……そいつはどういう意味だ?
俺を疑ってんのか?
そういう意味じゃなくて……
お前らはどうなんだ?お前らもこいつと一緒で俺を疑ってんのか?
……
人聞きの悪いことを言わないでくれ、レイモンド。疑ってるとかそんなこと……
言っとくが、俺は放火なんざしてねえ。
じゃあ、どうしてここに現れたんだ?
普段から俺たちとお祈りをするわけでもないし、聖堂に来ることなんか尚更だ。お、お前たちは信仰ってものを持っちゃいないから……!
確かに何も信じちゃいないが、それと放火とは別だろうが。
信じるも信じないのもお前らの勝手だが、俺はただ……ちょっとした用事で、たまたまここを通りかかっただけだ。
用事って?
教える義理はねえ!
お前……!
もういいもういい!なんだよ、俺たちはこの近くに来ちゃダメってか?ゴチャゴチャと遠回しに言ってるが、結局は俺たちが放火したって言いたいだけなんだろ!
なんだとこの野郎!?
……この季節で失火してしまうことなら、これまでもなかったわけじゃない。今回はたまたまって可能性もあるわ。
それにしちゃ都合が良すぎる!おい、そこのサンクタのあんちゃん、お前さっきこの火事は放火が原因って言ってたよな?お前はどう思って……
はい。依然、これは人為的な火災だと考えています。
テメェもこいつらと同じように、俺がやったって思ってんのか?
いいえ、そうではありません。
そいつはウソだな。
ここで嘘の発言をしてもなんら意味はありません。
助燃性の物体を使用した前提として、火を点けてから広がっていく際の所要時間は非常に短いものでした。その場合放火犯は、当時まだ聖堂の近くにいたはずです。
じゃあやっぱり、レイモンドがやったんじゃ……!
誤解しないでください。私が伝えたいのは、火が起こった際、この場にいた者たち全員に放火の容疑がかかっているということです。
それは一番最初ここに現れた皆さんと、私も含まれます。
な、何を言ってるんだお前は……!
私たちも放火した可能性があると疑ってるわけね?でも私たちはサンクタよ……サンクタが自分たちの聖堂を燃やすことなんてある?
種族の相違は冤罪の証拠にはなり得ません。もし聖堂を破壊する必要があれば、私の場合、躊躇なく破壊することもあるでしょう。
……
ですので、そちらのサルカズへ向けられた非難に対しては、まだ現場で関連した証拠は見つかっていません。
ヘッ、お前は話が分かるみてーだな。
フェデリコさんの言う通りだ……証拠を掴んでいない間は、無闇に誰かを疑ってはダメだよ。
じゃあそれでいいのかよ!?聖堂が燃やされちまったんだぞ!それにここの花だって、お前がずっと心血を注いで育ててきたものだろ……!
ッ……!それを言わないでくれ!
私は……ここにいるみんな、誰一人だって疑いたくはないんだ。
クレマン……
論争はここまでです。
サンクタとて、自らの聖堂を破壊しないとは限りません。ですので真犯人を探し当てるまで、引き続きこの事件の経緯を調査させていただきます。
おい、羽付き野郎。さっきは、その……
はい?
さっきは全部お前のせいだかんな!お前が燃えやすい物とか放火とか言わなきゃ、みんなも疑心暗鬼になることはなかったんだ!
それにお前、結局俺のことは信用してねえんだろ!
はい。
……テメェもうちょっとは反応を見せてもいいんじゃねえの!?
オッホン、まあいい。つまりだな……
……フンッ、感謝なんかしねえから。
必要ありません。
(コソコソ)このおにいちゃん、ありがとうが言えないんだね。
(コソコソ)かわいそう……
(コソコソ)うん、かわいそう!でもこのおにいちゃんに教えることはできるじゃん、ありがとうを言うのはむずかしいことじゃないって!
(コソコソ)うん、でもこのおにいちゃんちょっと怖い……
バカ言うな!ありがとうくらい言えるっつーの!
おい羽付き野郎、このガキは一体なんなんだ!?見ねえ顔だぞ!
ぴゃー!
(アランデールとエステラがフェデリコの後ろに隠れる)
この子たちを知らないのですか?
……
それどういう意味だよ、知らないほうがおかしいってか?
ちょうどいい、このサルカズの集落にいた子供たちのことについて、あなたにも質問したいことがあります。
なんだよ質問って?一体なにを……
(ジェラルドが近寄ってくる)
それについては、私が代わりに答えよう。
ジェラルドさん!さっき聖堂で大火事が……!
ああ、全部知った。よくやったな、レイモンド。
それに……また会ったな、執行人殿。
……なぜです?
あなたは近くでずっと傍に徹していました、てっきりこのまま顔を出すことはないと思っていたのですが。
……執行人殿の目は誤魔化せられんな。
なぜ姿を見せるようにしたのです?
あなたは私を避けていたはずでしょう。
穏やかな毎日をずっと過ごしていれば、人も多少は畏縮してしまうものなのさ。
一つどうだい?一緒に私たちが暮らしているところに行ってみないか?
何も出してやれんが、座るところはある。お前も直接、私たちサルカズがどういう風に暮らしているのかを見ることができるだろう。
それとお前が気になっていることも……可能な限り答えてやれるかもしれんしな。
ふぅ……
こんなに身体を動かしたのは久しぶりだわ。でもこういった追いかけっこ、私苦手なのよね。
でも……
やっと捕まえたわ!
(不気味な声)
シッ、静かにしてちょうだい。ここは住宅地よ、大声を出したら近所迷惑だわ。
(呻き声)
オナカ……スイ……
あら、あなた話せたの?じゃあまだ意思疎通はできるってことかしら?それだったら非常にやりやすいのだけれど……
(不思議な鳴き声)
……まあ、そう簡単にはいかないわよね。
ごめんなさいね、もうこれ以上あなたを逃がすわけにはいかないの。危険を野放しにするわけにはいかないから。
イベリア裁判所のほうがあなたのことを理解してるでしょうし、あとで連絡を入れておくとしますか。もしまだ人間の意識があるのなら、向こうの修道士とお悩み相談くらいはできると思うのだけど……
(レミュアン達に刃物が飛んでくる)
ッ……!
(バケモノが走り去る)
誰!?
こら、待ちなさい!
(レミュアンの行く手を剣が塞ぐ)
そこのお方、どうかお待ちを。
夜に包まれた暗闇が、突然と一筋の光に切り裂かれた。
レミュアンが構えた銃の銃身にも、重い力が圧し掛かる。
光の筋を繰り出した黒い人影は静かにその場を立ち尽くし、自身に向けられた銃口からゆっくりと手にしている怪しい造型をした剣を引っ込めた。
やがて月光を遮っていた暗雲が晴れ、レミュアンの目の前でその人の姿が明らかとなる。
……今日はホント、次から次へとイヤなお客人が訪ねてくること。
そこの修道士さん、道を譲っていただけないかしら?ここで時間を無駄にして、挙句に負傷者でも出したら、私とっても……とっても頭にきてしまうわ。
申し訳ありませんが、それは無理です。
どうかあの、哀れな魂を見逃してやってください。
ん?
どうした?
……物音が聞こえます、詳しいことは分かりかねますが。
人数はそこまで多くはありませんね。
これでも多いほうさ、まだ外出して戻ってきていない人もいる。
さて、今日はこの辺りにして、みんなもう帰っもらっても構わない。夜も深まったことだ、しっかり休んでおきなさい。
じゃあボス、本当に明日出発するんすか?まだ帰ってきていない人もいやすけど……
この前伝えたように、翌朝のミサを終えた頃に出発する。
……分かりやした。
ねえ、フェデリコおにいちゃん。
なんでしょう?
ねむい……
ねむいし、おなかも空いた!
フェデリコおにいちゃんは、ぼくたちをお家まで送ってくれるの?
お家にかえりたい……ママに会いたいよぉ……
この子たち、まさかここまでずっと腹を空かせたままだったのか……?
うん……
ママずっと食べないから、おなか空かないって言ってた……
でもぼくたち、今日なにもたべてないのに、おなかすっごく減った。
変なのぉ。
摂食は人の基礎的かつ正当で合理的な欲求の一つです。長期間エネルギーを過剰摂取したり、または怠った場合、身体は不調を起こしますがおかしいことではありません。
うううん……
よくわかんない……!
つまり食べものを食べないと苦しくなるのは、ふつうってこと?
じゃあママは……ママなにも食べてないから、ずっと苦しんでるってこと……?
もしお二人が供述したことが事実であるのなら、そうなります。あなた方の母親は継続的に身体の不調を抱えていることになります。
待ってくれ執行人殿、もうそこまでにしてやってくれないか?
事実を述べただけですが。
……ひっく。
ひっ、うええ……
うえええええん!
時にはな、事実だったとしても口に出しちゃならんことだってあるんだ。
……
ひっく……
ママは……ママは今もつらい思いをしてるの?
……
あなた方の母親の状態でしたら、私では確認できかねます。
執行人が周りから注視される中、彼は身を屈めた。彼自身の身分を象徴する外套の裾とサッシュに土汚れが付着しても、この時は誰の注意をも引くことはなかった。
そしてフェデリコ・ジャッロは子供たちの両目を直視する。
ラテラーノ公証人役場執行人の任務の一つとして、私はこの修道院に隠されている真相すべての調査、及び秩序の安定維持をするためにやって来ました。
しかし住民が失踪した事件の調査も私の職務範疇のうちにあるため、任務と言えるでしょう。
それじゃあつまり……
……わたしたちのママを探してくれるってこと?
はい。一緒に母親を探してあげましょう。
ほんとに……?
やったぁ!
はは、こいつは予想外だな……
それなら執行人殿、この子たちのことはしばらくこちらに預からせて貰えないか?
私にそれを決定する権利はありません。
……それもそうだな。
では君たち、あっちにいるお兄さんとしばらく一緒にいるつもりはないかな?
……えっ、俺?
でも俺にはまだ……いや、まあいっか。聖堂も燃やされちまったことだし、とりあえずこいつらを預かることくらいなら問題はないっすよ。
(コソコソ)フェデリコおにいちゃんよりも怖いおにいちゃんだ。
(コソコソ)うん、とっても怖いおにいちゃん……
お前ら、聞こえてるぞ……!
まあまあ、レイモンド。
このお兄さんがあとで食事を持ってくるから、食べ終わったら今日は大人しくおねんねしよう。それでどうかな?
でも、わたしフェデリコおにいちゃんと一緒がいい……
こーら!フェデリコおにいちゃんは忙しいんだ、わかるだろ?わがまま言っちゃダメ!
う~ん……わかった!怖いおにいちゃんについてく……
ワハハハハ!
ジェラルドさん!
オッホン。いやぁ、すまんすまん。
それじゃあレイモンド、すまないがまたひとっ走り頼むよ。先に子供たちに食事を与えて、それから休ませてあげなさい。
それは別にいいんすけど、でもこいつら……寝床はどうするんすか?
ヘルマンの家を借りればいい。
ヘルマンすか、確かにあそこは今留守だし、ちょうどいいっすね。でも、もしあいつが夜帰ってきたら……
気さ、そこまで送ってあげなさい。
分かった、そうする。
フェデリコおにいちゃん、また明日!
明日こそ、ママが見つかりますように……
明日迎えに行きます。
やったー!じゃあおやすみなさい、フェデリコおにいちゃん!
おにいちゃん、おにいちゃん……
ん?
と、とどかない!
もうちょっと、もうちょっと屈んで……!
なんでしょうか……?
(エステラがフェデリコの頬にキスをする)
えへへ……
お、おやすみなさい……!
(エステラが走り去る)
……
チッ。
ワッハッハッハ!モテモテじゃないか、執行人殿!
何を考えてんだか今のガキは、さっぱりだぜ……こいつのどこがいいんだか。
おーい、お前らそんな急ぐなよ!ったくよぉ……
(レイモンドが走り去る)
……
……おやすみなさい。
本当はね、てっきり今回の出張は修道院にいる同胞たちをラテラーノへ送り返すだけの、のんびりとした旅行気分でいたの。聞くだけは簡単な仕事って感じでしょ?
……いや、オレンがいるから、ちょっとくらいは厄介事も起こるかもしれないけれど。
でもまあ、それくらいなら私でも片付けられる自信はある。オレンと言っても、まったく融通が利かない人ってわけでもないし。
確かにあなたの銃を扱う腕前なら、ほとんどの厄介事は造作もないでしょう。
でもあなたが相手だと、この程度だけじゃまだまだ不十分みたいね。
恐縮です。
褒めてるわけじゃないんだけどなぁ……
わざわざここに来たのは、さっきいたあの異様な姿をしたヤツを守るためなんでしょ?もしそうなら、修道士さまはイベリアからいらしたのでは?
その通りです。
それにしては全然ラテラーノの信徒には見えないわね、いくら修道士の恰好をしてるとはいえ。雰囲気はまるっきり違うもの。
ふふ、ご明察。
……修道士さまはやけに素直なのね。
それならこっちも単刀直入に言うわ。普段はあんまり厳しいことは言わないのだけれど……
即刻ここから立ち去りなさい、これ以上は近づくことは許さないわ。
この楽園は、あなたが土足で入り込んでいい場所ではない。
申し訳ありませんが、それはできません。少なくとも今は。
ここにはまだ、私に残ってもらいたがっている方たちがいるので。
(アウルスがレミュアンが放った銃弾を全て剣で弾く)
(チッ、ホント厄介な相手ね。)
(彼の剣は特殊な一振りだわ。それにあの剣術、確かイベリアの……)
言葉よりも攻撃のほうがなおさら過激なようで。
私個人としては、人の相互理解に期待を寄せているのですが、あなたからすれば、これも妥当な対応なのでしょう。
しかし……少し気になるところが。一つお聞きしたいのですが、あなたにとって楽園とはどういう場所で?
みんなが穏やかに、幸せに暮らせる場所。特別な意味ならないわよ。
もちろん、ゴチャゴチャと騒ぎを起こすような人たちがもっと減ってくれれば、なおのこと理想ではあるのだけれど。
(アウルスが銃弾を全て避ける)
ではあなたから見て、ここは楽園と呼べる場所ですか?
修道士さまはまだ雑談をする余裕がおありのようで。私も舐められたものね。
なら逆に聞くけど、六十年も世俗を離れ生きてきた人々は、世間から切り離された安息の地を作り出した。そこが楽園と呼べないのなら、ほかにどこがあるの?
そこの暮らしが、終わりのない飢えと寒さに苛まれ続けていくものだったとしても、ですか?
確かに物は満足して手に入らないかもしれないけれど……でもそれは決して、終わりがないわけではないわ。
そうですね。現にラテラーノが救援の手を差し伸べてきた今、そういった苦しい日々も直に終わることでしょう。
一部の人間を切り捨てれば……の話ですが。
……誰それのせいというわけではないわ。
誤解なきよう。そのつもりで言ったわけではありませんよ。
ただ、常々思うのです。人と人は一体なにが違うのか?我々を隔てているのは、はたして姿と魂の差異なのか、はたまた別の何かによるものなのか、と。
「個」という概念が誕生してから、私たちを形作ってきたモノすべてが、私たちの思想をそれぞれ異なる方向へと駆り立て、異なる結論を導かせてきた……
となれば、そんな中、はたして所謂相互理解というものは存在し得るのでしょうか?
それ、本当にサンクタに聞くつもり?
そういうのは自分で確かめてちょうだいな。もし来世でサンクタになれればね。
(アウルスが銃弾を弾き飛ばす)
……くッ!
(このまま引きずっても、万が一逃げていったあいつが住民たちを襲ったら大変だわ。)
(はやくなんとかこの状況を打開しないと……)
そう強張らないでください。何もするつもりはありませんよ。
私がここにいるのは、あくまで私の同胞が助けを求めているだけなのですから。
誠実ですこと。だとしても、それをそっくりそのまま信用するわけにもいかないのよ、こっちは。ゲホッ……
(ため息)
あなたは私のかつての学生同様、なんとも頑固な方だ。悪いことではないのですが、時にはそれで頭を悩ませてしまいます。
修道士さまを困らせてしまう学生さんだなんて、それはそれで気になる人ね。
彼は私の教え子の中で最も優秀な一人でしたよ。しかし残念ながら彼がイベリアを去ってから、一度も再会できていなくて。
……
本当はこんなことしたくないのだけれど……はぁ~あ、こりゃまた怒られちゃうかも。
交渉……決裂ね。
と言っても正直、そこまでガッカリはしていないけど。
レミュアンの口調はとても穏やかで、動くも軽やかだ。
背後にある車椅子は持ち主に押しのけられ、ひじ掛けに吊るされたランタンもまた風に吹かれ、ギシギシと悲鳴を上げながら、たちまち地面に落っこちた。
光源が砕かれたことにより、不規則な灯火が外に向かって溢れ出し、前方でゆっくりと身体を起き上がらせた人物の背中を照射する。
こっくりとした夜の帳が、この瞬間明るく照らし出された。
おや、立ち上がることができたのですか?
ええ……でもまだダメって言われてるの。
けどまあ、この先のリハビリの時間が伸びて、またこっぴどく叱られるだけだから、さほど問題は……
……つッ。
あまり無理はしないほうがよろしいかと。
まだ楽観視できる身体の状態ではないのでしょう?それにこのような戦闘も、あなたが得意としているものでは――なッ!?
(アウルス目掛けて銃弾が飛んでくる)
お気遣いどうも。残念、さっきの一発は口を狙っていたのに。
お説教ばかりだと、修道士さまとて周りから嫌われてしまうかもよ?
こっちは今イライラしてるの。色々と上手くいかないせいでね。
それにここまで挑発されてきたんだから、ちょっとくらい派手にやり過ぎても、バチは当たらないわよね?
桃色の髪をした枢機卿補佐官は目を細め、その隠しきれない鋭いものをガチャリと装填すれば、ついには長年寝たきり生活から身体にかけられた暖かいウェアを穿った。
やがてレミュアンはくすりと冷笑する。
それでもすごく疲れるのよ。だから、できればさっさと片を付けさせてちょうだい。
じゃあ、もう一遍言うわ、修道士――
――そこをどきなさい。
ここはあなたが足を踏み入れていい場所ではない。
オナカ……ス……イ……
タベ……
薄っぺらいドアが外から押し開かれ、それを良しとしないことを伝える警報が夜の帳のなか引き延ばされていく。
それでも子供たちはぐっすりと寝静まっていた。
たとえ冷たい風が開き切った隙間からこの小さくボロボロな家に吹き込み、未知なる脅威が音もなく侵入し、ゆっくりと近づいてきたとしても……
……
タベ……
オナカスイ、タ……タ、タベナサ……
……
グキ……グジジ……