ノイルホーン、聞こえていたら応答しろ、ノイルホーン。
……繋がらない、信号がひどすぎる。
柏生さん……
任務を遂行する際は、足枷を連れて行きたくないのが私のたちでな。だからもし私たちのスピードについて来れないのなら、この場に留まるか、あるいはキャンプまで引き返していただきたい。
ばか者が、貴様らについて行くつもりなどないわ。
もしリオレウスを探しにいくのであれば、勝手に私たちの傍から離れないでほしいんだ。私はあなたの安全も確保しなければならないからな。
貴様――
オトモアイルー、続きを。
ニャ、事情はこうだ。
わしが付き従っている“ハンター”殿のもとに、とある王室の者からの依頼が来てな。なにやら不機嫌になったからリオレウスの紅玉を装飾品に用いたいとのことで、わしらはその依頼を引き受けてリオレウスを探しにいったわけだ。
不機嫌になったからって……君たちのところでリオレウスを討伐する理由はどれもそんなに適当なものなのか?
……あの依頼人はあくまで例えニャ。
ともあれ、わしは火山の近くにある森の中であのリオレウスを見つけた。
だが追いかけようとした時に、突如と謎の力に巻き込まれてしまってな。気が付いた時にはすでにこちら側へ来てしまっていた。
その力とやらがどういったものだったかは、まだ憶えているか?
まったく印象に残っていない……ニャ。
リオレウスのような生物ですら連れてくることができるとなると、その力も脅威と見なしたほうがよさそうだ。だが今は……いったん置いておこう。続きを話してくれ。
ここへ来てしまった当初は周りが見慣れる環境だったこともあって、ずっとリオレウスを尾行し、気付かれぬように彼の行動を観察していた……ニャ。
そこでリオレウスがとある洞窟を見つけ、そこへ入ったあとに出てきてから彼に異常が来してしまったことが観察して分かった。
洞窟?それは山の内部に通じているのか?
そうニャ。
その洞窟にどういった特徴があったかは憶えているか?
残念だが、わしが見た限りではいたって普通の洞窟だった。だがリオレウスはそこに入ってから彼に異常が現れたとは確かニャ。
わしも中に潜って調べはしたのだが、奥のほうは……
とても複雑な地形をしていたせいで、いくら試してもリオレウスの居場所を突き止めることはできなかったニャ。
わしが思うに、リオレウスはおそらく洞窟のどこかにある大きな空間を巣にしている。そこは洞窟の入口から近いところにある、比較的広々とした空間のはずニャ。
露華村の裏山にある洞窟のことも考えれば、その洞窟は山にある洞窟と繋がっている可能性が大きいな。どうりでリオレウスがそこにも現れたわけだ。
ほかにも聞いておきたいことがあるんだが……君も見たように、私たちは以前からリオレウスと苦戦を強いられてきた。実際は……かなり苦戦したよ。
今もなおヤツに対して有効打を出せない状況だ。今度リオレウスと対峙することになっても楽観的な思考を保つことはできそうにない、おそらくかなりでかい代償を払うことになる。
理解できるニャ。
そこで聞きたいのは、君のリオレウスに対する理解度からして、この先私たちがヤツを討伐する場合の勝算はどのくらいあるんだ?
それか、ほかにも私たちが勝てる可能性を引き上げてくれる方法はないのだろうか?
そう簡単には出せないニャ……通常のリオレウスと比べて、彼はいささか苛立ちすぎている。少しの刺激を与えれば、なおのこと強い攻撃欲求に突き動かされてしまうニャ。
この前も、攻撃方法が変わってしまうぐらい彼の感覚器官がさらに敏感になっていたことも発見した。これこそわしが言っている異常化してしまったところだ……ニャ。
貴殿もわしも、今は閃光玉もしびれ罠も持っていないニャ。ほかにリオレウスを足止めできる方法は思いつかない。
つまり勝てる可能性は小さい……ということか?
ニャ、リオレウスへさらにダメージを与えたいと考えているのなら、ほかに方法がないわけではない。見ていて分かったのだが貴殿……もしや双剣の扱い方をあまり心得ていないのでは?
双剣とは……この一対の奇妙な武器のことか?確かに意識して扱おうとしても、あまり効果は実感しないな。
貴殿の手中にあるその双剣は、きっとわしらのところから来た武器。加えて出来栄えもかなり優れておる、きっと凄腕の武器職人が作ってくれた逸品なのだろう……ニャ。
……
ニャ?
双剣には双剣の扱い方というものがある、わしが詳らかに教えてあげよう。もし正確に扱うことができれば、目に見えてリオレウスへ与えるダメージも大きくなる。ただ……
ただ?
ここに至るまで、わしはリオレウスがこの地における境遇を観察してきた。そこで考えてしまうのだが……本当にリオレウスを討伐する必要はあるのだろうか?
それはリオレウスを仕留めるべきではないという意味か?
わしが思うに、強い力を持つ“ハンター”というのは生態系のバランスを保つための肝心な存在ニャ。狩猟というのはその地の生態系に影響をもたらす、だからこそ熟考の末に行わなければならないのだ。
今までの観察にもとづけば、リオレウスの活動範囲は村からも比較的遠くにあるのだから、彼の活動が村に危害をもたらすことはない。なにより……この地の生態系は健全と言うにはほど遠い状態だ。
草食動物の数が増えすぎているせいで、目に見えて森林破壊が著しいものとなっている。リオレウスならその草食動物の拡大を防いでくれるのだから、環境に対して無益というわけではない……ニャ。
もしわしの住むところでなら、依頼で必要としている分だけ素材を手に入れることさえできれば、わしは無害なモンスターを敵と見なすことはせん。
私たちもリオレウス討伐を目的とする任務を受けているわけではない。あくまで命に関わるほかの脅威――鉱石病を解決することが目的だ。ただ今のところそれと関連してる手掛かりがどれもリオレウスのほうを向いてしまっている。
鉱石病の発生源を突き止め、村に対する脅威を解消することができるのなら、こちらもあのバケモノを任務事項に加えるつもりはないさ。
おい貴様ら……
その原因を突き止めるためにも、私たちは……
聞こえぬのか貴様らァ!
狩人殿?
放っておけ。
どれもこれも……貴様らのせいだ!
なにを言って……
(矛を向ける)
このクソッタレめが!すべて貴様らのせいだ!
柏生さん、なんのつもりだ?
なぜだ?なぜこうも儂の言葉を聞き入れようとしない?
いったいなぜ?貴様ら……何があろうと森の中に入っていき、人の言葉を理解せぬ畜生のように暴れ回りおって。
今のザマを見てみろ。あのバケモノの前では手も足も出せなかったくせして、しきりに儂の邪魔立てをして、獲物を横取りしてきおって。しかも自分たちは守ってるなど戯言を……
それが今はどうだ!?貴様らが儂の言うことに従わなかったせいで、あの小僧は行方不明に!バケモノだって今もピンピンしているではないか!
今はリオレウスとまともに対峙できる方法を探している。この前の失敗ならいたって普通のことだ。
貴様に何が分かる?口では達者なことを言って、実際は何も成し遂げられないような役立たずどもめ!
それにだけに飽き足らず、今度は訳の分からん腰抜けのような理由でリオレウスを討伐するべきではないだとぉ……?これからは一転して、儂の獲物を救うことにしたとでもいうのか?
なるほど分かったぞ……貴様ら、わざと儂をおちょくっているのだな?この死に損ないの老いぼれをおちょくっておるのだな……
儂がまだあいつのことを憶えているからと!貴様らがなんとしてでも記憶から消し去りたいことを憶えているから!だから貴様らはこんなことをして儂を痛めつけているのだ……
あいつにしでかしたようにな!儂の皮を剥ぎ、血を吸い尽くし、骨を砕き、胸をこじ開け、骨の髄を引き抜こうと……
どうなんだ貴様ら……どうなんだ!
申し訳ないが、なにを言ってるのかサッパリだ。
武器を下ろして、私たちと同行しよう。今は無駄話をしている場合ではない。
そこを動くな!
あなたに何ができると?
出ていけ、もといた場所にとっとと帰れ!
帰れ!帰れェ!
それはできない相談だ。
もう一度言うが、私はあなたの命令に従う筋合いはない。
*極東スラング*、なぜだ?なぜまたこんなことになるのだ?
まったく忠告を聞き入れずに……ほかの者を守ろうとするのだ?
いったいなぜ?身のほども知らぬどアホが!自分の考えを他人に押し付けることしかできぬのか!?
……
誰も貴様らの保護など求めておらんわ!自分がしでかした選択は自分が背負う!そのツケだって自分から招いたものだ!
よそ者風情が、余計なお世話だ!よそ者ならよそ者らしく、そこで大人しく見ておればいいものを!
あのバケモノを殺すことは……儂にしかできぬこと、儂だけに許されたことだ……
もし……これ以上踏み入ってくるのであれば、まずは貴様にその痛みを味わわせてやるわい!
いいや、あなたにはできないさ。
あなたにそれができる勇気はない。
止まれ!
あなたの言ってることなら、私からすればさほど意味はないさ……その狩猟矛だってそう……あなたがそれを握っていたところで、私がそれを脅威と見なすことはない。
今もこうして少しずつあなたに近づいていようと、その矛がピクリともしないようにな。
これは警告だ!
諦めてくれ、あなたにそんなことはできない。
どうしても時間を浪費してくるのであれば、ここではっきりと伝えておこう。今後も邪魔立てをするつもりならあなたを排除すると。
なっ……止まらんか!
仮に本当にそんなことを考えていたのなら、私たちが負傷している隙に家の中で私とノイルホーンを片付け、自身の獲物へ対する独占欲を満足させてやれるはずだったんだが、あなたはそうしなかった。
これ以上進むでない……貴様ァ!
あるいは同じ人間を傷つけたくないと、そう理解することもできるのかもしれないな。なにせここまであなたは、単に私たちを追い出そうとすることだけに留まっているのだから。私には分かるよ。
なんなら少し前にリオレウスと対峙していた時、あなたは私を戦いの場から押しのけたことで邪魔立てをしてきた……本当は私たちを危険な目に遭わせたくないだけなのだろう。
バカを言うな!
止まれ!これが最後だぞ!
狩猟に再び戻った狩人であるのなら、最小限の犠牲で獲物の脅威を排除することが最優先すべき選択肢ではないのか?
あなたたちはこの残酷な大自然と長年争い続けてきたんだ、そのような判断力を失ったわけではないだろ。
あなたはずっと私たちと共に狩りをすることを拒み続け、村の安否や戦力差など顧みることもなく独りで獲物を相手してきた。これは明らかに私たちを守ろうとする行いと矛盾している。
そこで一つ予想を立てた。あなたがリオレウスを討伐しようとしているのは、単純にあなた個人の執念がそうやって突き動かしているからではないのかと。
黙れィ!
その表情、当たったみたいだな。
ならこちらも確認することができたよ。あなたの行いは狩りに対する欲望から来ているものではなく、単に怒りと憎しみに駆り立てられ、盲目的にリオレウスを追いかけているだけだ。
となれば、それはただ単にあなたの私利私欲からきた行い……
今のあなたは、狩人と呼べるような人ではない。
あれは……あれは儂の獲物だ!狩人でもない貴様如きが、なんの資格があって狩人と判断してやれることができるか!
止まれ!止まれと言っておるのだ!
もし今言ったことをすべて否定するのであればお望み通り、どうぞ私に狙いを定めているその武器を突き刺してきてもらっても構わない。
私はここまで近づいたんだ。そう、ここまで。あなたのすぐ近くまで。
さあ、やってくれ。
私を殺してみろ。
くッ!
儂は――
儂は……
柏生さん、いったい何があなたをそこまで執着させているんだ?
柏生明の存在か?
貴様……どこでその名を知った?
彼はおそらく、もうあの村にはいない。違うか?
彼とはどういう関係だ?同じ苗字であるのなら、友人などではないはずだ。写真を見るに、彼はあなたや村長よりもずっと若い。昔は狩人をやっていたのだろう、あなたが持ってる矛に彼の名前が彫られている。
もしかして、家族だったのか?
もう喋るな……
以前からあなたはひっきりなしに“お前たち”と呼んできたのだが、あなたから見て、私は彼とどこか似通っているところでもあるのだろうか?
もしかして……過去に彼はあなたの意見を聞き入れないまま狩りへ赴き、取り返しのつかないことが起こって、あなたのもとから去ってしまったのではないだろうか……
その後あなたは後悔し、苦しみに苛まれることになった……ひたすら狩りでその鬱憤を晴らすことしかできず……
黙れ!貴様に……貴様に何が分かる……
分かるさ。
過去に囚われることは気持ちのいいことではないし、そういった感情は誤った判断をさせてくる。あなたの執念も過去を変えることはできないし、あなたをその場に引き留めてしまうだけだ。
しかしだ、ここで目を見開いてくれないだろうか?今はぐだぐだと過去を振り返っている場合だと思うか?
あなたは私を殺せない。ならここでわだかまりを下ろし、一致団結してリオレウスと立ち向かおうじゃないか。
私は今でも狩人としてのあなたの実力を信じているんだ。もし可能であれば、私は自分の背中をあなたに任せたい。
それからはもう、こんなことで無駄に時間を浪費しないようにしよう。
(ヤトウが柏生義岡に近づく)
いいや……貴様は何も分かっちゃいない……
明は、あいつは儂のせがれだった……
あいつはもう死んでしまったのだ。
……
七年前の今日、あの日もこんな夜だった。山のあちこちであのケダモノどもが鳴いているような夜。
儂はあいつに行くなと言った、あれはヤツらが自ら招いたことなのだと。だが儂がいくら汚い言葉であいつを罵ったところで、あいつは繰り返しこう言い返してくるだけだった……
俺は村の狩人だと、ずっとそう言ってきたのだ、ずっとだ。そして振り向くこともなく向かっていった。
それからまたあいつと見た時には、あいつはもう話すこともできなくなってしまっていた。
知っているか?もし周りに衣服や装備が転がっていなかったら、儂はあいつと見分けることもできなかったのだぞ。
日差しはあいつの身体に降り注いでいたのに、あいつの手はひどく冷たかった。
分からんのだ、せがれよ。お前はなぜあんなことになってしまったのだ?
そこで儂は見たのだ……瀧居應……それとあの*極東スラング*野郎どもの後ろ姿が。
やはりヤツらは傍にいたのだ、あの出来事が起こっていた時に。だがヤツらは何もしなかった!その場で見殺しにしたのだ……わしのせがれがむざむざと……
そんな儂のことを……貴様如きが分かるはずもない……
(矛先がひどく震えておる、腕もそうだ……)
(指の向きも同じ方向に。これは……!)
気を付けられよヤトウ殿!彼が矛を突き刺してくるニャ!
ウニャ!矛を掴んだぞ!
放せ!
(矛が肉を切り裂く)
耳元で鋭い風を切る音がした。血の珠が細い傷痕から滲み出て、耳の縁から滴り落ちる。
矛先は私の左足前に突き刺さり、その半分は深く地面にめり込んでいた。
私が振り返ってみれば、老人の濁り切った……ひどく震える目がそこにはあった。
――!
そんな……儂はなぜ……
私は平気だ、落ち着いて……
く、来るなァ!
違う、儂ではない……こうなったのは貴様らのせいだ……
貴様も!それと貴様も!すべて貴様らのせいだァ!
(柏生義岡が走り去る)
柏生さ……ッ――
(苦しそうな息遣い)
ハァ、ハァ、なんでこの箇所が……さっきのリオレウスの一撃か……
(ヤトウが倒れる)
ヤトウ殿、倒れてしまってどうされたのだ?いったい何が――
私のことはいい!はやく彼を追うんだ、オトモアイルー!