
レオントゥッツォは俺にウソをついてるんじゃないかって可能性も考えたことはあったが、あんたを一目見て分かったよ。

あんたはマジもんのテキサスだ。

……

自己紹介をさせてくれ、俺はロッサーティ家のウォーラックだ。

お前、クルビア人なのか?

当然だ、ロッサーティファミリーのほとんどの面子はクルビア人だよ。

んで、ここでの牢屋の暮らしはどうだった?

大して面白みはなかった。

変だな、普通ならあんたがあんな長い間閉じ込められてるはずもないっていうのに、ベッローネは一体何を考えているんだ。

ルールを守っただけだ、それがそんなにおかしいか?

ルールを守った?ここシラクーザの裁判所が、法律をきちんと守ってるとでも思ってるのかよ?

いい例を挙げよう。シラクーザのほとんどの都市で行われるファミリーのメンバーの成人式ってのはな、裁判所に連れてかれてから刑務所にぶち込まれるのが常なんだ。

そしてほかのファミリーの面々は、まるで戦士を迎え入れるかのようにそいつをファミリーへ連れて帰る。

この国の表面にあるものなんざ、俺たちアングラに住まう人間からすりゃ、どれもあってないようなものなんだよ。

だからなんだ?

あんたはクルビアで生まれ育ったんだろ、今さら俺に説明する必要なんてあるか?

“鼻で笑ってやれる程度のもの”、俺たちはそういう風にしか思っちゃいないのさ。

だがもちろん、そのおかげもあって、俺たちはこうして上手くここに根差すことができたんだがな。

お前、人と政治の話をするのが好きなのか?

そういうあんたは好きじゃないみたいだ。

まあ俺も好きってわけでもないんだが。

なら単刀直入に言おう、なんで死んでいないんだ?

お前には関係ない。

分かった、じゃあ質問を変える。なんでここに帰ってきた?

レオントゥッツォから伝えられていないのか?私はベッローネに一つ借りがあるんだ。

ならあんたは、ベッローネがあんたでロッサーティを牽制しようとすることを知ってて帰ってきたって、そう理解しても構わないか?

それは私もここに戻ってから知ったことなんだが――まあ、そう理解してもらっても構わない。

こっちがおかしいんじゃないかってぐらいあっさり認めるんだな、最後のテキサス。

まさかあんた、テキサスという名はかつてクルビアにいた大小様々のファミリーを統べていたことすらすっかりと忘れてしまった、なんて言うんじゃないだろうな?

あんたの爺さん、サルヴァトーレがかつてのクルビアにいた面々一人ひとりの憧れだったってこともよ!?

……

テキサスが残していったものなら、もうどれも私とは無関係だ。

無関係だと!?
ウォーラックは傍にあるサイドテーブルに拳を振り下ろし、指の隙間から血を滴らせた。
しかし彼はまるで痛みを感じる素振りを見せない。

あんたはチェッリーニア・テキサス!あのサルヴァトーレの孫娘だ!

あんたがまだこの世に生きている限り、テキサスが残していったものと縁を切るのは不可能なんだよ!

あんたの名前がロッサーティの会議のテーブルに現れただけでもな、俺たちは方針を変えざるを得なくなるんだ!

かつてテキサスを誇りに思っていた俺たちが!

サルヴァトーレの心血を無駄にしないために、ジョバンナがどれだけ苦労しながらクルビアのファミリーらをまた一つにまとめ上げたのか、あんたに分かるか?

俺たちが如何にしてスィニョーレに首を垂れ下げ、シラクーザの流れに帰結ことを選んで、クルビアから遠路はるばるここへ戻って来たのか、あんたに分かるか?

生き残るために、俺たちは移動都市の建造技術までをも差し出し、タダ働きも同然のようにシラクーザのために新しい移動都市の建造してきた。それもこれも――

全部テキサスが潰されたせいだ。俺たちはその事実を受け入れざるを得なくなったんだよ。

そして今、そんなあんたが、最後のテキサスが堂々とここに現れやがった。

しかも自分は何も知らんっぷりで、ただ借りを返しに来ただけってほざきやがる。

そしてあろうことか、俺たちと歯向かう側に立ちやがって!

ベッローネに借りがあるだと?

クルビアのファミリーらにできた借りのほうがよっぽど多いってんだ、あんたが生きてる限りはな!

ジョバンナに説明してやれなかった借りなら一つはあるかもしれないが、クルビアのファミリーらにはなんの借りもない。

ベッローネとの約束を果たし終えたら、私は龍門に帰らせてもらう。

そんなことを信じるとでも思うか?

あんたの存在は、ロッサーティを根底から揺さぶるようなもんなんだよ。

……

ジョバンナはどうした?

なんだって?

なぜジョバンナではなく、お前が私に会いにきたのかと聞いている。

俺は代理人として来たんだよ。

スィニョーレに首を垂れることなんて、彼女なら絶対に言わないはずだ。

ましてや私に使者なんぞを送ることもな。

彼女のことをよく理解しているつもりとでも?

お前のその素振りからしてみれば、そうかもしれない。

……

ったく……あぁまったく。

どうやら俺は、まだまだ噂に聞くテキサスをまったく理解しちゃいないみたいだ。

いい演技だったとは思ったんだがなぁ。

悪くはなかった。

だが、シラクーザのことをまくし立てて、まるでこの国をさも理解し尽くしている様は……見ていて馴染み深い気持ちになった。

まあ、そんなことオススメはしないがな。

そりゃまたどうしてだ?

お前はまだこの国のことを理解できていない……そういう風に見えるからだ。

……

だが、お前は一つだけ正しいことを言ってくれた。ここに帰ってきたのなら、一回はジョバンナに会ってやらないとな。

彼女なら会えないさ。

今のあんたはシラクーザ人そっくりだよ。いや、頭からつま先までシラクーザ人になっちまっている。

だから、ドンに会わせるわけにはいかない。

あんたはあいつを、色んな人やモノを揺さぶっては壊してしまうからな。

だから、もう帰ってくれ。

ベッローネと交わした約束というヤツを終わらせて、とっとと自分の居場所に帰りやがれ。

あんたがそこで何をしようが、それはあんたの自由だ。

だがこれだけは憶えておけ。

ロッサーティファミリーは、あんたを歓迎しちゃいない。
すっと立ち上がったテキサスは、徐にドアのほうへ歩いていく。
殺し屋たちも、思わず彼女のために道を開けた。
その際彼女はぐるっと室内を一望し、その場にいるクルビア人たちの目から怒りと、不可解と、嫌悪と、あるいは困惑などといった感情が読み取れた。
これが、この名前がもたらすものだ。
テキサスという名がもたらすものだ。
そう思って彼女はため息をつき、静かに部屋から出ていった。
(ラヴィニアが扉を開けて部屋に入ってくる)

おや、こりゃまた珍しいお客人だね。

ベルナルドに会わせなさい。

何度も言っただろ。ドンの名前をそのまま呼び捨てにしないでくれ、ラヴィニア。

彼が今どこにいるのか分かっているんですね。

それをあんたに教える理由が、俺にあるのか?

もし今ここであなたの勝ち誇ったかのような嘲りを聞き終えて、それで彼の居場所を教えてくれるのなら、私はそれでも構いませんよ。

勝ち誇ったねぇ……

まあいいや。

教えてもいいよ、ドンなら今サルッツォの屋敷に向かってる最中だ。

ドンになら会えないよ。

この屋敷で好きに喚き散らそうが、それはあんたの勝手だ。

だが、ドンがサルッツォと話し合うって決めた以上は、余計なことをしないでもらいたいね。

……

言われなくとも。
(ラヴィニアが立ち去ろうとする)

そうそう、それとだ。

あんたが俺をどう見ていようが構わない。

でもこれだけは忘れないでくれ。

レオンはこのファミリーの一員だ。そんなあいつは今、ファミリーの向かうべき道から外れちまっている。

俺たちは一つの家族だ、家族だったら協力して然るべきだ。

道ですって?

よくも野心を、そんな聞こえのいい言葉で言いくるめられたものですね。

フッ、解釈はお好きなように。
(ラヴィニアが立ち去る)
雨が一雫、まぶたに滴り、まるで涙の痕を残すかのように伝って落ちていく。
シラクーザの雨はこうも冷たいものだったのかと、この時ラヴィニアは初めて思った。
しかし彼女は、すぐさま雨の痕を拭い去る。
まだ、その時ではないのだから。
(ラヴィニアが電話を掛ける)

どちら様で?

……ペンギン急便ですか?

私がそうだ。

今、お時間空いてますか?

ちょうどな。

そちらにはどういったサービスがあるんです?

郵便物、伝言、物……そして人の配達だ。

雨降る風吹くもお任せあれ。

なら、ちょうどそちらに依頼したいことがあります。
(エクシアが扉を開けて部屋に入ってくる)

おっ、ソラ、やっぱりカタリナの家にいた。

ここは色んな資料が置いてあるからね。それにね、ほとんどの脚本にはカタリナさんのメモが書かれていたんだよ。

本当に自分の仕事が好きみたいだね。

はぁ……

もう、ため息はせんといてぇな。

テキサスはんを探すだけの手段として女優の仕事を扱いたくないのは、ウチらも分かっとるって。

うん。でも今は、どうしてもテキサスさんを探すのが最優先になっちゃってるし……

それにあのラップランドって人もシラクーザに戻って来たんだよ、しかもあんなことまでして。

考えてみりゃ当然のことだよ。

だってあの人、いっつもテキサスのいるところに現れるじゃん。

彼女、本当にテキサスさんを助けるためにあんなことをしたのかな?

結果からして、テキサスはんの容疑は晴れたからなぁ。まあ、どう考えても怪しさは拭いきれへんけど。

うん、あたしも彼女には自分なりの目的があるんだと思う。

はぁ、ああいう人ウチは苦手やわ~。

テキサスの友だち言うてもそうはならんし、かといって仇と言うてもあんな曖昧に接してくる仇なんかおらんし。

もしかしたらあの人、テキサスはんから何か探そうとしてるんとちゃうかな?

でもこの前アタシにくれたミルフィーユめちゃくちゃ美味しかったよ。

食うことしか考えてない食いしん坊は黙っとき。

アタシも昔モスティマが何を考えてるのか全ッ然分からなかったけど、そういうのを考えないようにしたら逆に分かってきちゃったっていうか。

だからきっと、ラップランドも同じタイプの人間だと思うよ。

彼女みたいな人間ってのは、何を考えてるのかを探るよりも、いっそのこと話したことを全部信じてやればいいのさ。

ああいう人の喋ったことを信じてやれば、真実でウソをでっち上げてるのかどうかが見分けられるかもしれないんだし。

そういうものなのかな……

あっ、ウチちょいと食いモン買うてくるわ。エクシアはん、護衛は任せたで。

あいよ~。
(クロワッサンが立ち去り、替わりにカタリナが部屋に入ってくる)

あらソラじゃない、またセリフの練習?

あっ、カタリナさん、こんにちは。

『テキサスの死』の第二幕がもうそろそろ始まるから、最後まで詰め込んでおこっかなって。

あら、もうそんな時期になっちゃったのかしら、すっかり忘れちゃった。

そうだエクシア、ピッツァ食べる?

食べる!

そうだ、カタリナさんってこの劇の原作者なんでしょ、じゃあその時は見に来てくれるよね?

うーん……

ちょっとその間はしらばく出かけなきゃならないのよ、実はそれを伝えにね。

えぇ?

結構かかるの?

そうねぇ……上手くいけば、そんなにかからないと思うわ。

心配しないで、そんな大したことじゃないから。家がちょっとゴタついちゃったからね、だからこの一番上の姉さんをやってる私が出向いて場を仕切らなきゃならないのよ。

姉ちゃんってどこも大変だねぇ……

あはは、まあそこまで大変ってわけでもないわよ。

でも残念なんだけど、第三幕のクライマックスはまだ構想ができていないのよね。

はぁ、実家に戻った時にインスピレーションでも降りてくれればいいんだけど。

そっか……

もう、そんな顔しないで、ちょっと会えなくなるだけよ。第二幕が上映する際は、こっちも暇を見つけて帰るようにするから。

その時になったら楽屋に挨拶しに行くかもよ。

ホントに?

せっかくできた友だちなんだもの。それに私が書いた脚本なんだし、一番近くで見てあげたいの。

うん、じゃあ約束、戻ってくる時は絶対あたしに連絡してね!

はいはい、分かった!

それじゃあもう行くわ、じゃあね。

ばいばい。

バ~イ。

ドン、荷物はいいのか?

これを片付けたらまたこっちに帰って脚本を書き上げなきゃならないんだから、荷物を持って行く必要なんてある?

……分かった。

で、サルッツォとベッローネの動きは?

サルッツォがレオントゥッツォをパーティに招待した、ベルナルドの爺さんが承認済みだ。

面白いパーティになるぞ、今じゃどこも注目してることだしな。

で、俺たちも何か反応を示したほうがいいか?

……

日程を組んでちょうだい、ウォーラック。

『テキサスの死』の第二幕を見てあげなくちゃ。

そんなに自分が書いた劇が気になるのか?

当然よ、あれは私が心血を注いだ一作なんだから。

それに、私たちも何か反応を示したほうがいいんじゃないかって、さっき言ったでしょ?

これが私の示す反応。あのベルナルド・ベッローネですら劇場から出てきたのよ。

だったら、このジョバンナ・ロッサーティも帰ってやらなくちゃね。