言ってるんだい?

て、適当に聞いただけよ。

もしあの時も今みたいに行く機会があったら……あんたも、ヴィクトリアに行ってみたかったんじゃないの?
(回想終了)

おお、お二人とも、ここにいらしていたか!

挨拶が遅れてしまって申し訳ない、ほかにもお客人が多くいらしてな。

お気になさらず、ハリソンさん。

本日はご招待して頂き本当に感謝しております、おかげで愉快な一日となりました。

いえいえ、滅相もない!

遠路はるばるいらしたのだから、これぐらいもてなして当然だ。目の前に置かれてるワインや料理ならどうぞご自由に召し上がってくれ、もしほかに必要なことがあれば、近くにいる召使いたちに伝えてやれば結構だ。

お気遣いに感謝致します。

そうそう、よければ食器の使い方をレクチャーしてあげようか?

……いえ、結構です。

そんなことよりもハリソンさん、そろそろブラウンテイル家と御社の協同事業に関してご相談したいのですが。

ふむ、スキウース夫人、中々に率直だね……

しかし協同事業のことなら、この前双方ともすでに一定の共通認識を得られたと思っているのだが、違ったかな?

仰る通り、共通認識はある程度得られております。

ただ細かい点について、もう少しだけ詳細に確認したいと思いまして。

もちろんさ、それについては安心してくれたまえ。

うちの補佐役がすでに正式な契約書類を用意してくれているから、お暇な時に目を通してやって……

そちらの契約書類ならすでに一通り目を通しておきました。

ほう?

ただ先に申し上げたいのですが、その内にある一つの項目がブラウンテイル家として受け入れ難いものがございまして。

ふむ……

それで、何を仰りたいのかな?

改めて人材供給と利益分配の方面で具体的な数字を確認したく存じます。

ふむ。

夫人が仰ったそれらについてなら、こちらでも考慮しておこう。

では――

まあまあ夫人、そう焦らずに。

今回の協同、とりわけ発注費用の控除においては、すでにそちらへだいぶ譲歩したつもりだ。

しかし……!

ご安心くだされ、元より我々は相互利益の関係にある上、私個人としてもイェラクには非常に好感を持っている。協同で夫人や夫人一家に損をさせるようなことは絶対にしないさ、約束しよう。

……

失礼、“イェラク”ではなく“イェラグ”でございます、ハリソン殿。

お?あ~しまったしまった、これは大変失礼した。いや~中々発音しづらい音でしてな、申し訳ない。

イェラグへ行かれたことがあるのですか?

それは……まだないが、しかし近年はしょっちゅうそこの情報が耳に入ってきてね。

聞いた話によれば、イェラグは宴会を開かれる際に肉獣を一匹丸ごと焼くようじゃないか?酒も人ひとりぐらいの高さがある樽に注いだり、雑技まで披露してくれるとなれば、是非ともこの目で直接伺いたいものだね。

……

……恐縮です。

さて、まだほかのお客人との挨拶を済ませていないから、私はこれで戻らせてもらうよ。お二人とも、どうぞごゆっくり今日のパーティを楽しんでいってくれ。

ま、待ってください……!まだ話が――

失礼させてもらうよ。
(ヴィクトリアの豪商が立ち去る)

(ハリソンさん、ようやく来てくださいましたか。あちらのお二方はどちら様でして?)

(イェラクからいらした客人だ、向こうではかなり有力な一族らしい。)

(まあ、聞いたこともないような場所ですね……)

(山間の奥にあるような田舎に過ぎんよ、マダムが気にするほどでもないさ。)

……

帰るわよ、ユカタン!
(スキウースが立ち去る)

ウース……
(ユカタンが立ち去る)

……

ふぅ……

すぅッ……ハァ……

ウース。

もう周りに誰もいないよ。

……

(深く息を吸いこむ)

チックショオオオオオ――!!

チクショチクショチクショオオオ!!

何よあの態度!お高く見下してきて!あたしらやイェラグを舐め腐ってる態度が分からないとでも思ってんのかしら!

食器の使い方を教えようか!?宴会に雑技の披露!?イェラグの発音もロクにしないで!提携先じゃなかったら一発ぶん殴ってたわよ!

ああもうムカつくッ!!

……はぁ。

ほら、水飲んで。

いい、ムカついて飲めるかっての。

飲まなかったらまた夜に胃がムカムカするよ?

じゃあマッサージして!

はいはい、マッサージね。

ずっと我慢できてすごいじゃないか、ウース。

フンッ、我慢するしかないでしょうが。

あそこで我慢しきれなかったら、絶対帰った時ラタトスに怒られるハメになるし。

……本当にお疲れ様。

これからどうする?

パーティ会場に戻る?それとも、今日はもう休んで……

会場に戻るに決まってるでしょ!戻らない選択肢なんてない!

ちょっと腹を立たせられただけじゃないの!協同のこともまだ話し終えてないんだし、このまま帰ってやるかっての!

……ホントに?大丈夫?

大丈夫に決まってるじゃない、むしろピンピンしてきたわよ。

今回のヴィクトリアとの提携はブラウンテイル家の対外接触に際しての重要な一歩になる、だから絶対にヘマをするわけにはいかない。これぐらいラタトスに言われなくとも分かるわよ。

ヘマをしない上に、なるべくこっちに有利な条件も結ばないといけないし……

だからあたしは平気、我慢ならできるわ。
ウ

ース……

ここ二日であなたも見てきたでしょ、ユカタン――
(ヴィクトリアの様々な地を回る2人の回想が流れる)

あんな大きな機械なんて初めて見たわ。見るからに鈍そうなのに、あんな高速に移動することができるなんてビックリよ。

それに整然と舗装された道路と街、あちこちに立てられた列車駅、目が回るほど色鮮やかに飾られたショーウインドーの品々。

今日のパーティだって、蝋燭じゃなくて電気を使ってた……

あんなもの、イェラグは持ってないのよ、ユカタン。

……

あたしらもそれを所有すべきだって、その時そう思ったわ。

たかが列車に綺麗な街にカラフルな商品ってだけじゃない!そんなのあたしら自分たちで作ってしまえばいいのよ!

そしたらあたしらの子供がこれから生まれてきても、そういったものに慣れ親しむことができえるでしょ?大きくなってから留学するにしても、観光するにしても、好きなところに行けるようになるんだから。

えっと、子供って……

……あっ。

ち、違う!子供ってのはその……そう!イェラグの未来の子供たちのことよ!な、なに考えてんのよこのスケベ!

ちょちょちょ、落ち着いて!考えてない、何も考えてないから――

ハァ!?あたしらの子供について何も考えたことがないですってェ!?

いや考えたことはあるけど……そういう意味じゃなくて!

……オホン。

ともかく、将来のためにも、ここらでもうひと踏ん張りしましょうってこと。

あの目に入れるだけで不愉快なエンシオディスもこんなことを考えてたのかしらね?

難しいことはよく分かんないけど、あいつが作った鉄道や工場は……確かにイェラグに色々と変化をもたらしてきてくれた。

ウース……

何よ、ニヤニヤして……ちょッ、頭撫でるな!髪が乱れるじゃない!

じゃあ動かないでね、ウース、ボクが梳いてあげるから。

ホント信じられない……ここ外よ!

ごめん、我慢できなかった。

君の言う通り、ボクたちはここにあるものをどれも持っていない。

でもいつかは持てるってボクも信じてるよ。

当たり前じゃない……!

しかし……ウースがエンシオディスを持ち上げるとはね。

フッ、バカ言わないで、シルバーアッシュ家を持ち上げるだなんて死んでもイヤよ!

ただ事実を言っただけ。エンシオディスは気に食わないけど、あいつもこの国を見たっていうのなら、今は少しだけ……あいつのやってきたことも理解できなくはないわ。

だからあいつの実力をちょ~っと認めてあげただけよ、それぐらいの器量ならあたしにだってあるんだから。

確かに、エンシオディスは手腕のある男だ。

まあ、エンシオディスよりもその傍にいるノーシスのほうがよっぽど嫌いだけどね!

あのクソ野郎が裏切ったフリをしてあたしらに漬け込んできたせいで……

あの状況じゃ、ああいった判断も間違いではなかったよ。みんなイェラグのことで頭が一杯だったんだから、彼ひとりを責めるのはよくないよ。

そんなの知らない!あなたなんで彼を庇おうとしてるのよ!?

えっ、いやそんなことは……

(ジロッ)

……はい、ごめんなさい。

でもさ、あの一件も終わって、これからもシルバーアッシュ家との関わりでどうしても相手と顔を合わせなきゃならないだろ……ウースはいつまで根に持つつもりなんだ?

一生よ。

一生って……

あれはあれ、これはこれなの!ラタトスからのおつかいは全うするし、生涯あいつらがやったことも根に持ってやるんだから!

……はぁ。

お義姉様のほうはもう全然気にしてないように見えるのに。

そんなわけないでしょ!ラタトスって女はね、顔ではもう気にしてません~ってフリをしてるけど、実際あたしよりもよっぽども根に持ってるんだからね!

あなたまた忘れたの?ほら、あたしらが小さい頃遊びに行った時あいつを呼ぶのを忘れて、後でお爺様に捕まえられて一週間も写経させられたじゃない?

ありゃきっとラタトスの報復だったんだわ、絶対そうよ!

あれはボクたちが長時間外で遊んでたせいで怒られただけだよ、お義姉様のせいじゃないさ。

もう!あいつのこと信用し過ぎでしょ!

でもさ、それを言って思ったんだけど……

ユカタン、あなた気付いてない?あいつ、結構エンシオディスのことを評価してるわよね?

口では言わないけど、あたしにはなんとなく分かるのよ。

うーん……そうかも。

もしあの後エンシオディスが過激な手段に出ていなかったら、お義姉様もあんなに反対しなかったと思う。

そう思うよね?だからさ……お姉様があたしをここに寄越したのって、あたしにもこの国を見せたかったんじゃないのかしら?

出発する前にラタトスに訊いてみたの、もしあの時に行く機会があったら、あんたもヴィクトリアに行ってみたかったんじゃないのって。

……姉の考えを知らない妹なんていないわよ。
(回想)

ラタトス!ねえラタトス!

ラタトス、いるなら返事してちょうだいよ!こんなに叫んでるのに、また聞こえてないフリをしてるわけ?

ちょっと、なに無視して……あれ、あんたなに読んでるのよ?

お姉様と一言も呼んでくれないようなイキがってるバカに返事する道理があると思うか?

誰がバカですって!?

自分はこっそり逃げ出して遊んだくせに、帰ってきたら私に庇ってもらうとしていたバカのことを言ってるのさ。

あ、あれは……確かにあたしが悪かったけど……

次はちゃんとあんたも呼んであげるわよ、今度はユカタンに残ってもらいましょ!

いい、私はあんたらほど暇じゃないんだ、それにお爺様の容態だって……なんでもない、あんたも面倒事を起こさなければそれでいい。

それと、いつもユカタンに八つ当たりするんじゃないよ、イジメてやるな。

イジメなんかしていないけど?

あるって言ったらあるんだ。

それで、私のことはなんて言うんだった?

ラタトス……

ん?

……お、おお、お姉様!

言えたじゃないか、私の可愛い妹よ。

フンッ……

待って、またあたしをおちょくったでしょ?もう話を逸らさないで、一体なにを読んでるのか教えてちょうだいよ!

定期連絡とその情報ってだけさ、特段に面白いものはないよ。

お爺様はそういうこともあんたに任せ始めたの?信頼されてるのね……

フッ、まあ私はこれを処理できるだけの実力があるからな、私のかわいい妹とは違って。

なっ……!

もういい、今はあんたと口論する気はないの。

それで、一体なんの情報なのよ?そこまで熱心に読み込むなんて……

……

別段面白そうなものは書いてないわね……

待って!ここ、シルバーアッシュ家のあの長男がイェラグを出た?

ヴィクトリアへ留学……ふ~ん、中々の言い訳ね、どうせもうイェラグには居場所がなくなったから、ほかの場所へ逃げていったんでしょ!

……そう思うかい?

みんなそう言ってるから絶対そうよ。残れるんだったら、誰があんな言葉も通じないような場所に行くもんか!あたしなら絶対にイヤね。

……

どうしたのよ?ラ……お姉様、顔色が悪いわよ?

……手を下ろせ、あんたにそこまで心配されるほど落ち込んじゃいないよ。

このクソ女……何よ、せっかく親切に心配してやってるのに!

そうかそうか、ならその親切心には一応感謝しておかなければな。

……はぁ……

私はただ感心してただけさ。ああいう決心は、今のシルバーアッシュ家の境遇と諸々の懸念やしがらみを置いていかなければできるようなもんじゃない。

決心って?

何もかも捨て去るという決心さ。

……エンシオディスめ、中々肝が据わっているじゃないか。
(回想終了)

その時あいつはそう言ってたわ。

本当ならもう忘れてたんだけど、あいつとエンシオディスがあの火事場にいた時……なぜだか知らないけど、それで何年前のことを思い出したの。

あの時ラタトスは、あたしらが想像してたのとはまったく違い思いを抱いていたんじゃないかって、そう思ったわ。

もしかしたら……あいつはずっと、ブラウンテイル家の重荷を背負わされていたんじゃないのかしら?

それって大旦那様が亡くなられる前に……?

うん……それからしばらくしないうちに、お爺様が亡くなられたわ。

あなたも知ってたでしょ、あの頃お爺様はもう長くなかったし、ラタトスもずっとそれをあたしに隠してた……

あの頃のブラウンテイル家は各方面から狙われていたからね。当主になられたお義姉様もまだ若かったし、必ず誰かがよからぬことを考えていた。

そうね、あの頃のあいつは多忙が極まってロクに睡眠を取ることもできていなかったわ。あんなすごいクマをしちゃって、見たら一発で分かるっての……そのせいもあってかかなりイライラしてたから、しょっちゅう怒られるハメになったわ。

……

ねえ、ユカタン。

なんだい?

あの頃のあたし……負けず嫌いのせいでずっとラタトスに歯向かっていたあたしって……やっぱりバカだったのかな?

そんなことは――

ストップ、あなたはなにも言わないで!

むごご!

自分がバカなのは知っているわよ。何も力になれない上に、むしろ色々とやらかしてきた、もうご先祖様が泣きっ面をかくぐらいどうしようもなかったわよ!

ほかの人があたしのことをどう言おうが別に構いやしない、でも……あなただけは言わないでね。

絶対に言わないでよね!じゃないとあたし……耐えられないから。

ウース……聞いて。

君は十分立派だよ、バカなんて一度も思ったことはないさ。

……ウソよ。

ウソじゃない。

本当に思ってないさ、お義姉様だってきっと……

あいつなら思ってるわよ!

……分かった、でもお義姉様ならきっと君を責めたりはしていないよ。君はいつだって何かにチャレンジしようとしているし、お義姉様のほうも君を信じようと頑張っている、今がそうじゃないか?

そんなの分かってるわよ、でもやっぱり……ムカつくの。

自分にムカつくし、あいつにだってムカついてる。

なんで自分はあいつがあんなに強がってるところを察してあげられなかったのかって。

それ……本当のこと聞きたい?

ロクでもないことならいい。

そりゃダメだよ。

強がりってのはもうブラウンテイル家の遺伝みたいなもんさ。ウースだってお義姉様とさほど変わらないよ。

それで、我らが負けず嫌いなスキウース夫人、この後あの強欲なハリソン殿を改心させる方法は思いつきましたか?

方法なら――
(ガヤガヤとした声)

……待って、なんの騒ぎ?
(複数人の従者と貴族が姿を現す)

まったく見ずぼらしいパーティだな。

ハリソン殿には貴族の土地を買収する度胸はあるのに、私如きの客人を出迎えることすらしてくれないのか?

おい、お前たち。

へい、なんでしょう。

我らがハリソン殿に礼を尽くしてやれ。

なあに遠慮はいらんさ、商人の貴族へ対する態度ってものを教えて差し上げろ。

へい!
(粗暴な男が物を壊す)

キャーッ!

はやく、はやくハリソンさんを呼んできてちょうだい!

(何が起こってるの?あいつらパーティをめちゃくちゃにしてない?)

(あのゴロツキを率いてるのはヴィクトリアの貴族かしら?一体なにが目的で……)

(どうやらハリソン殿といざこざを抱えているように見えるな。)

(他人ん家に殴り込みに来るなんて、ただのいざこざじゃなさそうね。)

(様子を見に行こうか?)

(もう少し待ちましょう、そうズカズカと関わっていいもんじゃないわ、少なくとも今はね。)

(けど、もしかしたらこれはチャンスになり得るかもしれないわね……)

エヴァンス子爵!

よ、ようこそお越しくださいました!しかし、来られるのなら一声かけて頂ければよかったではありませんか、リターニアで休暇を楽しんでおられると聞いたものですから、つい疎かに……

ほう、私のスケジュールまでをもきちんと把握してらっしゃるとは。

さしずめ私を抜きにしたほうが好都合だったのかな?

な、な……何を仰いますか……

まあまあ、ハリソン殿、そう固い顔をしなさんさ。

君があれこれと我々の協同先の株を買い占め、私がヴィクトリアを留守していた間に土地を格安で購入した時にはそんな惨めな顔はしていなかったぞ。

……

しかしエヴァンス子爵!こ、このような仕打ちはあんまりです!

我々との間に結ばれた契約はまだ期間を満了しておりません、もし利益上に不備がございましたら、いつでもお声がけして頂ければよろしかったものを……こんな仕打ち、協同パートナーに向けていい態度ではございませんよ!

結んだ契約のことなら当然忘れちゃいないさ。

しかしだね、こうやって発散しないと私も堪えてしまってね。

(商人と貴族の間に生じた利益間の齟齬……)

(来る前からラタトスに言い付けられてかなりの資料を頭に叩き込んだから知ってはいたけど、まさか目の前でそれが起こるとはね。)

(だとすれば……)

(何か思いついたかい?)

(ええ、さっきハリソンさんとどう話をつけるかって聞いてきたでしょ?)

(いいことを思いついたの――行きましょう、ユカタン、チャンス到来よ!)
(物が壊される音)

エヴァンス子爵……もうおやめください!

やめてほしいのか?

言っておくがハリソン殿、私が本気を出せば、次の日の新聞には“ハリソン氏、子爵との決闘に敗れ不幸にも逝去”という見出しを見ることになるぞ。

フッ、それでもなお私に歯向かうつもりかね?

(エヴァンス様。)

なんだね?

(こちらの連れがだいぶやられてしまいました、動ける者もそう多くはありません。)

(どうやら客の中に通報したヤツがいるようでして、如何致しましょうか……)

……

中々賢いなハリソン、助っ人を呼ぶとは。

な、なんのことでしょうか……?

とぼけるな!

本来なら融通を利かせればまだ講談の余地はあったものの、どうやらそれすら必要がなくなったようだな。

フッ、まあいい、今日はちょいと痛めつけに来ただけだ。この先まだまだ長い付き合いになりそうだから今後ともよろしく頼むよ、ハリソン殿。

帰るぞ!
(男性貴族が立ち去る)

……

もう帰ったの?

ねえ……この人たちどうしよう?
赤髪のザラックが肩に担いでいた人を適当に豪商の目の前に放り投げた。

ここに置いておこう、あとで誰かが片付けてくれるさ。

この者たちは……エヴァンス子爵が連れてきた……

まさか、先ほどヤツの言っていた助っ人とは――

ほかにいないのであれば、きっとボクたちのことを指していたんでしょうね。

ご無事ですか、ハリソン殿?

私なら平気だ、お見苦しいところをお見せして申し訳ない。はぁ、しかし……

ともあれ、お二人には大変感謝してるよ。

ただ、この者たちに手を出したとなれば今後はきっと……はぁ……

……

ハリソンさん。

その点についてですが、率直に申し上げますと――今後あの貴族との協同は些かやり辛くなってしまったのではないでしょうか?

それは……

向こうの連れに手を出してしまった上、先ほどの貴族はハリソンさんよりもご身分が高い方だと伺います、罪を着せられるのは免れないでしょうね。そんな彼が今後ともあなたと協同を結ぶでしょうか?

私の知る限りだと、ハリソンさんが所有してらっしゃる会社は今まさに発展に差し当たってる重要な時期ではないでしょうか?もし先方が途中で撤退してしまえば、そちらへの打撃も甚大なものではなくて?

な、何が言いたいのかね……?

まさかさっきのはわざと手を出したと言うのか!?

あら、私はただ事実を述べただけでしてよ?他意はございませんので、どうぞお気になさらず。

ただ引き続きあの貴族に縋ったり、あるいは圧をかけられたまま新しいパートナーを探すよりも、ご興味を持たれるかもしれない提案がございまして……

……

私たちブラウンテイル家はイェラグにおける三大氏族のうちの一つでございます、たかだかヴィクトリアのいち小貴族など恐るるに足りません。ですので、もしご意向がございましたら、ブラウンテイルはそちらとの協同のために尽力致しましょう。

どうです、ハリソンさん?私たちの協同も――

――少しは改めて話し合われてもよろしいのではないかと?