
おいシャオシー!梁の上に登って何をするつもりだ!さっさと降りてこい!

ほかんとこで暴れるのならまだしも、ここは“移山廟”なんだぞ!

ケッ、イヤなこった!

こんな広い村なのに、なんでよりによってウチの“三畝三”にこんなボロい廟を移さなきゃならねえんだよ、イジメだイジメ!周六(ジョウ・ロウ)、なんでお前んとこに移されねえんだよ!

ガキのお前は何も分かっちゃいないんだ!移山廟は千年もこの村に流れている気脈を守ってくれているんだぞ、だから御廟を移す場所もしっかりと見極めなければならないんだ!

これはもう村のみんなで決めたことだ、お前一人が駄々をこねて止めるわけにはいかないんだよ!

ペッ、見極めなければならないだァ?

ウチの“三畝三”は昔から草も生えねえ荒れた土地だった、なんでそん時にそこは風水がいいって言わなかったんだよ?ここ数年父ちゃんが一生懸命土地を耕してきたついでに、風水も回ってきたってか?

結局はおれの一家が村で唯一違う苗字だから、みんなでたかってイジメようとしてるだけなんだろ!言っておくけどな、んなもんそうは行かねえぜ!

父ちゃんは言いなりだが、おれサマは違う!

お前らみーんな、このぼろい廟で豊作を祈ってるんだろ?なら今日は、そんな廟を炸薬で吹っ飛ばして、みんなのために畑を耕す土地を作ってやるよ!

なッ、よせ!そんなこと許されるわけが――
(爆発音)

村に戻ってすぐ囲まれるなんて、一生分の借金を負った賭博のクズでしか見たことがないぞ。

……

だが一つだけ本当のことを言ってくれたな。確かに君は村に歓迎されていないようだ。

だから連れ戻さなくていいつっただろ。

だが、こうなった原因はまだ教えてもらっていないぞ。
小さな村の中庭には村人でごった返しており、みんな言葉をかけることもなく、ただひたすら仇白と方小石の二人を囲い込む。まるでどこからか現れた珍しい獣を見つけ、逃がすまいと言わんばかりに。

ゲホッ、ゲホッ……ちょっと、どいとくれ……

みんなここに集まってどうしたんだ?小石が満一か月になった時の宴会よりも賑やかじゃないか……
人混みを掻き分けて二人の前に現れたその男は、痩せぼそった背丈をしており、足元もおぼつかず、呼吸も荒い。木材を背負っているからか、背中はまるで腰にぶらさげている弓のように曲がってしまっている。
そんな男はファン・シャオシーを目で捉えれば、最初はしばらく呆然とした後、すぐさま目線を小石から外して去っていった。

父ちゃん……

おい、マタギ……

おめー、忘れちゃいねんだろうな……

自分で言ったことぐらい憶えちゃいるさ。

だがシャオシーは三年ぶりに帰ってきてくれたんだ。一口ぐらい水を飲ませてやったり、飯を食わせてやってもいいんじゃないのか?

さあさあ、みんな畑仕事に戻ってくれ。あとでちゃんと親子二人で、村に弁明してやるからさ。

今だって畑仕事は遅れてしまっているんだ。あと数日もすれば、春分の日も過ぎてしまうぞ……
(村人達が散り始める)

……

……

今まであんなに口煩かったのに、自分の父の顔を見た瞬間に口が開かなくなってしまったのか?

父ちゃん……いたんだ。

……
マタギは白くなってしまった唇をすぼめるだけで息子の言葉に返事をすることもなく、静かに家へと入って行き、背負っていた木材を壁際に置いていく。
少年はその場に立ち尽くすだけであったが、仇白が剣柄で軽く彼の背中を押してやった。

ここまで来るのも大変だったでしょう、お嬢さん。こいつをここまで送り届けてきてくれて本当にありがとうございます。どうぞ座ってください、お水を入れてきますんで。

お構いなく。親子の再会によそ者は邪魔でしかありません、ここは失礼いたします。

私はしばらく村を見て回ってきますので。

じゃ、じゃあおれが案内して――

君は家に帰るんだ。
(チュウバイが立ち去る)

そこのお嬢さん、お待ちください。

……
(老人が近寄ってくる)

武侠の麗人がシャオシーを村まで送ってくださったと周六たちから聞いたものでしてね、ぜひともお礼を申し上げたいと思って駆けつけた次第です。

その恰好を見るに、お嬢さんは……

チュウバイです、ただのしがいない江湖を渡る輩に過ぎません。

謀善村の主な住人らはみな周の姓を持っておりまして、わしは周順(ジョウ・シュン)と申します。ここの村長と族長をやっている者です。

うちの村は炎国北西にある山間にひっそりと構えているものですから、よそから人が来られることは滅多になくてね。

ご安心ください。江湖を練り歩いているとはいえ、狼藉者ではありません。

申し訳ない、誤解をさせてしまいましたな……

たまたま独りでいるあの子を見かけたものでしたから、遠回りついでに、こうしてここまで送り届けた次第です。

なんてお優しいお方なんだ、本当にありがとうございます……

お嬢さんはお客人ですので、本来なら手厚くもてなさなければならないのですが、見ての通り貧しい場所でして……もしそちらさえよろしければ――
二人から数メートル離れた場所に、井戸が掘られている。
その井桁に置かれていた木桶に、何かがぶつかったようだ。滑車は激しく揺れ、木桶も一気に井戸の中へと落ちていく。
だがそこへ一本の長い剣が滑車を抑えつけ、縄を締め付けた。
そうしてチュウバイは、井戸の底から木桶を引っ張り上げたのである。

どうやら一匹の子駄獣が驚いて井戸に落ちてしまったようです……

こいつは周大至(ジョウ・ダージー)んとこの子のようだな……

以前彼が飼っていた母駄獣が難産で死んでしまいましてね。連れ添う母親がいないものですから、こうして小さい頃から躾けることになっているんです。きっと何かに驚いて逃げ出してきたのでしょう……

怪我は見当たりませんね。少し水が入ってしまったせいで、気を失ってはいますが。

その、さっきはどうやって一瞬で井戸の傍へ?なんだか一瞬だけ目の前が霞んだように見たのですが……

武術の類なのでしょうか?

……

井戸の中を覗いてみたのですが、泥水だらけでしたよ。

あぁ、それは……先週立て続けに大雨が降ったせいでしょうな。中に溜まった泥や枯葉などの清掃に、まったく手が付けていない状態なんです。

はぁ、二年前の干ばつで、大半の作物が獲れなくなってしまったことがありまして。

どうりで村の至るところに井戸が掘られているわけですか……

お天道様もひどいものだ。まったく雨を降らせないと思ったら、水害を起こすまでひっきりなしに降らせてくるのだから。。

ところでお嬢さん、どちらからいらしたので?

玉門のほうからです。

それにしては、姜斉弁の訛りがあるようですが……

生まれがそこでして。

あぁ、なるほど……玉門でしたら、北からこちらへ来られたのかな?もう少し南へ進めば、きっと一部が土砂で流されてしまった馳道が見えるはずですぞ。

世知辛い世の中ですね。
ふと咳払いが聞こえてチュウバイの腕の中を見てやれば、幼い駄獣が目を覚ましていた。女剣客が地面に降ろせば、駄獣はすぐさま曲がり角へと消えていき、枯れたエンジュの木だけが目に残った。
もうすでに三月末の時期ではあるものの、春は未だこの北西に位置している小さな村にはやって来ていないようだ。

確かに世知辛い世の中だ。先ほど小石は独りでいたと仰っておりましたが、きっと外で色々と大変な目に遭ったことでしょうな……

そこで少しお聞きしたいのですが、シャオシーは外で……また何か悪さでもしませんでしたか?

……悪さと言えるようなことならしていませんよ、独り荒野で迷っていただけです。

あの子ったら、小さい頃からとにかくわんぱくでしてね……

ところで族長殿、方小石のことで一つ聞きたいことがあるのですが。

村の者たちは、何やらあの子に対して敵意を剥きだしているようですね?

……

……
沈黙がしばらく続いた後、マタギの男が部屋の中へと入って行ったが、獣の皮やら骨を抱えながら再び部屋から出てきた。

持っていきなさい。

父ちゃん、これは?

家の全財産だ。まだ春が来たばかりで獣も活発化していないだろうから、少しは金になるだろう。これで彼女に弁償してやりなさい。

……

なんだ、これでも足りないのか?

なら少しでも軽くしてくれるように、父さんが頭を下げてこよう……あまり引き受けてくれる人のようには見えないが。

違う!あの人は弁償を請求しに来たわけじゃねえって!

盗みか物を壊したから、こうして遠路はるばる村までお前をつまみ返してきたわけじゃないのか?

……

おれ、そんなに悪さしかできない子供に見えるのかよ?

今まであれだけの悪さをしていればな……
(爆発音)

なんてことを!門も梁も……ほとんど崩れてしまったわ……

数百年よ!移山廟がここに移されてから、ずっとあたしたちを守って来たのに!それがこんな形で破壊されるなんて……なんてバチ当たりな!

ふぅ~よかったぁ、ご先祖様の像が無事で。おい、もうやめろ、地面に頭をしきりに叩きつけやがって。謝る前にまずはあのガキをとっ捕まえるぞ。

そ、そうだったわ……で、シャオシーはどこよ!どこも見当たらないんだけど?

自分も炸薬で怪我をしちまったみてーだ。血が流れていたし、足を引きずりながら村から逃げて行ったところをさっき見たぞ。炸薬をあんなしこたま用意しやがって、因果応報だってんだ……

逃げたですってェ!?

そんなに自分ん家の土地に移されるのがイヤだったら、話し合えばよかったでしょうが!こんなことまでして、一体どう責任を取ってくれるのよ……

怒る気持ちも分かるが、今はとりあえず族長に報せに行ってくれ。俺はマタギんとこに行ってくらぁ……

ちょっと、あいつ村から逃げたってさっき言ったわよね?

あんなひどい怪我をしていたんだぞ!まずは人を呼ばなきゃならねえだろうが!

自分が作った炸薬で村の御廟を吹き飛ばした?

三年前なら、あの子はまだ十二歳ですよ?

彼の父親がマタギをやっていまして、獣の巣穴を吹き飛ばすために炸薬を作る時があるんです。あの子も小さい頃から頭が回るうえ、度胸もデカいものですから、こっそり作り方を盗んだんでしょうな。

それについてなら私も身をもって知りました……あの子らしいと言えばそうなのでしょうが。

御廟というのは村の入口に構えているあの建物のことですよね。ここへ来る際に一目見たのですが、面白い御廟でした。何を祀っておられるのですか?

わしら謀善村のご先祖様ですよ。

その昔……とは言っても、わしもいつの頃の話かは憶えていなくて。何代も何代も伝わってきたものですから、数百年かな?いや、千年か?

まあともかくその昔、この辺りは四方が羽獣すら飛んで越えられそうにない大きな山に囲まれていました。

そこでご先祖様が、その身一つと鍬一本で土地を耕し、山をも削り取ってくれたおかげで、この村が生まれたのです。

道中でも見たかと思いますが、周りは荒れた土地しかなくてね。山間の奥にポツンと天災も防げて苗も植えられるような土地があるおかげで、わし含めた村の数百人が辛うじて生きることができているわけです。

鍬一本で、お天道様から生きる道を勝ち取ったわけですか。

御廟のお名前は“移山廟”と呼びましてね。ご先祖様へ感謝の気持ちと、いつまでもわしら子孫がそのご先祖様の精神を忘れないように建てられた御廟なんです。

もう百千年もの間、この謀善村を守ってきてくれました。

道理ならみんなもちゃんと理解していますよ。ただの建物じゃ天候を操ることはできないし、それで収穫が増えるわけでもないからね。

けどこの村のみんなは、代々そうやって祈ってきたわけです。平穏と豊穣というものを……

怒るんだったら怒ってくれよ。

そうやってずっと見つめられても、逆に気まずいだけだって。

……見ないうちに大きくなったが、背はあまり伸びていないな。

この数年ずっと外をうろついて、ロクに飯を食えなかったのだろう。

なんで今そんな話をするんだよ……

生きていたのならそれでいいんだ……父さんはただ心配してただけで……

二人はどうやってここまで戻ってこれたんだ?

歩いてきたんだ、馳道に沿って。そこでたまたまキャラバンと遭遇したもんだから、途中まで車列に乗っけてくれたんだよ。

ここまでどれくらい掛かったんだ?

一か月ぐらいかな。

そんな遠くまで行っていたのか……

父ちゃん……

ここ数年、父ちゃんは……

食いっぱぐれてはいないさ、少なくともな。

ここ数年なぜだかは知らないが、収穫は減るばかり。虫に食い荒らされたと思ったら、お次は干ばつが起こって、井戸を掘っても水が出てこない始末だ。

おまけに今年の春分の日、ちょうど種まきの時期だってのに、よりによって連日大雨が降りしきったせいで……

どこもこんな感じなのやら、それともお天道様があえてこんな小さな場所を狙い撃ちにしているのやら……

それか移山廟に祀ったご先祖様が、もうこの村を守ってくださらなくなったのだろうか……

全部おれがあの廟をぶっ壊したせいだって、そう言いたいんだろ?

そういうつもりで言ったわけじゃ……

そんなこと、バカなヤツが考えることだぜ。

「手元にある農具と土と水を弄る知識があって始めて畑を耕すことができる」って、父ちゃんは昔そう言っていたじゃねえか。

廟の中に祀られてる石像なんか動けるわけでもねえんだし、おれたちのために少しでも刈り取り作業を手伝ってくれるとでも?

そういうことじゃない……うまく言えないが、それでも悪いのは俺たちのほうだろ……

そうやって強気に出られないから村の連中にイジメられるんだよ、父ちゃん!

山が少しづつ田んぼを食っちまってるとか、移山廟はいずれ土砂に流されるとか訳の分かんねえことを言って。廟の場所を移すんなら、なんで周六んとこの広くて痩せた土地に移さなかったんだよ?

あいつらはおれたちがよそ者だからイジメてきやがるんだ!

はぁ、もうこの話はよそう……

なるほど、だから村人たちは方小石を見かけるなりあれだけ騒ぎ立てていたのですね。

……

そういうわけでもないさ。

あの子が村から逃げてから、わしはてっきりあの子はもうすでに……

……

あの時御廟を壊し、荒野へ逃げて行った際……重傷を負っていたものですから。

捜索はしなかったのですか?

しました。

人手を募って何日も何日も、何十里もの範囲をしらみつぶし探し回りましたが、それでも見つかりませんでした。

……

聞くところによると、江南の地はどこも栄えていて、多くの村がひしめき合っているとか。

それに比べてわしらが住んでいるところは、どこを望んでも灰色の山か黄砂ばかりで、冬になれば一面まっ白に。人が住んでいたとしても、鬼ごっこでもしてるのかと思えてしまうぐらい分かりづらい。

そこら中で獣たちが跋扈しているうえ、山道も険しいものです。なんなら、逃げてきた盗賊共と鉢合わせることもしばしば……

ですのであんな重傷を負った子供が独りで村から出て行ってしまえば、わしらも仕方なくそう思えてしまって……

なら、彼もしぶといものですね。今はあんなにピンピンしているのですから。

無事ならそれでいい、それでいいんです。

そこで一つ、族長殿に伝えしたいことがありまして……

なんなりと。

私はあくまであの子を村まで送り返しただけですので、あなた方のやり方についてあれこれと口を挟む資格はないでしょう。

しかしこうしてあの子を村まで送り返してきた以上、私もあの子の対する責任というものが出来るはずです。

……そうでしょうな。

“人を見る目がある”とは言いませんが、あの子としばらく共に過ごしてきて、多少なりともあの子の為人を知ることができましたよ。

確かに少々やんちゃなところはありますが、性根までが腐っているわけではありません……

ですので、どうかあまりあの子を責めないでやってください。

おぉ、てっきりその逆かを言うのかとばかり……

それについてはご安心ください。ここは貧しいヤツらしかおりませんが、それでも最低限ヒトとしての心というものを持ち合わせておりますよ……

恨みというものは……追い求めれば、一体最後に誰への恨みに辿りつくものなのでしょう?この四方を囲む山々への恨みでしょうか?お天道様への恨みでしょうか?それとも……

たった十何歳しかなっていない、子供への恨みでしょうか?

チュウ殿も先ほど仰ったように、この世は世知辛い。我々もただ村のみんなが少しでも安心していい暮らしができるようにと、御廟の遷移に思い立っただけ。だがいま考えれば、それも度が過ぎていたようです。

それもすべて、このわしがマタギ一家に申し訳が立たないことをしてしまったせいだ……

族長殿は実に物分かりがいいお方だ。

ご自分を責める必要ならありませんよ。シャオシーは間違ったことをしたのは事実ですし、この三年間もさぞ辛い思いをたくさんしてきたことでしょう。それでも反省していないのであれば、叱り付けて当然です。

過ちを犯し、痛い目に遭い、物を憶えてこそ、真人間になれるというものですから。

チュウ殿も、実に筋が通ったお方だ。

そんなことはありません。

しかし族長殿の理解も得られたことですし、私も一安心しました。

そう、ですな……

廟を壊したのはこのおれだ、そんなおれが三年ぶりに村に帰ってきた。それでも恨みを抱いているのなら、おれに突っかかってくればいいだけの話だろ。

だがもし今もそんなことを思っているのなら、またもう一回ぶっ壊してやるけどな!

ああそうか、なら好きなだけ暴れ回ればいいさ!

三年前にあれだけのことをしでかしたんだ、なら三年後の今はさぞかしもっとけしからんことができるはずだろうな。

お前は一体ここに何しに戻ってきたんだ?もう一回そうやって暴れ回って、また逃げ出すつもりで帰ってきたというのか?

……

もういいよ。

はぁ……

それより父ちゃん、なんで木材をこんなに家まで運んできているんだよ?

……

……棺を作るためだよ。

父さんは日に日に身体がダメになってきているんだ。数年前置いてあった棺桶の木材なら、すべて御廟修復のために村に出してしまったからな。

自分の息子は行方も生死も不明になってしまったんだ。ならいっそのこと、この中で横になってしまったほうがいい。それでどれだけ楽になれるものか。

そんなこと言わないでくれよ、父ちゃん……

父さんはな、まるまる一か月ずっとお前を探し回ってきたんだぞ……

あん時ひどい怪我をしたけど、馳道んとこまで持ちこたえたんだ。そこで気絶しちまったけど……

そういうところは冴えてる。

んでそこを通ったキャラバンに見つけてくれて、飼料を運ぶ駄獣に運んでもらったんだ。そっから目が覚めたら、もう移動都市の中だった。

いい人に出会えて本当によかったな、獣じゃなくて。

それで、怪我が治った後はどうしたんだ?

そ、それなりのオトナになってから帰ろうと思って。

おれが移動都市で何をしたのかって、聞かないのか?

そこで真人間をきちんとやっていたのなら、こうしてあの剣客さんに家まで連れて返されるはずもないだろ?

……

前にも言ったはずだ。こんな小さな村にもいられないのなら、町や移動都市に行ってもさらに苦い思いをするだけだと。命拾いできただけでも、不幸中の幸いというものだ。

……

父さんは移動都市に行ったことがないから、そこがどういう場所なのかは分からない。あとで父さんに色々と見てきたものを教えてくれるか?

……うん。

それじゃあ、もうここで暴れ回らないって誓えるか?

村の連中がもう二度とイジメてこなければな。

まだそうやって意固地になって……

お前がいなくなってからの数日間、族長が村中を総動員して、父さんと一緒に探し回ってくれたんだぞ。

それから父さんはずっと一人で過ごしてきたが、困らせるようなことは一回もされていない。家のあの“三畝三”の畑だって、ちゃんとそのまま残っているじゃないか。

だったら、あいつらも最低限の良心ってもんがあったってわけだ……

一つだけ、父さんと約束してもらえないか……

ここで大人しくしていてくれ……頼む……

……

わかったよ。

もう行っちゃうのか?今度は江南のほうに?

私にも自ずと行くべきところがあるからな。君をここまで送り届けただけでも、かなり遠回りしてきたことになるんだぞ?

だとしても急ぐ必要はねーじゃん!ほら、もうすぐ日も暮れちゃうし。いっそのこともう何日かここで休んでいけよ、おれに武術を教えながら!

あれだけ痛い目を見てきたのに、まだ全然懲りていないようだな?

うっ……

なあ父ちゃん、どうする……?

本当にありがとうございます、この子を無事ここまで送り届けてくれて。お礼をしたいのは山々なんですが、家には何もお返しできるものが置いてなくて……

いえ、お構いなく。

そこまでお急ぎなのでしたら、ここで引き留めてしまっても野暮なものでしょう。どうかお気を付けて。

ファン・シャオシー、こうして巡り合えたのも何かの縁だ。だから少しだけ君に助言をしておこう。

世の中は危なく険しいものだ。君も付けるべき見識を付けて家へ戻ってきたのだから、これからはもうごねないで、大人しく誠実に生きていくんだぞ。

ヘッ、どこへ行ったっておれサマはおれサマだ。いつかきっと、姉さんも江南の地でこのおれサマのファン・シャオシーの名を聞くことになるはずだぜ。

悪人として名を轟かせていなければそれで十分だ。

もし次も何か悪さをしたのなら、その時はまた私みたいな話の通じる相手と出会えるわけではない。よく覚えていくことだ。

えっ、話が通じるって、姉さんがか……?いやッ、なんでもない!ほらもう行くんだろ、はやく行きなって。

そうだ、最後によく武侠らが言ってるあの決めセリフを言ってくれよ。ほら、よく本とかに書いてあるアレだよ、アレ……

アレ?

“また相見えよう”ってやつ!

ふふっ、また相見えよう。

……

村の外まで送りましょう、チュウ殿。

いえ、そんなお気遣いいただかなくとも。

いいんですいいんです。

村の道はもう随分と手が付けられていないものですから、デコボコでして。ですので、村の入口まで送らせてください。

……
チュウバイは足早に進んでいき、族長は辛うじてそれに追いついていく。その間二人は一言も会話を交わすことはなかった。
空模様も徐々に暗くなってきた。思えば奇妙なことに、江湖を練り歩く者たちというのは総じていつも日が暮れた後に道を急ぐ。
村の入口に建てられた例の墓も低く地面に突っ伏しているように見え、夜の中では存外に目立たない。

……

周四(ジョウ・スー)、みんな出揃ったか?

もう一回数えてみますね……

大遠は今日畑仕事する際に、犂で足にケガをさせてしまったみたいなんで来ていません。それ以外はみんな揃っていますよ。

なあ父ちゃん、ここ村の全員が集まってんぜ?ちょっと集まり過ぎなんじゃねえの?

それにおれたちは周(ジョウ)の人じゃねえだろ。前に一族会議が開かれた時だって呼ばれなかったのに、なんで今さらおれたちが……

はぁ……

そりゃ俺たちと関係があるから呼ばれたに決まっているだろ……

……
三年越しに、シャオシーは再びこの廟の中へ入っていった。今回は手製の炸薬は持っておらず、その代わりとして歳衰えた父が傍に立ってくれている。
あの頃彼に壊されてしまった壁や山を掘っている人の石像はすっかり修復されていた。だがその石像は以前と違って、随分と滑稽な様相に直されていたため、方小石はそれを見て思わずクスッと笑い出してしまう。
一方、石畳みは何個も割れていたままだった。高所にある梁には虫が網を張っており、何層にも重ねられているそれは、まるで老木と同じように色褪せたように見える。
中が薄暗くてよく見えなかったのかもしれない。この廟は果たして本当に修復で一新されたのか、それともむしろさらに朽ち果ててしまったのか、方小石も一瞬だけ困惑してしまっていた。

……

よし、ではそうしよう。

つい先ほど、シャオシーがみんなに謝罪をしてくれたはずだ。当時はこの子もまだ幼かったうえ、マタギもここ三年ずっと御廟の修復作業に尽力してくれたため、我々もこのことについては水に流そうと考えている。

それは分かったからさ、はやく本題に入ってくださいよ、族長。

……

マタギ、わしらの村に来て今年でもう何年になる?

今年も入れれば、二十一年になります。

うむ。お前たち一家は村で唯一周の姓を持たないよそ者だった。だがわしらから嫁を貰って、しかもこれだけ長い間ここに住んできたのなら、とっく同じ家族と言っても差し支えないだろう。

これまでの誤解やお前たちとの間に生じたわだかまりも、今やもう過去のことだ。

だからわしら周一族は、お前たち一家を受け入れよう。これからはご先祖様もきっとわしらと同じように、お前たち親子を見守ってくださるはずだ。

そっちさえ良ければ、シャオシーが周の姓に改めてもらって構わんぞ?

えぇ!?

一体どういう風の吹き回しだ……?

いやいや、いいよ。おれ自分の名前気に入ってるし、ワケもなく苗字を改める必要なんてねえだろ?

それよりも族長、言いたいことがあるんだったらはっきり言いなよ。

まああれだ……家族であるのなら、共に手を取り合って苦難を乗り越えなければならないものだろ?

今日こうして村の全員をここに呼んだのは、主に一つ伝えたいことがあったからだ。

シャオシーよ……いっぺん、村のために死んでくれぬか?