おい、そこの羽付き野郎。
おい、お前を呼んでるんだ……って!ちょっと待てよ!
仮に羽が生えていることがサンクタに対する呼称とするのならば、ここにはその印象に合致した人物が多数存在すると思いますが。
……お前のことを呼んでるんだよ。お前がフェデリコって名前なのは知ってる。
なるほど。
チッ、ホントお前ってムカつくやつだぜ。
こっちは今お前と無駄口を叩いてる暇はねえんだ。
あのオレンってやつ……そいつからジェラルドさんのことを聞いた。俺たち、俺やフォルトゥーナのためにあの人は……
あの話は本当なのか!?本当にジェラルドさんは――
はい、当のジェラルドはすでに死亡しました。
……
そんなハッキリ答えてほしくないと思えたのはこれが初めてだぜ。
ウソだと思いたい……そんなことあるわけ……
……申し訳ありませんが、事実です。
……フンッ、なんでお前が謝るんだよ?
……
まあいい、とりあえず俺から離れろ、羽付き野郎が。できれば目も閉じておけ、チラチラ見てくるんじゃねえぞ。
ちょっと目が痛くなっただけだ、お前らの輪っかが眩しすぎるせいで。本当にそれだけだからな、すぐに治る。
……分かりました。
ジェラルドさんはナイフをお前に渡したか。となりゃあの人の選択だ。俺には……それを否定する権利はねえ。
だが、このまま持って行かせるわけにはいかねえぜ。
知らねえとは言わせねえぞ、サルカズ傭兵の武器を引き継ぐことにどういう意味があるのかをな!
名を、引き継ぐことですね。
そうだ。だから……ジェラルドさんを、ジェラルドさんの名前も尊厳もひっくるめて、いつか必ずお前から奪い返してやる。
お前への果たし状ってやつだ。
あなたでは勝てませんよ。
勝ってやるさ、必ずな。
俺が生きてる限り、いつだってお前に挑んでやる。
俺を舐めんじゃねえぞ。
その果たし状なら断らせていただきます。
はぁ!?断るだとォ!?
ここまで言ってやったっていうのにテメェ――
ジェラルドはただの狩人にすぎませんでした。ここにあるナイフなら、継承においてなんら意味も存在しませんよ。
……そいつはどういう意味だ?
言葉通りの意味です。
仮にあなたがサルカズ傭兵の名が刻まれたナイフを継承しようとしても、私のところにそんな物品は置かれておりません。なので、私に挑んでも時間の無駄かと。
しかし狩人ジェラルドのナイフを所望しているのでしたら、ここにあります。
ンにゃろうが……
今すぐお渡ししましょうか?
……冗談じゃねえぜ。
そいつはあの人が一番のお宝にしていた得物なんだ。そう易々と俺の手に渡しちゃ、ジェラルドさんも絶対認めちゃくれねえだろうよ。
だから、そいつはお前が取っておけ。
見とけよこの野郎……俺もジェラルドさんみたいに、みんなを引き連れて新しい道を見つけてやっからよぉ。
そん時になってやっと、俺にもそいつを受け取る資格ができるってわけだ。それからお前を挑んでやる。
……
いいでしょう。
ではそれまでの間、私が代わりに保管しておきましょう。
レイモンド……
覗き見はもうそれくらいにしたら?あいつならそれまで頑張ってくれるさ。
それよりもあなた、前にもう銃は握れなくなったって言ってたけど、今のそれって……お祈りしてるの?
うん……
こうすれば、少なくともまだ応えてくれるなーと思って。
ねえスプリア、私……まだこの銃は使えるのかな?
そりゃもちろん、使えないわけがない。銃そのものはちょっと古いけど、まあ私の腕さえあれば平気だよ。信じてちょうだい。
これでも、元々は遺産銃っていう骨董品研究の道に進もうとしていたんだからね。
でも最近じゃ……フレッシュな出来事のほうがもっと面白いかな~。
フレッシュな出来事……それ、怖いとは思わないの?
怖がっても仕方ないじゃん、どの道知りたくなっちゃうんだし。
それに……
テクニックというのは人のために使うものよ。これ、私の先輩からの受け売りね。
あの頃はまだよく理解していなかったけど、今は……
今は?
多少は理解できたかな~。私は武器を取り扱う人だからね、なら、私のところから出ていった武器たちには責任を負わなきゃ。
まっ、この話はもうおしまいってことで。それで、あなたはどうするの?
身支度はもう済ませているのかなお嬢さん?サルカズと一緒にここから出て行こうとしてるんでしょ~?
なっ……!それ言おうとしたのになんで分かるの!?
感覚は何も伝わってこないけど、あなたの考えならほかの共感できるサンクタよりは分かりやすいからかな。
だったらさ、共感性ってなくても別に大したことないわね。あなたもそう思わない?
もし大人しくラテラーノまでついて行くつもりがあったら、あなたこんなタイミングに私のところまで来ないでしょ?わざわざこんなご丁寧にね。
……ごめん。
相応の罰を受けるために、あなたたちの監視に従うってこの前約束したはずなのに……私は今それを破って逃げ出そうとしてる。
だ、だから……
だから見逃してほしいって?
ふふん、それはどうかな~。どっちだと思う?
うぅ……
今のあなたはね、結構厄介な存在なんだよ?ラテラーノに入ってもずっとフードを被って生活しなきゃならない、そんな人なんだよ?
やっぱりダメ……?
当たり前でしょ。ほかのところに行ったってロクな目に遭わないんだから……って少なくとも上はそう言ってる。
あなたのその角、その姿そしてその銃、あんまり大勢の前で曝け出してほしくはないのよねぇ。
それに、私はまだあなたの監視員を継続してるの。これからどこに行こうが、あなたが生きてる限りじゃ私と連絡を維持しなければならないってわけ。
だから余計な面倒は起こさないこと、いい?分かった?
……あっ、うん。
……え、私を見逃してくれるってこと?じゃ、じゃあなたはどうするの?私を逃がしちゃったら、色々とまずくない?
平気だよ、最悪教皇庁の仕事を辞めればいいだけだし。
あっ、今のは冗談ね。
でも、帰って始末書を書かなきゃならなくなるのは避けられないかなー。辞職するかどうかは、書いてる途中でイヤになってからまた考えるよ。
まあとにかく、私への借り、もうワッフルどころじゃなくなったってわけだから。
う、うん……その……本当にありがとう。
私たち……まだ同じサンクタってことでいいのかな?
え、そんなこと気にしてどうするの?相手が同じサンクタだろうがなかろうが、私手は抜かないんだからね。
だから次会いに行った時、ちゃーんとワッフル作っておいてちょーだい。
物資輸送部隊がもうすぐ到着だ。燃料を補充したら、修道院も動けるようになる。
やれやれ、まったく今回はラテラーノからそう遠くはないとはいえ、厄介極まりない外勤任務だったぜ。ここはちょいと修道院の寝床を借りて、ぐっすりしてもいいじゃねえのか?
そう言う割には、あんましやつれてないように見えるけどな。
お前、ずっと知らんぷりを貫いてきたんだろ?
それともサボってあの深海教会と関連する証拠をドブに流さなかったお前に感謝してやったほうがいいのかな?
勘弁してくれよ、オレン。
あのサルカズ傭兵の事案なら、フェデリコのほうが俺よりもはっきりとしているわけし、深海教会の事例も、あんたやレミュアンのほうが俺よりも把握しきってるからだろ?
それによ、お前共感性をシャットアウトしてから、ギリギリだけど、なんだか俺たちうまく協力できるてるように思えねえか?
……なんだよ急にその話を持ち出して?
いやさ、なんかたまにはあんまり人のことを詮索しないほうがいいのかなって思えただけだ。射撃をする時、片方の目を閉じてやらなきゃみたいにさ。
つっても先に言わせてもらおうが、レミュアンから言われた修道院と深海教会にその他の関係性がまだあるのかどうかについての調査ってやつ、俺はマジメにやったからな?
結論からして、それについては安心してぐっすり眠れるぜ。
お前ってやつはホント……いや、この場合は俺たちか。まったくツいてるぜ。
とまあ、修道院が補給を受けた後は、無事ラテラーノまで帰還してくれるだろうよ。中にいる住民たちも、そこまでパニックを引き起こしちゃいない。
あの堕天した少女ならサルカズたちについて行っちまったわけだが、今後必要とあらば、あの少女もサルカズの集団も、ラテラーノから位置を特定することはできる。
まあ全体的に見て、今回の事件でラテラーノの外交イメージが損なわれることはあんましなかったわけだ。
だがそんないいことが毎日続くとは限らねえ。
お祈りはこんなものかな。野盗連中に襲われることなく、無事ラテラーノまで到着できますようにって、祈っておいたよ。
ラテラーノに着きさえすれば、もうなんの心配もせずに暮らせるはずだ。
そうだといいわね。あのラテラーノから来た使者を見ても、あんまりお腹を空かせていないし、服だって新しい。ホント羨ましい限りよ。
あの人たちって、どうやって畑を耕しているんでしょうね?それとも国が一人一人に銃を配って、狩りをするよう推奨してるのかしら?
さあな、家の修理やら道具の組み立てに時間を割けなくていいつっても、余った時間で何をすればいいのか見当もつかん。
なんだかちょっと震えてきたわ。そこまで激しくはないけれど、やっぱりなんだかちょっと怖い……
なら祈ろう。何があろうと、信仰が俺たちを守ってくれるさ。
まっ、少なくとも俺たちは尽力したってことでいいんじゃねえのか?
その結果ロクでもないことが起こるのかどうかについては、まあ俺たちの知ったことでは――
――ねえねえ、おにいちゃん。ママがどこに行ったかしらない?
あれ、なんで子供が?ママを探しているってことは、まだ全員ここに集まり終えていないのか?
ここにはいないけど……でも、きのうの夜にママかえってきていたよ!
うん、それにきのうの夜にママがくれたプレゼントをね、おねんねしていたおじさんにあげたの……
おねんねしていたおじさん……?
そう!おじさんぐっすりねてた!きっといい夢をみていたはずだよ!
移動区画に建てられ、十数年もの座礁を経て、その土地とほぼ一体化を遂げたのち、再び動き出した修道院……
なんとも壮観な光景ですね。滅びと新生ここに会合す、実に印象深い。
アァ……
なにやら気分が優れないようで。どこか問題があるのなら、我慢は禁物ですよ?
なんせ、あなたの身体はまだ完璧の状態に仕上がっていませんから……これからの道のりも苦労しますよ、我が同胞よ。
平気ダ。
アノ人タチ……
アノラテラーノ人タチ……アノ子ラニ優シテクレルノカシラ……?
優しくしてくれますとも。今ラテラーノを統治している教皇は温厚な方ですからね。何も起こらなければ、二人は相応しい人に引き取ってもらい、あのままラテラーノで育てられることでしょう。
あなたの同族も、あの堕天使のお嬢さんがその集団について行ってる以上、人知れず存在が揉み消されることはないはず。教皇庁のサンクタたちが見張っていますからね。
ナライイ……
シカシ、一ツ間違エテオリマスヨ、アウルス……主教。
私ハモウ、彼ラノ同族デハナクナッタ。
あなたがそう思うのであれば。
……
さて、荒野に擱座した楽園が無くなってしまったことですし、私たちも出発しましょう。
改めて……歓迎しますよ、ヘルマン。
これからはどうするおつもりで?
儂のような罪人に、選択の余地などあるものか?
意図的に加害するつもりがあったとはいえ、結果からしてみれば、主教様はなにも実質的な損害を出してはいませんよ。
まっ、私としては気にしていませんよ。ただ今回の事件は少なからずイベリアと関りがあるものですから、ヴェルリヴのほうは真剣に受け止めなきゃならないのかもしれませんが……
……あんまり受け入れられないって感じですね?
……まず、特使殿には謝罪を。これまで数々の無礼を働いてしまった。
はい、受け入れましょう。お気持ち、伝わってきていますよ。
それと……本当に伝えたいのはそれだけじゃないってこともね。
……己に罪を言い渡すことは容易ではない……
儂はこれまで絶望に陥り、心の内に潜む悪意に首を垂れてきた。容認も軽視もできぬことだ。
善意による傷害と行動を伴わない悪意。どちらがより罰するに相応しいかと問われれば……
私なら、それは前者だと思います。
思考というのは、一瞬の間を過るだけのこともあれば、脳裏の深くに潜り込み、そこで芽を出すまでじっと根を下ろすこともある。
となれば此度のような結末は、どうしてただ一度の動揺から引き起こされたものと言えようか?
仮に儂が別の道を選んだとすれば、それはまたどういう光景が広がったのだろうか?
脳裏に根差した邪念はすでに取り除いたなど、儂にそんなことは言えんよ……未だ我々の「法」を信じている、ということもな……
けど、あなたは今もソレを感じているのではなくて?
そうさな、今もしかと感じる……
儂は常に祈り続けてきた。人々がこの地で、彼らが求めたものが得られるようにと。この片隅の楽園が、儂の掌の中で崩壊しないでほしいと。
だがあまりにも遅すぎた……
遅すぎたのだ。信仰という存在は、ただ己に施した一種の幻想なのではないかと、そう疑ってしまうほどに……
それってどういう感覚なのですか?
絶望、恐怖、悲しみ……ほかにこれといった感情は何かありましたっけ?
でたらめというものがある。
時に、自分の脳裏に存在するものを、儂らはどうて疑えばいいというのかね?
それは即ち、すでに自分自身を疑い始めたということにはならないだろうか……そういった疑心暗鬼を振り払わない限り、とてもとても恐ろしいことが起こる。
もし信仰が偽りの存在であったと仮定するのであればだ。このステファノの存在というのは、またどこまでが真実だというのかね?
……
私も頑張って理解を試みましたけど……どうやらまだまだ甘かったみたいです。
……私たちは完璧に他者を理解することはできません。たとえ共感性とかいうチートみたいな能力があったとしても、「理解する」という行為は変わらず尊く、困難なものです。
……
けど、色々なことを経験して私分かったんです。共感性がなくても、人との間には多くの感情が伝わっていて、それを理解してくれているって。
少なくとも今の私なら、とある男の考えがちょっぴり理解できたんだと思います。何かを感じ取ったからではなく、この身で会得したがために……
となれば、これをあなたにお渡ししたほうがよさそうですね、ステファノ様に。
これは……
以前ここに仮住まいしていた修道士の日記です。主教様も、一度お目を通されたほうがいいかと思いまして。
あの人も多分……色んなことで悩みを抱えていたんだと思いますよ。主教様と同じように。
……
先ほど……これからどうするつもりかと訊ねていたな、特使殿。
今その返答をしよう。儂はラテラーノに行く。ただし――ほかの者と一緒に行くつもりはない。
それはつまり……お一人でここからラテラーノへ向かわれるということですか?
ご高齢の方お一人だけでは、色々不安もあるかと思いますが……
頼む。儂は……信仰を取り戻したいんだ。
罪を償っていつか、もしその時にも奇跡というものが存在しているのであれば儂は、儂のラテラーノを取り戻せるやもしれんのだ……
そうですか……
分かりました、では祝福して差し上げましょう。
願わくは、ステファノ様の求めた答えが見つかりますように。
……
ではまた、あの楽園で会おう。
それから老人と会話することはなかった。
目の前にいるこの人は実に、老衰した人だった。あのような一夜を経て、彼が纏っている老いた様はますます顔に彫られた一本一本の溝を深く埋めていく。
やがてレミュアンに見守られる中、ステファノ・トッレグロッサは僅かに背筋を曲げながら、ゆっくりと目の前にある門を出て行ったのであった。
(無線音)
こちらは執行人フェデリコ、任務の報告をいたします。
関連する状況は前述の通り、特使二名の生存は確認済です。両者ともに状態は良好、命に別状はなし。数日内にラテラーノへ報告しに帰還する予定とのこと。
アンブロジウス修道院も再起動し、計画通り再度航路を立てる模様です。目的地はラテラーノに設定されており、来年春より前に到着する予定。
移動都市の安定した運行、及び住民らの生活需要を満足させるため、すでに教皇庁へ物資援助の申請を送りました。
修道院内の住民は計153名、そのうち41名は近日中に修道院を離れるとのこと。彼らの動向はスプリアが追跡、及び記録を担当します。
その人たちは、君が言っていたあのサルカズたちのことだね?
以前も予感はしていたが、やはり今回の事態は私の想定を超えるものだったよ……
修道院の中の情況にしろ、深海教会の動向にしろ、アルトリアにしろ、ね……
とはいえ、よくやってくれた。今回もご苦労様、フェデリコ君。
……
いえ、聖下の委託を完璧に遂行することはできませんでした。
我々の介入により修道院の内部状態は悪化。そのため当初、安定的に維持するという目標を達成は失敗に終わってしまいました。
それに、三名ほどの死者も……
何やら気にかかることでもあるようだね?
……はい。
もし誤った行為が目に入れば、私がそれを矯正しましょう。任務のターゲットが罪人であれば、多種多様の方法でその者に縄をかけることもできます。
しかし今回の任務を遂行する中、私はそのように明確な執行プロセスを見つけることができませんでした。
誤った部分がないというのに、なぜ最善の結末を迎えることができなかったのでしょうか?
我々の法は、いかなる状況にも対応することは不可能なのでしょうか?もしそうであれば、私はこれから何を根拠に行動すればよいのでしょうか?
それが分からないのです。
……
それを答えてやれることは私にはできんよ、フェデリコ君。それも私を悩ませていることの一つだからね。
だがとても嬉しいよ……君がその問いを声に出してくれたことに。
それはどういう意味でしょうか?
焦らなくていい。君はこれまで考えもしなかったことを考えるようになったんだ。とても大きな進歩だよ、違うかね?
いわばボトルのコルクを抜いたようなものさ。一番難しい段取りは終わった。あとは、君が望んだものをボトルから注ぎ出すだけ……
今ちょうど、とある友人を訪ねに行ってる最中でね。彼のことなら、君も多少は顔見知りのはずだ。君が抱えているその疑問も、私から彼に聞いてみるとするよ。
彼が導き出してくれた際には――一緒にその答えを分かち合おう。
高大な聖像が衆人の背後で沈黙を保ち、清らかな朝の光が外から中へと差し込まれる。やがて赤衣の執行人は通信を切り、思索を巡らせながら顔を見上げた。
ほのぼのとした朝日のもと、年老いたサンクタの後ろ姿は次第に遠のいていき、やがてゆっくりと光の中へ溶け込んでいく。
一方、門の前で見送っていたレミュアンはふと予感めいたものを覚えた。
今見えている光景、この老人との出会いはこれが最後になるとは考えづらい。
彼が口にしたように――
いつか彼は本当に、彼自身が求めたラテラーノを見つけることができるのかもしれない。