
さあお三方、ようこそミラノ劇場へ。

すっごく、キレイな場所ですね~。

ここで音楽を聴きながら演劇を楽しむのがシラクーザ人なりの過ごし方でね。なんせ現実とは取り立てて言えるほどいいところなんてないし、変え難いものだ。だからみんな幻想に耽る場所を必要としてるのさ。

もしくは、舞台上で演じられる英雄譚に自分らがやってきた血腥いことを投影して、そこから道徳的な安心感と満足感を得ているのだろうね。

バッサリと……言うんですね。

この生業で食っていく以上は、自分が何をやっているのかをはっきりと理解する必要もあるだろ、違うかね。

それよりも君の友人たちなんだが、さっきから随分と緊張しているようだね。

ディレクターはん、その、今やってる演目の名前って……

『ラ・モルテ・ディ・テキサス』、『テキサスの死』だ。

中々面白い“ジョーク”だね、これよりも……ひどいヤツは聞いたこともないや。

おや、二人ともどうやらこの名前には聞き覚えがあるみたいだね?余所から来た人にしては珍しい。

シラクーザ人の間じゃこの名前はあまり口にしようとしないものでね、ファミリー内では尚更だ。しかしテキサスファミリーの物語は……誰もが心に刻んでいる。

これはある種の戒めみたいなものだからね。

……戒め。

そこで脚本の話になるのだが、テキサスファミリーの事跡を元に改編した話はそこら中にゴロゴロ転がっている。だが“テキサス”の名が付けられたものは、これまで一つも存在していない。

脚本家らも面倒事を引き起こしたくないからね。だから彼らはせいぜい引用やパロディに留めて、話を作りたがらないのだよ。

とはいえ、時代は常に変化するものだ。今の観客たちからすれば、嘘の題名を冠したおとぎ話よりも、真実を語った歴史もののほうが魅力的に見えると思わないかね?

そこでとある人物からこの脚本を渡された、すごい人だったよ。

今回の演劇は三幕から構成されている。

第一幕は、クルビアが建国されて間もない頃、多くのシラクーザのファミリーたちが開拓を待ちわびているそこの土地へ向かう話だ。

そこでファミリーたちはこぞって自分らの者を、クルビアの開拓の列へと送らせた。

「そこは混乱とチャンスが共存した時代。時代に呑み込まれてしまう者がいれば、時代の先を行く者もいた」。

後に自らの時代を築き上げたサルヴァトーレ・テキサスという逸物も、その中に混じっていたのだ。

(テキサスが名前じゃなくて苗字だったのは知ってたけど、これって……)

あの、テキサスって、元々はシラクーザファミリーの一つだったんですか?

根っこはシラクーザだが、クルビアで発展したファミリーだね、正確に言えば。

クルビアじゃ、ああいったファミリーは珍しくもないよ。

サルヴァトーレは終始、自分はシラクーザ人であると頑なに思っていた。

そんなめげない彼は多くの尊敬を集めたよ。ほかのシラクーザ人もシラクーザ流のやり方で彼に応えていたね。

シラクーザ人……

そこで第二幕なんだが、そんな彼がクルビアで奮闘する中、最も称賛に値する場面を内容としてピックアップした。

クルビアの歴史の影には、いつだってシラクーザ人の姿が潜んでいる。そしてサルヴァトーレもまた、そんな時代の荒波に揉まれながらも自分のファミリーを作った。

この一幕で語られている内容は、一番周知されている内容でもあってね。

色んなバージョンが世に出ているが、どれも内容は酷似しているんだ。

“クルビアで成り上がったシラクーザ人”の伝記、本屋に行けば十何冊も同じことが書かれた本を見つかるが、そのほとんどは所詮彼の名前を借りたロマンスものだよ。

まあ事実が書かれているものもある、ほんの僅かではあるがね。

もし興味があるのなら、あとで出来のいいものを何冊かオススメしておこう。

あっ、よければ是非!

いいさいいさ。で第三幕、ここの内容が一番人によって変わってくるところなんだ。

それってテキサス家の……没落に触れるから、ですか?

その通り。

テキサス家の没落、周りの人間はせいぜいある一つの事実しか知らない。それはつまり――

サルヴァトーレはその息子ジュゼッペに殺され、そのジュゼッペはその後、テキサスファミリーはシラクーザファミリーの体系から抜けると宣言したこと。

そしてその行いがスィニョーラ・シチリアの怒りを買い、彼女からの報復を受け……

テキサスという名が、一夜にして消え果ててしまったことだ。

一夜で……テキサスファミリーが丸ごと消されたってことですか!?

少なくともシラクーザ人ならみなそう信じている。

テキサスファミリーが清算でどんな目に遭ったかについては、当事者以外に知る者はいない。

あの、でも私……前二幕の脚本しか渡されていませんけど……?

あぁ、第三幕はまだ完成していないのだよ。

今言ったその清算なんだが、作家ごとにそれぞれまったく異なる展開と結末が書かれていてね。

で私が今持ってるこの脚本を書いた作家なんだが、どうやらそういったことでボトルネックの状態に陥ってるみたいなんだ。

ただまあ前二幕の出来があまりにもいいものだったからね、だから躊躇なく買わせてもらったよ。

あのベルナルドさん、その清算の中でテキサスファミリーの子供が実は生き残ってたって可能性はありませんか?

もしかしたら彼女は今……クルビアを出て、ほかの国に逃げていったのかもしれませんよ。

……例えば、龍門とか?

龍門か?確か、君たちがやってきた場所だったね。

……

噂に聞いた話なんだが、サルヴァトーレとその息子はあまり関係が良くなかったらしい。

その代わり孫娘をかなり溺愛していたようでね。一度はその孫娘をシラクーザへ連れて行って、そこのサルッツォ家に何年か預けたことがあったぐらいだ。

まあテキサスファミリーが清算に遭った際、その子もまた消されてしまったようだがね。

だが実際、その子が清算に巻き込まれたか否かついてはまだ確証を得ていないんだ。当時クルビアで、あるいはシラクーザの辺境でその子を見かけたという目撃例も出ている。

だからそれぞれが語られているテキサスファミリーの話の中で、その子に関する結末も色んなものが出ている。

……

噂じゃその子は、テキサス家の特徴である黒髪とオレンジ色の瞳をしているようじゃないか。

あの、もしも、もしもの話ですよ!もしそのテキサス家の子供がまだ生き残ってて、またシラクーザに戻ってきていたとしたら……

どんなことが、起こると思いますか?

面白い仮説だね、まあ強いて言うのであればどんなことも起こり得る、かな。作家というのは常に、ロジカルに脚本を書く上げるものだ。

しかし残念だが、現実というのはすべてがロジカルに従って動いてくれるわけではない。分かるねスィニョリータ?

……

あくまで耳にした話なんですけど、彼女は今ベッローネファミリーにいるみたいですね、“来客”として。

そのベッローネファミリーもこの都市で一番勢いのあるファミリーだって。

それに彼女は……

別れも言わずに、すべてを投げ捨ててここにやってきたって。

……

あの、実はあたしたち、その彼女を探しにここへやって来たんです。

ほう、そうとなれば実に勇敢なお嬢さん方だ。

そこまで真摯に教えてくれたのなら、私も相応の態度を示さなければならないな。私ですら耳にしたことがないような面白い話も聞かせてくれたことだしね。

ベッローネファミリーとその客人なら、他愛ない私たちの演目を鑑賞しによくこの劇場を訪れに来てくれているよ。

ホントですかッ!?

偶然にしろ運命にしろ、物語というのは起こるべきして起こり得るものだ。

もしその客人がまたここを訪れに来られた際は、我が一座最大限のパッショーネを尽くして彼女を歓迎しよう。

聞く話によると、彼女はとても寡黙で、二本の剣を携えているらしい。

名は確か、チェッリーニア・テキサスだったかな。

……

……

そのカルチョーフィならもういらん、ラヴィニア。いい加減こっちに寄せないでくれ。

ここの味はあなたが思ってるほど悪くはないですよ、試してみる価値はあるかと。

いいや結構だ。

今夜のパーティのために腹を残すつもりなんですね。あの全身タバコ臭い独り善がりなファミリーの面々とのビュッフェがそんなに楽しみで?

まあ、そこでの食事のほうがよっぽど“価値”はあるでしょうからね。

……カルチョーフィが嫌いなだけだ。

ねえレオン、私はもう数えきれなくなってしまいましたよ。ここ一か月で、暴力沙汰は増えるばかり。もう何件起こったのやら。

今日の午前も、今私たちがいるこのトラットリアで、危うく一人の市民が命を落とすところだったんですよ。

お前は裁判官である以上理解していないわけじゃないだろ。元からシラクーザは暴力の上からなっている国だ。

裏路地から死体が消えた日には、それこそビッグニュースだろ。

襲われたのは建設部の職員でした、あなたのところの建設部ですよ。

……やったのは誰だ?

どうやら自分のことにならない限り、レオントゥッツォ・ベッローネ坊ちゃまはいち市民の死活を詮索しないみたいですね。

お前と口論する気概など毛頭ない、ラヴィニア・ファルコーネ裁判官。

お互い分かっているはずだろ。近頃のこの街は待っているんだ……何かが起こり得るのを。

ベッローネが勝つ時を待っているのではなくて?

もし俺たちが指導権を手にしていたら、夜に紛れ込んでコソコソと徘徊し回ってるあのヒットマン連中を野放しにしてはいないさ。

俺のやり方はお前が一番よく知っているだろ、ラヴィニア。

そうだといいんですけどね。

およそ百年前、シラクーザが一地域から一つの国になった時代、当時の十二ファミリーが掌握していた計二十二もの都市がこの国の領土を形成していた。

その数は今になっても変わってはいない。

まるでシラクーザが頑なに守り続けてる“伝統”と同じですね。

それがようやく、もう何年でしたっけ?まったく代わり映えない私たちのシラクーザから、ようやく新たな都市が生まれようとしてる。

新たな移動都市とは即ち新たな利権、新たな野心と新たな希望だ。お前の言う通り、俺たちはほとんど勝っている。

経済も交通も、航路の規定も、このヴォルシーニのニュータウンの各方面には俺たちと俺たちの協力者の息がかかっている。

そのニュータウンが新しく都市として建て替えられた際、俺たちはシラクーザの未来をも率いる資格を得ることができると、ファミリー内の楽観視する人たちはそう信じて疑いもしない。

そういうあなたは、その楽観的なほうに入るんですか?

できればそうでありたいな。

だが、サラ・グリッジョの老いぼれどもは最終決定をいつまで経っても出し渋っている。

全員がきちんと手の内を見せてくれない限り、この先どうなるのかを想像したって無駄だ。

でも、私たちが想像してる未来は同じですよね、レオン?

……無論だ。

まあそんなところで、そろそろ失礼させてもらおう。

パーティに参加する前、“友だち”を一人……案内してやらなきゃならなのでな。

……

どこも湿っぽいな。

待たせてすまなかった。

私も適当にぶらついていただけだ、気にしないでくれ。

チェ……テキサス、故郷の変化に何か感想はあるか?

この新しい街にか?こんなものは変化とは呼べない。

私からすれば、ここは離れた時となんら変わってはいない。

……あと用意してくれたこの衣装、あまりいいアイデアには思えないんだが。

ベッローネファミリーからのプレゼントだと思ってくれて構わない。こちらの仕立て屋がテキサス家のかつての栄誉を穢していないといいんだがな、まあ安心して受け取ってくれ。

安心していなかったら受け取らなくてもいいのか?

残念だがそれは無理だろうな。

なら安心して受け取るしかないか。

それで、私の任務はなんなんだ?

簡単だ、俺と一緒に今日のパーティに参加してもらう。そこで俺はその場でこう言ってやるんだ、ベッローネの若旦那はテキサスの名を受け継ぐボディガードを傍に置くようになったと。

それからその場にいる野心満々な愚か者どもを全員始末してくれれば、任務は終了だ。

まあ、それでいいのなら構わないが。

俺としても、できることなら楽に終わらせてもらいたい。

実を言うと、お前をここへ連れてきたこの二日間、俺はずっと考えてきたんだ。

何度も自分に言い聞かせた。テキサスという名は、俺自身が持ち込んでくるどんな面倒事よりも厄介になるぞ、とな。

俺はこの危険なカードを手に持たされてしまったのだと、つくづくそう思わざるを得なくなってしまった。

テキサスならすでに死んだ、もういない。

だが生憎、全員がそう思っているわけではない。

ただの没落した一ファミリーだ、お前たちが考えてるほどの影響力なんてない。

そうかもな。だが俺が言ってるのはテキサスファミリーだけじゃない、お前のことも言っているんだ。

お前はかつて、一度はクルビアからシラクーザに戻り、そしてまたシラクーザを出た……

聞いた話によると、当時清算に加わっていたファミリーがこぞってこの通りでお前を殺そうと試みていたようだが、全員あっけなく失敗してしまったみたいじゃないか。

みんな、お前に重いツケを払わされたと。

今の私はペンギン急便に所属してる職員、ただの配達員だ。

もし今のシラクーザにとって自分がどれだけの価値を有しているのかが分かっているのであれば、安心してくれても構わない――

俺もお前に劣らずとも、多少は心得ているからな。

ではまず、さしずめ今のヴォルシーニで起こってることはそれなりに把握はしているのではないだろうか?

……新しい移動都市が出来上がるんだろう。

その通りだ。

この移動都市の計画はお前の苗字と深く関係がある、お前が納得しようがしまいがな。

いや、あるいは……テキサス家の没落がこの事態をもたらしてくれた、と言うべきか。
テキサス家の没落はクルビアに根付いている各ファミリーに大きな打撃を与えた。やがて彼らは止むを得ずシラクーザへ帰還することとなった。
その際、信頼を交換する対価として、彼らはクルビアの技術を持ち帰った。そのためシラクーザはついに新都市を建造する能力を手にしたんだ。
だが、その所有権を誰が握るのかという重大な問題も付随するように発生した。五年前、新都市建設の計画が発起したその時から、サラ・グリッジョ同士が争い始めたんだ。
そして今、その闘争もついに終わりが見えてきた。
最古のファミリーの一つであるベッローネが、勝機を握ったからだ。
ヴォルシーニの二級中枢区画も今は新都市の中枢区画になるべく改造が施されている。新しい区画も着々と建造中だ。
あと一年、あるいはもっと早くもすれば、新都市が生まれてくる。

そこでお前には、ベッローネファミリーに手を貸して、その勝機を確固たるものにしてもらいたい。

聞いた限りでは、十分に実力が伴ったヒットマンを必要としているだけみたいだな。

だがそのヒットマンがテキサスを名乗ってるとなれば話も違ってくる。

ロッサーティという名はまだ憶えているか、テキサス?

……ロッサーティか、憶えているさ。

テキサス家が消された後、クルビアに根付いていたほかのファミリーは、自分もスィニョーラの怒りの対象になってしまうんじゃないかと日夜怯えていた。

そんな時、シラクーザに戻って自分からスィニョーラへ会いに行ったのがロッサーティファミリーだ。移動都市の建造技術を持ち帰ったのもそこだ。

それから漠然とではあるが、ロッサーティはテキサスの後を引き継ぐぐらいの勢いを見せた。テキサスですら手の届かなかったサラ・グリッジョの十二席に食い込むほどのな。

またそういうつまらない話か。

ああ、つまらないさ、だが残酷ではある。サラ・グリッジョはいつもああだ、勝ち組にしかその門扉を開こうとはしてくれない。

そこでこの街に留まっているロッサーティファミリーのボスの一人、ウォーラックなんだが、どうやら今のままベッローネの残飯を食うだけじゃ満足できなくなったらしい。

てっきりこんな雰囲気なのは、雨季が差し掛かってきているからだとばかり思っていた。

正直ここ数か月のヴォルシーニの治安は最悪だ。こちらのアミーコらも大なり小なり“事故”に遭わされている。

そんな事故もあって、傍観していたほかファミリーもおそらくは各々選択に打って出たんだろう。たとえ味方についてくれたファミリーがいたとしても、そいつらが裏切らないという保証はない。

だがスィニョーラはサラ・グリッジョを立ち上げる際に、“皆殺しはしない”という最低限のラインを敷いた。

つまり、皆殺し以外にも、各ファミリーには各々が実力を発揮する空間が残されているということだ。

そんなライン、あったんだな。一度も感じたことなかった。

何言ってるんだ、お前はまだこうして俺の前に立っているじゃないか。

フンッ。

で、お前たちは私を呼び戻したというわけか。

私に何かさせるわけでもなく、ただ適切な舞台を用意して、連中にこの私が帰ってきたと伝えるためだけに。

今晩がその舞台なんだろ?

……知っているか、テキサス。

テキサスの没落は、今や次から次へと舞台劇として書き上げられ、それぞれの劇場で演じられるようになっている。

その劇中でのお前、つまりチェッリーニア・テキサスは、いつも没落していくファミリーを前にして途方に暮れるばかりの無力な少女として描かれているんだ。

だが今確信したよ、お前はそうではない。

実に興味深いことだ。あの清算の中、お前は一体何を見てきたんだ?

ラヴィニアさん、今お帰りですか?

はい、何かあったんですか?

アリッサが最近イイ男を捕まえたって言ってたじゃないですか、だから私たちもちょっと手を貸しに行こうかなって。

あぁ、あの生地屋の?

そうそう、なんだラヴィニアさんも知ってたんですね!

えぇまあ、この前事件捜査の時に、少し。彼のファミリーは確か……

はい、シャーリーファミリーです!まあそんな大きいファミリーではないですけど、それでも周りの街にある生地商売はあそこ持ちなんです!

聞いた話じゃ、サラ・グリッジョを出入りしてる大きなファミリーとも商売してるみたいですよ!

へぇ、詳しいんですね。

それでアリッサったら最近自慢ばっかりしてくるんですよ。なんか、今日そのイイ男がほかにも仲間を連れて遊びに来るらしいんです!

最近はずっと忙しっぱなしだったから、せっかくだし思いっきり羽でも伸ばそうかなって!

あっ、でもラヴィニアさんは、その……

えっと……行かないん、ですよね?

……はい、まだ少し用事があるので。代わりによろしく伝えておいてください。

あっ、はい!分かりました、伝えておきますね!

そうだ、あの書類がどこに行ったか知りませんか?

書類?

コモ通りであったあの失踪事件、一家五人の、憶えてませんか?

ちょうど今、目撃者になり得る人物を見つけたので、証人になってくれないか説得してまして……

あー、それなんですけど……今日の午後、アンジェロさんがすでに捜査は終了するって言ってましたよ。

その……あの一家が別の都市に引っ越しただけだって、そう言ってました。ほかにもやるべき仕事があるんだから、こんなことに無駄な時間と労力をかけるなって。

私の記憶が正しければ、この事件の担当は私のはずですが?

それがその、昨日所内で行われた会議でそう決められまして、その時ラヴィニアさんは欠席されていましたから、その……

……そうですか。

分かりました。

まあ確かに無駄な労力をつぎ込むほどの事件でもないですね、たかが五人ですもの。

夫は市内のタクシードライバーで、妻は農村でトマト収穫の仕事に従事している。子供三人で、大きい子はまだ十三歳、小さいほうはまだ乳離れすらできていない。

彼らのお隣さんに色々事情聴取しに行ってきたんですけど、みんな頑なに何も言おうとしませんでした。精々ひと言、俺たちも生きていかなきゃならないんだ、って。

夜に叫び声も、泣き声も聞こえなかった。自宅の床もキレイなまま、血痕も見当たらず。

彼らの言い分もごもっともですね、俺たちも生きていかなきゃならない、ファミリーと関わらざるを得ないのも致し方なし。けどまさか、自分たちが狙われていたことすら気付かなかったなんて。

なんせファミリーたちは決して、一般人には手を出さないって表ではそう言っているんですもの。

その代わり私たち裁判所はそれよりも、もっとやるべき大事な仕事がある、ということですか。

……

ラヴィニアさん、私は昔からずっとあなたのことは尊敬していますよ。

正直言って、理想的な裁判官がどういう姿なのか、私には分かりません。

あのお方がラテラーノを真似て私たちの裁判所を、クルビアを参考に私たちの法律を作り上げたって言いますけど……

でも私たち、一度だって各地を彷徨うサンクタの執行人を見たことはないし、クルビアにある法律だって断片的なものしか知らないじゃないですか。

理想的な裁判官というのはきっとラヴィニアさんみたいに、決心に溢れ、正義を掲げる人なんだなって、私は信じていますよ。

でも、みんながラヴィニアさんみたいに実力があって、バックにベッローネがついて、いちいち身の安全を気にする必要がないわけじゃないんです。

いえ、私は……

ベッローネのお坊ちゃまと、簡単に食事ができることもそうですよ。

アンジェロさんなんかこの前、黒い封筒に入った手紙を受け取ったんですからね。

……この事件の後ろにはどこのファミリーが潜んでいるんですか?

それを知って、私たちに何か得でもあるんですか?

憶えていますか、先月のこと。スタラーチェさんが“友だち”に連れられて車内で午後の時間がまるっきり潰れるぐらい“お話”をしてきた後、彼の右腕は二度と上がらなくなってしまいました。

ボリエッロさん……あのふくよかで、ずっとニコニコしてるお婆さんも、もうどのくらい仕事に来られていないんです?

ええ、理論上、私たちは彼女の意志を引き継いでる体でいますよ。でもあの人の意志がどういうものなのか、私にはてんで分かりません。

勇気も執着も、そりゃ尊いものですよ、ラヴィニアさん。でも屋根の下で雨宿りできている人間に笑われたくはないんです、私たち雨に打たれてずぶ濡れになってる人間を。

だってラヴィニアさんは、本当の意味で何かを犠牲にする必要なんてこれっぽっちもないんですから。

……そう、ですか。

でも、私が犠牲にしているのは……公平であるべき資格なんでしょうね。

……

こちらに電話を寄越すなんて珍しいですね、普段なら自分たちでことを済ませるのに。

まあ、私たちに委託して済ませようとする時もあるにはありますが。

はい、もしもし。

分かりました、すぐ向かいます。

ラヴィニアさん、あなたでしたらもっと楽にしたっていいんですよ?

ええ、分かっています。

お忙しそうですし、夜にマカロニでも持ってきましょうか?私たちがこれから向かうお店、結構味の評判がいいんですよ。

……ありがとうございます。