レイモンド!ちょっと待って……レイモンドったら!
何するつもりよ!?
お前をここから連れ出す。
話は全部聞いた、このままあの連中に引き渡してやるかってんだ!
もう怖がらなくていいからなフォルトゥーナ、俺がついてる。俺たちが代わりに――
は?なにそれ……怖がってなんかないんだけど!
いいからまず手を放して……なにか誤解してるよ!
――!
わ、わりぃ!焦っちまった……痛かったか?
ううん、いいの。
それよりよく聞いてレイモンド!ラテラーノに行くのは私の、私の意思なの!
は……?
バカ言うんじゃねえ!どうせあいつらに脅されてそんなこと言ってんだろ?あそこに行ったらお前死ぬんだぞ!
そうするだけの罪を犯したのよ、私は!
だから私のことは放っといて!誰にも迫られていないし脅されてもいない。フィーヌを殺したのは私よ、だからこのまま逃げるわけにはいかないの!
デルフィーヌのあれは……ただの事故だろ……
やめて!あなたにまで「事故だった」なんて言われたくない!
事故……そう事故よ!私がわざとフィーヌに銃を向けることなんてない。あれは悲しい事故だった……でもフィーヌは死んだの!死んだのよ!
フィーヌはもう目を開けてくれないし、私たちに話しかけてくれることもないのレイモンド!
落ち着けって……っておい、そうやって掻きむしるな!自傷行為はやめろ!
私だって落ち着きたいわよ……こんな泣いたり叫んだりなんか!
でも、なのにどうして誰も私を責めてくれないの!?どうしてみんな事故だなんて、フィーヌの死を軽々しく「事故」で片付けられるのよ!?
フィーヌは、あの子は私に殺された!事故かそうじゃないかの違いなんてどこにあるの!?
……とりあえず深呼吸しろ、悪いもんを溜め込んじゃいけねえ。
ふぅ……はぁ……
ふぅ……
少しはよくなったか?
……
ごめんなさい、こんなことしちゃって……でもレイモンド、私本当にどうすればいいかが分からない……
逃げるわけにも、ここから出ていくことも、何も起こらなかったって、あれは事故だって認めること、私にはできない……今の私にはそれしかできないの。
あれは私の罪なんだから……
もういいんだ、もういい。
大丈夫よレイモンド。もしかしたら、そこまでひどく扱われることはないのかも……
スプリア、今日ここに来たあのラテラーノの使者さんだけど、彼女とっても私に優しく接してくれてる。なにもひどい目には遭ってないわ。
だからラテラーノに行っても、精々収監するだけかもよ?
こうして角が生えてきちゃったせいで……もう自分がサンクタなのかどうかも分からなくなったけど、でも、そうじゃなくても別にいっかなって……
とにかく、私は平気だから。だからレイモンドは――
いいやダメだ。
え?
何を言おうがやっぱダメだ。
このままお前を放っておくわけにはいかねえ……
レイモンド?どうし……キャッ!
(小声)静かに!声を抑えろ……!
(……!?)
(小声)……誰か来た!
あーあ、通信切られちゃった。
まさかあなたがリケーレを寝返らせたなんてね。
寝返らせたって、あいつはもとからそういう人間だ。自分に有利なことしかしねえんだよ。
保身に関しちゃ、俺よりあいつのほうがやり方はうまいね。
……ん?
なーんか覗き見されてるような感じがするな……
あらら、オレンもとうとう幻覚を見るようになっちゃったのかな?
幻覚より、本当に誰かが角っこで盗み聞きしてもらいたいものだぜ。
……
へへ、そう睨むなよ。冗談だって。
そうそう、お前が見張ってるあの堕天っ子ちゃんはどうしてるんだ?
……あの子なら、たぶんいい子におねんねしてると思うよ。
てか話題逸らさないで、話を戻すよ。
さっき言ってたよね、計画を前倒しにするって?するのは構わないけどそれ、約束と違うんだけど?
どうして急に計画を変更したわけ?理由をちょうだい。
お前にとっちゃなんだっていいだろ?
それは確かに。じゃあこっちは協力を拒否しても構わないってわけだ。
……今回動員する権限は確か俺が握っていたはずだぜ、スプリア?
始末書なら帰ったら書いてあげるよ。
……
焦ってるようだね、ホントどうしたの?
今回はそもそも表立った任務じゃないし、聖下も急に聖徒関連のことに目を惹きつけられなかったら、こんな簡単に部隊を動員することなんてできなかったはず。
なのに聖下は何かに気付いて、しかもわざわざあのフェデリコを同伴させてきた……チッ、あいつに隠し事するのがどれだけ大変か、あなたも分かってるでしょ?
本当に隠し通せると思ってんのか?
ほぼ無理でしょうね。
でもね、こっちも大方あいつを分かってきたよ。あいつが詮索しない限りは大丈夫かな。だって私たちの目的、ここにいるやつら全員を足止めするだけでしょ?
だからこそオレン、あなたが今ここで部隊を動かしちゃったら、それこそ本当に隠し通せなくなるの。
手段を気にする人じゃねえだろ、フェデリコは。
それはどうかな。
先に言っておくけど、もしあいつがあなたに手ぇ出したとしても、私じゃあいつを止めることはできないから。
冷たいねぇ、仲間だっていうのに……
(無線音)
もう誰よ、こんな時に連絡を寄越してくるなんて……げっ。
誰だ?
……自分で見て。
直ちにオレンを入口の大広間まで連れてきてください。
――フェデリコより
こりゃ完全にバレたね。
はぁ、ったくよぉ……
とりあえず、お前が言ったことは俺がなんとするから、今は俺の指示に従え。
今すぐ部隊をここに呼び寄せて、即刻この修道院を掌握するんだ。
……本当にそんな切羽詰まってるの?
修道院の中で六十年も暮らしてきた爺さんが、サルカズのために独断でラテラーノの使者を取り押さえるようなマネまでしでかしたんだ。
もう後がないってのに、急にひょいっと「最後の別れがしたい」なんて儀式めいたことを要求してきた……なぜだと思う?
おまけにワケありのサルカズと、見えないところに隠れてるほかの「来客」たち……
急ぎたくなくても急がなきゃならねえさ。
なんだかずっとイヤな予感がするからな……
(オレン達が立ち去る)
……
掌握する……?どういう意味……どうして……
まだ分からねえのか!?あのサンクタたちはずっと俺たちを騙していたんだよ!
はやくこのことをジェラルドさんに伝えないと!やっぱりそうだったか、最初からロクなもん考えちゃいなかったんだ、あのラテラーノ人どもは……!
フォルトゥーナ、今俺と一緒にいても逆に危険だ、安全な場所を見つけて待ってろ。おそらく、あいつらもすぐお前に手を出すことはねえはずだ――
待ってレイモンド!
……ふぅ……
考えが変わった、私も一緒に行くわ。
こりゃ奇遇だ、お二人さんと出会うなんて。
レミュアン補佐官、ご無事に何よりです。
なにか収穫はありましたか?
なんだかソワソワしてるみたいね、リケーレ執行人。
ちょっと気になることを調べてましてね、あの主教様と関係があることなんです。ただ……まあ、とにかく調査しないと分かりませんね。
んでフェデリコ、あんた何してたんだ?
仕事です。
いや、仕事をしてるのは当然分かるよ……何か発見はあったかって意味だ、サルカズたちと関係があるような。
はい。
聞いた話じゃ、夜起こったあの火災は不満を抱えていたサルカズが故意にやったことらしいんだが、ありゃ本当なのか?
いいえ。
何これ?新しい娯楽番組?即興漫才もいいところね。
冗談はここまでにしましょう。
冗談だったのかよ……
オレンとスプリアがもうすぐここへ来ます。
なるほど、最初からオレンはわざと隠れていたってことが分かっていたんだ?それでその口ぶりか……
分かりやすいことです。
にしてもあいつ、本当ツいてないよな。この前のサミットの時もあんたと対峙してたってのに、今回もまーたあんたに出くわすなんて。
オレンの勝手な振る舞いなら私も以前は黙認していたわ。なんせアンブロジウス修道院の情況は複雑だからね、替えの策はあるに越したことはない。
でも、今はちょーっと注意してやらなきゃならないかもね……
(オレンとスプリアが姿を現す)
どっかの誰かさんが今すぐここに、しかもオレンを連れてくるようにって言われたけど、一体どうしたの?
ハァ~イ、オレン。ようやく顔を見せてくれるようになったわね。
へへ、久しぶりだなレミュアン。
協力して任務を完遂させようとしてるだけじゃねえか、そんな他人行儀みたいに言わないでくれよ……
協力する仲間だからこそ、今もこうしてここに立って発言が許されているのよ?
あなたのその強硬的なやり方は、今のこの修道院には相応しくないわ……いくら色んな計画を練っていようがね。そろそろ手を止めてちょうだいな、オレン。
ったく、お前もフェデリコも少しは隣に立ってるそいつに見習って、知らんぷりのスキルを習得してくれないもんかね?
おいおい、俺を巻き込まないでくれよ……
リケーレのことでしたら、役場に帰還したあと自ずと相応の処分を下します。
こりゃたっぷりとあんたに感謝しねえとな、オレン。
そしてオレン。
もし単独行動をする必要性の明確な判断があったのであれば、私を説得してみせてください。
……じゃあ単刀直入に言わせてもらうぜ、ここには他の人はいないみたいだしな。
スプリアお前、こっそりとあの若いやつ二人を見逃しただろ?バレてないとでも思ってたか?
堕天したサンクタとサルカズの二人、隠れてるつもりだったが、見えないフリをするのも難しいくらい目立っていたぜ。
……チッ。
こいつ……
正直言えよ、こうモタモタするやり方にはもうウンザリしてんだ。
それって私のやり方に文句を言ってるのかしら?
いやいや、滅相もない。
ただ、俺にも俺のやり方がある。もうかなり時間をここで無駄にしちまったんだ、そろそろミスを起こさず、かつ手っ取り早く仕事を終わらせられる方法を考えようぜ。
その結果が、勝手に特殊部隊を動員したと?
簡単に言っちゃくれるがね、「部隊の動員」と「行動させる」ことは別個のモンなんだぜ?
適切で妥当で、なおかつ聖下が反対しないような理由を考えるために、こっちはすげー悩みに悩んだんだからな?
それにちょうどいいことに、できたてホヤホヤの理由もまんまと自分から来てくれたことだしよ。
あのガキ、レイモンドだっけか?聖堂への放火は大罪だぜぇ?しかもサルカズときてる。それならここを掌握した後、逮捕するも調査を続けるも理に適ってるだろ?
聖堂を燃やした犯人は彼ではありません、あなたのその理由は破綻しています。
私が事件の真相を暴くまで、あなたの部隊の介入は不必要です。
真相ね……ヘッ、真相ってそんなに大事なもんかい?
こっちのモンがこの修道院を引き継いで、何もかもを適切に処理する。それが一番効率のいい、最も合理的なやり方じゃねえのかよ?
そう考えたことはないのか、なあフェデリコ?本当に真相が一番大事だって思ってんのかよ?
……
そんなことして、万が一ここの住民が抵抗し出しても平気だって言いたいわけ?
お前ならそんなバカげたことは言わないと思ってたよ、レミュアン。もしサルカズが反抗してきたら、だって……?
んなもん、ご都合もいいところじゃねえか?
(ドアのノック音)
――!
誰だ外にいるのは!
突如、静まった大広間にドアをノックする音が反響する。
ぎぃっと歯が軋むような音がドアから聞こえれば、外で異様に明るい月光が開かれたドアの隙間からしんしんと室内に降り注いでいた。
その月光の中に、とある人影が立ち尽くしている。
……
フェデリコさん……
クレマン?
……やっと見つけました、フェデリコさん。
とある者から、「これ」をあなたへと……
誰からです?それにこれは――
言葉は最後まで口から吐き出されることなく、不意に途切れた。
月光を背にした人影がゆっくりと近づいてくると、それは終始首を垂れ下げていたのっぽの男であった。
まるで部屋中の光が彼一人に集約しているようであったが、あまりの眩しさからか、むしろ彼には驚くほど濃い陰影が塗られていた。
ようやく、フェデリコは相手が持っているものを認識した。
何者かがクレマンに託したというものを。
そこには一本のナイフが置かれていた。
古びているが非常に鋭利で、以前まで誰かが隠し持っていた品物だ。
そしてそのナイフの隣には……
布に覆われているが、下は赤黒く染められていて、絶えず液体が溢れ出ているナニか。
……あれはなんだ?
あれは……
こちらは……「罪人」ホルスト・ディッフェンダール自らが献上した、彼の首です。
「罪人」は、すべての悪事は彼個人が犯したことであると認めました。すべての罪を、彼一人が背負うと。
主犯となる者はご覧の通り、このように誅されました。残ったのは取るに足らない流浪する者たちだけ……
なのでどうか……どうかお許しを。ここで手を引き、これ以上彼らを追いやらないでください。
――
フェデリコさん、彼、ジェラルドから去る前にあなたへの言伝を預かりました。
どうか、この指名手配犯ホルストの首と得物の代わりに……
フォルトゥーナとレイモンドを……
残りのサルカズたちを見逃してやってくれ、と。