……
だいぶ様変わりしてしまったな、ここは。
あたり一面、廃墟に屍、そして死体から飛散してくる源石粉塵だらけですからね。
ロドスの皆様は鉱石病の専門家です、私からあえて防護するように進言する必要もないかと思います。
戦争が新たな感染者を生み出しているんです……こんな環境ではますますひどい境遇になるばかりでしょう。
病の苦しみにしろ、戦争の傷跡にしろ……いきなりこんな状況に放り投げだされたら、なかなかそれらに気づくことは難しいかもしれないけれど……
でもすぐにも理解するはずよ、一気にね。
どうやって人々の思考が腐り果てていくのか、あるいは戸惑いの中で死んでいったり、怒りによって集った人々のことなら、想像に難くないはずよ。
そういった怒りが宿った人たちのことなら、あなたも見たことがあるはずだわ、ドクター。
レユニオンのことか。
戦争はそうした人々に想定外の言い訳を与えてくるのよ。生活の保障がなければ、もっとひどいことになるでしょうね。
原因はなんであれ、私たちでテレシスを阻止しなければならないのです。
……それと、テレジアさんも。
(無線音)
……了解。
どうやらここで一旦お別れをしなくてはならなくなりました。あなた方の任務は先ほどお伝えした通りです、これから忙しくなるでしょう。
では、私はしばらく失礼させていただきます。
くれぐれも、サボらないようお願いいたしますよ。
(グレイハットがその場から消える)
あいつ……マジで気味悪すぎてゾッとしちまうぜ。
昔出会ったあの警察署長のホイットマンだってあんな薄気味悪くなかったぞ。
まあ、あんなやつのことは放っておくとして。みんな、ようこそ俺たちグラスゴーのシマへ。少なくともシマ“だった”場所だ。
俺たちがここを出ていって随分経つが……ベアードのやつ、ちゃんとジムで留守番をしてくれているといいんだがな……
……
おいシージ、それにモーガン。なんで急に黙り込みやがったんだよ?
……
吾輩……なんか踏んじゃいけないものを踏みつけちゃったように……
は?こんな街中で踏みつけるもんなら、どうせどっかん家が飼ってるペットかなんか……
――
なんなんだよこりゃ……
アーミヤ、見るんじゃない。
……
すみません、もう目に入ってしまいました。それと、ここよりもさらに悲惨な場面なら過去の幻影で見たことがあるので大丈夫ですよ。
こうした事態を引き起こさないためにも、私たちはここまでやって来たんです。
あのハット帽を被った人が私たちをここまで連れてきて、しかも取引に関わらないことであれば好きに動いてもいいと仰っていた以上、彼の目的も伺えます。
私たちがここを放っておけないことを、彼は分かっていたんです。私たちの行動を彼が奉仕する公爵の手柄として仕向けていることも。
けど、そんなことは気にしません。
その公爵がどんな風に私たちを利用していようが。どんな名声を積み重ねていようが。
それでほかの公爵たちが人心の奪い合いに発展しようと。私たちになんらかのアクションを引き起こすことになろうと。私はまったく気にしません。
ただ、ここを見過ごすわけにはいかない。それだけのことです。
これは私たちとなんら関係のない国で、関係のない街で、関係のない場所で起こった出来事……というわけではありません。
こういうことは、誰の身にも起こっていることなんです。
信頼というのは、いつだって脆弱なもの。一度でもひび割れてしまえば、元通りにすることは極めて困難です。
さあドクター、多くはないですけど薬を持ってきています。できるだけはやくここにいる人たちを助けてあげましょう。
……
よし、これでもう大丈夫なはずです。
すみません、こういった基礎的な応急手当しかできなくて。私は専門のお医者さんではないものですから。
今はとりあえず、あなたの鉱石病の感染状況と傷口の悪化を抑え込んでおきました。
あとは運次第です。しっかり栄養を取って、養生してくださいね。
あっ、もしよろしければ、家まで送って差し上げましょうか?
い、いや!全然そんなことしなくても大丈夫だよ!
ちょっと空腹で気が失いそうだったから、道端で寝てただけだ。
それより……見返りはなんなんだ?俺……何も持っていないぞ……
……見返りはいりません。
えっ……なにもいらないのか?
はい、何もいりません。さっ、今日はもう帰っていただいて結構ですよ。
(小声)それとこれを。少しばかりの食料です、ほかの人にバレないように隠しておいてくださいね。
……
わ、分かった。じゃあ帰らせてもらうよ……
(小声)かなり空腹期間が長かったので、急いで食べないようにしてくださいね。まずはゆっくり身体を回復させてあげましょう。
……わ、分かった。
……ありがとう。
(市民が走り去る)
アーミヤ、周りからすごく見られているわよ。
ほとんどが良からぬことを企んでる連中だけど。
そのうち二人が動き出したわ、いま火炎瓶を用意してるところ。
分かりました。
でもそれって、絶望した人たちや今にも亡くなりそうな重症者が私たちを見つけたことってことにもなりますよね。
私たちがここにいるだけでも、きっと僅かな希望を見出してくれるはずです。
だがここは何もかもが崩壊してる、慎重に動いたほうがいい。
ええ。
今は私たちへの信頼を築くことが目的ではなく……あくまでここにいる人たち同士の信頼を回復させることです。
そうでもしない限り、社会は再び動かすことはできませんから。
(何者かが駆け寄ってくる)
アーミヤ、誰か近づいてきてるわ。
私が対応しよう。
ここは私たちの街だ、この憎悪入り乱れる混乱から救い出してやらねば。
誰が来ようとなぎ倒すだけだ。
気を付けてくれ、そろそろ来るぞ。
(ベアードがダグザに襲いかかる)
お待ち!
お前は――
(小声)騒ぐんじゃない。でないと一発ぶん殴ってやるよ、ハンナ。
(小声)よくもまあ堂々とこんな派手なことを……ここにいる人たち全員から狙われたいわけ?
(小声)今は黙ってあたしについて来て。
あいつらが逃げるぞ!
チクショ!グラスゴーの連中に先を越された!
囲い込め!
邪魔しないでもらえるかしら?
イネス、今はまだ手を出すな。
このうちのほとんどが……顔見知りなんだ。彼らはただ恐怖によって頭がおかしくなってしまっただけに過ぎない。
今はまだ殺すな。
(小声)いつもビリヤードをしに通った道を通ろう、入口はあの時のままだから。
(小声)分かった。
(小声)また後でな……ベアード。
よし、みんなついて来てくれ!
(シージ達が走り去る)
急げ!まかれるぞ!
む、ムリだよ……もう何日もメシが食えてねえんだから……
だったらすっこんでろ!そこら辺の死肉でもかじっておけ、この役立たずが!
……
なんだよ、邪魔する気か?
あいつらは?
あ?ほかに誰がいるってんだ、グラスゴーギャングの連中に決まってるだろ!
グラスゴーギャング……
で、お前はなにがしたんだ?こっちにつくのか、それと俺らにやられたいのか……
(レイドが暴徒を殴り倒す)
あいつらのことは以前見たことがある、あの服装……
どうやらここの情勢は想像よりも複雑みたいだ。
こっちも急がないと。
今日はなんだかいつもより騒がしいな?奥でまたどっか火事が起っちまったのか?
ウチが見にいこっか?
もしあちこちに広がっちゃったら……
いいんだよ、放っておけ。
お前はしっかりとヘマをせず自分の仕事に集中すりゃいい。
ここじゃ誰もお前を守っちゃくれねえからな。
(マンフレッドが姿を現す)
しょ……将軍!?
ま、マンフレッド将軍!?どうして将軍がこんなところに……?
す、すべて異常なしであります!な、何もご心配するようなことはありません!
マンフレッドはサルカズ兵の報告に目もくれず、封鎖区域の周辺を囲ったバリケードのもとへ行き、遠く奥にある建物を眺めた。
な、何かおかしな点でもありましたか?
……
戦争は今も順調に進んでいる。
パプリカ。この数日間、お前は何を見た?
えっーっと……
奥の人たちが、殺し合いをしてるところを見たっす。
いや、殺し合いと言うより……あの人たちはただ……怖がってるような……
恐怖と猜疑心は人間性を殺してしまうからな。これまでの結びつきやら風習、そして道徳心も、こんな極限な環境下ではすぐにひび割れてしまう。
かつてのカズデルも、まさにこれと同じ境遇にあった。
カズデル……
だからこそ、あのお二方が立ち上がってくださったのだよ。
それって……
一つ訊ねようか。どうすれば、人々はまた一致団結することができると考える?
それは……我慢することっすかね?説得し合ったり、あるいは善意を向けてあげたりして……
だから十分な時間があれば、みんな一つにまとまるんじゃないかって……
……そうか。しかしだ、テレジア様はその方法を取って失敗してしまわれたのだよ。
まとまったとしても、その結びつきはあまりにも脆弱だったのだ。
だがテレシス様は違った。あのお方は分かっていたのだ、最も効率的なやり方は……憎悪を利用することなのだと。
そう言い終えて、マンフレッドは淡々とこの歳若い傭兵の少女に目を下ろす。視線を向けられた少女は緊張から大きく息を吸うことも憚られ、ただ俯いてじっとつま先を見つめることしかできなかった。
……自分の食料品や医薬品を、こっそりこの中にいる人たちに分け与えているな?
ッ、違うんっす!あげてるのはサルカズで!ウチはてっきり……
なんだとォ!?テメェなんてことを……!
ヴィクトリアについてるサルカズなんざ、死んで当然だ!
ご安心ください、マンフレッド将軍!俺が今すぐ……
いいや。続けてくれても構わない。
……はい?
今はまだ、この中にいる人たちを餓死させるわけにはいかんからな。
この者たちは……いずれ軍事委員会のために大きく役立ってくれるだろう。
ここは……何も変わっていないな。
見ろ、モーガンの落書きもそのままだぞ。
今こうして思い返すと、あの時の吾輩の絵心はホントひどいもんだったよ。
今も大して変わんねえだろ。
何よハンナ!ケンカ売ってるの!?
目の前で騒ぎ立てる二人を見て、ベアードとシージは互いに目を合わせた後に首を振りながら笑みをこぼした。
封鎖した玄関口、そして木の板が張られた窓と彼女らの疲弊しきった表情さえ除けば、ここはあの時からなんら変わってはいない。
きっとこの場にいる誰もが理解しているはずだ。“何も変わっていない”はただある種の慰めであり、錯覚に過ぎないのだと。
過去におけるどんな瞬間であっても、彼女らの身に傷痕を残してしまっているのだから。
久しいな、ベアード。
そうだね。久しぶり、ヴィーナ。
貴様がこうして元気でいることを知れて嬉しく思うぞ。ここ最近一番の報せだ。
あたしは昔っからタフだからね。
ふふっ、それもそうだったな。
あたしも……嬉しいよ、あんたが想像する以上にね。だってこうして戻ってきてくれたんだから。
ずっと戻ってきてくれるって信じてたよ。なんせこの“あごズレ”の看板、あの時はあたしたちが一緒に立て掛けたんだからさ。
でもごめんね。今はもう周りの状況のせいで、あんまり笑う表情ができそうにないんだ。
分かっているさ。
……ただまあ、あたしたちのためだけに戻ってきたわけじゃないのも分かっているよ。
五年前急いでここから出ていった頃からすっかり、ここはあの連中が執拗にあんたを狙う狩場になっちゃっていたからね。
すまない、あの時は……まだ覚悟が決まっていなかった。
出て行ったのも、ほかの人たちを巻き込みたくないと思っていたからなんだ。
じゃあ今は覚悟が決まったってことでいいのかな?だってこうしてまたあたしたちの街に戻ってきたんだから。
……そう思いたい。
紹介が遅れたな、この者たちはロドス。ここでサルカズの飛空船を探しているんだ、私は彼らのオペレーターとして捜索に協力している。
とはいえ、グラスゴーの一員ではなくなったわけではない。
貴様らのことも必ずここから救い出してみせる、今まで通りな。それが私の貴様らに対する責任だ。
ふふっ、ヴィーナは相変わらずだね。ちっとも変わっていない。
……ちっとも変わっていない、か。
でも、知らなかったな……
……
おいベアード、こっちは食料がもうカツカツなんだ。こんな大所帯を連れてこられても困るぜ。
それともなんだ?このまま食料を食い尽くしてここを解散させたいわけか?それか俺に、どっかの警備が張り巡らされたトーチカから食料をぶんどってほしいのか?
そう言わないでよ、カドール。
まあ確かに、カツカツではあるけど……
あっ、それならご安心ください。自前でそれなりの食料を持ってきていますから。
うーん、この量……それなりとは言えないかな。まあ、一時的には凌げそうだけど。
この街を元通りにするおつもりはありませんか?私たちにもぜひ協力させてください。
この区画にいる住民らに団結を呼びかければ……
フッ、団結するよう呼びかけるねぇ……
簡単に言ってくれるが、そう簡単にできるもんじゃねえんだよ。まあ、やってみればいいんじゃねえの?
お前らが……そのキッカケになってくれさえすればな。