
ここは……

おっ、やっと目が覚めたか。

ここは……家か?

ディミトリー、なんでお前がここにいるんだ?

ラヴィニアさんがあんたをここまで運んできてくれたんだよ。

医者によりゃ、極度の疲労に加えてケガを受けたから気絶したんだとさ。

……

チッ。

リンゴ、食うかい?

食う。

だと思った。ほら、もう剥いてあるよ。

ラヴィニアは?

あんたをガードマンに渡したら行っちまったよ。

知ってるだろ、彼女が昔っからこの屋敷に入りたがらないのは。

あんたのためにここまで来てくれただけでも奇跡だよ。

……

カラッチは死んじまったか、まあ確かに面倒ではある。

あんたがケガを受けたことも周りに知られちまってるだろうし。

今ほかのファミリーから見りゃ、ベッローネ家はこの一瞬で勝機を失って、内憂外患な状態だ。

いつでも余所から噛みついてくるかもしれないぞ。

俺を襲った連中だが、生きてるヤツはいたか?

残念ながら。

死体を調べてもなーんも出てこなかったよ。

まあ、そうだろうな。

誰がやったと思う?

サルッツォはこれまでずっと手を出してこなかった、あいつらはずっとチャンスを待ってたんだ。向こうにとって今がその時だろうな。

ロサッティは……ウォーラックが俺と一緒に襲われたから、あいつらも被害者側だと思うが……

だが、クルビアのファミリーつっても一枚岩というわけではない。

ああ、内部で争ってる可能性は否めない。

だが、ほかに可能性がないというわけでもない。

チッ、まったくいい時期を選んでくれたもんだ。

とりあえず水をくれ。

まったく、いつもより注文が多いこった、横になってるくせに。
(ディミトリーがグラスに白湯を入れる)

……おい、白湯はわざとだろ?

あんたが正確な指示をくれないからだと思うが?

……分かったよ、お前はいつもそうやって不満を見せてくる。で、今度はなんだ?

テキサスの処置、俺は反対だ。

ラヴィニアはしっかりと物事を見極めてくれる人だ、清廉潔白な人を無闇に陥れるような真似はしない。彼女にも彼女なりの考えがあるんだ。

いいや、そういうことじゃない。俺が言いたいのはな、あいつはお前の武器にできたはずだ。

ドンがあいつをあんたに渡したってことは、ファミリーに危害を加える危険性はないってことだろ。

あんたはあいつをしっかり武器として扱うべきなんだ。

それが今はどうなった?ラヴィニアなんかにしょっ引かれちまってよ。

彼女だってファミリーのためを考えてああしたんだ。分からないとは言わせないぞ。

この危険な状況下でテキサスの名がついた厄介事を手に持ってちゃ、あんたはもっと余計な目に遭わされちまう、そこは認めるよ。

シラクーザにとっちゃ彼女の名は……あまりにも目立ちすぎるからな。

ラヴィニアの立場からしても、まあテキサスをそっちに預けたほうが何かと安全だろうな。

でも俺たちファミリーのほかの連中はどう思う?

きっとこう思うはずだ。ベッローネ家の若旦那であるレオントゥッツォは、テーブルクロスが敷かれたおままごとに夢中になり過ぎて、すっかり軟弱者になってしまった。

ナイフを上手く扱えないだけでなく、あまつさえそいつを失ってしまった。

ベッローネ家も地に落ちた。これから誰であろうと、噛みついてきたヤツには必ず仕返ししてやる、ってな。

なあレオン、ヴォルシーニのニュータウンはあんたが建設部でやってる下らねえ“事業”にゃ留まらねえんだ、あれはベッローネが手にするべきだと思うぜ。

……

それがお前の本心か。

俺だってそれなりの考えはあるんだ、ディミトリー。

ほう、詳しく聞こうじゃないか。

……

いいだろう。お前は俺の一番の兄弟なんだし、俺のコンシリアリ(相談役)でもあるもんな。

襲われた時から、俺は何か違和感を覚えていたんだ。カラッチが死んだと聞かされた時、ようやくそれがはっきりしたよ。

さっき俺に、“誰がやったと思う”と聞いたな?

俺が思うに、サルッツォでもロサッティでもないはずだ。

そりゃまたどうして?

襲ったヤツは、あまりにも俺を理解していたからだ。

どうすれば迅速かつ確実にベッローネと俺を潰すことができるか、それをそいつは知り尽くしている。

それってまさか――

これからしばらく数日の間、俺は引き籠もっておく。

養生もしないといけないしな。

相手は今回の襲撃で、俺たちの足並みは乱れたと思っているはずだ。なら、そのまま思わせておけばいい。

真犯人が尻尾を見せてくるその時まで、な。

じゃあつまり、ラヴィニアにテキサスを預けたのもわざと、ってわけか。

そうだ。

彼女がどうテキサスを使うかは彼女に任せる。

今後しばらくの間は、俺たちファミリーにちょっかいをかけてくることも多くなってくるはずだ。

その際は誰が後ろでちょこまかとやってるのか調べておいてくれ。

……分かった。

どうだ、この答えで満足したか?

もちろん。

しっかりと考えがまとまっているんだったら、俺はそれを実行するまでだよ。

だって、あんたがここのボスなんだからな。

そうこなくては。
(ディミトリーが立ち去る)

……失望させてくれるなよ、ディミトリー。
(ウォールラックに電話を掛ける)

ウォーラックか、俺だ。

レオン、聞いたぞ、ケガを負ったって。大丈夫なのか?

平気だ。

昼間に起ったことについてだが、色々と話がしたい。

それに……あの名前のことについても、そっちとしては聞きたいはずだろ。

……“テキサス”か。
ヴォルシーニ刑務所

つまり、あの時あなたは引き留められていたということですか。

それは誰なんです?

古い知り合いだ。

知り合い?よりによってあのタイミングで?

……

あなた、こういった場面には結構慣れていて?

龍門でも、たまにこうやって尋問されることがあるからな。

龍門……

とにかく、私は何もやっていない。

……犯人はみんなそう言います。

でもまあ、私はあなたがやったとは思っていませんよ、チェッリーニアさん。あんなことをして、あなたに何かメリットがあるとは到底思えませんので。

それに、レオンからも聞いています。色々理由はあるけど、あなたは信用できるって。

……なるほど、あなたがあの名門が大勢集まる場所に出現したのは、元からベッローネがその舞台を用意していたからだったのですね。

しかし、今の状況においては、あなたを私の傍に置いたほうが一番でしょう。

レオントゥッツォを守ろうとしているんだな。

あなたもですよ、テキサスさん。

こうすれば……ほかのファミリーの目を分散させられるかもしれませんからね。きっとこの襲撃を受けて、ベッローネは何か手を打つと思っていることでしょう。

そうやって思わせておいたほうが……私も何かと動きやすくなるので。

お前、本当に裁判官なのか?

なぜそう思うんです?

ファミリーのことを、あまりにも知り尽くしているように見えるから。

……裁判官ですよ、私は。

シラクーザでこの職分を全うするには、必ずと言っていいほどファミリーはどうやって食っているのかとか、彼らを理解する必要があるのです。

たとえ理解したくないと思っても。

いや、そうじゃなくて。私が言いたいのは、法の執行者が裁く相手を理解するのは当然だ。

だが今までのシラクーザにお前みたいな裁判官がいるなんて、私は聞いたこともない。

……

誤解しないで頂きたい、チェッリーニア・テキサス。

私は別に、ファミリー間を抑止するためにあなたをここへ連れてきたわけではありません。余所から見れば、私はそういう立場にいるように見えるかもしれませんが、私にはどうだっていい。

あなたはまだこの街に来たばかりなんですから、まだ何も分かっていないのでしょう。カラッチ部長がどれだけ重要な人物だったのかを。

彼はとても尊敬に値する人でした。本当なら今出来上がってる新しい都市をよりよいものにしてくれるはずの人だったのです。

街を整備するという意味だけでなく、市民たちに別の暮らしを与えてくれるという意味においても。

けど、彼はもう死んでしまった。

そんな彼を殺した犯人を、私は捕らえて裁いてやりたいのです。

自分たちの命令に従わない操り人形なら一人ひとり消し去ることができると、向こうはそう思っていることでしょうが。

私が必ず思い知らせてやりますよ。彼らが消し去っているのはただの人形ではなく、みんな生きた人間だということを。
(アルベルトがラップランドと電話越しに話す)

それで、カラッチが死んだのにお前は何も関わっちゃいないと。

うん。

しかも犯人が誰なのかも分かっていないと。

そうだよ。

おまけにベッローネがなぜテキサスを連れ戻してきたという私からやった任務も、まだまったく糸口を掴めていないと。

そしてそんな何もできていないにも関わらず、私が会議を開く際にお前を呼び戻しても無視ときた。

この時期は何かと渋滞がヒドイからね。

ラップランド、私は七年前にお前を家から追い出し、サルッツォの名を剥奪した。それがどういう意味なのか分かっているのか?

もちろんさ。ボクみたいな言うことを聞かない道具を消す際、手を鈍らせないためでしょ。

中々分かっているじゃないか。だが分かっていながらも、お前はいつもそれに見合った行動をしちゃくれないみたいだな。

ちょっとあの可哀そうな裁判官に警告してやるだけでしょ、本当にそんなのでボクが必要になるわけ?

……なぜその裁判官に警告してやらなきゃならんのだ?

あのお坊ちゃまが引き籠もってしまったのなら、当然あの固いことしか言わない裁判官がベッローネの代表を務めることになるでしょ。

それにパパのそういった性格じゃ、ベッローネが本当にあれで弱みを見せるわけがないと思ってるはずだ。

だったらあの裁判官をちょっとくらい脅して、ベッローネの内情を探ってやろうとは思わない?

やることが分かっているのなら、結果を見せろ。
(アルベルトが電話を切る)

パパの命令に背いたりはしないから安心しなよ。まっ、求めてるものがボクと同じだったらね。

ボクの大大大好きなパパ。

サルヴァトーレ!私は一体どうすればいいの!

親族の縛りから私を解放させてくれたことを感謝すればいいのかしら?それともあの感染した労働者たちが手に血を染める前に、食い扶持を分け与えてくれたことに?

それでもあなたは、私の父を殺した!

いいえ、父の罪状を私に言い聞かせなくても、私には分かるわ。私とあなたの身体にある傷は、どれも父からのもの。あの労働者たちが死んだのも、父が搾取し続けた結果。

でも、でもよ!

サルヴァトーレ、私は本心からあなたを感謝しているわ。あなたは私を救ってくれた、ほか大勢の人たちも。

なのに、あなたの身に染みる血の匂いはどんどん濃くなっていくばかり……

私たち、もうここを離れましょう、サルヴァトーレ。私を連れてって……誰にも邪魔されない静かな場所に、連れてってくれないかしら?

でも、きっともう遅いのかもね。

サルヴァトーレ、あなたがクルビアへやってきたあの日から、もしくはあなたがそのナイフを磨き上げたあの日から……

すべては起こってしまうように運命づけられてしまった。もう引き返すことはできない、そうなんでしょ?

もし私がこのヴィヴィアンだったら、サルヴァトーレを許せるのかな?

でも、もし許せたとしても、この心のしこりは生涯二人の中から消えてなくなることはないんだろうね。

その通りよ、スィニョリータ。

へ?

二人が最後に結ばれたとこはね、後世で脚色された箇所なの。

けど現実、本物のサルヴァトーレは最後、そのヴィヴィアンと結ばれることはなかった。

それにヴィヴィアンの父もそう。お金持ちじゃないところは同じだけど、彼は家族全員をとても愛していたわ、特にヴィヴィアンのことはね。

そうなんですね……

純粋な悪人はそう多くいないの、違うかしら?

だから彼が自分の愛する人だったとしても、自分の父がたくさんの悪行をしでかしたとしても、どれもそう簡単に許せることじゃない。

ヴィヴィアンはね、最後にサルヴァトーレから離れる選択をしたのよ。別の街に移って、そこで本当に自分を愛してくれる人と出会って、新しい暮らしを始めたの。

でも彼女は生涯、サルヴァトーレという男を忘れることはできなかったわ。

だからこのお話はある意味、彼女の願いを叶えるようなものね。

ヴィヴィアンのこと……すごく理解してらっしゃるんですね?

ええ……まあ。

カタリナよ、美しい女優さん。

新入りかしら?私よくここに来るのだけれど、今日初めてあなたを見たわ。

はい、ソラって言います、龍門から来ました。

へぇ、龍門?面白いね。

龍門へ行って駆け上がる役者は少なくないけど、あなたみたいに龍門からやってくるパターンは珍しいわ。

流れに逆らうメリットもあるかなーと思ったので。

それは同意見ね。

あのカタリナさん、そのヴィヴィアンって人についてなんですけど、現実で彼女がどうなったのかもう少しだけ教えてくれませんか?

ヴィヴィアン……ヴィヴィアンは、結局最後までサルヴァトーレのことを忘れられなかったわ。

たぶん彼女の息子が原因なんでしょうね。息子もね、サルヴァトーレと似たような人生を歩み出したの――ファミリーの一員になって、一歩一歩成り上がってドンになっちゃって。

それからそのファミリー、サルヴァトーレと仲違いしちゃったのよ。

ただヴィヴィアンが止めに入ってくれたおかげで、二人とも殺し合いにならずに済んだわ。むしろ、盟友にもなっちゃったのよ。

それって、もしかして脚本に書かれてるロッサーティファミリーのことですか?

その通りよ、脚本はもう全部読んだの?

あっ、はい……ちょっと個人的な理由で。あたしもできるだけ、テキサスファミリーのことについて知りたかったので。

じゃあこのお話なんだけど、どうだったかしら?

えっと……少し、認められない箇所もありました。

あら、例えば?

例えば、サルヴァトーレの孫娘のところとか……

ソラ―、スタイリストが衣装を見てほしいって言ってるよー!

あっ、うん!分かった!

ごめんなさい、ちょっと失礼させてもらいますね。

構わないわ、またいつでも会えることなんだし。

ソーラー!

大丈夫よ、今度またじっくり話しましょ。

あっ、はい!
(ソラが走り去る)

……サルヴァトーレの孫娘、か。

ふふッ。
(ウォールラックが近寄ってくる)

まーた劇場で時間を無駄にしていたのか、ドン。

何度も言ってるでしょうが、ウォーラック。時間を無駄にしてるわけじゃないの。

そんな脚本を書き上げるために、ほとんどの仕事を俺に投げつけやがって、それでも一ファミリーのドンのすることかよ?しかも自分にカタリナなんて偽名まで付けやがってよ。

何か問題でも?

いいや。名前が変わっても、あんたは俺が敬愛してやまないドン・ジョバンナ・ロッサーティだよ。

あなたが不満なのは分かっているわよ。

でも――

私の気に留めるようなことなんて、この街なんかにある?

……

昔はなかったが、今ならあるぞ。

カラッチが死んだ。

あら、そう?

けど、カラッチって元々ほかのファミリーが互いを牽制するために推し上げられた一般人なんでしょ?

それが死んだってことは、ベッローネにはこの街を仕切る能力が足りていなかったって、それだけのことでしょ。

チェッリーニアに似た女が、急にレオントゥッツォの傍に現れた。

……

誰だって?

テキサスだよ、チェッリーニア・テキサス。

ウォーラック、あなた冗談を言うようなタイプの人間じゃないはずよね。

それに知ってるでしょ。私、テキサスで冗談を言う人が一番嫌いなの。

だから冗談じゃねえってば。

ベッローネがどうやってあんな人を見つけてきたのかは知らねえが、あの髪色はどう見ても……

あんたのその写真に映ってる人とそっくりだったぞ。

彼女、死んでいなかったのね……

今はレオントゥッツォの傍にべったりだけどな。

あの時の清算、もしどこかしらのファミリーが庇ってくれていなかったら、生きてるはずがなかったわ。

……それがもしベッローネだったとしても、筋は通ってる。

どうやら、ベッローネと話をしなくちゃならなくなったわね。

だがジョバンナ、これは明らかにあいつらの罠――

ウォーラック。

……すまん、ドン・ロッサーティ。

罠というよりかは、陰謀かもしれないわね。

あなたもウダウダしてないでシャキッとしなさいな、ウォーラック。

もしあの時本当にベッローネがチェッリーニアを守ってくれたのなら、こっちからそこに行ってお礼ぐらい言ったって構わないでしょ?

分かったら用意してちょうだいな、“商談”は終わりよ。私自らヴォルシーニへ向かうわ。

……分かった、手配しておく。

はぁ、どうやら新しい脚本を書き上げるにはもう少し時間がかかりそうね。
(ジョバンナが立ち去る)

……

カラッチの死は俺たちにとってチャンスだったんだ。それを知らないあんたじゃないだろ、ドン。

なのに、あんたはいつまで経ってもテキサスという名にご執心だ。

このままじゃ、ロッサーティファミリーはいずれ潰れちまうぞ。